天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~   作:きないしょく

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file.8‐2 どこかでボクらはつながっている

 PM 7:50

 

 暗闇を街灯と月明かりが照らす中でみゆきがレインを追いかけていると、町内に設置された喫煙所がみゆきの視界に入り、レインが黄色いショートジャケットのポケットから四角い箱を取り出し喫煙所へと向かう。

 

「あっ、ちょっとレイン待ちなさいっ」

 

 自身の名を呼ぶ大声に反応し、レインは歩みを止め追いかけに来たみゆきに振り返る。

 

「なんだ付け回しに来て、コマバトルでも見てた方が有意義だろうによ」

 

「そんな事はどうでもいいでしょ、タバコなんてやめなさい、あんたの身体が心配よ」

 

「いの一番に人の身体の心配か。素直に未成年喫煙禁止法で殴りつけりゃいいものを、おめーホント世話焼きだよな」

 

「わかってるならやめなさいよ、って言ってる側からタバコの箱取り出して何考えて──」

 

「シガレット、みゆきも吸いなよ」

 

 レインは四角い箱を軽く振ってシガレットの棒を出し、みゆきの前に差し出す。

 

「吸いたくても吸えねぇんだよ、いくらジジイやバーストマンでも俺に喫煙許すほど甘かねぇし、そこらの不良のどこから仕入れたかもわかんねータバコをたかる程落ちぶれてもねぇよ」

 

 言われてみればそれもそうだ、いまのご時世、酒とタバコは全て年齢確認が必要な電子マネーでの支払いのみに統一されており、規制を潜り抜ける手段は数あれど未成年が飲酒喫煙できる方法は制限されていた。

 いくらレインが粗暴と言えど恐喝を是とする程悪辣な人格ではない事は知っているが、レインの発言の一部に引っ掛かりを感じたみゆきはその部分について尋ねてみる。

 

「それって、仕入れ先がわかればたかるって事?」

 

「当然だろ、盗んだモンを吸いたくねぇだけだわ」

 

「あんたねぇ」

 

 みゆきは律儀なのか不義理なのかよくわからないレインの倫理観に面食らいつつも、差し向けられたシガレットをつまみタバコを吸うような所作でシガレットを咥え、入浴時に解いた水色の長髪を喫煙所の側にある大木に向けて一服する。

 

「人にはタバコ吸うなとか言っといて、自分はタバコ吸うの様になってんじゃん」

 

「何よ、雰囲気くらい別に、──あっ」

 

 そういう事かと、みゆきはハッとする。

 今自分が大人の女性に憧れてかっこよくシガレットを咥えているように、レインもなりたい自分を思い描いているだけなのだ。

 相手の事を理解しようとせず一方的に非難した事に反省するみゆきの横で、レインはシガレットを吸い、軽く白い吐息を吐いてから、ゆっくりと自分の抱く夢について語り出す。

 

「俺よ、バイクに乗って世界中を回って色んな人とネットバトルするのが夢なのよ」

 

「そんな夢を持ってて今からタバコを吸って身体を虐めたいの?」

 

「逆逆、今から排気ガスに慣れるのにタバコ吸いたいの、だから気持ちだけでも喫煙者気分味わうのにこうしてるんだがよ」

 

「ん、でも、確か排気ガスよりタバコの煙の方が身体に悪いんじゃなかった?」

 

「そうなの?」

 

「それに今時電動バイクの進化でガソリンバイクの普及率は下がっているのよ?レインがバイクに乗れる年齢になる頃には更に高性能な電動バイクが出回るわよ」

 

「いやーでもバイクの排気音もガソリンの匂いも憧れだからなー」

 

「まぁ、健康には気を付けなさいよね」

 

 高校に入ってから仲良くなった自分達四人の中で、乱暴者に見えて自分に次いで勉強ができるくせに変なところで抜けているレインにみゆきは苛立ち、吸いかけのシガレットを口内に含みバリボリと嚙み砕く。

 

「そんな訳で高校に入ってから自分で金貯めてバイク買おうとバイトしてるんだけどよ、ほら、実家の収入ちょろまかす訳にもいかねぇしな?

 それで喫茶店のバイト受かって店長のオヤジさんと先輩のナナコさんって人にはよくして貰ってたんだけどよ、

 体育館裏の騒ぎの後にオート電話で休みのナナコさんが必死な声で『大丈夫?』って言うもんだから『何かあったんですか?』って問い返したら例の事件の話が出てきてよ。

 まぁ何にしても怪我人が出なかったのは幸いだが、俺の身近の人が一歩間違えば死んでたかもしんねぇような大事故に巻き込まれたってのが今でも信じらんねぇし、

 その、なんだ、自分の都合で遅刻したのが結果として事故に巻き込まれなかったってのがなんかモヤモヤするってか、

 オヤジさんやトラックの運転手さん、その場にいたお客さんは凄いショックを受けただろうに、俺だけ運よく回避してていいのかなーって思うんだわ」

 

 レインはシガレットを口に咥え、憂鬱そうに天を仰ぐ。

 

「まぁ、その通り運が良かったと思うしかないんじゃないの?仮にあんたがその場にいたら唯一の死亡者になってたかも知れないんだしさ」

 

「よ、容赦ねぇなぁお前」

 

「これを言ったら被害にあった方達には申し訳ないけど、その人達は私にとってはレインの知人、ようは赤の他人が経験した他人事の話でしかないんだから、私はその人達にどうする事もできないわよ。

 ほら、仮にあんたがインフルエンザでバイトを休んだとしてもバイト先の方達は心配するだけで、具体的に何かしてくれる訳じゃないでしょ?所詮他人なんだし」

 

「その赤の他人が自分の身内だったら?」

 

「だから、私にはこんな事件が二度と起こる事の無いよう祈る事しかできないし、その巻き込まれたかもしれない身内っていうのが私、私達にとってのあんたなのよ。

 私達、少なくとも私にはあんたが事故に巻き込まれなくて良かったと言う事しかできない。

 その感情が偽善だとしても、私はレインが無事で良かったと思う」

 

 みゆきは流し目で、だがしっかりとレインの左目を見つめて答える。

 

「そう、か、そうだよな」

 

 レインはようやく腑に落ちたと、みゆきに向けて二ッとギザ歯を輝かせる。

 

「こうして遠慮なく悩みを打ち明けていいんだよな、悩みを聞いて欲しいと思ってもいざとなるとなんか言い出せなくてな。

 みゆきがこうして付けて来てくれて助かったよ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 二人は静かに同じ夜空を見上げる、と、レインが申し訳なさそうにみゆきに話し掛ける。

 

「裸の付き合いはあまり楽しくなかったろ?若い客層にアピールするのに多分俺のジジイ、お前等三人でくればタダで風呂入れてやるとか考えてるだろうが、みゆきの事は俺から言っとくわ」

 

 みゆきはレインに振り向くことなく物思いに耽る。

 確かにレインの言う通りに、自分の貧相な裸を大衆に晒すのは事前に思った通りに気持ちのいいものではなかったし、普段付き合っている友達の裸も何やら見てはいけないものを見てしまったかのようで、自分は入浴時間の殆どを飛騨の湯に二つ備えてある五右衛門風呂の中に費やしていた。

 同じく裸の付き合いに抵抗を見せていたセリシーはアッサリ銭湯の雰囲気に馴染み、即座に皆と同じ湯船に浸かり鼻歌を歌っていたが、初めての文化にもすぐに順応できるセリシーと違って自意識過剰に他者との交流を拒む自分はいつ省みようとも情けなかった。

 

「レインの気遣いは嬉しいけど、でもなんでそんなに私に気を使ってくれるの?」

 

「ん、まぁ俺も似たようなもんだからなぁ」

 

 そう言ってレインは少し顔を赤らめて、普段はきつめのスポーツブラで締めつけている自分の大きな胸に指を差す。

 

「あ、あぁ、うん」

 

 二人はそれ以上何も言わなかった。

 レインは普段はがさつで図々しいくせに変なところでしおらしく、妙なところで気遣いをしてくれる女の子だった。

 みゆきはそんな自分とは正反対のやかましく自分勝手なレインが大嫌いで、それなのに夢に向かってひたむきで繊細な心を持ったレインに憧れていた。

 

 

 PM 8:45

 

 夜風に当たりのぼせた体を冷やしたみゆき達は、再び飛騨の湯ののれんを潜る。

 

「お、みゆき達戻ったシ、今転助ジッチャンやドタローニキ達とダベッてるとこだシ」

 

「お、レインと、それにみゆきじゃねぇか、久しぶりだなー元気してたか?」

 

 席を外していた内にいつの間にか仲睦ましく転助の肩を揉んで談笑するセリシーの隣で、みゆきが動かなくなったポンタくん修復の際にミスタープレスと共にお世話になったガテン系男性、堀杉土太郎が大股を広げて椅子に座り、みゆき達に爽快な挨拶をする。

 

「おーお疲れ土太郎にーちゃん、ゆっくりしてってよ」

 

「堀杉さんっ、お久しぶりです、堀杉さんも現場仲間と銭湯で汗を流しに来たんですね」

 

 堀杉とレインのやり取りから、堀杉は飛騨の湯の常連だという事がわかる。

 みゆきは堀杉に丁寧におじぎをしてから飛騨の湯の充電器に置いた自分のPETを手に取り、くつろぐセリシー達の輪に入る。

 

『お帰りみゆき、バーストマンが焚いた電脳湯、骨身に染みたよ。これで明日からも粉骨砕身、ナビゲートできるよ』

 

「よかった、私もすっきりした、かな?」

 

 スカルマンに疲れを癒した旨を伝え椅子に腰を掛けると、他のお年寄り達に囲まれているドンがからかい気味にみゆきに茶々を入れる。

 

「ちょっとレインみゆみゆ、土太郎さんと知り合いなわけ?こんなイケメンさん知ってるならもっと早くアタシに紹介しなさいよね」

 

「イケメン?土太郎にーちゃんはかっこいいと思うがイケメンってのは違くねぇか?」

 

「ドタローニキはイケメンだけど今一つ熱さが足りないシ、あと少シ熱かったらアタシ猛アタックシてたシ」

 

「ふん、最近の娘っ子ときたらすぐに男男と、けしからん」

 

 若い女子のガールズトークに、転助が頑固そうな顔をより一層むすっとさせ苦言を呈す。

 

「そう言うなシ転助ジッチャン、女はいつでも恋する乙女だシ」

 

「で、セリシーはなんで転助おじさんと仲良くなったわけ?」

 

「何言ってるシ、ブレーダーってのは一度ベイをぶつけ合ったらもうダチだシ、今度アタシ転助ジッチャンにネットバトル教える事になったシ、アタシがトーシロのジッチャンにネットバトルの真髄教えるシー」

 

「勘違いするでないぞ、ワシは孫との共通の話題を作る為にネットバトルを学ぶだけじゃ、少し学べばお主のネットナビなど喧嘩独楽同様けちょんけちょんにしてくれるわ」

 

「ジッチャンは往生際悪いシ、さっきのベイバトルはアタシの勝ち越しだシ」

 

「何を言う、お主のベイをバラバラにした分ワシの方が得点が上じゃ」

 

「なんてきたねぇジジイだシ、それだとバースト負けシない木のコマの方が有利だシ」

 

「最新のベイブレードと木製ゴマの性能差を考えたらそれくらいの条件は付けてもよかろうて」

 

「つまりベイブレードの方が上と認めたって事だシ、所詮ジジイのテクがないと最先端のオモチャには勝てねぇって事だシ」

 

『まったく転助爺さんもセリシーもひねくれてるぜ、もっとストレートに相手をリスペクトするもんだクワッ、なぁアルエットちゃん』

 

『そう上手くいかないから私達がいるんだよ、二人ともこれからもっと仲良くなれるといいね』

 

 素直にリスペクトできないセリシーと転助の不器用な孫と祖父のような掛け合いを、ドンのPETでお年寄り達に愛嬌を振り撒くペンギーゴとアルエットが暖かい目で見守る。

 

「ほんに可愛らしいですねぇアルエットちゃんとペンギーゴちゃんは。私達は年寄りなもんでお洋服の着せ替えとかわからないんですよ」

 

「それでしたらアタシ、ノーマルナビでも簡単な着せ替えくらいはできますよ、アタシスキン系プログラミングが得意なんです。えと、ここをこうして、──ほらっ」

 

「まぁ可愛らしいドレスですこと、ありがとうございますねぇ」

 

 ドンがお年寄りのPETを拝借し即興でネットナビの着せ替えプログラムを実行する姿を見て、堀杉は好奇心を掻き立てドリルのようなリーゼントを激しく揺らして立ち上がる。

 

 

「お前達の姿を見てるとオレっちも自分のネットナビをカスタマイズしてみたくなってきたぜっ、そうだセリシー、二ホンに来てまだ日が浅いだろ?オレっちがラムネを奢ってやるぜっ」

 

「ラムネ?あのタブレット菓子みたいのの事かシ?」

 

 セリシーが疑問に思っていると、堀杉はドリンク売り場から五つのラムネ瓶を取り出し小銭で会計を済ませ、その内の四本をセリシー達四人の女子に差し出す。

 

「シ?これどうやって飲むシ」

 

「こいつはよ、上のシールを剥がして玉押しの輪っかを外したら容器に当てて手のひらで、──そらっ」

 

 堀杉がラムネ瓶の頭頂部を力強く叩くと、ポンと小気味のいい音がして中のラムネがシュワッと弾ける。

 そのまま5、6秒程経ってから手のひらを離し、堀杉はラムネ瓶を一気にグビグビと飲み干す。

 

「ふーっ、これこれ、飲み物も風情がないといけねぇや、セリシーもやってみろよ」

 

「なんか面白そうだシ、これをこうシて、──ッシ、ラムネがっ、飛び散るシーッ」

 

「悪い悪い、ラムネの栓抜く時はしばらく手のひらで抑えるのが大事だって言うのを忘れてたぜ」

 

「酷いシ、おかげでアタシベトベトだシー」

 

 二ホンの主要都市にある一つの銭湯で、老若男女、国籍、果ては人とネットナビとの境界線をも取り払って、各々が好きなように交流を深め、繋がりを紡ぎあげる。

 裸の付き合いとはきっとそういう事なのだろうと、恥ずかしい気持ちと同じくらいに銭湯の暖かい繋がりの輪の中に入りたいと、みゆきは一人思いを募らせる。

 

 

 PM 10:45

 

 飛騨の湯を出て、帰り道の違うセリシーとは有料駐輪場で別れ、途中までをドンと共に自転車で駆け、PETのスカルマンとの一体と一人きりとなってから自転車を降りてゆっくりと帰路に着く中、スカルマンとみゆきは銭湯での出来事について思い返す。

 

『不思議だね、学校の皆や黒雪堂のお客様もそうだけど、銭湯のお客様達って元はと言えばこれといった接点のない人達なのに、銭湯って一つの目的の為に集まって、タダそれだけであぁして皆と仲良くなれるんだから』

 

「それに、銭湯にいた何人かは私の店のお得意様だったりお世話になった堀杉さんだったり、その人達がレインとも面識があるなんて。

 なんていうのかな、世界って狭いなとも思うし、私の知ってる人達と別の場所で巡り会えるって、まるで奇跡みたい。

 インターネットって網のように広がる情報社会を意味する言葉らしいけど、人と人、或いはネットナビと人も、そこに電子の波があるかないかの違いだけで、きっと何かで繋がっているの。

 私は、この奇跡のような繋がりの一つ一つを大事にしたい」

 

『そうだね、どこかでボクらはつながっている』

 

「だから、その、私も裸の付き合いは嫌だけど、これからもいろいろな人達と繋がりたい。

 スカルマンにはこれからも迷惑をかけると思うけど、こんな私のナビゲートを、よろしくお願いします」

 

「もちろんだよ、ぼく達はそういう風にできているんだ」

 

 みゆきは黒雪堂裏口の玄関前のサイクルポートに自転車を停め、自宅のドアを開放する。

 

「ただいまっ、ばぁばっ」

 

銭湯で親しい友人との時間を過ごしたみゆきの瞳は、一筋の光と繋がる自分の姿を捉えていた。

 




みゆきの友達

熱斗くんにデカオややいとがいるように、学生のみゆきや虎吉にも仲のいい同級生の友達がいるだろうと思い作ったキャラ達

オート電話

オート電話ってなんだよ
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