あっ、先に思いついちゃったから公共財ゲームよりも演技対決の方が先です。
「・・・どちら様?」
授業が終わり昼休み、学園内のパーソナルスペースへ移ろうと世南が席を立ったとき、見慣れない女子生徒が教室の扉を開けた。どことなく気品ある佇まいのその生徒が教室の中に入ると、色々な生徒が「名足カワル」と名前を言う。おそらくその生徒の名前だろうと世南は思っていると、カワルは世南の前に立った。
「私は名足カワル。世南琉偉、あなたにギャンブルを…」
カワルが世南に宣戦布告をしようとし、世南が嫌な顔をしようとした寸前、騒がしく教室の前扉が開いた。
「琉偉くーん、今日こそ一緒にご飯食べ…よ…うよ」
夢見弖ユメミ、生徒会広報であり学園のアイドルであり世南に公開プロポーズを敢行して玉砕したが世南の保身と機転で関係が続いている彼女が現れた。その件以来夢見弖は世南と距離を詰めるため昼食を伴にしようと教室を訪れることが日課になり、世南はそれを躱すため教室から一刻も早く脱出することが習慣化していた。しかし現在、目線は世南ではなくカワルに向いている。
「嘘…名足カワル…」
「ああ夢見弖さ…ユメミ、この人ご存じ?」
「知ってるも何も、名足カワルはハリウッドで活躍する女優で、私の憧れで、あの!! この前の映画、見ました!! ラストシーンのあの演技は…」
夢見弖がカワルの注目を集めている隙に教室から去ろうとしたとき、カワルは世南の肩を掴んで止める。
「名足カワルは芸名。私の本名は和楽喰淑光。芸能を家業とする和楽喰家の代表」
「和楽喰…ああ、あの貞子みたいな。道理で顔に覚えがないわけだ」
世南は一応、学園内の全生徒の顔と名前を憶えている。治安維持委員会の業務上、必要不可欠だからだ。しかし目の前のカワルは見覚えがなかった。なぜかといえばそれは、書類上も、実際に会ったときも、長い髪で隠れた目元とマスクで素顔が隠されていたからだ。
「それで、受けてくれるのかしら?」
「当然。だがユメミと…あと夢子も何か言いたいらしいから、まずはそっちから対応して欲しい」
世南はカワルの後ろに立つ夢見弖と夢子を見る。前者は憧れの存在が、後者は未知の存在が世南とギャンブルをしようというので自身もまたカワルとギャンブルがやりたいと前のめりになっていた。
カワルも夢子とのギャンブルについては前向きで、そのついでという形で夢見弖ともギャンブルをすることを約束したが、まずは世南との勝負に入る。
やせがまんデスマカロン、3つあるマカロンのうち1つが激辛のデスマカロンで、3つ食べた後にどのマカロンがデスマカロンか相手に見抜かれると負け、逆に見抜けば勝ちというもの。辛みは反射のためどれだけ平静を装えるのかが勝負の戦いで、用意した演技が得意なカワルの本領が発揮すものだった。
A、B、Cの三つのマカロンが世南とカワルの前にそれぞれ出される。教室の前方で行われる鉄仮面とハリウッド女優の一戦は学年を越えて学園中からギャラリーが集まっているが、誰一人として外観からどれがデスマカロンかは分からない。
一つ目、互いにAのマカロンを食べる。どちらとも無反応。
二つ目、今度はBのマカロンを食べる。互いに互いのことを注視しながら食べているが、どちらとも汗一つ掻かない。
三つ目、最後のCのマカロンを食べる。やはり何事もなく食べ終わったため、観客たちは実はデスマカロンがなかった、或いはそこまで辛くないのではないかと疑いの目が二人に向けられるが、マカロンを用意した二人の間に立つ選挙管理委員の圧に負けて引き下がる。
「それでは当てましょうか」
ハンカチで口元を拭いたカワルが頬に指を当てて考え始める。
「あなたはCのマカロンを食べた時、わずかに瞳孔が開いた。ほんの数ミリのそれは、隠そうとした中で出てきてしまった明らかに他のときとは違う反応。だから答えは…A」
話の流れに合っていない結論に教室がざわつくが、カワルは続けた。
「褒めるわ。私を欺こうと努力したこと、でも食べた後に顔を作ろうと集中して手の震えを隠せていなかったのは粗末だったわね」
「粗末だったのは、そっちだ」
「なッ⁉」
一通り考察を話し終えたカワルに世南は言葉の刃を刺した。直後、選挙管理委員は折りたたんだ紙を開く。どのマカロンがデスマカロンか書かれているそれには、Bと書かれていた。
「馬鹿なッ…あり得ない、あれは明らかに辛みに対する反応、Cは引っかけ、そのはずなのになぜ」
「簡単だ。Aがデスマカロンだったんだ。俺の中では」
カワルを騙すことに成功した世南は上機嫌になってタネを明かし始める。
「二重人格というものがある。病名は解離性同一性障害だったか。とにかく一つの体に複数の人格がある。生まれつきのものもあれば、事故などで後天的に発生することもある」
「それとこれにどういう関係が…」
「自己暗示」
中央に糸を通した五円玉を垂らしながら、愉快痛快な気分の世南はAの皿とCの皿を取った。
「俺はAのマカロンがデスマカロンだから反応を必死になって隠すよう自己暗示をかけた。自己暗示によって形成された人格はAのファントムデスマカロンを隠し通そうとし、Cのマカロンをデスマカロンに仕立て上げようとした」
「理解できない…たとえ人格を騙しても、肉体は辛みに反応する。それをどうやって押し通すというの⁉」
「ビリー=ミリガンという男がいる。彼は人格によって肉体が変化した。それと同じで自己暗示によって分裂した人格には辛みを…痛みを感じない肉体を形成させた。正直言って今は滅茶苦茶辛くて辛い」
オレンジジュース600mlを一気飲みした世南は、口内と気持ちが落ち着いたのか改めてカワルに向かい合った。
「あなたは凄い女優だ。演じることを越えてキャラと一体になっている。しかし私は私の体に作品のキャラを宿し、そのキャラが私に成る」
「…そう。それで私の演技は見破れたのかしら?」
「全然。だから体温を見た」
一体どうやってとカワルは思わない。自己暗示による疑似的な人格分裂とそれに伴う肉体の変化を故意で起こした世南が相手なのだ、体表から放たれる熱量だけで深部体温を測ることなど造作もないのだろう。
「Cを食べた後、体温が他のときよりも多く、といってもほんのわずかだが上昇した。汗が掻けないことで熱がより籠ったのだろう、違うか?」
「…正解よ」
直後選管がカワルの紙を開く。書かれていたのは世南の予想通りCだった。演技力が問われる勝負で世南は演技をを越えた演技で戦った。負けてしまったことは悔しい。しかしキャラと一体になるのではなくキャラが肉体に宿り自分になるという世南の言葉は、自分の哲学とは全く別であり、それによって自身の中にある可能性をカワルはさらに感じるようになる。
「ありがとう…」
皮肉など入っていない、100%の純粋な感謝。世南に勝利分のチップを渡す際、腕を背中に回してカワルは抱き着くとそっとその言葉を耳打ちした。
「それでは、世南琉偉。蛇喰夢子、夢見弖ユメミ、また会いましょう」
モーセのように並み居る群衆を二つに分けてその中を進んでいくカワルを見送った後、世南の携帯が鳴る。世南が個人的に付き合いのある人とのやり取りに使う携帯に掛かってきた電話ということ、そしてギャンブル終わりに掛けてきたということは、相手はもう一人しかいない。
「はい閣下、どうされました」
『生徒会室に来なさい。5分以内で』
「すみませんが、マカロン以外まだ何も…もう切ってる」
綺羅莉に呼ばれたとあらば世南はそれがたとえ帰宅途中だとしても引き返して行かなければならない。そのため今回も昼食を諦めて生徒会室へ行こうとするが、廊下はカワルを見ようとする人たちで溢れかえっている。
「外から行くか」
廊下が過密状態であると扉から頭を出して確認した世南は、窓から飛び出して生徒会室へ向かう。
それからしばらくカワルとドリーミンクリーミンシスターズが対決しているとき、世南は生徒会室で綺羅莉と話していた。世南がギャンブル中に行っていた疑似的な人格分裂とそれに伴う肉体の変化が綺羅莉の好奇心を刺激しここ数日はずっと呼び出され続けていた。
対決の様子を中継していたテレビのCMが開けると、今度はカワルがドレスを着てマイクの前に立っていた。
『続いては名足カワルさん。曲は…アメイジンググレイス』
曲目を進行役が伝えた瞬間、世南が豹変する。
「そのテレビを止めろーッ!!」
突如叫んだ世南に室内にいた綺羅莉やリリカ、清華は動揺して動きが止まるとテレビからカワルの歌うアメイジンググレイスが流れてくる。
「ああああああッ!!」
聞こえてきた途端、頭を押さえて床を転がる世南。綺羅莉はこのままもう少し見ていたいと思ったが、かなりの勢いで転がる世南がぶつかった椅子の脚が粉砕したのを見てすぐに清華にテレビを切るよう命じた。
音が消えてしばらくの間、世南は倒れたまま深呼吸を繰り返していた。やげて落ち着くと椅子に座り直し、再び綺羅莉に向かい合った。
「それで、今のは?」
当然のように先の奇行について質問する綺羅莉に、リリカや清華も内心同意する。なにせあの鉄仮面が暴れたのだ、誰でも聞きたいと思うだろう。世南もやらかしてしまった以上仕方がないと説明を始める。
「アメリカのホープカウンティ―というカルト教団が支配していた田舎に滞在していた時期があって、そこでアメイジンググレイスを聞き続けていたんです」
「あれだけ苦しむほどなら聞かなければよいのではないか?」
途中、リリカが疑問をぶつける。リリカの言うことは間違っていない。ジェットコースターが嫌いな人間が遊園地に来たからといって必ず乗らなければならないというわけではないのだ。聞きたくないのであれば聞かない、それでいい。しかし当時の世南にそれはできなかった。
「カルトが歌っているんだ。特にある地区を支配する幹部はあれを歌いながら洗脳をするから…!!」
机に頭を打ちつけて頭の中に残っているアメイジンググレイスの残滓を追い出す世南、それを見て綺羅莉は重症だと判断し早退を許した。
世南が帰宅のためリリカを付添人にして退出させた後、綺羅莉は犬歯が見えるほどの笑みを見せる。清華は恐怖を感じるが、それに気づいた綺羅莉は気持ちを正すと世南に関する事前調査の資料を出して清華に見せた。
「見てみなさい。これが世南の出入国履歴よ」
世南が綺羅莉を下した後に追加で調査を行ったためファイルにまとめられた世南に関する資料、その中の一つである出入国履歴の写し。しかしそこには何も書いていない。
「世南は日本の外に出たことがない。けれどアメリカに滞在していた時期がある」
「密入国者ではなく密出入国者、ということですか?」
「これだけだとね。けれどもう一つ知識があるとある仮説が浮かんでくる。その知識がこれ」
綺羅莉はスマートフォンで検索をかけ、その結果を清華に見せる。
「これは、ホープカウンティですか?」
見せたのはアメリカのホープカウンティ地域に関連するニュース。古いものから並べてみるとまず最初に来るのは新興宗教の信者集団が移住してきたこと、次は新興宗教の信者が地域住民に暴力を振るうなど問題が発生したこと、そしてしばらくの空白期間。
「おそらく、情報統制をしていたのでしょうね。ホープカウンティは山に囲まれた地形だから人を閉じ込めるのは容易い。電波も妨害装置で止めれる。カルトが何をしていたのかは知らないけれど、虎…いえ、龍の尾を踏んでしまった」
二年前のニュース。そこにはホープカウンティに横七グループが進出するという内容が書かれていた。カルトの進出、不穏な雰囲気、空白期間、そして横七の進出。これらのニュースから推測するホープカウンティの来歴を、綺羅莉は語る。
「ホープカウンティにある日、カルトが現れた。カルトは勢力を急速に拡大し現地住民と対立を起こすようになる。そうした情勢の中、何が原因かは分からないけれどカルトは横七を刺激してしまい、そして横七はカルトを殲滅した。そのときの縁で横七はホープカウンティに根付いたのでしょう。でなければアメリカと険悪な関係な横七を受け入れるわけがない。そして…」
綺羅莉の推測したホープカウンティの来歴と、世南の話から、一つの仮説が生まれる。
「この殲滅戦に世南は参加していた。おそらく横七が彼を旅行者か移住者という形でホープカウンティに入り込ませた。目的は殲滅戦を横七が順調に行うために現地の反カルト勢力と接触、横七と協力するよう交渉、同時にカルトについても調査。その過程で世南はカルトに洗脳されかけ…いえ、きっと洗脳されたのでしょうね。幸運なことに横七と反カルト勢力によって洗脳を脱したけれど、後遺症に苦しむ。世南の身体能力や射撃能力の高さは横七が彼を工作員として訓練を施した際に獲得したのでしょう」
「出入国履歴に書かれていないのは…」
「正規の手続きで入ろうとすれば警戒される。だから横七が世南をホープカウンティに送った。それもきっと、パラシュート降下や潜水艇を使って誰にも気づかれないよう。書類も偽造されていたかもしれないわね、カルトの支配するアメリカの田舎に日本人がいると目立つから顔も変えていたのかも」
綺羅莉には横七が取った手段は分からない。しかし組織を纏めるものとして、ある程度横七のことは理解している。求めるものがあれば、横七は必ず達成する。カルト、あるいはホープカウンティには横七の求める何かがあり、横七はそれを手に入れるため世南も動員して何かを行い、達成した。自身が当主であり日本の政財界を支配する百喰家ですら実態を掴むことのできない横七。それを深く知る者が学園内にいることに綺羅莉は喜びを覚える。
「潰さ…なければ…」
一方で、清華は危機感を募らせる。
世南琉偉は既に治安維持委員会という武力で学園に深くその存在を刻み付けている。それが横七という怪物を学園に侵入させる裏口になりうるのであれば、たとえ会長が許可をくれなくても一刻も早く排除しなければならない。
「学園を…会長の学園を乱すものは、私がどうにかしないと…」
綺羅莉につられて窓から学園の正門を見る。そこにはリリカに支えられながら横七自動車の開発した家庭用核融合自動車に乗せられる世南がいた。後部座席に乗せられてリリカにシードベルトの着用を補助される姿は、明らかに衰弱しきった老人だ。
「倒す…そして、守る」
清華はこの日初めて綺羅莉に失望されてもいいと心の底から思った。自分を犠牲にしてまで世南を学園から追い出す。その覚悟が、できてしまった。
裏話 没になりかけていた生徒会室にてカワルのアメイジンググレイスを聞いて発狂する世南
<思いついた背景および描写できなかったところ(ファークライ5のネタバレを含む)>
アニメで該当する回を見ていてアメイジンググレイスが流れた時に、最近色々と話題になるUBIが開発元のファークライ5をプレイしたときのことがフラッシュバック、これは使えると思い、世南と横七がカルトとの戦いに参加していたという経歴が生まれた。ファークライ5は私にonly you and you are alone と amizing graceを偏見なしに聞こえなくするという大罪を犯した。きっと他にも被害者はいるはず。
本編中では描写の問題があり書けなかったが、横七がアメリカ政府内のカルト信者を排除するなどホープカウンティの外側にいるカルトを倒したため、最終決戦ではファーザーが追いつめられた後、色々と御託を並べるが核ミサイルが発射されないため、「・・・あれ?」となるお間抜けさんになっている。
<没になりかけた・それでも本編に入れた理由>
書いた時はカワルとのギャンブル後に生徒会室に行っているがカワルと夢見弖夢子ペアの戦いは描写的に考えてすぐの出来事ではない。しかしアメイジンググレイスを聞いて発狂するという描写をするためには邂逅後数日は経過しているであろう開催日に合わせなければならないため、時間の辻褄が合わず没に。またタグに過去作ネタが云々と書いているが、ファークライ5を原作にした作品はないため書くのに適さないのではないかとなり最初はおまけとして書いていた。しかし書きながら時間のずれは誤魔化しが利くようになり、また塔のギャンブルに世南を参加させる方策も思いつき書いてしまったため、導入。