うぅ…ここは…どこだ…
まだどこか移動しているらしい。
目を覚まし最初に見た景色は霧がかかった森の中だった。
「まだ着かないのかぁ…?」
蜘蛛たちが何か話をしている。
「私に聞くな!この霧が邪魔で道がわからないんだよ!」
どうやら話を聞く限り蜘蛛たちは道に迷ってしまったらしい。
二人の蜘蛛は辺りを見渡しながら目的の場所を探していた。しかし、濃い霧の中蜘蛛の目はほとんど見えず場所がわからずあらぬ方向へと移動している。
「おい、お前どこに行った?」
「ここにいるけど、貴方こそどこ」
また霧が濃くなりもう目の前は霧で真っ白だった。誰がどこにいるのかわからない中、僕は掴まれていた足から抜け出そうとあばれたが、それは無意味に終わってしまった。
やはり蜘蛛に捕まった獲物はそう簡単に逃げられるわけがない。
蜘蛛たちは自分たちの位置は分かっていなくても獲物を捕らえている以上早々離してはくれない。獲物を逃すことこそが蜘蛛にとっての最悪の結末なのだろうから。
「んっ…!」
蜘蛛の糸で口を縛られているため声は出せないがどうにか助けを呼ぼうと躍起になる。
「ガキが目を覚ましたようだなぁー、まぁてめえが起きようがどうでもいいこった」
少年だった蜘蛛は僕が起きたことに気づいたがあまり関心はないようだった。
「そんなことよりも早くこの霧を抜けないと何もできないよ」
チッと舌打ちをした元少年だった蜘蛛は辺りを見渡したあと大木に糸を貼り付ける。
白い粘着性の硬い糸は頑丈でちょっとのことでは切れそうになかった。
そんな糸を頼りにゆっくりと移動していく。
「本当困るぜ…なんで急に霧が濃くなったんだぁ!?」
「私に聞かないで!糸で場所を見極めつついくしか方法はないよ。」
蜘蛛達はパキパキと音を立てながらぬかるんだ土を踏み、木を交わしながらゆっくりと進んでいく。
「ここをこっちじゃねえのか?」
「多分、そう。だと思う」
そこから数分間、蜘蛛は移動し続けた。
霧の中、蜘蛛が急に立ち止まった。
「おい、こりゃなんだ」
そこには蜘蛛の脚が転がっていた。
綺麗に斬られた蜘蛛の脚。刀か何か鋭い何かで斬られた脚。ここで何が起こったのか、それは分からない。ただ、二匹の蜘蛛は危機を察知した。
「な、何かやばいぞ。ここを早く離れるぞ」
「おい、聞いてんのか!」
蜘蛛は後ろを振り向いた。そしてその状況を見て唾を飲んだ。
「な、何!?」
大声がでた。少年蜘蛛が後ろを振り向いた時、女蜘蛛は斬り刻まれてすでにバラバラにされていた。一瞬の出来事だったのか叫ぼうとしたところで斬られ、恐怖で顔が歪んでいた。
「一体誰が!?おい、ここら辺は俺様土蜘蛛たちの縄張りだぞ!誰が楯突いていいと言った!?」
返事はない。仲間を殺された土蜘蛛は激昂した。
蜘蛛は殆どが単独で生活し肉食性である。
しかし、その中で集団生活を送る社会性蜘蛛が存在している。これは実際の蜘蛛でもありうる話だ。社会性蜘蛛は共同で営巣し、巨大化した網の集合体を形成し、そこに時には数千頭ものクモが住み、共同で餌をとる生活をする。
それがこの社会性蜘蛛なのだ。
それはこの妖怪、土蜘蛛も同じだった。
蜘蛛の妖怪といえど蜘蛛の性質は持っている。この土蜘蛛たちは社会性蜘蛛の性質を兼ね備えていた。
だからこそこの蜘蛛は自分の仲間が殺されることに怒った。
「誰だが知らねえが、容赦はしねえぞ!」
まだ視界に捉えていない敵に対して怒鳴り散らす。
すると少し妙な気配を感じそこに向かって糸を吐き出す。
勢いよく飛び出した糸は何かに引っ付いた。
「そこだな!」
そう言ってその場所へと向かう。
怒りで我を忘れ、その場所へと向かうとそこには霧があった。しかし他の霧とは違う、何かおかしい霧。
蜘蛛は気づいた。この糸が張り付いた霧の正体を。
「てめえは
糸が張り付いた霧は妖怪だった。
霧は徐々に具現化していき、霧の中から人のような顔を出した。
「土蜘蛛。お前、よくわしに気づいたな。」
煙々羅は巻きついた糸で身動きが取れないまま元の姿に戻っていく。煙のようにモクモクとした長い首についた子供にも大人にも老人にも、男にも女にも見える顔。首から下は煙でできた4つの脚。麒麟のようにも見える姿をした妖怪がその姿を現した。
「てめえが俺の仲間を殺したのか!?」
「わしはただ…この辺を霧で覆っていただけのこと。」
煙々羅は煙の妖怪。この妖怪の言っていること自体は間違ってはいない。
煙という名の霧で真っ白の視界を生み出していた煙々羅は自分のいた状況を話していく。
「わしがここに来た時にはその土蜘蛛たちはもうすでに殺されていた。だからわしは知らない、故にこの糸を解いてはもらえんか?」
「それはできねぇ相談だ。お前の他に動くものを感じない今、お前が仲間を殺した可能性は十分にある」
「土蜘蛛よ、お前も知っているだろうがわしは蜘蛛を斬るような真似はできんぞ」
たしかに煙々羅にそんな力はないだろう。しかしこの妖怪以外に考えられない。他に誰かがいるなら別だが。
「知っているなら答えろ、お前の他にこの山に誰かいるな?」
「どうじゃろうな」
「貴様!」
直後だった。
「そうじゃのぉ。これだけ引き付ければ十分じゃろう」
その言葉を耳にした瞬間背後からやってくる人影に土蜘蛛は気づかなかった。
気づいた時には自分の体がバラバラになっていた。
バラバラにする瞬間、誰かが僕を助けてくれた。そのおかげで怪我ひとつなく無事に地に降りた。少しでも距離を離そうと一生懸命糸でまだ締め付けられた体を地べたを這いずりながら移動する。
「ががっ…お前…よくも…騙したな…」
バラバラにされた蜘蛛は敵意をむき出しにした目つきで煙々羅を見つめる。
「わしは煙。すぐに消え、現れ、それを繰り返す。わしの存在に気づいた時点でお前の命はなかったのぉ。残念、残念、わしはその子を助けねばならんかったのでな」
「ぐぞぉぉ…」
「これで終わりだ」
土蜘蛛は刀で貫かれ命を絶たれた。
先ほどまでの目つきにはもう生気を感じられない。
蜘蛛はだんだんと筋肉が収縮して丸くなっていく。その姿に、その生々しさに小学生の僕は目を背けた。
あの、人よりも大きな蜘蛛を一瞬で倒した人の方へと目を向ける。
「ありがとう、煙々羅。協力してくれて」
やっと視認できた。それは男の人だった。
和装を身につけなんとも何百年も前の江戸時代の服装のようで今の時代とは合わない奇妙な格好をしていた。
「約束通りその子を帰すんじゃぞ」
煙々羅はそう告げたあと煙のように消えていった。
「あぁ。任務完了。この子の命はあるみたいだな」
その男は僕の方へとやってくると刀を抜き、糸を切っていく。僕は糸を解かれ、やっと自由の身になった。
「あ、ありがとうございます…」
「気にするな、これは仕事だ。無事でよかった」
そう言って男は僕の頭を優しく撫でた。
「いいか少年。君は運がいい。だから今回は助けられた。でも今度からは違う、君は一人で生きなければいけないかもしれない。だから絶対にこのことを忘れるなよ」
男の人はそう告げたあと僕の頭をに触りながら何かを詠唱し始めた。
「令気をもって命ずる…と言いたいところだが君はまだ子供だ。君にとってこの出来事がどう人生に関わって行くのか見守るとするよ。
家には返さないとね。令気を持って命ずる。私の記憶にある道を辿りゆっくり帰れ」
その言葉を聞いたあと僕はゆっくりと山道を歩き続けた。
もやもやする。何か…何かに命令されている気がする。
僕は山道を歩き続ける。
どこかわからない山道なのに何故か帰り道が分かっているかのように迷うことなく歩き続ける。
「あっ、ここって!」
木々を通り抜けながら進むと見覚えのある公園の前までやってきていた。
「僕、どうやってここまで来たんだ…?」
なぜかその助けてくれた人間のことを思い出せない。
あの煙の妖怪のことだけを覚えている。
何か引っかかっているが子供だった僕はそんなことは気にしなかった。覚えていることと覚えていないこと。徐々に記憶から薄れていくこともあった。
僕は家に帰り、祖父に何故か抱きついて離れなかった。
◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇
「って言う話」
柳は話を終えた。
「正直うろ覚えではあるんです。すみません。ただ、妖怪が助けてくれたってことだけは覚えていて」
「いいのよ、それにしても興味深いわね」
「まぁもうほとんど本当にあったことなのか、夢の中の話なのか、それは僕にもわかりません。ただ、なぜか本当だと思いたいんですよね」
なぜだろう、柳の顔が少し悲しそうな顔をしているように思えた。
「その気持ちわかるよ。私も夢だったらよかったって思えることやそうじゃないことが在るもの」
新道は柳に同情する形で話していた。
たしかにこの話が本当だろうが嘘だろうがこの柳に対しての気持ちは変わらない。
この噂を広めた張本人の話だ。
何かしらこの噂の手がかりになりそうなことがあるだろうと思っていたのだが、話の中にはそんなことを出てこなかった。
「煙々羅か。聞いたことはあったが人に協力をする妖怪もいるのだな、なんだか以外だ」
「うん、私も同じことを考えていたわ」
新道と識神は2人してそう言った。
「でも、それって結局のところ固定概念ですよね?」
柳は笑顔でそれに反論を返す。
「妖怪は人に危害を与えると言われているけれど、そんなことはなくてちゃんと人間に幸福を与えてくれる妖怪だっているんです」
「あぁ、たしかに固定概念にとらわれすぎたな。妖怪系のアニメでよく人間を助ける姿を見かける」
「だね!ごめんね、柳くん?」
「あっ、いえ。怒ってるわけじゃないですよ?ただ…助けてくれた妖怪のことを悪く言われるのは癪に触るというかなんというか…」
「これは悪い、悪く言ったわけではないんだ。そういう妖怪もいると関心しただけなんだ」
慌てながら部長が柳にそう話している。
確かに自分の恩人って、人ではないから恩妖怪?というべきなのか。
妖怪だとしても自分を助けてくれた方。柳にとって妖怪はいい存在なのだろう。
「まぁまぁ。もう夕方ですし今日はお開きにしませんか?」
耐えかねた妖花は提案をした。
その言葉に3人とも「確かにそうだね」と同じ反応を返してくれた。
「じゃあ部室は私たちが閉めとくから2人は先に帰ってて大丈夫だよー」
新道からそう言われて妖花と柳はお言葉に甘えて部室を後にした。その後下駄箱で靴を履き替え玄関に出た時柳が唐突に妖花に質問する。
「千子さん。君は僕の話を聞いてどう思った?」
「どうって…」
柳の顔は夕日に照らされどうも表情は分からなかった。
ただ声を聞くとどうも何か私に共感をもらいたいようなそんな気がした。
「いい話だったよ。私はそんな経験ないから新鮮で」
そう告げると柳は「そっか」と言った後に上を向いた。
「どうしたの?」
「いや、思ったとおりの反応が返ってこなかったから少し悲しかっただけさ」
思ったとおりの反応?どういうことだろう。そう思いながら妖花は「それってどういう反応?」と返した。
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
柳がそう言うのであまり深くは聞かないようにした。
2人は揃って校門を出ると、自分の家の方向へと振り向いた。左と右。2人の家は逆方向。
「じゃあね、柳くん」
「うん。またね」
2人は最後に帰りの挨拶を終えた後、自分の道を進んで帰った。
「ふぅ…今日は楽しかったな…」
お風呂に入りながら妖花はそう呟いた。
時刻は午後6時。
家に帰った妖花はすぐにお風呂を沸かして湧いた直後に入っていた。いつもはご飯を食べてから入るのだがなんだか今日は早めに入っておこうと思った。
「とりあえずは明日あたりに神楽に柳くんも行くって伝えておかないとなぁー」
顔半分ほどまで湯船に浸かり、体操座りでぶくぶくとしている妖花は温かい湯で顔が赤くなっていた。
「ちょっとのぼせちゃった…」
ゆっくりと湯船から出て鏡の前で立ち尽くす。
「なんか、体型変わったかな」
ため息をつきながら自分の体つきを見る。
「まぁ、いつも可愛いふたりと一緒にいるから目が肥えてるのかな」
「でもでも。結局私がスタイル良くないのは変わらないことだし…」
自分に自信を持てない。それが千子妖花なのだ。なごみや夏海、それに今日話した神楽もスタイルがいい。なぜ私の周りはこうもスタイルのいい人ばかりなのだろう。
まだ中学二年生の妖花はそういうことを気にする年頃なのだ。妖怪やらそういう類の話も好きではあるがやはり女子。可愛いものも好きだしもっと女の子らしくなりたいが…
「少し痩せよー」
そう呟いてお風呂を後にした。
「はむっ」
妖花はモナカを口に入れながら口をはむはむさせている。
そんな私を見てお母さんが一言。
「妖花。太るわよ」
その言葉は妖花に雷を落とした。
「えぇ!そんなことないよ!私これでも気を…つ…けてはいないけども!」
「まだ夕飯も食べてないのに間食ばっかりしてー」
「いいの!みんなスタイルいいから私もなんというかこう…まぁなんかしたいの!」
「なんかするって太ることを頑張ってどうするのよ!」
確かに。それはそうだ。結局私は諦めてたんだ…お風呂では強がってたのにお風呂上がってすぐこれではダメだ…
「お母さん、今日、夕飯いいや…」
妖花はトボトボ自室へと向かった。
「はぁ…」
ベッドに顔を埋めながらため息を吐いた妖花は仰向けになり天井を見上げる。
「まぁあのことは一旦いいや。それよりも多分今週のどこかでいくよね」
噂の確認といってもその本人がいるのだからなんとも言えない。柳もまた自分が見た話をしたにすぎない。
妖花はあまり浮かれてはなかった。
なんだかそういう噂などに足を突っ込むのは良くない気がしていたからだった。
「まぁ、柳くんがいるし大丈夫かな?」
何度か妖怪に遭っている少年と共に行くのだから少しぐらいは安心してもいいのかもしれない。
そんなことを思いつつ今日も眠りについた。