ミレニアムのサイボーグ 作:サイボーグじゃがいも
パヴァーヌなんか凄い暗い
(気づくのが遅い)
アリスと謎のロボットは暴走。
被害はヴェリタスの部室が消し飛び、そしてモモイが意識不明。
大きな騒ぎにならぬようシャーレの医務室にひっそりと運び込まれた。
アリスは無事元に戻ったが事件以降、部室に引きこもっていると言う。
モモイの状態について未だ心配があるがアリスのケアもするべきだ。
“アリス、入ってもいいかな?”
先生は部室の扉をノックする。
返事は無い。
“入るよ”
明かりはついておらず、カーテンも閉めたまま。
そんな暗い部屋の隅でアリスは小さくなっていた。
視線を合わせるために屈み、優しく声をかける。
“……大丈夫?”
「……」
先程と同じく返事はない。
しかし、僅かに動いた。
再び先生は話しかける。
“ご飯も食べないでずっと籠っているって聞いたよ”
「せ、先生……」
顔を上げると怯えた表情。
その中には僅かな困惑も含まれているように感じた。
“みんな心配しているよ。行こう……?”
先生は生徒の味方である。
味方でなければならない。
故に、まずは対話を求めた。
「アリスには、できません」
力なく首を横に振るアリス。
“……どうしてかな?”
「アリスは……アリスのせいで……」
拳を強く握る。
「アリスの……せいで……モモイが怪我をしました……」
思い返すだけで苦しい。
“アリス……”
「どうしてこうなったのか……アリスにはわかりません」
ポツポツと話し始める。
「でも……」
ある確信があった。
「全部、アリスが……原因なんです」
最近は信じていなかった。
「きっと……アリスの持つ、秘密のせいです」
“秘密……”
あの時、話しておけば何かが変わったのだろうか。
「アリスは……みんなを危ない目に遭わせる……そう、言っていました」
あの時は理解出来なかったこと。
アリスは、今なら理解が出来る気がした。
アリスはみんなと居てはいけない危険な存在であるということを。
“そんな……!”
先生はその言葉を否定しようとした。
存在してはいけない生徒などいない。
だが、それよりも先にアリスは口を開く。
「あの時、アリスがみんなを危険に……」
胸が苦しい。
自身が実行したと言う事実。
そして周りの生徒は確かに見た。
「アリスの記憶にはありませんが……この身体が反応しています」
自分が怖い。
まったく記憶に存在しない。
しかし、モモイが意識を失ったという結果は残っている。
「アリスがあの時、何をしたのか……何も、思い出せませんが……」
目元が熱い。
冷たい何かが頬を伝う。
それはどうにも出来ない理不尽。
友人を傷つけたという罪の意識。
周りの人達は自分を決して責める事はなく、罪悪感ばかりが増していく。
それは、アリスの心には重すぎた。
「まるで……アリスの知らないセーブデータが、アリスの中にあるような……」
辛すぎるが故に自身でも荒唐無稽だと感じる言い逃れを思いつく。
一種の現実逃避であり、嘘だ。
“……あ”
その言葉を聞いて先生の脳裏に浮かぶ。
アリスがなぜ、ああなったのか。
事件の際、モモイの持つゲーム機が独りでに起動してdivi:sionの文字列を表示していたこと。
まるで別人のような気配に変貌していたアリス。
あのアリスが呟いた言葉……
様々な点と点が結びつく。
先生は一つの予想を考えた。
その嘘こそが真実であると。
「それでも、アリスは……アリスが! モモイを……!」
“アリス、落ち着いて……!”
先生はアリスを信じている。
一つだけはっきりと言える事。
それはアリスが、自分の意志で実行したのでは無いということ。
「残念ながら……あなたが怪我をさせた。それは変わらぬ事実」
突如、背後から冷たい声が響く。
それは先生が聞いたことのない声だ。
“誰……!?”
「先生!」
「か、会長が……!」
その人物の後ろには、ミドリとユズが。
「ああ、やはり……問題は起こってしまうのね」
長い黒髪を持ち、赤く、鋭い眼つきをした生徒。
ミレニアムを表す意匠が施された小物を付け、暗闇に溶けるような色の制服を着ている。
“会長……?”
会長と呼ばれた人物は先生の瞳を真っ直ぐに見て口を開いた。
「……初めまして、私の名は調月リオ」
セミナーの頂点。
ミレニアムサイエンススクール生徒会に所属する生徒会長である。
「あのシャーレの先生と出会えて光栄だわ。でも今日はあなたに用はないの」
実際に顔を合わせるのはこれが初めて。
リオが一方的に先生を知っている形だったのが、今回で知り合いに進化したと言えるだろう。
「だから、先生とはまた次の機会に……」
たった今、知り合った人程度に時間を割く余裕はない。
なるべく早く問題の対処をしなければならないからだ。
“用事って?”
かなり雑に対応されたが、先生もそれで帰る訳にはいかない。
少なくとも、何をするつもりなのか知らなくてはならない。
「用事があるのは当事者であるアリス、それと関係者であるゲーム開発部の部員達よ」
“私も関係者だよ。……それ以上に大人としての責任がある”
「はぁ……まあ、先生も関わっているのなら居ても別に構わないわ」
先生の言葉に強い意志を感じたリオは、無用な問答をする時間も惜しいので放置する。
「事が起きてしまった以上、より詳細な情報……真実を知る権利がある」
“真実……”
感情を感じられぬ声色。
「数日前の事件、あれは決して事故や暴走などではない。事前の調査でおおよその検討はついていた」
“──!”
「そんな!」
その場にいる者達がざわめく。
疑問や葛藤、後悔に怒りなどが渦巻く。
感情の波を、リオは片手を軽く挙げて制す。
そして再び口を開ける。
「まず、アリスの正体を話す必要があるわね」
その様子は全知のヒマリと解釈の結論を出した時と似ている。
「廃墟の中にいたのにも理由がある」
それは情報の羅列。
「彼女は未知から侵略してくる
先生が知り得ぬ未知。
「そして、名もなき神が信仰するオーパーツ」
情報の原液。
「古の民が残した遺産、その名は──
名もなき神々の王女
“名もなき……?”
「廃墟で起動されるのを待っていた兵器ということよ」
さらに補足をつける会長。
「アリスには……理解できません……」
「そうです! 会長の言っている意味が分かりません! 嘘にしてももっとマシな嘘をついてください!」
「み、ミドリ……」
しかし、生徒どころか先生すらも理解の範囲にないようだ。
それもその筈、世界の命運にも繋がる情報など普通に暮らしていて知る術はない。
私の友人であれば、この説明でも理解してくれたのだが……
「ふむ……では、理解しやすいよう簡潔にしましょう」
会長はこめかみを抑え、しばらく難しい顔をしていたかと思うと顔をあげる。
「天童アリス、あなたは世界を滅ぼすことの出来る存在として産まれた」
言葉を飾ることなく、そのまま言い放った。
「あなた達は、直接見たのではなくて?
「……」
ミドリ達は何が起きたのかを思い出し、暗い表情になる。
“
先生は頭の中に組み立てられた予想に間違いがないか確認する。
「その通り」
先程よりは理解した様子。
僅かに笑みを浮かべるリオ。
とはいえ、ここにいる者がそれに気づくことは無いだろう。
「本来、あんな事になる予定はなかった……完全にこちらのミスよ」
今度は変わらぬ表情のまま、暗く沈んだ声を出す。
「私達は対策をすると事前に説明したにも関わらず、こうして失敗に終わってしまった。その事について謝罪をここに」
「えっ? 謝罪? 会長が? えっ?」
そして会長は頭を軽く下げた。
なんともない日常に幸せは存在する。
幸せを護るために対策を講じてきたのに今回は失敗してしまった。
その事に対してリオは心から申し訳なく感じる。
会長が謝罪した事に対して困惑するミドリ。
会長とは、冷酷無慈悲な存在の象徴であり、それが非を認めて頭を下げるとは思わなかったのだ。
「でも」
“でも?”
会長の表情に迷いは無い。
あるのは折れぬ信念。
二度目の失敗は犯さない。
「これからも同じことが起こらないとは限らない」
アリスは自身の手が僅かに震えている事に気づく。
部室は冷房など付いていないはずなのに、とても寒い。
「そこで──
赤い瞳がアリスを見つめる。
釣られて他の生徒もアリスを注視してしまう。
そこに悪意や善意といった意思は無い。
──あなたには二つの選択肢がある」
しかし、アリスにはそう感じなかった。
アリスを今までにない居心地の悪さが襲う。
周りの全ての音が遠ざかる。
仲間が、友人が、知り合いが、どこか遠くから透明な壁越しに自分を見ている。
冷たく、無色で、無音の空間にアリスは立っている。
絶望が目の前に来ていると。
だが、そこに光が差す。
暖かく明るい光に照らされ、先程の絶望はもう感じない。
いつの間にかアリスの手を先生の手が覆っている。
先生の手は温かくて大きい。
その事に気づいた時にはアリスの震えは治まっていた。
リオが話す間、先生がその手を離すことはなかった。