1.始まりの日
ぼんやりとした意識の中、声が聞こえてきた。
「危ないから、もっと下がって」
目を開けると、赤髪の女性がそこに立っていた。
メイド服を着ていて、腰には鞘。右手には、鮮やかな紺色の日本刀を握っている。
刀身は怪しげに輝き、吸い込まれるように美しい。
「あなたは一体、何者なんですか……」
私の問いに、彼女は静かに答えた。
「私は〈
冷静な声。
怪者払い――その言葉の意味は分からなかった。
夢か、現実か。
未来か、過去か。
それすら曖昧なまま、赤髪の彼女は言う。
「あなたは私が守るから」
――その言葉が、私の物語の始まりだった。
現実なのか夢なのかその区別すらない。この、私の物語の始まりの地点。それが今だと気づくのはもう少し先の話だ。
この日本には『妖怪』が存在する。しかし、その存在は隠されている。
それは、日本に『怪者払い』と呼ばれる妖怪を払う仕事を生業とする者達が日夜、危険な妖怪を払っているから。
これは妖刀を用い、妖怪達を払う『怪者払い』に憧れた一人の少女の物語。過酷な人生の物語。この人生で少女は何を得るのだろうか。
表裏一体のごとく、表の存在と裏の存在。
その両方が密接に関わっていることをこの頃の私はまだ知らない。
彼女の物語は静かに始まる…
………………………………………………………………
夢を見た
それが夢なのか、そうでないのか、それは私にもわからない。
ただ、これだけは分かる。誰かに助けられた。その記憶だけが私の脳裏に焼き付いている。
「本当に何なんだろう」
卯月
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
時刻は寅の刻を示し、真夜中の夜が続いている。月の光が少女の顔を照らし、窓からの風が赤暗色の髪を揺らす。
2階から見える外の景色はいつもと変わらない街並みが広がっており、美しい景色に目を奪われる。
「やっぱりここからの景色は綺麗だなぁ」
私の家は高台に位置している一軒家で最近できたばかりのニュータウンに位置している。
この住宅街は山だった場所の木を切り倒してできた場所だ。だからこの家から見える景色は、かつて山が見ていた景色なのだと思う。そんな街を一望できるこの家が私はとても好きだ。
そんな私には悩みがあった。
「今日もまた起きてしまった」
私、
でも、一つだけ疑問に思うことがあった。毎日この時間に起きているだけなら私は特に何も思わない。眠りが浅いだけだろうと目を閉じるだけだろう。
でも、それ以外に私の眠りを妨げる事柄があった。
「やっぱり向けない、向いてはならない。そんな気がしてならない」
私はこの夜景を眺めてはいるが、無意識にまっすぐを見つめ、周りを見ようとはしない。
ある時は右、ある時は左、ある時は下。日によって向いてはならない方向がある。これは私の危機管理能力が働いているだろうか、それとも何か霊的な存在のせいなのか、それはわからない。その方向に目を向けようとすると体が拒絶するかのように動けなくなる。それでも無理に動こうとすると睡魔が襲う。次に目を覚ますのは朝の目覚まし時計のアラームだ。
そして今日は下に顔を向けられない。向けてはならないという感情がある。
「なぜ夜の時間だけ見れないのだろう…」
午前四時の時間。この時間帯に限った時だけ私は外の景色に制限がかかる。
なぜなのだろうか。好奇心は抑えられない、私はまだこれでも14歳の中学生なのだから。
しかし今日は、今日こそは何があるのかそれを確かめなくてはならない、というわけではないが気になるのは確かだ。
「分からないけど、今日も変わらず綺麗な街を見るのは癒される。一生見てられる。いつ向こうかな…」
何が起こるかわからない期待と不安がある。
私は静かに窓の前に佇んでいた。
空には無数の星が散りばめられその星々が夜の街を照らし、街が綺麗な輝きに満ちている。
「もう数週間経ってるんだもんね…」
この生活を送り続けて月日が経っている。
なぜこんな現状に陥っているのか理由はわからない。友達に相談しようとも考えなかった。こんなことを言っても笑われて終わるだろうから。だからこそ自分で解決したいと思っている。
そしてもう一つとても気になることがある。
「はぁ…お肌荒れちゃうなぁ…」
中学生の私にとってやはりそういうことに敏感なのは仕方ない。いつもいつもこの時間に起きていては肌に悪い。それに成長に関わる。
妖花は暗い部屋で窓から差し込む光に照らされた自分の身体を見つめてため息を吐いた。
「私、ほんとに成長してない気がする」
自らの身体を見て思う。友達や街の人を見ているといつも思ってしまう。
あまり太っているとは思っていないしむしろ痩せている方ではある。
身長は普通ではあるものの足も比較的標準的。
でも、自分が成長していないのではないかと思ってしまうのが年頃なのだろう。
ふと頭の中に浮かぶ女性の姿。
メイド服に…、とても大人びた顔立ちに…、何より脚も長くて、スタイルがとても良いモデルのような体格のあの人。
何の記憶なのかと首をかしげる。誰なんだろう、何か言っていたような気もする。でも、モヤがかかったように顔も姿も思い出せなくなってくる。
口だけが動く。その動きだけでは何を言っているのか聞き取れない。
『────払い』
何とか払いと言っていたような気がする。なのに、私はもうそれを忘れかけている。
「あれ…。なんだっけ、何を考えていたんだっけ…まぁいいか」
忘れ去られた記憶を思い出す努力さえしない。その記憶が脳をよぎったことさえも忘れてしまった。その間の時間はほんの数秒。
先ほどの時間がなかったように妖花の話は元に戻った。
「私も高校生になる頃には絶対もっと成長したい。まぁ、周りがすごすぎるだけなんだけど…」
自分の周りの友達はとてもスタイルも良く、可愛い人ばかりなのだ。
いつも憧れている、あの子たちはどうやってあそこまで可愛くなれるのだろうかと。
うーん、遺伝…?
首を横に振り、妖花は真っ直ぐ外の景色を見つめる。
早く寝ようとは思っている。しかしこのままでは寝られない。今の状況をどうにかしなくては寝るに寝られない。自分が置かれているこの状況を解決するまでは…。
「午前四時に起きてしまうこと周りを向いてはならない感覚。何かの予兆なのかな」
オカルト的な話はたくさん聞いてきたが、そんな噂は聞いたことがなかった。
「まずは何があるのか、これを確かめなくてはならない!で、でも…」
強い決心をしたものの、やはりぐらついてしまうのが私だ。
もしかしたら霊的な何かがいるかもしれない、それはそれで面白い体験ではあるが実際に起きてしまったらとても怖い。
「また明日にしよう」
また明日に、そう決めた。もしかしたら明日の夜には普通に就寝できるかもしれない。
そんな薄い期待をしつつ、今夜はこのまま夜明けを待とうと思った。
携帯を手に取り、メールが来ていないのかを確認する。その後、携帯を置き、また外の景色を見ていた。そんなことを繰り返しながら時間の経過を待った。
このまま夜明けを待てば何か情報を得られるかもしれない、そう期待しつつあくびをしながら窓の外に目を向ける。
まだ真夜中、この時間帯になると殆どの家は寝静まり、車の通る音しか聞こえない。
そんな中でも思いのほか、退屈しなかった。
気づいた頃には時計の針が5時に差し掛かる時間になっていた。
「5時か、あと少しで夜が明ける」
4月ということもあり日の出はだいたい5時頃。
「あっ、夜が明ける…」
夜の闇に太陽の光が差し込んだ直後だった。
「なんだろうあれは」
光に照らされていく町の中に一つ、黒い何かがあった。
普通は特に何とも思わないのだがそれはあまりにも不自然だった。
その黒い何かは太陽の光を避けている。影のように見えてあれは影ではない何か。
「んー、見間違えかな?」
目を擦ってもう一度見ようとしたときには黒い影のようにも見えたそれはもう姿を消していた。
「何だったんだろう、未確認生物?な訳ないか…」
その時、急な睡魔が私を襲った。
「うぅ、き、急に眠気がすごい…」
そして私はカーテンを閉めてベッドに倒れこむ。何かに吸い込まれるような眠気が私に襲いかかる。
あと少しだったのに。
そんなことを思いつつ今日も何も情報を得られずに終わってしまった。
「あと少しだったのに…」
私は夢の中へと引きずりこまれた。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ
目覚ましの音が聞こえる。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ
「んっ…目覚ましどこぉ…」
目を開けるのが面倒で目覚ましを手探りで探していく。
「んー?どこだろう…」
片手では足りなかったため、両手を使って手探りで探していく。その間も目覚ましの音がなり止むことはない。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ
「んー?これかな…」
やっとのことで目覚まし時計を手にとり、アラームを止める。
目覚まし時計を見るとちょうど7時半。
2時間睡眠は流石に辛い。
ベッドから起き上がり、大きな欠伸をする。
「流石に眠いなぁ…」
目を擦り、ベッドから立ち上がった時、つい眠気で立ちくらみを起こしてしまった。
「あっ」
私はバランスを崩し、床へ倒れ込む。大きな音が部屋に響きわたり、その場で動かない私がいた。
「うぅ、痛い…。立ちくらみかな…手の方は痛いけど大丈夫かな?」
どうやら、倒れた際に手を捻ってしまったらしい。
痛みはあるがそこまで気になる程でもないため伸びをした。
その後、カーテンを開けると窓から太陽の光が差し込み、部屋中を照らし朝を実感させてくれる。
「もう、朝か…結局寝ちゃったんだ私」
昨日のことははっきりとは覚えていない。
これはいつものことだ、いつも断片的に昨日の記憶が残っている。
昨日はずっと起きていたような…
いや、ベッドから目を覚ましたということはやはりまた眠ってしまったのか。
「でも、まずは…」
目を覚ましたあとやることは一つ、それを呟いてみる。
「学校へ行く準備しよう」
窓から流れるおいしい空気を思いっきり吸い込み、吐く。冬の寒さが抜けきっていないのかまだほんのり肌寒い。
四月も下旬を迎えていたものの暖かい春の風はまだ吹いてはこなかった。
髪を揺らしながら風を感じているとふとあることを思い出す。
「下見れるかな?昨日は見れなかったけどどうだろう」
昨日のことは断片的にしか覚えていないが、このことだけは覚えていた。
それを確かめるために下の道路を覗き込もうとするも、躊躇してしまう。
そして深呼吸をして意を決して下を覗き込む。
「何にもないや、やっぱり何かあるわけでもないのかも」
やはり何もなかった。いつも通り、朝から車が道路を走っている。
何故なのだろう、朝は向けるのにあの時だけは向いてはいけない、その感覚だけがある。
「あんまり気にしても仕方ないのかも。うぅ、それよりも寒い。窓を早く閉めよう」
窓を閉めると、母親の声が1階から聞こえてくる。
「おーい妖花ー、ご飯できたわよー」
その声に反応してパジャマから制服に着替える。
中学校の規定の制服を着て鏡の前で変なところがあるかどうかをたしかめる。
藍色の制服には赤色のリボンが真ん中についている。割と気に入っている制服の身だしなみをチェックして妖花は頷く。
「よし、あとは髪を溶かしたらいいだけかな」
着替えが終わると、荷物を持って下の階へと降りていく。
洗面所で髪を溶かす。顔を洗うことを忘れていたことに気づき慌てて洗ったあともう一度鏡を見返す。
「よーし!いい感じかな?」
フンと少しにやけながら完璧だと確認して妖花はリビングへと向かう。リビングのドアを開けると母親が朝食を準備して待っていてくれた。
「おはよー、それじゃいただきます」
母親と挨拶を交わした後、手を合わせて食事前の挨拶を終えると朝食を口にする。
「美味しい」
今日の朝ごはんはパンに目玉焼き、スープといった献立だった。
「妖花、明日は何か予定あるの?」
明日は…そういうことか。
「うん、一応」
「そう、行くならちゃんと言ってね。最近ここら辺で変な事件が多いから」
「うん、わかってるよ」
ここ最近は学校の近くで家が半壊していたという事件が起こっていたらしい。
手がかりは何もなく警察も手を焼いているらしい。
そんなことをテレビのニュースでしていた。
そんなことよりも明日からはゴールデンウィークが始まろうとしている。
4月に中学2年生になったばかりの私の久しぶりの長い休日。
私としてもこの長い休みは何か予定を立てなくてはと思っていた。
「ゴールデンウィークは友達と出かけるかも」
「そう、夏海ちゃんとなごみちゃん?」
「うん、今日誘う予定にしてるんだ」
まだ誘えてはいないため、今日誘って遊んでくれるかは心配だが仕方がない。
「いいんじゃない、お金はその日に渡すから」
「うん、ありがとう」
ゴールデンウィークの予定の話が終わりまた朝食を口にしていると母親が怒ってきた。
「妖花、ちゃんと手を出して食べなさい」
言われた通りに手をついた方の手を机の上に出した。
「あら、それどうしたのよ!腫れてるじゃない」
「あー、これちょっと起きた時立ちくらみで倒れた時に変な感じで手をついちゃって」
片目を瞑り、痛いような表情を取ると母親はすぐに席を立ち、冷たい氷を持ってきてくれた。
「一旦これで冷やしておいて、すぐに湿布を持ってくるから」
「あ、ありがとう」
「無理はしないようにね」
氷をどかして湿布を貼ってくれた後、また椅子に座り、朝食を食べ始めた。
「それじゃあ行ってきます」
朝食をとり終えた私は学校へと向かった。
〈登場人物紹介〉①
主人公:千子妖花(せんごようか)
身長154cm体重44kg誕生日6月4日。霹靂中学2-3組所属。赤暗色の髪をした少女。明るくも暗くもない性格。男子が少し苦手で、男子と遊ぶことは避けている。女子とは仲良く遊ぶことが多いが、なごみと遊ぶ際はなごみの性格を理解して、ほかの人を呼ばないなど気遣いが出来る。
自分の周りに美少女が多いため、自分の容姿に自信がないが、二人と並んでも負けず劣らずの美少女。そのため、かなり鈍感。自分のことはあまり大切にしないタイプで仲間意識が強い。しかし、いざという時に動けないタイプで、いつも夏海が動いている。髪の色は遺伝で先祖の千子村正も赤暗色の髪をしていた。
あまりスタイルが良くないということがコンプレックスではあるものの女子中学生としては平均的で他の二人が良すぎるだけである。
ある日から同じ時刻に眼を覚ますという不思議な現象に遭遇している。記憶が欠落しており、小学生の頃の記憶をあまり覚えていない。