「引き分け、ね。世南ほどではないけれど、運命というものを信じたくなってきたわ」
綺羅莉は鈴井の引いたカードを見て感慨深く呟いた。
夢子は豆生田を下した後、リリカに扮していた綺羅莉とタロットカードを使ったギャンブルを行っていた。大アルカナの数字の合計が多い方の勝ちという単純なものだが、正位置と逆位置で点数の加減が変わる。また愚者を引いた場合は正位置の場合は引いた方が、逆位置なら相手が負けになるという追加ルールで行っており、負けた方は退学となるため観戦していた皇や芽亜里も緊張の一戦だった。
「お互いに退学にならなくてよかったです。しかしこれでは会長さんと世南さんのギャンブルについて聞けませんね」
「ふふ、それなんだけれどね。別にいいわよ、勝っていても話すつもりだったのだから」
「そうなんですか⁉ とっても嬉しいです」
「楽しいものは共有しなければでしょう?」
二人にとって、世南という男には共通点がある。どちらも負かされたという点だ。さらに見破ることができなかった世南の力に負けたというのも同じである。そのため綺羅莉は情報共有も兼ねて楽しい思い出話を始めた。
世南の借金全額返済と生徒会入りを賭けて行ったギャンブルは同じく運命のタロットカード。ルールは基本的に同じだったが、綺羅莉は始める前にいくつか質問をしていた。
「あなたは運命というものの存在を信じているのかしら?」
立会人である黄泉月がカードの手配をしている間の暇潰しの一環として行われたそれだったが、世南は運命という言葉を聞いた瞬間に眉を顰めて嫌そうな顔をした。
「その様子だと信じていないのね」
「いいや、違う。存在していることを知っているから、運命が嫌いなんだ」
「へえ…『信じている』ではなく『知っている』なのね」
「私や会長の人生は運命で決定付けられている。誰が決めたのかは知らないが、決められている」
それが常識であると世南が思っていることを声に含まれた感情から綺羅莉は見抜くが、運命論者ではないため少し深堀りしてみようと考え、手始めにボールペンを落とした。
「今、私はボールペンを敢えて落としたわ。もし運命というものが存在しているのなら、私はこれを拾うことが決め付けられている。でもあなたやリリカが拾う可能性もあるし、戻ってきたルナや私の秘書を呼んで拾わせることもできる。もちろん運命なんてものは、後付けで起きた結果を運命だと言い張ることもできるでしょうけど仮に決定されたものを先に知ることができたら、私はそれに従わないわ」
「違います会長」
胸ポケットからボールペンを取り出した世南は、綺羅莉と同じようにボールペンを落とした。
「運命は、生物の構造で言う開放型血管のようなものです。閉鎖型のように毛細血管で行く道が決められているのではない。動脈から出た後、どのように動くのかは分からないが最終的には静脈に入る。つまり私たちの行動で変化する事象と確実に起こる事象が存在しているのです。会長が落としたボールペンも、誰が拾うのかは分かりませんが誰かが最後は拾います。変動する事象は人物、固定の事象は結果」
落下したボールペンが先に転がっていた綺羅莉のボールペンの先端に当たると、綺羅莉のボールペンは弾かれて綺羅莉の手の中に戻った。同じように世南のボールペンも衝突の際に発生した運動エネルギーによって胸ポケットに帰ってきた。
「運命とは、そういうものです」
「なるほど…ね。確かあなたは世南琉偉と言ったわね」
「はい、そうですが…」
「私、あなたに少し興味が出てきてわ。もっと話を聞かせて頂戴。例えばそう、愚かな人について」
綺羅莉は世南との間にある距離を縮めようとするが、世南は綺羅莉が二歩近づいた瞬間に一歩下がる。
「愚か…いえ、無能な人というものは、組織の中には必ず存在する。ナポレオンは警戒するべき相手として敵ではなくやる気のある無能な味方を挙げていた。あなたはそれをどうするの?」
「無能な人とは、その本人のことではないと思っています。人には何かしらの取り柄がある。それが他の人と優劣があるのは何十億も人間がいる以上仕方ありませんが、とにかく人には適正があります。無能な人とは適性を見出されなかった不幸な人であり、真に無能な人間は適性を見出すことのできなかった人のことです」
「そう、じゃあ琉偉はこのカードの適性を見出せるのかしら」
タイミングよく戻ってきた黄泉月からタロットカードを受け取った綺羅莉はその中から一枚のカードを世南に見せる。
「いつもなら愚者は引くだけでどちらかを勝たせるジョーカーにするのだけれど、今回は大アルカナの数字に則って0ポイントとするわ。それじゃあルナ、カードを並べて」
「あいよ。ところで、このギャンブルは三回カードを引くのだけれど…三回目は誰が引くのかな?」
「リリカ。あなたが三枚目を引きなさい。琉偉もそれでいいわよね?」
「構いません」
カードの位置で得失点を決める性質上、中央に空間のある輪状の机を使う。今回中央に入ったのは綺羅莉だった。
「一枚目は私、二枚目は琉偉、三枚目はリリカ。この順番でいくわよ」
「どうぞ、お願いします」
「ふふ、じゃあ早速一枚目…」
何の気なしに捲ったカードは先程話題に出した愚者だった。正位置だろうが逆位置だろうが0に正も負もないため実につまらない始まりになる。綺羅莉は世南が引いていればまた一興だと思いながらも次鋒の世南に譲った。
勝負は、たった1分も経たずに終わった。
「そんなッ…」
楽しい玩具を取り上げられたような声を出して綺羅莉は世南の引いたカードを見た。
「世界の正位置、得点は21ポイント。これより大きいポイントの変動はもうありませんよね?」
「うん。なんだが呆気ない幕引きだったけど、世南君の勝ちだよ」
運命のタロットカードはゲームの仕様上、絶対にひっくり返すことのできない点差というものが存在する。それが今回のようなパターンで、世界を一度引いた場合はそれよりも大きい得点の変動は起こらない。そのため一方的に勝敗を決定する愚者があるのだが、今回は0ポイントとして扱い、そして既に引いてしまっていた。
「…仕方ないわね。あなたの借金3000万円の帳消しと生徒会入りを認めるわ。ただ既に役職は埋まっているから、何か新規で作りなさい」
「既に新しい委員会について考えています。後程説明しますが、一つだけ、今ここで謝らなければならないことがあります」
「謝ること? なにかしら」
机を動かして中央から出てきた綺羅莉に、世南は腰を90度曲げて最敬礼する。突然のことで何か分からない綺羅莉と頭を下げる速度に驚いた黄泉月、仮面の下に隠された表情は分からないリリカは世南を見る。
「私は、会長が純粋に運で勝負してくれたにも関わらず、
「力?」
「これは、上納金と慰謝料です。好きに使って下さい」
鞄の中から小さなアタッシュケースをというマトリョーシカのようなことをした世南は、取り出したアタッシュケースを開ける。中にはダイヤモンドや金銀の指輪やネックレスなどの宝飾品が仕舞われていた。
「これらは全て本物だ…」
一目見ただけで真贋を見極めたリリカは借金をして公式戦をしに来たはずの世南を見るが、世南が見ているのは綺羅莉だけである。
「すっごいねー会長。ちょっとこれがどこから来たのか聞きたいけれど…」
「うふふ、ますますあなたに興味が湧いてきたわ。委員会については後日聞くから、今日はとりあえず帰りなさい」
「それでは失礼します、閣下」
扉が完全に閉まり世南がこの場を完全に立ち去ったことを確認して黄泉月は綺羅莉に話しかける。
「世南君、マジに何者なんだろうね。調べたんでしょ? 一応」
「書類上は一般的な家庭の子供。でもこれを見るに琉偉は学園の力が及ばない存在」
ファイブロライトの髪飾りを証明に翳して光の反射を見る綺羅莉に黄泉月は耳元で囁いた。
「横七からの刺客…きっと学園の段階で強く深く日本の政財界に影響力を持つために。委員会もきっとそのための手段。面倒なことになる前に潰しちゃう?」
「潰すだなんて…ルナ、あなた勿体ないことをするのね」
宝石をアタッシュケースに戻した綺羅莉は机の上に並べているカードを片付けていたリリカが一枚のカードを手に持った途端に固まったのを見て不審がる。
「どうしたのリリカ? なにかあった?」
「会長…世南琉偉は確かに、世界のカードを引きましたね」
「そうだけれど、それがなにか?」
「これを…」
無機質な仮面をつけていることも相まってリリカのぎこちない振りむきがより機械味を増す。そしてリリカの持っていたカードを見た時、綺羅莉と黄泉月は目を見開いた。
「世界⁉」
「机の上にはリリカのとは別に琉偉の引いた世界がある。ルナ」
「会長が愚者について話しているときに確認した。あのとき、世界は一枚しかなかった。ギャンブル中も琉偉がイカサマをした様子はなかったし、このタロットカードは学園の特注品。外で準備できるはずがない…」
「だというのに、世界は二枚あった」
好奇心に背中を押されて綺羅莉は机の上にあるカードを一枚一枚捲っていく。机上のカードは22枚、世界が2枚あるということは何かカードが一枚ないはずだ。綺羅莉自身が引いた愚者を除く20種の何が欠けたのか、それを知ろうとカードを捲っていく。
「消えていたのは…女教皇」
机の下を見ても意味がないことは分かっているが万一の望みをかけて見てしまう。当然だが学園でもトップクラスのギャンブラー達の目を掻い潜ってカードをすり替えた世南がカードをそこに残しているはずがなかった。
「ルナ。今回使ったカード、貰ってもいいかしら?」
「学園の備品だからあんまりよくないけど、会長ならいいよ」
「ありがとう。頂いていくわ」
世南が選んだ方の世界のカードを手に取った綺羅莉は、それを注意深く観察した。
「これが、そのカードよ」
綺羅莉は制服の下からペンダントを出すとその中に仕舞っていた世界のカードを夢子に見せる。
「私はまだ琉偉のイカサマを見抜いていない。でも、だからこそ私はもう一度琉偉とギャンブルがしたい。互いのすべてを出し尽くした後腐れの無いギャンブルを、琉偉と」
後日、桃喰綺羅莉は生徒会の解散を宣言。それに伴って生徒会長選挙が始まった。
世南ともう一度、ギャンブルをする場を求めて賭ケグルイたちは止まらない。
第四話の途中で出てきたネックレス、実はこの話を書いてて思いついたものです。予約投稿は後の話を作った後でも最初からその通りだったように修正できるのがいいですね。