式神の能力により妖花にさまざまな情報が脳に流れてきた。
夜市の情報。地図や式神の視界がとらえたこの夜市の景色。
家屋や道、妖怪達が鮮明に頭の中で流れる。
「うっ…」
一気に情報が頭に流れたことで頭がふらついて倒れ込む。
「大丈夫か」
「は、はい。少しふらついただけです」
勉強とは訳が違う。大量の情報を処理するだけの脳の発達がまだ出来ていないのだろう。
式神に支えられてなんとか立ち上がり、もう一度頭の中で先程の情報を頭に思い浮かべる。
今の現在地は虚実の門から少し離れた位置にある道。
夜市ってこんな感じなんだ。
思い浮かべた地図はとても細かく書かれている地形図だった。ところどころ破れたようになっているため完全な把握はできない。
「なるほど…」
地図上には店の名前まで書いてあるここまで詳しく書かれている物なのか。私たちの世界の地図となんら変わらない。少し違うのは文字や配列。全てが漢字であり、右から左に読む形となっている。昔の日本のようだと妖花は思う。それでも普通に読むことは出来る。恐らく意味は同じだろうから。
今いるのは…薬屋前か。
地図には屋薬と書いてあったはず。
「少し外に出てみてもいいですか?」
「注意しろ。まだ追手は近くにいるはずだ」
恐る恐る顔を出してあたりを見渡すと目の前には木材でできた年季の入った家屋に右から読んで薬屋と書かれた看板があった。
「この地図は本当にあってるみたいね」
式神のところへと戻ってもう一度思い浮かべる。
どうやらこの薬屋前から虚実の門までは北西に3キロ弱ほどといったところだろうか。虚実の門は最西端にあるらしく、そこから先の地図は破かれており、確認することが出来なかった。強引に破ったのか虚実の門の"門"の文字がなくなっている。
「ふぅ…」
汗をかいていたので持っていたハンカチで拭いていると式神に話しかけられる。
「どうした」
「あっ、少し汗かいたので拭いてただけですけど…」
「そうか、ならいい」
式神は私から背を向ける。多分察してくれたようだ。
「あの、いいですかね?」
汗を拭いた後また地図を思い浮かべて式神に話しかける。
「次はどうした」
「いえ、少し地図を見たんですけどここから虚実の門までは約3キロメートルぐらいです。追手の配置位置によっては避けながらいけるんじゃないかと考えたんですけど」
「ほう、避けるか…うまくいけば虚実の門へはすぐに辿り着けるだろうな」
式神はうなづきながら答える。
「確かにその方法でもいい。だがそれだけではダメだ」
否定をされた。
「なぜですか?」
妖花にそう聞かれて式神は答える。
「確実とはいえないからだ。その方法だけだとな」
「でも、ここから出るにはあそこしかないんですよね?なら無理にでも行かないと…」
「まぁ待て。他に色々と策を練れる。その方法だとうまくいかない、私には敵の位置を知る能力はないからな」
「わかりました。確かに知る方法がないなら仕方ないですよね、どうしましょう。あそこの門を潜るしかこの世界から出る方法はないのに…」
落ち込みながら妖花が言うと式神が申し訳なさそうに口を開く。
「そうだな、悪い。少し勘違いさせたな」
頭をかきながらそう言った式神を疑問に思い何のことだか聞いてみる。
「何がですか?」
「ここを出る方法のことだ」
式神は腕組みをしながら妖花に向けてそう言った。それに妖花は驚きを隠せない。
「え?だって式神さんがここを出るにはそこに行くべきだって」
「あぁ確かにそうだ。だが他にも出る方法はある」
「なら早く行ってくださいよ!」
妖花は少し頬を赤ながら式神に怒る。
すると式神は妖花に向けて優しく言う。
「もう一つの方法は危険すぎる。故に、少女の策を練りに練る方が良いだろう。否定したのは避けるだけという考えだからだ。考えられることは考えなければならない」
「で、でも…。そのもうひとつの出る方法って何なんですか?」
式神は妖花の肩を掴み訴えかけるように伝える。
「悪いが手伝うと言ったのはこちらだ。私に従ってもらう。それに無事に返すというのが私の目的だ」
「は、はい…」
目の前の鬼の顔をみて妖花は「はい」と返すしかなかった。
式神は優しい妖怪なのだと思った。わざわざ危険な方をとらずに確実にでられる方法をとってくれるのは本当に私を人間の世界に返したいというのが伝わってくる。
「もう一つの方法についてだがそれは単純なことだ」
「単純…?」
「お前たちはここに来るために何をしてきた?」
唐突な質問だったものの妖花は自分たちが何をしてここにきたのかは全て覚えている。
「えっとその。噂があったんです。ここに地図にはない道ができるって」
「それを信じてここにきたのか?」
「はい。地図にはない道が実際にあったのでとりあえずその道を歩いて階段があったのでそこを降りてここにきました」
「そうか」
式神はそれを聞いて何か分かったのかうなづきながらこちらを向いて喋り始める。
「もう一つの出る方法はお前たちが入ってきたような抜け道を探すことだ」
「それを見つけたら出られるんですか?」
「いや、見つけたとしてもそれが人間世界につながる道だとは限らない」
式神曰く、その抜け道はさまざまな場所に繋がっているらしく、ほかの見知らぬ世界に繋がっている可能性もあるらしい。
それにその抜け道自体ほとんどないと口にした。昔はよく見つけてほかの世界へと出入りして、そこで妖花の世界もみたことがあるらしい。数ヶ月前に見つけた道もほかの世界へと繋がる道だったらしく、その道ももう無くなってしまったと告げた。
「それに、その道はずっとそこにあるわけじゃない。いきなり消える。もしお前がその道に入り、ほかの世界へと続いていてすぐに道がなくなったらもうお前は帰ってこられないかもしれない」
一呼吸置いてからまた式神は話始める。
「そうなったら私でも助けることは不可能だ。それに道を出てみないとその世界かの確認もできない。一か八かでその世界に行くよりも確実に出たほうがいいだろう」
確かにもっともな意見だ。出るために手段を選ばないのであればその抜け道を探したほうがいいだろう、しかしあるのかさえ分からない道よりも必ず出られるが少し時間がかかる道に行ったほうが確実なのは確かだ。
「そうですね、式神さんのいうの通りです。仮に一つ目の道で出られたなら運がいいんでしょうね」
「そうだな、だが仮に道を見つけてその道がお前の世界に繋がってるいる可能性はほんのわずかだ。世界はたくさんあるからな」
式神は多分さまざまな世界に行ったことがあるのだろう。
ほかの妖怪とは違う自分があまり目立たないようにしている。おそらくこの式神も他の妖怪から何かしらされたのかもしれない。
でなくては人間をわざわざ助けようとは思わない。
式神といえば陰陽師のイメージがある。多分この式神もどこかの世界の人間という種族に使役されていたのかもしれない。だから人間を助けるのかな。
そんなことを妖花は考えていた。
「私たちの世界以外にもあるんですね。なんだか気になります」
クスッとしながら言うと式神はなぜ笑ったのか分からずこちらを見ていた。
「じゃあ、改めて考えましょう。私は絶対ここから脱出したいので」
「あぁ。まずはどう出るか、それを考えなくてはな」
それから数分間、静かな時が流れる。
あの追手を潜り抜けどうやって虚実の門へと行くか。
そしてどのようにして虚実の門に入るのか。
考えるも何もでてこない。
頼ることしかできない自分が嫌になる。でもそれは今だけ…必ず何か役に立って見せる。
妖花はそう強く思った。
すると式神から声がかかる。
「おい、ここから出る方法だが徐々に出る方法を取ることにしたがいいか?」
「私はどんな方法でも構いませんよ」
妖花が笑顔で答える。そんな妖花に式神は顔を変えるための薬を見せる。
「この薬だが使用回数があるんだ。それがもう底をつきそうなんだ。だから今からあの薬屋で買ってくる。だからここを動くな。何かあればすぐに薬屋に来い」
「はい!」
返事をすると式神はキョロキョロと辺りを見渡して路地に出て薬屋に入っていった。
それを見届けて妖花は今自分ができそうなことを考える。
「今の私に出来ること…とりあえず隠れておくしかないよね」
数分後に薬屋から式神が帰ってきた。
「おい、もう準備は完璧だ。お前の分だ、好きに使え」
そう言って渡された顔を変える薬を手に取ってみる。
こんなものなのか。霧吹きのような形でプラスチックのような硬さや質感。多分この世界のものであろう特殊な材を使っているのだろう。
持ってみて思ったことはとても軽いと言うことだった。だからこそプラスチックと勘違いしたのかもしれない。
何も入っていないのかと勘違いしてしまうほど軽いが、一度振ってみると重さを感じた。
不思議な感覚だ。持ったら軽いのに振ると重くなるとは。
妖花が顔を変える薬を観察しているのを式神は面白そうに見つめる。
「どうかしたのか?」
そう聞かれて妖花は答える。
「はい、なんというかこの薬すごいですね。持ってみると軽いのに振ると急に重くなるって」
そんな妖花をみて式神は「私たちにとってはそれが普通だからなにに興味をそそられるのか分からんな」といった。
それを聞いて妖花は笑いながら答える。
「それはそうですよ。初めて見るものに人は興味を惹かれるんです。初めてじゃないならここまで思うこともないですよ。
だからたまに興味本位で色々するからバチが当たったりするんですけどね」
そんな妖花をみて式神は「分からんな」と告げて虚実の門へと向かう準備に取り掛かっている。
それをみて妖花は顔を変える薬を置いて式神に聞く。
「私も手伝えることはないですか?」
「そうだな、お前はその興味というものに目を向けておけ」
妖花は式神の言葉を聞いて持っていた鞄を下ろして薬をしまう。
「どうした?」
「いえ、私は今式神さんに興味が向きました。なので式神さん、何か手伝えることとかないですか?」
そう言われて式神はため息をつきながらある程度準備が終わったことを確認して答える。
「そうだな。まだ色々と教えていないこともあっただろうから教えておくとする」
「はい、手伝えることがないのは残念ですけど仕方ないです。お願いします」
「あぁ」
そう言って紙を取り出した式神はそれを見て書いてあることを読み上げる。
「使用時間は四半刻。そして触れられれば効果は切れる」
「えっと…四半刻っていうのは?」
「あぁ。悪い、分からなかったか。お前の時代なら30分と説明すれば良かったか?」
そう説明されてようやく理解した。昔はそうやって時間を示していたのか。
「理解しました」
「そうか」
続けて紙にかかれている薬の使用方法を説明していく。妖花に見せなかったのは読めないと思ったからだろう。まぁそれも仕方ない。先ほども『四半刻』の意味も分からず聞いてしまったのだ。だから読めたとしても意味がわからないと解釈されたのだろう。
「使用回数は5回。それで中身は空となる」
「5回、思ったよりあるんですね」
「そうでもない。私のような者にとってはよく使用する物だから困っていてな。それにこの薬は高い…」
そう口にした式神は分かりやすくうなだれた。それを見て妖花はこの薬はとても高価なものだと改めて思う。
「この薬はそんなに高いんですね…」
「あぁ、あそこの薬屋の店主は物々交換しかしなくてな。金貨や銀貨では取引しないというんだ。だから私の持つ中で一番高いものと交換してきたわけだ…」
式神はおそらく自分の大切な品を交換条件に出したに違いない。でないとここまで落ち込まないだろう。初めにあった時の頼りになりそうな妖怪は今では小さく見えた。まるでドーベルマンがチワワにでもなったみたいに。
「説明だが後に書かれていることは特に説明しなくて良さそうだ。ほとんど言っても意味のないことばかりだからな」
式神は説明の書かれていた紙をしまった。
とりあえず説明が終了したようだ。
式神はいつも通りの雰囲気に戻っていた。少しでも私に不安をのこしてはいけないと思ってくれているらしい。
「はい、分かりました」
「では、準備はだいたい整った」
そしてそう言うと式神は妖花を見る。
これから式神と妖花の夜市脱出の作戦が実行される。