賭ケグルイ 狂気の中の正気も狂気   作:ロイ1世

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辿り着いた女

「よかったわ定楽乃、またこうしてあなたとお茶ができて」

「感謝している。お前のおかげで隠居生活をしないで済んだ」

 

 学園の一室で、定楽乃と綺羅莉はスイーツを食べながら紅茶を楽しんでいた。先週末に起きた百喰家の陰謀による騒動によって定楽乃は身の安全のため学園を離れようとしていた。既に横七が格付けを済ましたとはいえ、それで引き下がる百喰家ではない。薬を使っても抑えることができない量のスギ花粉を主犯格のいる場所に横七が送り続けてもなお定楽乃の命を奪うことを諦めなかったため、綺羅莉がとうとう名指しで粛清を行った。それによって学園に無事戻ることができるようになったため、定楽乃は以前ほど綺羅莉に厳しくはなくなっていた。

 

「ところで、週末はどこにいたのかしら? セーフハウスにはいなかったのよね?」

「セーフハウスは私が直々に選んだ者が守っているとしても一族の息がかかった者たちに監視されている。彼がいなければ野宿だったかもな」

「琉偉が…となると、横七に?」

「ああ。少し日焼けした」

 

 そうして綺羅莉は袖を捲る。足が不自由なため普段は長時間外出しない定楽乃の肌が少しだけ小麦色になっていた。それを見た綺羅莉は定楽乃が週末を過ごしたのは国内にある横七のセーフハウスではなく横七島であることに気付いた。

 

 飛行場や港湾が整備されてはいるが一般開放されていない横七島に行くことはとても難しい。それどころか現実的ではないとすら評価されている。そもそも世界中どこを探しても横七島を目的地とした便はない。そのためチャーター便を用意するしかないが、横七側はまず承諾しない。許可を得ずに上陸、或いは着陸しようとすれば火砲の的になりお陀仏だ。正式な方法で横七島に入るには横七の一員になるか誰かに招待されなければいけない。豆生田が世南に招待されて横七島に行ったと聞いた時になぜ自分ではないのかと綺羅莉は怒髪天を衝くほどに怒ったほどだ。

 

 その横七島に定楽乃が行った。世南が定楽乃の身の安全を考えて例外的に認めただけだと理解しているが、それでも嫉妬することを禁じえなかった綺羅莉はちょっと揶揄うつもりで言った。

 

「琉偉と励むのは構わないのだけれど、在学中にできちゃった婚をするのだけはやめてよね」

 

 ちょっとしたおふざけ。定楽乃はすぐに否定する。そうだと綺羅莉は思っていたのだが、定楽乃は黙って俯いたまま沈黙を貫いた。まさかと思って見てみると、定楽乃の耳や頬が赤くなっている。

 

「ほ、ほんとうにやったの⁉」

 

 手に紅茶を持っていれば確実に大惨事になっていたほどの動揺が綺羅莉を襲う。互いに小さな頃から知っている身のため、定楽乃が異性とそういう関係になるということは一族の戦略以外ではありえないと分かっている。だというのに定楽乃は一族の命令とは関係なく世南と契りを交わした。

 

「彼は…その…悪く、なかった…」

 

 ティーカップの載ったソーサラーを膝上に置き、目線を綺羅莉から逸らして言うその様子は、明らかに週末のことを思い出して語っている。定楽乃も世南も一時の感情に身を任せるような人間ではないと綺羅莉は評価していた。しかし今聞かされているのは明らかに衝動に背中を押されたそれの結果であり、互いに誠実な二人のことだから破局することはないと予想できる。

 

「まさかあなたが色を知る歳だなんて…私だけが行き遅れるじゃない…」

 

 冗談交じりに、しかし現実的な未来予想図が綺羅莉の脳内に展開される。世南と定楽乃が独身の綺羅莉の元を訪れる。二人の薬指には指輪があり、いずれは子供も連れて…。そこまで発想がいったとき、世南には婚約者がいたことを思い出す。

 

「そ、そうよ、琉偉には婚約者がいたはずだわ。その人はどうなったの⁉」

「…」

「沈黙が正解じゃないのよ⁉」

「三人とも…凄かった」

「」

 

 綺羅莉はまるで雷に打たれたのかと思うような衝撃に全身が動かなくなる。世南を近くで見るようになってから既に一年が過ぎようとしている。その間に見たどの場面でも世南は紳士的に振舞い、女子生徒からも一定の支持があった。だというのに()()⁉ いや、御相手に対する回答だとするのなら()()と関係を持っている⁉ 

 

 完全に綺羅莉がフリーズしてしまい沈黙が場を支配してしまっている中、とうとう耐えられなくなった定楽乃はソファーから自ら立ち上がって車いすに移る。そうして退室間際、ようやく頭だけが動くようになった綺羅莉にアドバイスを送る。

 

「彼は世南琉偉と名乗っているが、本名は違う。今の戸籍や履歴は横七が彼を学園に入れるために用意したものだ。彼の本当の名前を知ることは、その者の人生を変える。今の私のように」

 

 それからしばらくして、綺羅莉が世南とギャンブルを行う時がやってきた。用意したギャンブルはキングオブフォーチュン*1、絵札を除いたトランプ40枚を一つの山札としてプレイヤーに一つずつ用意、それぞれシャッフルして互いに一枚ずつ上からカードを引く。10回連続で相手よりも数字が大きければ勝利であり、仮に山札を全て使い切っても10連勝できなければやり直しとなる運任せのギャンブルである。

 

 しかし、綺羅莉はただの運任せの勝負を世南とするわけではない。というよりもむしろ運任せの勝負では世南に勝てないことは分かっている。運命のタロットカードの時然り、投票じゃんけんの時然り、必ずと言っていいほど世南の手札には欲しいカードがあった。綺羅莉はこれをただ世南の引き運がよいという結論で終わらせない。明らかにイカサマが行われていると考えるのが自然だ。だが決戦の日が来てしまったというのに、綺羅莉は最後までイカサマのタネを明かすことができなかった。

 

「よろしくお願いしますね、閣下」

「ええ、望むところよ。琉偉」

 

 綺羅莉は最後まで世南のイカサマについて考えた。そして最後に出した結論は、世南が人間ではなく横七の開発した人造人間であり人間にはできないことをしているというものである。人間ではない証拠というものはいくつもある。世南の身体能力は人間離れしており、治安維持委員会という危険なことをやっていても流血したことがない。何よりこの前の扉の塔では高さ五階から落下しても無傷で壁歩きをして戻ってきた。あれが人間である方がおかしい。

 

 そして仮に世南を機械と仮定するのなら、いくつかのイカサマについて説明することができる。カードを扱うゲームにおいて、世南が望み通りの札を手に入れた理由、それは世南がその場で必要なカードを生産しているからではないかと綺羅莉は考えた。それならタロットカードで学園の外にはないはずのオリジナルデザインのカードを持っていたことの説明がつく。

 

 まずはデザインを学習し、そして必要なカードを内部で印刷、同時にいらなくなったカードを内部で処分すればカードのすり替えは簡単に行える。これが世南の力であるならば、戦いようはある。

 

 キングオブフォーチュンは互いに別の山札を使う。そのため綺羅莉の出目に細工されることはない。そして最強のカードである10も四枚しかない。勝利には10連勝する必要があるため、少なくとも六回は綺羅莉にも勝てる可能性がある9以下の札で勝負しなければならない。

 

 そう、キングオブフォーチュンとは名前の通り幸運の女神に愛された者が勝利するゲームではない。シャッフルを調整することで好きなカードを出すことができる二人にとっては、どれだけ相手の思考を精確に読み取れるかの心理戦だった。

 

 しかし、これはあくまで綺羅莉が立てた仮説。正しいかどうかはまだ分からない。事実、カードを用いないギャンブルでも世南は勝利している。特に生か死かにおける完璧な予想は鉄と磁石による結果の操作というカラクリを知っていたとしても行えるものではない。綺羅莉の持つ情報から世南の力の正体を暴くことはまだできない。

 

「けれど、負けるわけにはいかないのよ」

 

 そうして始めったギャンブル、綺羅莉は敢えて中途半端な数字を用意することで世南が9連勝するようにした。これまでに世南が使ったカードは10や9などの大きな数字が使われており、綺羅莉は大きな数字を使い果たした世南をこれからの10回で沈めるつもりだった。

 

 そして迎えた第十戦。綺羅莉はカードをセットする。

 

「そういえば琉偉、あなた定楽乃といい関係だそうね」

「彼女が追われる身になってしまったのは、私に責任がありますから」

「フフッ。あなたの責任感の強さに定楽乃も惹かれたのかもね」

「あいつらが囃し立てなきゃそうはならなかったよ」

 

 何か一人文句を愚痴りながらカードをセットした世南は、綺羅莉が既にセットしていることを確認してオープンする。

 

「私は4です。閣下は?」

 

 世南は9と10を既に使い果たしているため6や7や8といった数字で勝負を仕掛けてくると予想していた綺羅莉は、世南が小さい数字を出して仕切り直しを狙っているのではないかと勘繰る。しかしそれならそれでこの後に続く大きな数字のラッシュで勝てるため、何を考えているのかと思いながら伏せていたカードをオープンする。

 

「…3?」

「世南様が4に対し桃喰綺羅莉様が3。世南様が10連勝のためキングオブフォーチュンは世南様の勝利となります」

 

 不正…といっても山札から一番上のカードを引いているか、セットした後にカードを入れ替えていないかの確認しかしていなかった選挙管理委員の鶴の一声で、戦いは終わった。

 

「そんな…私は確かに、10のカードを…」

 

 綺羅莉は胸元にしまっていた世界のカードが歪むほどの力を込めて握りしめながら机上に出したトランプを見る。そこには10番目に来るよう調整したダイヤの10ではなくスペードの3がある。

 

「会長…」

 

 観戦していた清華が綺羅莉に駆け寄るが、掛ける言葉が見つからずに右往左往している。夢子や世南に綺羅莉の学園を守るためにギャンブルを挑んだ彼女は、これから先、学園が綺羅莉の作ったものではなくなってしまうことに打ちひしがれていた。

 

 自分よりも下の人間を見ることで安心するというが、綺羅莉はそんな清華を見て落ち着きを取り戻していた。そして爪が食い込むほど丸まってしまっている世界のカードを直そうと掌を広げた時、綺羅莉は真相に到達した。

 

「清華。夢子はどこ?」

「蛇喰夢子・・・ですか?」

「ええ。今すぐ会いたいわ」

 

 現在の数学の定理を作り上げてきた数学者たちは、きっとこの感情を持っていたに違いない。晴れ晴れとした気分で、それでいて誰かに教えたい。

 

 世南の力の正体を理解することができた綺羅莉は、負けたにも関わらず勝ち誇った表情で賭場を後にした。

*1
適当に名付けたから『キングフォーチュン』という名前の馬がいたことに驚いた。

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