走り出した妖花はあることだけを思ってい
た。
『あそこに行かないと…』
1人残された夏海はびっくりした様子で混乱していた。
「妖花、どこに行ったのー!?」
取り残された夏海はポカーンとしたままその場に立ち尽くしていた。
「はぁ…………」
来た道から逆方向へと荒い息遣いで走る妖花の姿に道にいた歩行者は何事かと振り返る。
そんなことを気にせず何かに引き寄せられるように妖花は走っていた。
「変な感覚。嫌な感じはしないけど、何故か店を飛び出して走っている。何かに引き寄せられるような感覚。なんなのだろう」
走りながら考えていると、妖花はある細い路地に目を向けて、立ち止まった。
「ここ、かな」
静かな趣のある道の前で唾をごくりと飲み込み、覚悟を決めてその路地へと入っていった。
路地は昼というのに薄暗く、缶のゴミなどが落ちていて、誰ももう通っていないような路地だった。
妖花はゆっくり、ゆっくりとその路地を歩いて行く。
静かな路地なのになぜか誰かに見られているような感覚があるも気にせずに歩き続ける。
「私どこに向かっているんだろう」
歩いていると目の前は行き止まりになっていた。
「なんで私こんなところに来てるの」
自分でもよく分からない。何がしたいのだろうか。何かに引き寄せられるように来た路地は行き止まりで特に何もない。
「もういいや、帰ろう」
立ち去ろうとしたその時だった。
「うっ…」
痛みだった。先ほどのお店で感じた痛みよりも激しい痛みが再び妖花を襲う。
「痛い…心臓が、頭が…」
路地で膝をついて痛みに耐える妖花は激しい痛みに呼吸が乱れ、意識が朦朧としていた。
「これは本当にやばいかも…このまま誰も助けが来なければ私、多分死んじゃう…」
自分の死を覚悟し目を瞑り、痛み耐えていた。
すると、声が聞こえてくる。
『あなたのこともっと知りたいな』
薄気味悪い声は妖花に語り掛けてくるように耳元ではっきりと聞こえた。
「なに…誰かいるの…?」
眼を開けて確認しようとするも痛み、そして意識が朦朧としているため目の前に人がいるのかいないのかの確認すらできなかった。
『えぇ、あなたをもっと知りたい。ふふっ、ずっとこの時を待っていたの』
「知りたい?それよりも今痛みが激しくて苦しいので人を呼んでもらえませんか…」
誰かもわからない人に妖花は助けを願った。
すると少し沈黙が流れたあとまたあの薄気味悪い声が聞こえてきた。
『痛み?そんなことよりも私はあなたを知りたい。知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい』
妖花は息を呑んだ。寒気が酷くなり、痛みが増していくのを感じる。
そして今聞こえてくる声の主が人間ではない何かであることを感じ取った。
「あ、あ、あ…」
恐怖で声が出ず、逃げようと体を動かそうとしてもうまく体が動かない。
『あなたを知りたいの…教えて欲しいの…
だから早く…』
「い、嫌…嫌、嫌!」
『私はあなたを知りたいの…だから教えてよ…』
そして私は気づいた。この声の主がどこから喋っているのかを。
「あ…あなたは私の中にいるの…?私の口から声を…」
すると、声の主の声色が変わる。
『ふふっ、そう。その通り…あなたを知りたいから、あなたを知りたいから…』
急に不気味さが増した。妖花は震える身体を抑えた。
「だからこんなに近くから声がするのに…人の気配がしなかったの…」
口が勝手に動き、声を発しているのを感じた。意識し始めるととてつもなく嫌な気分になっていた。
自分の中に知らない何かが取り憑き、自分の体を侵食していく、そう思うと気分が悪くなり、嗚咽する。だんだんと自分の体が思うように動かなくなるのを感じる。
『この時を待ち望んでいたの…時間はかかったけどこれであなたを知れると思うと私…ふふっ』
「もう…もうやめて…」
『やめる?やめないわよ。やっと会えたんだから、なのにあなたは私を拒んで拒んで拒んで拒んで!!!』
徐々に怒りを露わにする声の主に妖花は震える。
『でもいいの、私はあなたの体が必要なだけだから、少し借りるだけ、ただそれだけ』
妖花はもうこの声を聞きたく無かった。聞くたびに頭が割れるように痛い。
『時間はかかったけどこれでようやく知れるわね』
「う、うるさい、うるさい、うるさい!」
妖花は叫んだ。好きにさせてはいけない、そう思いながら。しかしその思いも一瞬で打ち砕かれた。
『千子妖花さん…?』
私は名前を呼ばれた。奴に、なぜ…
そう思った瞬間だった。
「うっ…」
そう呼ばれた直後私は完全に体の自由がなくなった。
意識がはっきりとしない。私の中にいる何者かの声がする。自分の口が勝手に動き、何かをぶつぶつと呟いている。
『これで…あなた…………影を…………千……………ために…………』
闇の中に叩き込まれたような気分の私にはその声をうまく聞き取るほどの気力はなかった。
完全に意識が途切れたかと思った。
でもそれは違ったようだ。
『ふふっ、あなたの体が必要だったの、どうしてもね…』
その声で妖花の意識は覚醒する。
身体が動かない。いや、既に動かせない。多分、この声の主が既にコントロールしている。私、身体をこの声の主に乗っ取られた…?
身体を動かそうとしてもやはり動かせない。身体の感覚はある。身体を動かそうと脳に司令をだしても動いてくれない。どうすることも出来ない。
妖花はどうしようもない状況で唯一の会話の手段を断つわけにはいかなかった。
あなた、私の体で何をするつもりなの!
"今は私があなた。あなたが私"
うるさい、うるさい、うるさい
何を言っているの!その体は私の…
『私ノ?ドの口がイうのかシら』
私の体は段々と声の主に奪われてしまっている。このままでは本当に私が私でなくなる。
体は私でも心は違う…
それはもう私でもなんでもない
『少し…………』
声の主が喋っていたことはだんだん聞き取れなくなっていく。まだ完全に侵食されたわけではないのだろうか。しかし、いずれ体は全て侵食され、私というものが無くなるのだろう…
深い海の底に向かって落ちていくような感覚だった。だんだん身体が言うことを効かなくなる。
私は結局何をしたかったのだろう。
今、私にあったのは視覚と聴覚だけだった。
お母さん、お父さん…
ごめんね…
それに夏海…なごみ…
こんなことになるなんて…ちゃんと相談しておけばよかったね…
もう諦めかけていた、その一筋の光が私に来なければ…
「あなた、ちょっとそこで止まって」
聞き覚えのない声だった。
分かることはその声音が女性ということ。
「やっぱりね」
意識が朦朧とする中その声に妖花は救われた。すでに聴覚のみしかなかったためどのような人がきたのかわからなかった。
「ねぇ、少しいいかな?」
あまりよく聞き取れてはいなかったが、誰かが私に話しかけている、いや、私の体を奪った何者かに話しかけているということだけはわかった。
ただ今の私の体は何者かによって奪われている。助けを求めようにも声が出せない。
『ふフっ、すみまセんが先を急ギますので』
ダメ!そいつを行かせてはいけない!
心の中で妖花は叫んでいた。
「そう、急ぎの用があるのね」
『えぇ、そウなんデす。なノで先ヲ急ぎますネ』
「それよりあなた、平気なの?」
立ち止まり、体を奪った主が話しているのが何となく聞こえる。
『えぇ、なんノことだか分かリませんが私は平気なのデ大丈夫ですよ。気にしナいでください』
せっかく話しかけてくれたのに…私の存在に気づいて…
でも気づいてくれるわけないよね。だって中身が違うだけで普通の中学生って思われるだけだし。
そう思いながらも心の底では助けてそう願うしか無かった。
助けて!助けてよ!私の存在に気づいてよ!
私の身体を奪ったこいつに気づいてよ!
私の…私の身体を返してよ!
妖花が必死で叫んでいたその時、話しかけてきた女性が信じられないことを口にする。
「いえ、あなたに言ってるわけではないわよ。その体の本当の持ち主に言ってるだけど」
え?今なんて言ったの…
何を言ったのか、その言葉の意味を妖花は一瞬では理解ができなかった。
間違えがなければ、この女性、私が身体を奪われていると知っているってこと?どう言うことなんだろう、私は口に出していたけど正確には喋れてはない、ただ心の中で叫んだだけなのに。
聞き間違い?聞き間違いなの?
『何を言ってルのかしら。このかラだはもう私。失礼デすよ?』
ため息が聞こえ、また女性の声が聞こえてくる。
「同じことは二度言わせないでね。あなたじゃない、本当の持ち主に言ってるのよ?」
次はもう聞き逃すことはなかった。
この人はなぜかわからないが本当の持ち主ではないってことがわかっている。この人は一体…
『はぁ…しつイわね』
小さな声で呟いた。
『あのね、うるさイわよ。黙ってテ、私の体なんだからどうしようが勝手でしょ?変な人』
怒りをぶつける身体を奪った者は女性に対して敵意を羅和にしている。
「あのね、私はあなたからしたら変な人だと思う。でもね、あなた見る限り中学生でしょ?」
『えぇ、まぁソウでスね。たしカにアナたは変でス。ワタシに、こノ体のモち主の私にいナりそんナことヲ言うンでスから!』
「なら尚更おかしい。中学生の女の子がこんな路地で何するって言うの?それに、あなたまだ馴染んでないでしょ?」
『はっ?何が言いたいノ?』
「普通の人間なら"この体の持ち主の私"なんて言うはずないじゃない。それにあなたの受け答え、さっきから保ててないのよ。中学生らしくしたり、あなたの本来の喋り方に変わったりってね、まだ乗っ取ってかは時間は経ってないわよね。ようやく、人間の言葉を普通に話せるようになってるくらいだし」
たしかにその通りだと思った。妖花も実際自分が知らない人にいきなりそんなことを言われたらまず無視する、それか私なら何言ってるの?って聞き返すだけだしわざわざ自分の体だと強く主張する必要はない。
妖花は少し感心してしまった。
すると妖花の身体を奪った者が不気味に笑い出した。
『ふふっ。何でそんなに簡単にバレてしまうのかしら。ようやく身体が馴染んできたのに。それに初めの方はボロを出したつもりは無かったのだけど。考えられるのは元からわかってたってことかしらね』
流暢な口調に変わり、不気味な声で私の体を奪った何者かがそう言うと女性は言葉を返した。
「えぇ。あなたの言う通り。知ってて近づいたの。知ってた理由はきかないでね、秘密だから」
『あらそう。話戻るけど知らない女に急に話しかけるあなたの方が変と言えば変よね』
「それもそうね」
そう言ってお互い少し笑みを浮かべたもののすぐにその顔が真剣な顔つきに変わる。
「それよりも、その身体の持ち主は無事なんでしょうね?」
『どうかしらね』
「そう…」
女性の声色が変わった。その声に怒気を感じた。
「なら斬る」
女性は大きく息を吐き出すと一言だけ呟いた。
同時に腰に着けた何かに手を触れる。そこには何も無い。なのに女性は何かを持つように手を握りしめている。
『斬る?ですって……???そんな格好のあなたに何ができますの?それにこの身体はこの少女の…』
その言葉を無視して、女性は構えをとる。
「
その声が聞こえた瞬間だった。
「
一瞬の出来事だった。音もなく、私は意識を失った。
〈登場人物紹介〉⑩
メイド服の女性
謎の女性。故に謎、次の話で────