「お邪魔するよ」
伝統文化研究会の部室に世南は部員が行く手を遮ろうとしていたのを正面から突破して入室した。
「あら、琉偉君。そのお姿を見るに非番のようですね」
そう声を掛けた細目の和服姿の女子生徒、3年菊組、生徒会庶務にして世南が訪れた伝統文化研究会の会長である西洞院百合子は会員を腰に引きずったまま襖を開けた世南を見て判断する。世南は確かに治安維持委員会の制服である白のコートに白のズボンであったが、異名にもなった治安維持委員会の象徴である鉄仮面を被っていなかった。
「はい。それで、同級生が西洞院先輩に公式戦を挑んだそうなので、見物に来たのですが…」
西洞院の対面に座る女子生徒、先日の投票じゃんけんで夢子に負けて1千万の大敗北を喫し、そこに偶々上納金の締め切りが重なったことで家畜となった早乙女芽亜里の青い顔、過呼吸気味の息継ぎ、そして突然の入室者である世南に構うことすらできない様子から見て既に公式戦が終幕したものと判断した。
「残念でしたわね。あとはもう剣の刺さった位置を確認するだけですわ」
二人の間に座る研究会の会員である生徒、熊楠の手には小さな茶器のようなものがあった。伝統文化研究会が考案したオリジナルギャンブル、『生か死か』。ルーレットゲームと丁半賭博のように出目を予想するギャンブルで、壺振りが壺の中に小さな剣を模したコマを10本入れ、30か所の穴が空いた盤に被せる。そしてどの穴にコマが刺さったのかを予想するギャンブルだが、面白いことにコマが下向きに刺さった場合、判定は死。倍率がマイナスの30倍される。逆に上向きなら生としてプラスの30倍。両者ともに当てられなかった場合はチップの移動はなしである。
「百合子様、再開しても?」
「いや、折角来たのだから茶々ぐらいは入れさせてほしい」
世南は盤を焦点の合わない目で見ているままの芽亜里の隣に座ると、肩を叩く。西洞院も二の句を継がなかったため、世南は許可されたと受け取り、世南のことをまるで恐ろしい物のように見る芽亜里と話す。
「随分と酷い状況ですね、早乙女さん」
「よ、よ、よな、くん…」
目を背けたいがそれをすれば命が取られる、そう世南のことを感じてしまっている芽亜里は、伏し目で世南を見た。先日夢子によって家畜から解放された鈴井のことを家畜同然に扱っていた芽亜里ですら、家畜だった頃の世南をそう扱わなかった。そしてそれは立場が逆転した今もそうだったが、今も変わらず芽亜里が圧倒的に気圧されていた。
「折角の公式戦でこんな
「そ、それで、私になんの…」
「まあまあ、別に煽りに来たわけじゃないさ。だが、こんな中途半端なゲームに挑んでしまったんだ。なら、最後までやり通さなきゃな」
負ければ予想が当たったチップの額の30倍が負債となるこのゲーム、敗色濃厚となった芽亜里は既に逃げ出したい気持ちだったが、非番とはいえ治安維持委員会の長。暴れれば容赦なく制圧するということを暗に伝え、そして頷いた。
「よし、では早速だが神に頼もうか」
「は、はぁ?」
世南の素っ頓狂な物言いに、賭けの当事者である早乙女と西洞院のほか、同じ部屋にいた研究会の面々に加えて見学に来たのであろう入り口にいて声が聞こえた夢子と鈴井も驚いた。
「神頼みだよ、神頼み。このギャンブルは運の強い方が勝つ。たとえ西洞院先輩のイカサマが成功しても、運でそれを越えることができる」
「琉偉君…」
バレにくいはずの生か死かのイカサマがやったことのないはずの世南に極々短い時間で露見したことにこめかみに皺が寄った西洞院に構わず、世南は早乙女の耳に囁く。
「いいか、早乙女。イカサマを見破れずにここまで来てしまったお前は、運に委ねる…則ち神に頼むしかないんだ」
「あ、あ…」
「さあ祈れ、どの神でもいいが、賭博をしているんだ。金運の神様の名でも呼びながら手を合わせるといい。さあ、さあ、さあ!!」
徐々にボリュームの増していく世南。それに対し早乙女は、少しずつ、少しずつ動き始めた。そして…。
「さっきからうるせえんだよ、この鉄仮面野郎が!!」
「ガルダッ!!」
世南の顔を睨みつけた後、短く整えてあるその髪を掴むと畳に叩きつけた。
「私は、私の持つ運と力で戦う!! それで負けても、後悔はしない!!」
「アウドムラッ⁉」
そう宣言して、仰向けになった世南の腹を力強く踏み抜くと、芽亜里は西洞院に向かい直した。
「私には、このギャンブルで行われているイカサマは分からない。だから、世南の言うことを信じる。私は私の運であなたに勝つ!!」
「いいぞ、早乙女。だから早く足をどかして」
「フンッ!!」
「スードリッ!!」
再三に渡って攻撃された世南を、研究会の生徒が救出して畳の上を転がしていく。
「そう意気込まれるのは結構ですが、あまり強く出ない方があなた自身のためですよ。熊楠さん」
「はい、判定は…」
少し顔色を青くした世南が細い目で見守る中、出された判定。早乙女の死。4960万の負けで決着した。公式戦の権限を失い、普通であれば取り乱す場面。しかし、そんな状態でも早乙女はケロリと平静を保てていた。
「負けちゃったわね、私」
「そのようですね、早乙女さん。回収方法は追って連絡致します。それでは」
「ええ、失礼します。西洞院さん…ハァッ!!」
「フリーデンッ!?」
去って行こうとする早乙女を追おうとして立ち上がった世南の腹の鳩尾に鋭い一撃を加える。あまりの出来事に崩れ落ちる世南だが、その顔に苦悶はなく、むしろ喜んでいた。
「久しぶりだ。早乙女の顔から憑き物が落ちた…それはそれとして扱いが酷い」
過去の自分が植え付けた恐怖を克服することができた早乙女を見送った世南だったが、服に足跡がついてしまっているため、別室に案内されて服を整えていた。そのときだった。
「あら、琉偉。伝統文化研究会に来ているとは聞いていたけど賭場にいなかったから少し探したわ」
「閣下…」
白い肌、水色の唇、そして銀髪を三つ編みにしてさらにそれを輪っか状に結った髪型の私立百花王学園生徒会長、階級制度、家畜制度、献上金制度の確立者である桃喰 綺羅莉がそこにいた。
「今、蛇喰夢子がやっているの。あなた、さっき早乙女芽亜里さんに神頼みしろと言ったそうね」
「はい」
「あなたも予想しなさい。同じものを用意したわ」
そうして会員から渡されたのは、生か死かで使う数字の書かれた盤。チップではなくおはじきが置かれているため、金は使わなくていいということだろう。
「この部屋の様子を、二人は?」
「いえ、知らないわ。だから好きなようにやりなさい」
「分かりました。それでは」
その言葉を皮切りに、17に生の、30に死のおはじきを並べていく。一切の迷いなく行われるそれに、綺羅莉は興味津々といった様子で釘付けになっている。
「この配置にした理由は?」
「このようになる、からです」
理由を聞かれても、一切の迷いなくそう返す。しかしこれはどう考えてもおかしい。まだ二人は掛け金の設定の話をしており、コマは壺にも入っていない。だというのに、そうだと断言する世南を綺羅莉は楽し気に見る。
「私にはあなたが分からない。私を負かしたというイカサマですら、まだ分かっていない。ねえ、琉偉。教えて。あなたは一体何を仕掛けたの?」
「…」
「会長…」
世南の背に体重を預けて腕を前に回した綺羅莉を、生徒会書記にして綺羅莉に心酔している五十嵐清華は驚きの表情で見つめる。しかし世南はそれに反応することなく、また言葉も返さない。ただ視点だけは、綺羅莉の胸に注がれていた。
「ふふ、これが気になるのね」
「…まだそれを持っているのですね」
「当然よ。私はあの時のことをまだ忘れていない…いいえ、むしろ今も鮮烈に脳裏に焼き付いているわ。あなたとのギャンブルは」
世南のことをいたずらっ子のように見た綺羅莉は、制服の下に隠れていたネックレスを取り出した。
「分かっているわ。答えは、私が見極める。あなたのしたギャンブルはすべて記録しているの。大金の掛かったものから、お友達としているジュース一本分の値段しかないものまで。いいえ、それ以上にあなた個人のことも記録している。いずれあなたの鉄仮面の下にある本当の顔も、明かして見せるわ」
「楽しみに待っています、閣下」
「ふふ…あら、結果が出たみたいね」
結果は、世南の予想通り、17の生と30の死。始まる前から行っていた世南の予想通りに、もはや予言の域に達しているそれ通りになった。
「本当にすごいわね、琉偉。それで、次は?」
再度の指示。それに対し世南は、再びおはじきを並べていく。完成したのは、7と24の生、10の死だった。
「ただし閣下。これは、何者も操作を行わなかった場合の結果です。もし何者かが追加の操作を行えば、この24の生は外れる」
「それはどうしてかしら。なぜ操作する必要が?」
「それは、蛇喰夢子だからであります」
24から生のおはじきを排除した世南は、顔をすぐ横に出している綺羅莉に自身の予想を伝える。
「そもそも、この生か死かの振り子の手には、ほくろに偽装した鉄のピアスが通されています。そして剣の中に一つだけ磁石の入ったものを使用し、的中率を上げている。ただし、あくまで上げるだけに留まっており、確実に勝てるわけではありません。しかし西洞院先輩の財力によって、最終的には勝ちを納められる。そういうギャンブルです」
「それに、蛇喰夢子がどう関係するというの」
「はい。閣下も既にお察しの通り、蛇喰夢子は賭け狂い。リスクを承知で破滅的な賭けを行う。故に彼女が狙うのは、自身のチップ全てを使った一点賭け。もし成功すれば21億7千万の支払い義務が西洞院先輩に生ずる。そうすれば、先輩は献上金に手を付けるか家畜に堕ちるかの二択になる。そんな大負けをするのは避けなければならない。そう考えた何者かが室外から磁石を操作し24のコマを外させる」
「そうなの。じゃあ、確かめに行きましょうか」
先に立ち上がった綺羅莉に差し伸べられた手を取って立ち上がった世南は、夢子と西洞院がギャンブルを行っている部屋の襖を開ける。その中では、やはり世南の予想通り、24に全額ベットした夢子と万一を考えて取りやめを求めようとしていた西洞院の姿があった。
「会長…」
「百合子。続けなさい」
「ですが…」
「西洞院先輩。お早く。閣下も、蛇喰夢子も。そして僕も。みな結果を首を長くして待ち望んでいるのです」
目上の者と、本来であれば後輩ということもあり目下のはずの者。そして対戦相手である蛇喰夢子から急かされた西洞院は、振り子である熊楠に壺を上げさせる。
「へぇ~、やはり琉偉が言ったとおりになったわね」
結果は世南が最終的に出した結果の通りの7の生と10の死。そして7に西洞院が張っていたこともあって夢子は3億1千万の負けとなった。
「失礼するわ。リリカ、清華」
「はい、会長」
「琉偉も、あまり邪魔にならないようにね」
「了解です、閣下」
去って行った綺羅莉と副会長のリリカ、そして清華に続いて世南も退出しようとしたとき、二人のギャンブルを観戦していた鈴井が世南に助けを求める。
「ちょっと待ってよ!! 君の友達が3億を超える借金を負ったんだよ⁉ それなのにどうしてそう無反応なのさ!!」
「別に…」
襟を掴まれた世南は、ばつが悪そうな顔で鈴井を見る。
「夢子なら元手があればすぐに3億1千万なんて回収するだろ。それに、閣下が夢子のことを放っておくはずがない。近いうちに何かしらのギャンブルに呼ばれるはずだ」
「そうなのですか!! それは大変楽しみです!!」
「楽しみって…。それに、一時的とはいえ家畜になるんだぞ!! その間になにかあったらどうする気だ!!」
「させねえよ」
ぞわっと、これが早乙女芽亜里を長くにわたり苦しめた世南の恐怖かと鈴井は理解する。その気迫は、ギャンブルに勝って落ち着きを取り戻していた西洞院の顔を再び引きつらせるほどだった。
「俺はこれで帰る。もし元手が必要だったら部屋を訪ねてくれ。友達のためなら無利子で1億ぐらい投資できる。見えない場所から見守りもする」
「ありがとうございます、琉偉君」
「それから、西洞院先輩。これからも後輩共々、末永く」
そうして部屋を去った世南。夢子は1億もあればどれほど無茶なギャンブルができるのかと想像を膨らませながら、生徒会から来るであろうお誘いに胸を弾ませるのだった。