「私は、お前に復讐する!!」
芽亜里の策謀と夢子の善意によって得た偽りの勝ちの高揚感が落ち着いた蕾は、世南を指さして叫ぶ。
「復讐って…世南、あんた何したの」
「何もしていない。だからこそ恨みを買った」
「それはどういう…」
二人の間にある軋轢が何か分からない芽亜里と夢子は、過去に何があったのかを質問する。そのとき、蕾は自身の短く整えられている髪を力強く掴んで語り始めた。蕾菜々美が真の家畜に堕ちる原因となったいきさつを。
蕾菜々美は、極々ありふれた一般的な少女だった。幼少期は白馬の王子様と結婚することを夢見、お人形遊びやままごとに興じる平凡な少女だった。小学校の頃から伸ばし始めた髪とは対照的に伸びない背に悩みながら過ごした中学三年生のころ、蕾は私立百花王学園の存在を知った。
上流階層や政財界の子息が通う百花王学園では、かつて憧れ、そして今なお夢に現れる白馬の王子様と出会えるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませて勉学に励み入学した百花王学園だったが、現実は無情。賭博が平然と行われ、上納金を納められない生徒を家畜と見なし文字通り家畜として扱う異常な世界。一般家庭出身の蕾は持たざる者であり、この学園において持たざる者は家畜になるしか道はなく、入学早々に蕾菜々美は家畜に堕ちた。
石の上にも三年というように、家畜となって5か月が経ち家畜であることに慣れてきたある日、同級生の木渡潤に呼ばれた蕾は呼び出しを家畜という立場上断ることができず、学園の裏手に行く。そしてそこで自身のアイデンティティーであり、家畜となっても前を向いていられた理由である髪がただ木渡の欲求を満たすために切られそうになるという事件が起きた。
そう、切られそうになる事件だ。当時はまだ設立されてから日が浅かった治安維持委員会が木渡を止めたのだった。その際に見た鉄仮面は、蕾には人々を救う白馬の王子に重ねて見えた。
だが後日、それ以降二度と鉄仮面を白馬の王子とは見えなくなり、ただ機械的に業務を行うだけのマシーンにしか見えなくなる事件が起きた。
その日もまた、蕾は木渡によって学園の裏手に呼び出されていた。かつて自身を見失いかねない危険に遭ったその場所は、蕾にとっては白馬の王子様と出会った特別な場所であった。
「蕾、髪を切れ」
錆びた鋏を掌に乗せた木渡が、そう命令した。
「い、いy…」
「断れる立場かよ。お前は家畜なんだ。早く切れ」
取り巻きに持ってこさせた椅子に座って蕾が髪を切る瞬間を今か今かと待ちわびている木渡だったが、一向に動こうとしない様子を見て徐々に痺れを切らしてくる。
「お前も分かっていると思うが、鉄仮面は来ないぞ」
「そ、そんなこと…」
「治安維持委員会はギャンブルで賭けの対象にした場合を除いて身体的傷害を取り締まる。以前は無理やり切ろうとしたから現れた。おかげで歯と骨の治療に300万は掛かったよ。だがいまは違う。俺は命令しただけだ。俺が切っていない。蕾、お前が自分で切るんだ」
木渡は恐怖を与える笑みで蕾に告げる。蕾はそんなことがあるはずがないとかつて世南が立っていた白い小さな物置倉庫の上を見る。
「鉄仮面様!!」
そこには確かに、世南がいた。鉄仮面を被り蕾のことを見つめたまま、立っていた。
「ほらな。さしもの鉄仮面も今のこれが取り締まりの対象外だと認めている。じゃなけりゃ奴は俺のことをまたあの警棒で殴っているさ」
「ッ…⁉」
そうだ。世南は確かに立っていたのだ。ただ、立ったまま動かないのだ。あのときのように、飛び降りて助けには来ない。木渡と同じように、髪を切ろうとする蕾を見つめるだけ。
「そうだろ? 鉄仮面さんよ」
「ああ。現状、治安維持委員会が介入するに足る事件性はない」
木渡の質問に、世南は機械的に返事をする。鉄仮面を通して聞こえたそれは、人間のものか疑いたくなるほどの、無機質な物だった。
「ウッ・・・グッ…」
その日、錆びて容易に切ることができない鋏で自ら髪を時間をかけて少しずつ切り落としていく最中で、蕾菜々美は壊れた。自分自身の感情に蓋をすることで、家畜としてどれだけ酷い目にあったとしても受け流していこうと決めたのだ。少女のような白馬の王子様への憧れも、思い出さなければ辛くない。
髪を短く切った蕾菜々美は、その日、真の意味で家畜となった。
だが今、蛇喰夢子によって人間性を取り戻した蕾菜々美は、自身の感情を爆発させた。世南の息の根を止めるという、復讐心となって。
「いいだろう。公式戦を受理する」
女にとっての命である髪。それを自ら失わせる様をただ黙って見ていただけという世南に、芽亜里はもちろん友人となった夢子でさえ軽蔑の色を示す。そこには目の前で公式戦という一大イベントが行われるというのに一切の反応を示さない程の敵意があった。
「行う競技は『実弾射的』。詳細なルールと練習用VRは本日中に郵送する。日時については、目途が立ち次第伝える」
そう言い残すと木渡を連行しに来た委員が部屋を去るのと同時に出ていった。
誰もが世南に対し侮蔑の怒りが湧いている中、木渡を通じて態と電流を流した清華だけが、何言わぬ顔で笑みを浮かべていた。
数日後。目撃者が出ると面倒なため人が来ない学園の裏手で世南と蕾の公式戦は行われた。ゲームを行うために必要な設備を置くスペース確保のために選ばれた場所は、奇しくもかつて世南が救い、そして見殺しにした場所のすぐそばだった。
「これが実際のものだが…どうだ? 送ったVR訓練のと違いはあるか?」
「全然」
サーカスのような巨大なテントの中には鉄仮面を外した世南と蕾のほかには誰もいない。治安維持委員会の他の面々はここに誰も近づかないようテントの周囲を封鎖していた。
行う『実弾射的』は文字通り、実弾を使って射的をする非常に分かりやすいものだ。手前から1点、2点、3点、4点、5点の的の列が現れ、制限時間の1分以内にどれだけ多くの点数を相手より取れるかを競う。的は点数が高くなるにつれて小さく、また動きが速くなる。実銃を用いて行うため銃刀法違反なのだが、生志摩が自前で回転拳銃を所持している時点で学園内は無法だ。
「VR訓練と同様に、同じ点数列の的を全て破壊すると再補充される。再補充に制限はない。弾も、目の前にあるテーブルの上に置いてある。暴発等に備えた防弾装備は設定が終わった後だ」
二人の目の前には的との距離が0mであることを示す台があり、ここから後ろで射撃を行う。台から20m置きに的が設置されており、5点の的は射手から100mの場所にあった。遠近法によってただでさえ的は小さく見えるが、5点の的は1点の的の半分の大きさしかなく、スコープが無ければ精確な射撃は不可能だ。
「掛け金の設定に移ろう。勝者は2000万を得るが追加でお前が勝てば得点差×1千万円を用意する。だが、それでは足りないだろ?」
だから、と犬歯が剝き出しになるほどの笑みを浮かべた世南は自身の左胸に右手の親指を当てる。
「私を銃で撃つ権利を与えよう。これはギャンブルの賭けの対象だから委員会が出てくることはない。それでいいな」
「はい」
好意によって先手番となった蕾がガンロッカーからその体格にあった小さな銃を取る。
「マシンピストルか」
集弾性がよくなく、遠距離を狙うことができないマシンピストルだが、そのファイアレートはかなり高い。また装弾数が多くリロード交換も容易で大きさも小さいため、小柄な蕾にとって扱いやすい銃であることは確かだ。しかし世南は単に銃の特性だけで蕾がそれを選んだのではないと見抜いた。
「低い得点をたくさん集める作戦か」
初心者である蕾にとって、100m先にある小さな5点の的に命中させるのは狙撃用の銃を用いたとしても困難だ。そのため1点狙いは逆に効率がよい。加えてマシンピストルの低い集弾性は、逆に言えば拡散性が高いとも言える。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという言葉を今から行おうとしていた。
開始五秒前を知らせる赤いランプが点灯する。蕾はマシンピストルの安全装置を解除し、トリガーに指を掛けた。ランプが点滅していき、そして0秒になった瞬間。緑のランプが点灯して横になっていた的が一斉に立ち上がる。
「うわああああああああああああ」
マシンピストルの銃声が音を逃がさない素材でできた天幕によって反響される。蕾が口を開けて何かを叫んでいるのを見ながら、世南は自動でカウントされる点数ボードを流し見していた。破壊する的のほとんどが1点で、流れ弾で2点が入るとはいえ点数の増え方は非常に緩やか。時折破壊し損ねた的があることで順調に補充がされないこともあり、おそらく想定していたよりも点は低いものだと思っていた。
残り時間からして後一マガジン分撃ったら終わり、これは負けそうにないと世南が思ったそのとき、蕾はマシンピストルを右手で持ち、空いた左手にもう一丁追加でマシンピストルを持ち腕を交差させる。
「私は、勝つんだ!!」
両の手でマシンピストルを持ったことで命中は下がったが、形成された弾幕によって次々と的を破壊し、そして補充され、再度破壊していく。残り時間が少なくなり、次にリロードすることがないため行える奇策。思わず世南も舌を巻いた。
「はぁ、はぁ…」
終了のブザーが鳴るのと同時にマシンピストルも弾丸を全て吐き終えた。交差した腕の先にある二つの銃口から出る煙が肩で息をする蕾と連動して揺れ動く。この数日間の空いている時間をすべて使って脳が現実と区別できないVR訓練を受けていた蕾は、すべてを出し切った。
「たかが数日でよくもここまでやったよ」
記録された点数は、143点。初心者が低い点数ばかりを狙ったわりには、十分に高い結果をたたき出していた。そのためこの言葉も、皮肉や嫌味でもなんでもない、純粋な賛辞だった。
「私はこれを使う」
後攻、世南がガンロッカーから取り出したのは、いわゆる和弓と呼ばれる一般的な成人男性よりも巨大な長弓。銃の扱いに慣れた世南がこの実弾射的に銃を用いるのはフェアではないと考えた結果、現代では戦争において使われない武器を選んだ。
「そうしてまた、私のことを下に見るんですね」
フェアではない、だから和弓を使う。
現実的に考えて、確かにプロがここ最近VR訓練を積んだ素人に射撃演習を行えば、十中八九プロが勝つ。しかしここは競技場、プロだろうがアマだろうがトウシロだろうが、同じ場に立った以上は全力を出して戦うのが常。
それをせずに和弓を使うことで己の能力を制限する世南に、勝ちの目がたとえ自分に転がりくる可能性が低くなるとしても、蕾は抗議した。なにせこの公式戦は蕾が世南に行う復讐の戦い。全力を出した世南を叩きのめさなければ気分は晴れないのだ。
だが、相手は世南だ。
「誰が弓を使うことがペナルティーだと言った」
世南は矢を5本取り出すと、それを同時に掛け、そして開始前のため倒してある5点の的に向けて射る。
「そんな…」
結果は、5本すべてがそれぞれ別の的に当たった。これだけで、蕾が1点の的を25枚破壊するのと同じ点数が与えられる。
「私には弓のスペシャリストが身内にいる。当然、銃器と同様に学んださ」
矢と予備の弓を台の上に置いた世南は、準備が完了したため開始5秒前のカウントを始めさせる。
「鎧袖一触だ。心配はいらない」
赤のランプの点滅が緑のランプの点灯に変わった瞬間に、世南は同じ列にある的の数から1を引いた数だけ矢をつがえ、そして放った。
「まさか、5の的だけを狙うつもり…」
1点の的だけに狙いをつけて破壊した蕾は、世南が自分とは逆に高得点の5点の的だけを狙っていることを察する。既に先程の一斉射で自身の弓の腕前を披露したことから、100mという距離も容易に狙えるということは示している。だが5点の的は蕾が狙った1点の的とは違い不規則かつ高速で動く。先程は稼働前のため停止していたが、今は既に動いているはず。
VRでまず最初に蕾が行ったのは、狙撃銃を用いての5点的の集中破壊だった。しかしそれは銃器が体格に合っていないことや遠距離狙撃が高難易度であること、そしてまた5点的が高速移動するものであったため、諦めてマシンピストルによる低得点目標の大量破壊を選んだ。
「鉄仮面…」
蕾がやろうとし、諸々の理由でできなかったため諦めたそれを、世南は行っている。それが無性に感情を逆撫でしていた。
次々と5点の的を狙うのに邪魔となる的を破壊していった世南が、4点の的を破壊し終えたとき、わずかに矢を取ろうとした手が止まる。
「しまった…」
そう零した目線の先には、ゲームが始まったにも関わらず横になったままの5点の的。おそらく起動前の状態であるにも関わらず世南が的を破壊したことでプログラムにエラーが起こり補充されないままだったそれを見て世南は急遽作戦を変更する。
「この状況では致し方なし、か」
一つだけ残していた4点の的を破壊し、狙いを4点の的に変更する。初めて的が補充された時点で、世南の得点は44。同列に的は5枚しかないため、すべてを同時に破壊した場合は20点の加算。蕾が143点であることを考慮すると、あと5回それを行えばよい。しかし弓術のプロが矢を一本のみ用いた場合に射れる平均回数が1分に10回、対して世南は特別な訓練を受けているとはいえ矢を複数本同時に射っているため、邪魔となる的を壊す段階で既に残り半分の時間しかない。
世南は自身が持つ最大限の能力を発揮して次々と矢をつがえ、そして的を破壊した。そして終了のブザーが鳴る瞬間に、5回目となる射的を行った。
「はぁ、はぁ、…負けたか」
得点板には、140の数字。最後の一射、時間が足りずに十分な狙いを付けられなかったため、1枚破壊し損ねたのだ。
「おめでとう、蕾菜々美。君の勝ちだ」
ゆがけを外して拍手をしながら近づいてきた世南を、蕾は困惑した表情で出迎える。マシントラブルによる奇跡的な勝利。それを心の底から喜べなかったというのが、半分。そして、これから自分が一人の人間を殺すのだということに現実味を持てなかったのが半分だ。
「さあ、外へ行こう。お前と僕の始まりの場所で、お前が僕を終わらせるんだ」
試合中は外していた鉄仮面を被った世南は、蕾が使っていたマシンピストルを持って外に出た。しばらくしてから出てきた蕾は、あの日、世南と出会い、そして己を封じた物置の前に立った。
「心配するな。ボーナスも含めた5000万はあとで必ず委員会の者に渡させる。だから…」
蕾にマシンピストルを渡して離れていったとき、遠くから見覚えのある顔が走ってきた。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!! 世南君、君は何をしているんだ⁉」
「なにって…ギャンブルで負けたから、賭け通りに蕾さんに撃ってもらおうと」
先頭に立って世南を自身の身体で蕾から隠そうとしたのは、級友の鈴井。
「世南、あんたって本当に頭がおかしいのね」
「すみませんでした、世南君。あなたのことを知らないで嫌悪してしまって」
声のした方を向けば、芽亜里と夢子が歩いてこちらに向かってきていた。
「皇さんから聞きました。その日の後のことを」
皇伊月。実家が大手玩具メーカーで社長令嬢。それを利用してイカサマ道具を用意してギャンブルで稼ぎ、金がなくなった者からは趣味である生爪のネイルコレクションのために爪を賭けさせていた。しかしそのイカサマを夢子に利用されて敗北。2000万円の負けに加え、さらに次は生爪を賭けてギャンブルをしようと狂気の提案をされた結果、ただ泣いて許しを得るしかなかった1年生。元生徒会。
「豆生田先輩が言っていました。世南先輩が、助けられなかった生徒のことを後悔していたって」
「そうか、楓の奴か。発言記録は書き換えたから外には広まらないと思っていたのだがな」
その皇が、二人の背から顔を出して言う。事件が起きた当時、皇はまだ中学生。当時のことを知るはずがないと思っていた世南だったが、同学年であり生徒会では数か月単位だが先輩の生徒会会計、豆生田楓の名前が出たことで納得する。確かに皇と豆生田の仲はよかったので、他の生徒会役員についての話をする中で自然と出たのかもしれない。
「その日の放課後、生徒会役員会議で世南先輩は治安維持委員会が取り締まる行為を『賭けの対象にした場合を除く身体の傷害』から『賭けの対象にした場合を除く心身の傷害』に変更しようと提案したこと。そのときに感情を乱していたこと。そして…会長に反対されて廃案になったこと。すべて聞きました」
「余計なことを…」
鉄仮面の下に隠された世南の人間的な部分が、鉄仮面を通してしか世南のことを見ていなかった蕾に露になる。
「もしかしてですけど、あの日、私のことを見つめていただけだったのは…」
「そうだ。規則上、僕が助けることはできない。だからあのとき、お前が助けを求めて拒否することを望んでいた。家畜だから従わなければならない。その呪縛を振り切って、私に手を伸ばすことを」
鉄仮面の下にある世南の顔は、誰一人として見ることはできない。だがもしもあの日あのときの世南の顔を見ることができる人がいたなら、きっとこう言ったはずだ。苦痛に満ちた、それでいて手を差し伸べるような顔をしていたと。
生徒会治安維持委員長という肩書を持ち、そしてその権限を行使して職務を遂行する以上、その権限を越えた行動はそこらの人間がスピード違反で捕まるのとはわけが違う。だからこそ世南は本来であれば望まれない、監視対象に姿を現すという行動をしそして見続けていた。
「わ、わたしは…わたしは…」
銃を持つ手から力が抜け、自然と地に落ちる。頭を押さえてあの日から今日までの間に世南に向けていた負の感情。それらがすべて自分の思い違いだったことに気付き、吐き気すら催す。
「だからこそ、僕を撃て」
地面に落ちた銃を拾った世南は、その小さな銃を蕾の小さな手の中に収めさせる。それを見た鈴井は、これ以上が無駄であると判断して世南に訴えた。
「何を言っているんだ⁉ 蕾さんの中にある君への憎悪は消えた。ならもうこれには何の意味も…」
「意味はある!!」
強く、世南が返す。
「これはイニシエーションだ」
鈴井が自身を狙った射線上に入らないよう追い払った世南は、蕾を止めようとする二人も視界に入れて話す。
「蕾菜々美は鉄仮面に憧れ、尊敬、憎悪を持ち、そして鉄仮面を通して見た自分に嫌悪を持っている。これらはすべて、吐き出さなければならない。そのために蕾菜々美は、僕を撃つ必要があるんだ」
そこまで言い切ったとき、夢子はそれに続けて言う。
「それにこの銃を撃つ権利は、ギャンブルで決めたことなのでしょう? ならば撃たなくては損というもの。さあ、蕾さん。過去と決別するために、彼を撃つのです」
「ちょ、夢子⁉」
「夢子⁉ あんた自分が何を言っているのか分かってるの⁉」
「夢子先輩⁉ いくら世南先輩だからって流石にそれは…」
「分かりました」
賭ケグルイとして、ギャンブルで決めたことには異議を唱えない夢子に知人友人らが驚きの声を上げていたいたとき、肝心の蕾は覚悟を決めた。
「さようなら、鉄仮面様」
マシンピストルのバースト射撃が、世南を襲う。次々と服を抉っていく銃弾に世南はバランスを崩し、撃ち終わる頃には土の上に倒れていた。たった一度の斉射であるにも関わらず、一分間の絶え間ない射撃よりも疲労を感じた蕾が涙を堪えていたとき、世南が立ち上がってズタボロになった治安維持委員会のコートを脱ぎ捨て、鉄仮面を外して叩く。
「強化チタニウム合金製だ。そんな豆鉄砲では傷一つ付かんよ」
治安維持委員会の白コートの下に着ていた黒のワイシャツには傷一つ付いていない。鉄仮面にも呼吸や視界確保用に開けていた穴以外には穴がない。バランスを崩して倒れた以外に何一つ怪我を負っていない世南は鉄仮面を鈴井に預けると、理外の恐怖に怯えていた蕾に近づき、そして抱きしめた。
「よくもまあ、俺を越えたな」
「…はい、琉偉様」
身長の差もあって同級生というよりも親子に見える二人を見て、鈴井たちはなぜこれをイニシエーションと世南が言ったのかを理解した。
蕾菜々美は世南のことを鉄仮面という極々狭い一部の面でしか見ていなかった。しかし今、鉄仮面を付けた世南を撃つことでそれを殺し、そして世南が治安維持委員会のコートを脱ぎ捨てたことで、一人の人間として世南琉偉のことを見た。そこまで至って初めてこの公式戦に意味が与えられた。
家畜になった人間が、人間だった頃の自分を越えた人間になる。
債務整理大集会と公式戦を乗り越えた蕾は今、花開いた。