表裏一体物語-妖刀と少女を繋ぐ-   作:ニャンクル

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31.夜祭-弐-

 

 虚実の門より数十メートル離れた家屋の屋根の上で互いが睨みあっている。

 妖花はそれを見守ることしかできない。自分が何かしようとしても邪魔になるだけだと理解していたから。

 

 風が吹く。不穏の風。互いの髪や衣服が揺れる。

 

「かかってこい、お前ぐらいなら簡単に倒せるだろうからな」

 

 挑発したのは式神だった。妖花から見ても意外だった。あの式神が挑発をするとは。でも、妖花も理解はできる。出来る限り早くこの戦いを終えて私を元の世界に戻すためなのだろう。

 

「そうかよ、勝手に言ってろよ」

 

 一つ目小僧は腰にさしていた短刀を手に取り襲いかかってくる。

 

「この短刀には毒がついてる、妖怪だろうが耐性がないと死ぬだろうなぁ!」

 

「そうだな、当たったら死ぬかも知れん。当たらなければ意味がないがな」

 

 一つ目小僧が振り下ろした腕を掴み、簡単に投げ飛ばす。受身が取れずそのまま倒れる一つ目小僧を見て式神はため息をついた

 

「おい、やる気がないならやめておけ。あれだけ言っておきながらその程度とはな」

 

 立ち上がりもう一度向かってくる一つ目小僧は短刀も扱ったことのないような素振りで見当違いの方向に短刀を刺したりしている。

 

「うるせぇなー!」

 

 ひらりと躱し、軽くあしらう式神に対して一つ目小僧の動きは明らかに素人だった。

 

「この程度では相手にならない」

 

「そうかよ!」

 

 一つ目小僧は先ほどの動きが嘘のように思えるほどの俊敏な振りを見せる。

 しかしそれを見ても式神は動じることなく避け続ける。

 

「クソが!」

 

 次に短刀を式神に刺そうとした時式神は一つ目小僧の腹にひと蹴り浴びせた。

 

 ぐはっと声を上げて吹っ飛んだ一つ目小僧はなぜか私の方を見ている。

 どうして私を見ている?

 フッと一つ目小僧が笑った気がした。

 

「俺1人で来るわけねぇーだろーが!」

 

 その声の直後だった。私の真下の瓦から手が生えた。破壊された屋根瓦が宙を舞う。現れたのは白く生きている者とは思えないほどの冷たい手。

 その手は私の足を掴み、家屋に引きずり込もうと引っ張ってきた。

 

「きゃっ!」

 

 私の声に反応して式神が振り向いた時、先ほど吹っ飛んだはずの一つ目小僧が式神の背後にいた。

 

「し、式神さん!」 

 

 妖花が声をかけるも反応が遅れた式神は一つ目小僧が背後にいることに気づかなかった。

 

「残念、ここでお前とはサヨナラだ!」

 

 一つ目小僧の声がしたあと、式神の声が聞こえた。

 

「大丈夫だ。後で必ず助ける」

 

 その声を最後に私はその手に引っ張られてその家屋の二階へと落ちていった。

 

「いったぁ…」

 

 屋根から家屋の二階に引き摺り込まれた私は尻餅をついて痛がっていた。でも、すぐにあの掴んでいた手を振り払おうと足をみると私の足を掴んでいた手は無くなっていた。

 

「あれ…?さっきの手はどこに行ったのかな」

 

 掴んでいた手がなくなったことで自由となった私は直ぐに上を向いた。私が落ちてきた穴の向こうには夜空が広がっている。しかし何も聞こえない。式神さんはどうなったのだろうか。

 

「式神さん!」

 

 叫ぶも何も聞こえていないのか反応がない。状況が分からない以上このままずっとこの場にいる訳にはいかない。

 

「それにあの白い手も謎だし」

 

 部屋は静寂に包まれており、廃墟のように衣服や日本人形などが畳の上に散乱していた。衣服は着物で女性ものだった。人形はこちらを見ているようにも感じてなんだか嫌になる。

 

「不気味…。廃墟なのかな」

 

 屋根からの音が聞こえない以上とりあえずここから出ようと決意する。しかし、私の力では落ちてきた穴に上がることは不可能に近い。とりあえず、この家屋から出るために出口を探そう。

 

 だが、それよりもまずなぜ私はあの手の存在に気が付かなかったのだろう。

 注意深く耳をすませていたのに何故気づかなかった?私は何か問題が起きないように耳をすませ他の妖怪が来るのではないかと警戒していたのに。

 

「誰か!いませんか?」

 

 少し声を張って助けを乞うが何も反応は無い。

 それにしても静かだ。外は静かと言うよりは騒がしかったのに。

 

 妖花はどうやらここがなんらかの術で声が外に漏れないようになっていることに気がついた。

 しかしそれは仮説に過ぎないので深く考えても仕方がないことだった。

 

 一応、自分の落ちた穴からの脱出を試みたものの自分の身体能力では手が届かないことがわかり、とりあえずこの家屋の玄関から出ることにした。

 

「何か有れば策を練ってあの穴から出よう。でも何もなければ普通に出るしかない」

 

 妖花は散乱している人形や衣服を避けながら移動を開始した。

 日本家屋ということもあり、目の前に見えるのは畳や襖。床の軋む音がするが気にせずに襖の方まで移動した。ここから脱出するためにはまずこの部屋から出るしかなかった。

 

「まずはここから、そっと覗いて…」

 

 襖を少しだけ開けて左目で覗いてみるとそこには特に何かがあるわけではなかった。今みている限りでは。

 見たところ和室。ほとんど部屋の大きさも変わらないだろう。

 

「よし!」

 

 ゆっくりと襖を開けてその和室へと入る。

 すると、あるものが置いてあることに気づいた。

 

「これ何だろう?」

 

 手に取ってみるとそれは木でできた少し重めの約30センチメートルほどのものだった。

 どこかで見たことのあるような…

 少し考えてみるとすぐに浮かんだ。これは時代劇などで目にしたことがあるもの。

 

「これ、多分短刀だよね?」

 

 そう考えるとこの短刀を持っていいのかと思ってしまうが恐る恐るその短刀の鞘に手をかける。すると他の場所から音がした。

 

「な、何!?」

 

 カサカサと何かが這いずる音。どうやら虫みたいだ。たしかにここなら虫が出てもおかしくはないだろう。少し埃臭いというのもあるのだろうか。

 

「それにしても汚い部屋。この家誰か住んでるのかな?誰か住んでるにしては埃が溜まっているみたいだし」

 

 他にも和紙が何枚も落ちていることを確認できる。何か書いてあるかと確認するも読めそうになかった。

 この部屋にもあの穴から出るために利用できるようなものは無さそうだった。

 

「ハシゴだとかあるかと思ったけどそう上手くいかないか。とりあえず出口を探さないと」

 

 短刀を抜くことをせず、とりあえずご用心のために持って行くことにして、この部屋に入って西方向にある襖をそっと開けて中を覗き込んだ。

 

「何もない…?」

 

 というよりも気配が全くない。

 虫やらが這いずる音は聞こえるものの何かがいるようには感じない。私をここに引き摺り込んだのは一体何者なのだろう。

 次の襖に手をかけた時あることに気づく。

 

「あれ、こんなところに服なんて置いてあったかな?」

 

 先ほどまでなかったはずの前の部屋にあったであろう着物が一枚置かれている。

 不思議に思い近づこうとした足を止めた。

 

 ここは妖怪の世界。何かの罠の可能性の方が高いのは明らか。流石の妖花もここまで不思議な体験をすると慣れてくるものだ。

 おそらく罠であるこの着物に近づくことは命に関わる。

 

「なら、次の部屋に行くまで!」

 

 妖花は自分を信じて次の部屋の襖を開けた。

 次はゆっくりではなく勢いよく開いた。そして、私は後悔した。

 

「え?これって…」

 

 妖花は驚いた。そこには何着もの着物があった。

 驚いて後退りしていると足に感触がある。そう、何かに足を掴まれている感触。

 先ほどこの部屋にあった着物の袖から白い手が伸びていた。

 

「これが私をここに引きずり込んだ正体!?」

 

 白い手は妖花の右足をグッと掴んで離さない。

 その握力は足が折られるのではないかと思うほどの強さだった。

 

「い、痛い…離して」

 

 この妖怪にしてやられたと深く反省するしかない。注意深く観察し、罠を避けたものの、着物が目の前に現れたことで自然と後ろに下がってしまった。意識が完全に目の前の着物に向けてしまっていたことで背後に来ていたもうひとつの存在に気づかないなんて。

 

 だからこそ妖花は思う。

 式神がここまで連れてきてくれたんだ。誰かにいつも助けてもらえるなんて思うな。自分の力で乗り越えないと────

 

 妖花の目付きが変わった。

 

「ここで、私が何も出来ないなんて思わないで。私だってやる時はやるんだってことを教えてあげる」

 

 妖花は気持ちを切り替えて掴まれていない左足でその手を力を込めて蹴った。しかしびくともしない。だんだんと強くなる痛みに耐えかねて持っていた短刀を手に取る。

 短刀を鞘から抜くと美しい刃に一瞬目が奪われる。

 

「これ、これ見て!あなたのことを刺しちゃうかも知れないよ!」

 

 そう訴えかけるも無視して私の足を掴んで引き込む。

 

「なら本当に刺すよ!」

 

 そう言いながらも妖花は刺す気などない。

 どうか諦めて何処かへ行って欲しいと心の底から願う。

 妖花はもちろん戦ったことなどない。普通の中学生だ。目立ったところでいえば成績が良いくらいで、運動神経は良くも悪くも普通。そんな女の子に人の手を短刀で刺す経験などしたことがない、なによりもしたいわけがない。

 ぷるぷると震えた手で諦めて足から手を離してくれることを願っていると短刀が宙を待った。

 

「あっ!」

 

 着物の袖からもう一本手が出ていた。

 その手が妖花の持っていた短刀を弾き飛ばす。宙をまった短刀は和室の端へと弾き飛んだ。

 

「これじゃあ、抵抗のしようが…」

 

 短刀を飛ばされたことを確認して手が先ほどよりも強い力で足を握りしめる。

 

 妖花は痛みで悲鳴を上げる。さらに多方面から手が無数に生えてきた。先ほどの部屋の着物からも手が生えていたのだ。

 

 完全に囲まれた。終わりだ。

 ここで私は死ぬ。ごめん、式神さん。私はここまでだ。あなたには感謝しても足りない。

 私なんかのために命をかけてくれて、一つ目小僧との戦いもしてくれて…

 妖花は白い手に囲まれて絶体絶命の危機に陥った。

 すると妖花の懐に入れていたお札がだんだんと熱くなる。

 お札が熱い、何が起きているの!?

 お札に触れるとお札が反応して白い手が離れる。

 

「痛っ…」

 

 宙ぶらりんとなっていた妖花はようやく地面に落ちた。

 

 これは一体…。御札の効力で白い手は近づけないようになっている。式神さんにまた助けられた。何度助けられるのだろうか。

 

「まだ終われない」

 

 妖花はなんとか起き上がり、転がった短刀を手にとり、着物の方へと一直線に走った。

 妖花の持っていたお札のおかげで白い手は近づけなくなり、掴んでいた白い手以外は何やら苦しそうにしているように見えた。

 その一瞬を妖花は見逃さなかった。動体視力で向かってくる白い手を避け、着物を掴んで持ち上げた。

 

「ごめんなさい」

 

 そう告げてから妖花は短刀でその着物をびりっと割いた。

 するとその白い手がスッと消えた。

 やはり、この着物自体が弱点だったようだ。

 お札は効力が切れたのか徐々に無くなっていく。

 

「本当にごめんなさい」

 

 妖花は謝り続けた。

 

 怒っているのか他の白い手も妖花に襲いかかる。しかし妖花はその場から動こうとはしなかった。

 

「きゃっ…」

 

 首を掴まれても尚、妖花は白い手に伝える。

 

「私もこんな事好きでしてるわけじゃない。もうしたくない。だからあなたたちもやめてほしい。だからお願い」

 

「私はここから出たいだけなの…」

 

 そう告げるも首を絞められ続けて意識が遠のくのを感じる。

 

「うっ…」

 

 白い手は何故か急に妖花の首を絞めていた手の力が抜けた。

 

「げほっ、げほっ」

 

 咳をしてなんとか息ができているのを感じる。何が起こったのだろう。

 意識が朦朧とする中目を見開くと目の前に私の破ったはずの着物が置かれていた。

 

「これは…」

 

 なぜ私の首から手を離したのかわからなかった。でも、何となく分かった。

 

「あなたは私を殺すつもりなんてなかったんだよね。なのに私はあなたのことを…」

 

 その着物を持ってみると少し温かさを感じた。

 妖花はその着物を持って他の白い手が見守る中立ち上がる。

 

「多分私が破ったはずの着物の妖怪が私を助けてくれた理由は貴方達に人を殺すなんてして欲しくなかったんじゃないかなって」

 

 だからこそ、やるべきことがある。

 

「私は悪いことをした。だからこれが私の罪滅ぼし」

 

 妖花は自分が破った着物をバッグに入っていた裁縫セットで縫い合わせる。

 たしかに時間はない。式神は今も一つ目小僧と戦っているかもしれない。しかし、これだけはしなければならなかった。

 

「完成」

 

 破った着物を手際よく縫い終えて妖花はそれを綺麗に畳んで置いた。するとそこから白い手が出てきた。

 

「良かった。無事で」

 

 妖花はホッと胸を撫で下ろす。白い手は優しく私に握手を求めた。妖花は快く握手を交わすと一言「ごめんね」と告げた。

 

「じゃあもう会う事はないかもしれないけどありがとう」

 

 その声に反応して先ほどまで襲ってきていた白い手が手招きをしている。

 妖花は鞘から出ていた短刀を鞘にしまい、鞄にしまった。

 妖花はその手招きについていくとこの家屋の外に出ることが出来ると伝えてくれた。

 

「ありがとう、ここを出れば出られるんだね」

 

 お礼をした。あの白い手の妖怪も好きで私を襲っていたわけではないようだ。

 

 他の着物から出ていた手もそれを見て私に手を振る。

 

「じゃあまたね。あなた達のような妖怪に出会えてよかった」

 

 そう言いながらその家屋の外に出た。

 

「式神さんは一体どこに行ったんだろう。あのあとどうなったんだろう」

 

 外に出るとそこには誰1人としていなかった。

 一つ目小僧のことだからこの家屋の外にいるのだろうと思っていたがそうではなかった。

 ただ虚実の門の方向から声が聞こえる。

 

「あっちね」

 

 そう言いながら虚実の門へと向かおうとした時何かがあったであろう痕跡が残っていることに気づく。

 

「やっぱり時間をかけすぎた…」

 

 そこには血が広がっていた。初めてみる量の血。生々しさが私の気分を害する。

 ここで一体何が起こったのだろう。私があの家屋の中にいた時は特に何も聞こえなかった。

 なのになぜこんな…

 いや、考え方を変えよう。聞こえなかったんじゃなく、聞こえないようになっていたのではないか。

 

「そう考えると確かにこの状況は納得がいく」

 

 急ごう。妖花は走って虚実の門へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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