「へぇ~。蛇喰さん、もう世南君とやったんですか」
「はい。負けてしまいましたけれど、とても楽しかったです」
放課後の教室、世南とのギャンブルの噂は既に広まっており、既に何人からそれが本当かどうか、勝てたのかどうか質問攻めにされていた。そして今、同じ華組の生徒である金髪ツインテールが特徴的な早乙女芽亜里から話しかけられた。
「とても強い御方でした。またもう一度、やりたいものです」
「なら、私ともやる? 私、世南君に勝ったことあるの。この投票じゃんけんで」
「世南君に勝ったって、あのときは…」
何かを鈴井が言おうとしたそのとき、芽亜里はネクタイを掴んで引き寄せる。
「ポチ、チップ持ってきて」
「…はい」
命令された鈴井が使うチップを持ってくる間に、オリジナルゲームである投票じゃんけんについてのルールを説明する。
投票者30人がそれぞれ一枚、グー、チョキ、パーのうち一つの絵を用意していた紙に書き、参加者に見えないよう投票箱に入れた後、そこから三枚ずつ取り出しじゃんけんをする。どの手がどれだけあるのか、相手が何を持っているのかといった頭脳戦に加えてすべての手を出すことができないという普段のじゃんけんとは違う点が魅力的なこの遊び、投票じゃんけん。
「このゲームを思いついたのは1年生のころで、9月に転校してきたばかりの世南君に私はこれで勝ったの。そのころはまだ今とルールが少し違うけど、早速やりましょ」
そうして始まったこのギャンブル、芽亜里は投票者20名を借金の形やクラス内での扱いといった様々な方法で自分が有利になる投票をするよう買収しており、大金が掛かった際はそれを利用して夢子に勝利した。しかし最終戦、1000万が掛かった大勝負でそれを利用され、一番少ないはずの手で勝利された。
「い、い、いっせんまん…」
「それで、お支払いしていただけないのかしら?」
自身のイカサマを利用された敗北の衝撃と1000万の支払い義務という絶望で何も見えなくなっていた時、夢子は傍に寄り添って声を掛ける。
「んッ!!…一週間…お待ちして、いただけないでしょうか…」
クラス内で高い勝負強さとイカサマを見破り、そして利用してきた芽亜里も一般的な家の出。1000万円という大金をすぐに用意できるわけがなく、頭を下げるしかなかった。
「そうですか。ないものは仕方ないですね、待ちましょう。でも私、あまり我慢強くないほうなので」
冷や汗が頬を伝って床へと落ちる。ただのお嬢様だと見切っていた芽亜里は、既に夢子の狂気を察知し、測ることができなくなっていた。
「世南君と勝った時のこと、教えて下さるかしら?」
「は、はい…」
そうして始まったのは、去年の9月。まだ鉄仮面と呼ばれる前のただの男子高校生だと思われていた頃の世南琉偉の話でだった。
――
芽亜里は夢子と同じように、転校してきてギャンブル慣れしていない世南を勝負に誘った。やったギャンブルも同じく投票じゃんけん。ただし当時はまだ参加者自身も投票できたため、手の総数は32枚だった。
一回戦、二回戦、三回戦のすべてに10万円をベットした世南を勝たせた後の四回戦目に事件は起こった。
「今の私には幸運の女神が付いている。そう私は確信している」
「そう、ならもう一回やる?」
「はい。今度は全額ベットします」
掛け金は4334万。この学園の校風を知っている両親が持たせたという軍資金300万と勝ち金30万、そして自分で持ってきたという4万円のすべてに加えて4000万という人生を賭けた。4000万超というバカげた額も、ここぞという場面では負けたことのない芽亜里は快諾した。
「OK、じゃあ、その女神さまが離れないうちに始めますか」
そうして始まった第四回戦、4334万という芽亜里にとっても決して少なくはない額が掛かった試合で早々に合図を出させ、有利になるよう投票させた。当時は30人中20人がグ―、10人がチョキになるよう指示しており、グーを出せば基本的に負けないようにしていた。
20枚もグーがあり、10枚がチョキ。自身もまたグーに投票したこともあり、仮に世南がパーを入れたとしても三十二分の一、3.1%を手に取った三枚の中に掴める確率は絶望的である。
肝心な芽亜里の手札はすべてグー。負けないことが約束された手札だった。
「クックック…流石に白痴だ」
自身の手札を見た世南が零す。
「この勝負は今までのとは違う。そうですよね、早乙女さん」
「ちょっと、突然何を言い出すの?」
「いいや、ここまで分かりやすいイカサマを仕掛けてくるとは思わなかったので、つい」
有利投票がバレたかと、そう思うがまだ分からない。世南の手がまだチョキ三枚の可能性があるからだ。もしそうなら勝てるし、グーでもあいこで仕切り直し。六枚全てが同じ手になるという確率も、ないわけではないため運の片寄りとして処理できる。
「この感じ、全体で多いのはグー、次点でチョキといったところか。パーは存在しない。私が入れた一枚を除いて」
「ッ⁉」
「そして今までの勝負。それのすべてに運で勝ってきた私には、そのパーが運ばれている」
敗北。その二文字が芽亜里の脳内に過る。
操作によってグーが溢れているこの一戦。芽亜里の手札はすべてグー。仮に世南の言葉がイカサマを調べるブラフではなく真実だった場合、間違いなく負ける。
グーが多いということを看破しているため、世南の手にもグーがあることは間違いない。仮にチョキが一枚入っていたとして、そこまで読み切っているのならチョキを出す理由は無い。出せば高確率で敗北、よくてもあいこのチョキなど、出すだけ無駄。むしろ敗北する危険性がある。
となると出すのはグーかパー。いや、チョキが芽亜里の手にあることを考慮すればグー一択か。いや、それで手数が減ってチョキが出る確率を避けるため、初手でパーか。それとも安牌であるグーを温存するため、ここでパーの存在を強調してチョキを出すことを予見してのあいこ目的のチョキか。いや、それなら結局のところグーを出すことで勝利できる。それならパーを切る必要もない。だからグーを出すしかない。しかしそれを読んでのパー。あるいは、さらにそれを見越してのチョキ対策のグー。
思考が堂々巡りを続けていた時、追い討ちのように世南が言葉を続ける。
「そもそも、こんな確定で勝てないイカサマなど愚の骨頂。それをしている時点で、お前のギャンブラーとしての程度が知れる。中途半端。己の運にも力にも自信の置けないお前の本心が見て取れる。私は既に決めた、お前も決めろ、早乙女芽亜里!!」
「うるさいッ!!」
選択肢はグーしかない。だから祈るしかない。世南が本当はパーを持っていないことを。あいこで終わってくれることを。
「き、決めた、わ…」
声が震える。負ければ4334万、すぐに支払うことなどできない。そうなった場合、自身も家畜へと堕ちる。それだけは嫌だ。そう思いながら、一枚のカードを手に取る。
「クックック、やはり白痴だ」
「…」
「俺が望むのは敗北だ。どうしようもない敗北だ。だから、勝つと困る」
「フェ?」
意味が分からないといった表情で、芽亜里は世南を見つめる。実際、理解できていなかった。
「お前の顔を見れば、お前の手札がグーだけだと分かる。よかったよ、チョキを持ってなくて。グーを出していたら勝っていた」
開示された手札は、チョキ。
芽亜里の出したグーに負ける、チョキ。
「ありがとう、これで家畜になれる。重ねてになるが、心のそこから礼を言うよ。おかげで家畜になれる」
手元にあったお金を全て芽亜里に渡した世南は早速教室を去ろうと帰り支度を始めるが、芽亜里は呼び止めた。
「ちょっと待って。パーじゃないってどういうこと? 今の流れなら普通はパーを出すんじゃないの⁉」
「確かにな。俺の手札はグー、チョキ、パーがあった。それならパー一択だ。だが、俺は負けて家畜になりたかったんだ。ならパーなんて出すわけないだろ。確実に勝ってしまうのだから」
机に置かれていた世南の手札を確認すると、確かにグーとパーであった。
「あんたが、何を言っているのか分からない。何を喋っているの」
「なら分かるように説明しよう。俺はギャンブルに負けて家畜になりたかった。公式戦をするために」
公式戦。家畜になった生徒が一度だけ使える、常識の範囲内であれば決して断ることのできないギャンブルを申し込むことのできる権利。慣例として生徒会は青天井であることが知られており、一発逆転を掛けて挑み、そして散る生徒は枚挙にいとまがない。
「それでは、今度こそ帰らせてもらいますね。私、このあと少々用事がありますので」
そういって世南が去っていった後、ある生徒は腰が抜けて尻もちをつきながら話す。
「わ、私、見えちゃったの」
わなわなと手を震わせながら、世南が持っていたパーのカードを指さす。
「箱に入れるとき、世南君の票が見えちゃったの。あのとき、世南君はグーを入れていたの。そのはずなの」
一連の発言を聞いた芽亜里は、投票箱の中身を全て出して数を数える。合計は26枚。机の上にある互いの手札も加えれば32枚と本来の数に合う。しかし先の内容が本当なら、世南が書いたというグーも含めて33枚なければならない。そうでなければ、一枚分足りないのだ。しかし現実カードは32枚しかなく、グーの中に世南が書いたものはない。
「どういう、ことなの。あいつはなんで存在しないパーを手札に持っていたの。負けることが目的ならわざわざパーなんて持っている必要ないじゃない。だとしたら、なぜ…」
謎が謎を呼ぶことに頭を抱える中、ある一つの可能性が脳裏に浮かんでくる。
「まさか、本当は負けていないことをアピールするために? それなら一応の説明はつく。負けるのが嫌いな性格なら、いくら家畜になることが目的とはいえただ負けるのは嫌なはず。だとしたら、あれは真の敗者は私だということを伝えるための…」
膝に力が入らず、腕でなんとか机にしがみついて倒れることを避ける。そもそも、芽亜里は世南から目を離していなかった。当然、イカサマはできない。ポッケや袖に隠していたパーと交換することは、できない。できるタイミングがあったとすれば、それは箱から取り出すとき。しかしあのわずかな時間で自分の書いたグーを探り出して袖の中にしまい、パーを出すことなどできはしない。
頭の中が晴れ切らないまま家に帰り、そして次の日。首にポチと書かれた札を提げた世南は、机の上で手紙を書いていた。
「これって、まさか…」
「そうです。挑戦状です」
筆を進めながら世南は返事をする。使う紙はそこらの裏紙などではなく、金の装飾がされたもの。そしてその最初にある名前は…。
「桃喰 綺羅莉⁉」
「突然押しかけて断れない公式戦を仕掛けるのは無礼ですから。こうして手紙を書いて都合のよい日時を」
「あんた、正気なの⁉ 会長は前会長を下して今の役職に就いたのよ⁉ このポチミケ制だって、今の会長が…」
「知ってるよ」
平然と、ただ淡々と返していき、書き終えた世南は封筒に手紙を入れる。
「それでは少し、生徒会室まで行ってきます。手紙とはいえ直接会えるのだから」
「ちょっとあんた、待ちなさ…いっちゃった」
こんな筈ではなかった。転校生に少額の負債を負わせて家畜にし、いつでも使える小間使いにするはずだった。それがなぜ、生徒会長に公式戦を挑もうとする狂人を生み出す羽目になったのか。
勝者であったはずの芽亜里は今もなお、世南のことを苦手として接触を回避している。それはひとえに、このことが理由だった。
「道理で、ゲームが終わる度に投票箱の中身を数えていたのですね。…それで?」
興奮して頬を上気させたまま、夢子は続きを促した。しかし芽亜里は怪訝な目つきでそれを見る。
「続きって…。これで終わりよ」
「そんなはずがありません。まだ生徒会長とのギャンブルについては話されてないじゃないですか」
傷心故に帰ろうと鞄を取ろうとした手を掴んだ夢子は、先を急かす。しかしないものはない、芽亜里はそれを振り払った。
「生徒会長と世南のギャンブルは私も知らないわよ。聞きたいなら本人の所に行って」
「そうですか。それでは芽亜里さん、御機嫌よう」
芽亜里を見送るその眼には、既に別のものが映っていた。
想像上でしかないとはいえ、世南と綺羅莉のギャンブルする姿。それを思い浮かべるだけで、夢見心地になる。
「ほら、行きますよ鈴井さん」
「ちょっと、夢子さん? 行くってどこに」
「生徒会治安維持委員長室、世南さんのところです」
我慢できなくなった夢子は、急いで机の上に出した現金1千万を回収すると、廊下を小走り気味に歩き出した。
なお、既に世南は帰っていた。
「そんなぁ、これじゃあ生き殺しですゥ!!」