「官憲が政治的発言をするのはあまりよろしくないと思うんだがなー」
「いいじゃん、別に学園は日本国憲法が通用しないんだから」
「・・・確かにそうだな」
生徒会長選挙、それの中間結果発表と題して得票数が上位の生徒たちが学園内にあるスタジオに集められていた。世南は恵理美や三理、カワルといったある程度の票を集めた人物から巻き上げたこともあり末席ながらも並ぶことができていた。*1
「それで、選挙戦への意気込みは?」
司会兼リポーターの黄泉月が世南にマイクを向ける。既に先日の公共財ゲームで定楽乃が予想したように、世南自身は生徒会長という立場を望んでいるわけではない。ただ学園の中枢として機能することができればいいため、現状維持の治安維持委員長のままでよかった。しかしここでやる気を見せなければ視聴者である学園の生徒と綺羅莉の反応が怖い。かといって目指せ生徒会長などと言えば定楽乃との会話に齟齬が生まれる。そのため世南は中庸的立場をとることにした。
「今回の選挙戦で既に多くの方が私に挑んでくれたことはとても嬉しく思います。これからも全力を尽くしてチャレンジャーを捻じ伏せるまでです」
「おおー、中々に力強いね」
言葉の裏を返せば挑まなければ戦わないため事実上の選挙戦からの離脱を表明しているのだが、そう受け取られないようチャンピオンのような雰囲気を醸し出して演技する。それを見る雛壇の他の生徒たちからの視線は相手が無敵の鉄仮面ということもあって警戒している。違うのは賭け狂いの夢子、再戦を望んでいる綺羅莉、世南にやる気がないことを知っている定楽乃くらいである。
末席ということもありそれで世南の出番は終わり、他の生徒に話題が移っていく。首位の綺羅莉は二位の定楽乃とは100票近い差をつけて君臨している。おおよそオールインをしまくる破滅的なギャンブルで連勝してきたのだろうと世南は綺羅莉のやりそうなことを考えながら放送が終わるのを待っていると、夢子に裏で待機していた清華が詰め寄っていた。
はじめはキャットファイトだな~と軽い気持ちで見ていた世南だったが、飛び出してくる言葉が不適切になってくると眉間に指をあてて困り始め、清華が懐からスタンガンを出すと急いで飛び出した。
「ストップストップ、流石にそれはまずいって」
二人の間に割って入った世南だったが、顔面にスタンガンが刺さる。
「・・・・・・・・・・・危ない危ない、脳が焦げるところだった」
立ちながら意識を失っていた世南は口から黒煙を吐きながら回復する。完全に割って入ったことを認識してからスタンガンを突き出してきた清華に対し、世南は仕事モードで問い詰める。
「五十嵐。人にスタンガンを向けるのは感心しないことだ」
「うるさい…あんただって会長の学園を乱す邪魔者の癖に…」
「僕にも矛先を向けるのか」
既に放送が
「世南琉偉、蛇喰夢子。私はお前たちに、ギャンブルを申し込む!!」
その言葉を嬉々として受け入れる夢子に辟易としていると、綺羅莉が壇上から降りてきた。曰く、三人のためのギャンブルを用意していると。
放課後、完全に陽が沈んで満月が空に浮かぶ時間帯、世南は綺羅莉と清華、夢子とともに学園の外れにあり誰も訪れない塔に来ていた。百合の花畑の中にポツンと建っている塔は月明かりに照らされており、一見幻想的に見えるそれだけどこか感性が塔を異質なものであると訴えていた。
塔の中央にある螺旋階段を上って頂上に来た一行は、行うギャンブル…扉の塔について説明を受ける。塔は五階建てで各階に中央の扉と壁の扉、床の扉がありプレイヤーは自分のターン内に扉を一枚選択、出された問題を解いて扉を開け一階にある百合の花を持って再度五階に戻る。
じゃんけんで順番は夢子、清華、世南の順で決まりまず最初に夢子が最初に使った螺旋階段を開ける。
「…壁?」
しかしそこにあったのはコンクリートの壁で、人が入る余地などない。その間に五分の時は流れ次は清華の番。清華は再度中央の扉を開けるか悩みながらも床の扉を開け下の階に行った。
清華は壁の扉に表示された数字は変動し、それらが60進法でそれぞれが一つずつ移動していることに気付いていた。しかしその意味は分からない。同様に中央の螺旋階段が消失していた謎についても不明だったが悩んでいる時間はない。
このギャンブルで最下位だった者は塔の最上階から飛び降りる。そのため最低でも二位にならなければならない。夢子が1ターンを無駄にしたのを有効活用するため、謎が解けていなくても着実に一歩ずつ進むしかなかった。
そして1階に降りた時、まだ百合の花は三本あった。床の扉は一階、または二階分下に降りれる。初めの選択で一階分しか降りれていないため、場合によっては鉢合わせる可能性があった。しかし世南と夢子はまだ折り返し地点についていない。そのことに安心しながら、百合を取ると、再び塔を上り始めた。
そして五階に到着したとき、清華は驚愕した。綺羅莉の隣に夢子がいたのだ。登りは全て二階分上がる選択をしたため、折り返し地点に到達していなかった他の二人が私の前にいるわけがない。そう思っていた分、清華の受けた衝撃は大きかった。
夢子は塔の謎を解いていた。一分間に60度回転する外側の塔と回転しない中央の塔。1ターン清華に遅れて1階に到着した夢子は中央の螺旋階段で戻ってきていたのだ。自分とは違い綺羅莉の作った塔の秘密を暴いた夢子に嫉妬が深まる反面、まだ世南が来ていないことに安心していた清華だったが、ゲームの終了を綺羅莉が宣言する。
「なぜ…ですか、会長。まだ世南が…」
訳が分からず混乱する清華だが、夢子はさも当然という様子である。なぜなのか、説明を清華が綺羅莉に求めると、綺羅莉と夢子が目を合わせ、笑った。
「そうだったわね。清華は既に降りていたから知らないのね」
「世南さんは既に帰られました。もう遅いですからね」
「かえ…った? でも百合の花はまだ…」
「琉偉は初めのターンで終わらせたわよ。おそらく二度と塗り替えられない最速記録ね」
綺羅莉は自身の胸ポケットに刺さった一本の白い百合の花を愛でる。他ならぬ世南が渡したそれを。
「閣下。確認ですが、百合の花を届ければいいのですね」
清華が梯子を使って下の階に降りた後、自分の番を待つ世南は綺羅莉に聞いた。綺羅莉は同じ言葉を繰り返すことはせず、首肯するに留める。そして世南は自分の番になった瞬間、壁の扉に3と入力して開けると、迷わずに飛び降りた。
「ここは結構高いから、流石に琉偉でも不味いかしら」
一瞬呆気に取られた綺羅莉は扉に駆け寄って下を見ると、笑いだす。
「見て夢子、流石は琉偉よ!!」
その言葉に釣られて存在の消えた月を捜すのをやめて下に視線を移すと、そこには塔の外側の壁を地面のように何事もなく歩いて上ってくる世南がいた。その胸ポケットには白い百合の花が収められている。塔の外側生えている百合の花を持ってきた世南に自分が想定していなかった思考の外側にある解を出されて全身に電流が迸った綺羅莉は手を叩いて世南を急かす。
「急ぎなさい琉偉、そんなにゆっくりと歩いているとあっという間に5分が過ぎるわよ」
「5分前行動…とはいきませんが、それでも時間にゆとりがあるよう心がけています」
壁を歩く速度を変えないまま世南は返す。その数十秒後、5分と経つこともない間に壁を上り終えた世南は綺羅莉に百合の花を届けた。
「茎の部分がまだ新鮮。よくやったわね琉偉」
わずかに滴る水滴に指を湿らせる綺羅莉は先程の世南の行動を振り返る。まず、世南は確実に『3』の扉から飛び降りた。『5』の扉であれば問題はない。『5』であれば運がよっぽど悪くなければ五階分降りることができる。しかし世南が選んでいたのは『3』だ。普段から何階であろうと窓から出ていく世南だが、この塔は一階分の高さが校舎のそれよりも大きい。設計図に書かれた数値をある程度把握している綺羅莉は仮にここから地面に飛び降りた場合に発生するエネルギーを計算する。その結果はじき出された数字は、どれだけ逸らしても人体は耐えることができずにグロテスクな投身自殺現場にさせる衝撃が発生することを結論付けた。しかし世南は傷一つなかった。
飛び降りたというのは見間違いで、壁を伝って降りたのか。
一度前提条件を崩して考えるが、それだと壁を歩く速さと扉が閉まった時間からしてタイムリミットである五分に間に合わない。なにより世南は綺羅莉が下を覗いた時点で既に登っていた。ほんの数秒の間に壁を駆け降りて百合の花を回収することは不可能なため、やはり世南が飛び降りたことに違いはない
改めて世南の体に異常がないか調べている間に夢子は下へ降り、二人だけになった。既にケガ一つないことを確認した世南は、帰り支度を始める。ちらちらと視線を送る腕時計が指し示す時間はどうやら世南にとって夕食の時間だそうで、これ以上の突然の長居はできないとのことだった。
「それでは閣下。失礼しますね」
自分の番になった世南は再度壁の扉を開けると、助走を付けて飛び降りる。綺羅莉は今度こそ着陸の瞬間を見ようと月明かりに照らされた世南を見るが、着陸する寸前に百合の花畑を囲んでいる森に隠れてしまった。
「そういうわけだから清華。飛び降りなさい」
その言葉に絶望した清華が5の扉を選んで飛び降りた瞬間、綺羅莉は清華が危険な態勢で着地しないようサポートするため飛び降りた。
「どうして…ですか、会長」
百合の花を散らしながら安全マットの上で横になる清華は、同じく横になっている綺羅莉を見る。死なないとしてもケガを負う可能性はあるのになぜ助けたのか。そう思いながらも綺羅莉に問いかける。
綺羅莉は無意識に合理的な判断を下した清華がより気に入ったことを話しながらも、瞼の裏側にちらついた世南の顔を想像しながら付け加える。
「それに、3番手以降になるつもりはなかったのだから。私の設計した塔から最初に飛び降りた人という称号は琉偉に盗られた。だからもう、これ以上は遅れたるつもりはないわ」
塔と私たちを照らす満月を見ながら、綺羅莉は謎の多い忠臣を思い浮かべる。
夢子はこれで世南とのギャンブルが二回目。ぐずぐずしていると、私が挑む前に夢子が三度目になり私よりも早く秘密を暴いてしまう。それだけは許せない。
勝敗を外に置いた謎解きレース、既にヒントを夢子よりも多く持っている綺羅莉はこれまでのヒントをつなげていく。
「なにか…掴めそう」
ぼんやりとだが浮かんできた世南の正体。時間は掛かるが確実に掴んだそれを、綺羅莉は手放さない。