賭ケグルイ 狂気の中の正気も狂気   作:ロイ1世

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今回で本編完結です。およそ20日間という短い時間でしたが、長くお付き合いしていただき誠にありがとうございます。できることなら本編が完結するまでは毎日投稿を続けたいと思っていましたが、最後の最後で途切れてしまいましたね。我が事ながら少し恥ずかしいです。しかしそのおかげで付け加えることができた要素もあるので、人間万事塞翁が馬という言葉が身に沁みますね。


談笑する女たち

 薬品の匂いが鼻の中を満たす。病院特有の匂い、嗅ぎなれた匂いに体を包ませながらエレベーターに乗り目的の部屋へ向かう。

 

「また来たよ、お姉ちゃん」

 

 海が見える部屋で、病院のベットに座っていたロングヘアーの美女が入室者を微笑みながら迎える。

 

「いらっしゃい、夢子」

 

 返ってきた言葉に夢子は喜ぶ。この前までは何も反応をしなかった姉が、自分自身のことを認識して挨拶を返してくれている。心を一度壊した姉が快方に向かっていることに涙が零れそうになるのを堪えながら数日前のことを夢子は思い出す。

 

「おめでとうございます、世南新会長」

 

 世南のイカサマを見破り盲目オセロからただのオセロになった生徒会長選挙の最終決戦。頭脳戦の結果は最後まで読み切ることのできた世南の勝利に終わり、世南が新生徒会長となった。

 

 ギャンブル後、世南は夢子と二人で話していた。

 

「そういえばだが、初めて会ったとき、何を聞こうとしたんだ? 囁き声だったから聞き間違いかもしれないし、確認しておこうと思って」

 

 階段下の治安維持委員会委員長室で二人が初めてギャンブルをしたとき、賭けの対象になったのは情報だった。結果は世南の勝利で終わったため夢子が望みを打ち明けたのは耳打ちしたときの一度だったため世南は改めて知ろうとしていた。

 

「それですか。実は、世南さんの本名を知りたいと思って。偽名でしょう、それ?」

「…まあいいか。粒のことを見破ったのは閣下と夢子さんの二人だけ、そのご褒美で教えてもいいか」

「本当ですか⁉」

 

 両手を合わせて喜ぶ夢子にしかし世南は釘を刺した。

 

「ただし、絶対に口外しないこと。それと私が偽名を使っていると思った理由を教えること」

「分かりました。それだけでいいのなら」

 

 要求を受け入れた夢子は携帯の画面を世南に見せる。そこには一人の患者服姿の女性が映っていた。手の甲に×の字が入れられた女性は若く、それでいて夢子と面影が似ていた。

 

「この人は…」

「私の姉です。今は横七大学病院に入院しています。あなたはこの人に施す治療を私に説明してくれました。その様子だと、覚えていたみたいですね」

「…」

 

 世南は沈黙を貫いた。しかし既にしてしまった反応によって夢子には世南の正体が明らかになった。だがそれはあくまで一側面、全てではない。だからこそ、夢子は世南について知ろうとした。

 

「両親のいなかった私に姉の治療内容を説明したときに名乗っていた名前は確か…」

「いい。そこまで言わないでも」

「あれからかなりの年月が過ぎましたのに姿が変わらずにいたので初めは親族の方かと思っていましたが、話し方も同じだったので」

 

 服装こそ違うが、それ以外が当時と変わらない。綺羅莉の世南=横七の人造人間説も間違いではないのかと思ってしまう。しかし夢子にとってそれはどうでもいい。ただあのときに出会った人物と世南が同一人物かどうかが問題で、それ以外の意味はないのだ。

 

「俺の本当の名前は…」

 

 口外こそできないが、過去から現在まで続いている人物の話について夢子は姉に話す。その彼が学園で行った改革についても。妹の近況報告を姉は楽しく聞いていた。テレビと医療従事者や他の入院患者以外に外との繋がりがない故に、妹の話を聞く時間がもっとも楽しい時間だった。

 

「非協力傾向生徒の公式戦の挑戦回数上限を撤廃する」

 

 新たな生徒会…といっても綺羅莉が生徒会長を務めていた時代と変わらない面々が揃った生徒会室で座る場所が変わった世南が宣言する。それを聞く生徒会長専属アドバイザーという役職を得た綺羅莉は会長職と治安維持委員長職を兼任する男が自分の作ったアクアリウムを維持しながらも自分の望みを実現しようとしていることに微笑みを見せる。

 

「いいのか、世南…世南会長。上限がなくなれば家畜は永遠と公式戦を仕掛けてくるぞ」

 

 完全に脱色してしまっていた髪を黒に染め直した豆生田は後ろに控えている秘書の女子生徒に預けていたファイルを受け取りその中にあるデータを提示する。

 

「現在の公式戦の権利を失った家畜の生徒のうち75%が再度公式戦ができることに意欲を示している。こいつらに生徒会の金が吸い続けられる可能性が…」

「それでいい。楓」

 

 データを基に力説する豆生田を世南は片手を上げて制す。

 

「私の望みは現状から脱却しようとする意志のある非協力傾向生徒に救済の手引きをすること。先のデータで言うならば75%の生徒は既存の制度に囚われて闘志を燻ぶらせている。それはあまりにも勿体ない。一時の運で負けたならば一時の運で勝ってもいいはずだ。反抗の意志がある限り、私はそれを応援する」

「しかしそれでは生徒会の財源が」

「財源なら心配することはないわ、楓。琉偉が新たに調達先を用意してくれたもの」

 

 綺羅莉の言葉に呼応するかのように扉が叩かれた。世南が入室を許可すると、そこには定楽乃が武器を持っていない横七の戦闘員たちに囲まれながら大きなアタッシュケースを持って立っていた。

 

「まさかだが…」

「これが横七からの第一次拠出金だ」

 

 生徒会の面々の前にある机の上に置いた定楽乃は、中を開ける。そこには紙切れが一枚しか入っていなかった。

 

「小切手か? お? いち、じゅう、ひゃく、せん…」

 

 近い位置に座っていた生志摩が多く並んだゼロの数を一つずつ数えあげる。千万を超えた時点で声が上ずりだし、億を突破した瞬間に数えるのを諦めたそれは、あくまでも『第一次』。必要に応じて追加で学園に拠出される額は、日本経済が崩壊しない限りは無限と言っても差し支えなかった。

 

「では規則を改正しようか。戦い続ける意志のある者に報われる可能性を与えれるよう」

 

 目的は説明した。それを可能とする予算も見せた。世南はそのまま投票に移り、そして実現された。

 

「そういえば、その世南さんが私たちの親戚になったんですよ」

 

 数多くいる婚約者の一人…いや、百花王学園2年という社会的地位は作られたものであることを考えれば既に結婚している世南と将来を約束した定楽乃は、世南を等々喰家に婿入りさせるのではなく自身が嫁入りすることを決定した。これにより世南は広い意味で考えれば百喰家の一員となり、百喰家当主の座が賭けられた選挙戦の勝利者でもあるため、百喰の血は一滴も流れていないにも関わらず百喰家の当主となった。

 

「今にして思えば滑稽ですね。横七が現れた当初は軍隊崩れの傭兵集団に何ができると当主の方々は声高々に仰っていたのに、今ではその横七の人間が一族のまとめ役にいるなんて」

 

 世南は衰退している百喰家を復興させるため、勢力を拡大しようせず衰えることを甘んじて受け入れている家を解体。そのノウハウと人脈を別の家から独立させた者に渡す統廃合を行うと同時に定楽乃と自身が骨肉の争いの一環で暗殺されかけたことから圧倒的な軍事力と経済力を持つ横七をライバルとして投入し、内乱を起こす余力を削いだ。

 

「それで…夢子は今日どうして来たのかしら。少し前に来たのだから来なくてもよかったのに」

「実は今度の長休み、旅行に誘われちゃって。お姉ちゃんも来るかなって」

 

 そうして見せたのは、三枚の横七島行のチケット。

 

「新当主就任祝いだー、って世南さんが。宇宙旅行に行くみたいだからお姉ちゃんにも一緒に来て欲しくて」

「それなら私も行こうかしら。体は健康だし、ずっと病院にいるのもつまらないし…でも、その新しい当主の方と初対面なのに大丈夫なのかしら」

「そっか。お姉ちゃんは顔を見たことがないんだっけ」

 

 世南のことについて夢子は話していたが、姉は知らないことを失念していた。治療内容を説明したのは別室で、当時まだ姉の意識は戻っていなかった。担当医も別人で面識がなかったことを思い出した夢子はかつて夢見弖から送られてきた夢見弖と世南のツーショット写真を見せる。

 

「男の人の方。この人が新しい当主の世南さんで…」

「違うわ夢子」

 

 夢子が見せたスマホを指さした姉は、優しくそれを否定する。複数ある世南の偽名のうちのどれかを知っているのかと夢子が思っていると、姉は棚の中からアルバムを取り出した。入院中に撮られたと思われる写真たちの中にある1枚の写真を姉が指さす。

 

「これは…」

 

 その写真は、病院の中庭にあるベンチで二人の男女が話しているところを撮った写真だった。女の方は紛れもなく姉。その姉が楽しそうに会話している相手の男は…。

 

「世南さん?」

「だから違うわ夢子。彼の名前は…」

 

 姉がアルバムを閉じる。そのとき本の表紙に乗せられた手には、かつてあった×の字がなくなっていた。消えたわけではない。ただ上から別の絵を挿れたことで×の字を認識できなくなったのだ。手の甲に錨の絵が描かれた姉は世南の本名を言う。

 

「どうして、その名前を…」

 

 いくつもの名前を持つ世南がただベンチで仲良く話をしただけの姉に本名を教えるとは思えない。そう思って夢子は姉にどうしてその名前を知っているのかを聞くが、姉ははぐらかすばかり。面会時間が終わりに近づいていたため何とか聞き出そうと夢子が両肩を掴んで体を激しく揺らすと、最後の最後に姉は一言だけ話した。

 

「だって、私を救ってくれた人だもの。名前ぐらいは知っておきたいじゃない」

 

 手の甲に描かれた錨の絵を撫でながら姉は夢子に笑顔で手を振る。

 

 釈然としない気分でエントランスまで戻ってきた夢子は、ユミに支えられながら歩く定楽乃を見つけた。

 

「定楽乃さんとユミさん。こんにちは」

「およー夢子じゃん。病気したの?」

「いえ、少し親族の見舞いに。そちらは…」

「私の検診だ。ユミには悪いが付き添ってもらっている」

「別に定楽乃と一緒ならどこでも行くよ」

 

 人通りが多いため多少の挨拶を交わして別れる三人だったが、定楽乃が階段を上ろうとする様子を見て夢子が声を掛ける。

 

「あの…産婦人科ならエレベーターを使った方が早いかと」

 

 少し歩き辛そうに小股で歩く定楽乃を見て夢子はエレベーターを進めるが、定楽乃は耳をほのかに赤くして俯くがすぐに調子を戻して夢子に向き直った。

 

「私が行くのは整形外科だ。彼に用意してもらった脚の詰め具はまだ調整の必要がある」

 

 そう言って定楽乃は自身の太腿を撫でる。少し小刻みに震えている定楽乃の脚は完璧であると言い難いコンディションだ。

 

「定楽乃は彼ピに下半身が動くよう横七のナノマシンを入れてもらってるの。でも急いで用意してもらった奴だから最適化されてなくて。だからこうして病院に来てるの」

「ユミ、お前まで彼のことを…。だいたい、彼との関係は一族から狙われている私が守られるためのもので…」

「でも週末はお泊り会っしょ?」

 

 その言葉で完全に沈黙した定楽乃は夢子に背を向けると一人で階段を上ろうとし、ユミが慌てて補助に入った。ただの保身や利益のためではない二人の婚姻について聞かされた夢子は少しうんざりとした気分でチケットを見る。

 

 配られたのはあくまで百喰一族の人間だけ。きっと世南が個人的に付き合いの深い生徒会の面々には別で渡されると思うが、そうした学園で特別な立場にはいないが誘いたい人がいる。

 

 夢子はタクシーに乗り込むと、家に帰る前に寄り道をすることに決めた。まだ余っている一枚のチケットを握りしめて。

 




前書きにも書いたように、これで本編は終了となります。しかしまだ思いついたネタというのはございます。そのためこの後もおまけとしてほんのちょびっとだけ続くので、もう少しだけお付き合いの方、よろしくお願いします。
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