天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~   作:きないしょく

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file.8.5 飛騨の湯の暑苦しい夜

 火曜日 PM 10:45

 

 みゆき達や他の常連客も退出し、飛騨の湯の閉店時刻も残り15分を切り飛弾家一同でちょくちょくと後片付けに入り、レインも女湯の清掃準備に取り掛かろうとする時、男湯ののれん前に立ち尽くすジジイがレインに一声漏らす。

 

「なんか妙に暑かねぇか?」

 

「ん?そりゃ湯気くらいはもんもんするだろ、いよいよボケたかジジイ。どれどれ──、ん?確かに妙な熱気がこもってるな、おいバーストマン確認頼まぁ」

 

 レインが恥ずかしげもなく慣れた手つきで男湯ののれんを上げると、ジジイの言う通りに湯冷めしない程度のちょうどいい塩梅に冷房を利かせているはずの脱衣所から異様な熱風が吹いてきた。

 

『なんかあったのか?男湯の温度はっと、ってなんだこれっサウナ室が200度超えてるぞっ』

 

「あ?200度?そりゃいくらなんでもって、バーストマンがんな嘘つく訳、となるとマジかっ、おいジジイ、バーストマン行くぞっ」

 

 通常サウナ室は平均温度を90度に保つものであり、二ホンの国には160度超えのサウナも存在するにはするが、それ程の高温のサウナは熱気が直接肌に触れないように衣服をしっかり纏ってから入室するものとされている。

 160度でもそうだというのに200度ともなるとそもそも銭湯の機材の方が持つかが疑問であったし、もし200度のサウナ室にまだお客様が取り残されていたらと考えると、猛る熱風の中を突き進むレインとジジイの背筋にゾッと寒気が走った。

 二人は急ぎもくもくと煙を立てるサウナ室のドアの前へ辿り着き、レインが近場の温度調節の電脳にバーストマンをプラグインさせるとすぐにドアノブへ手を伸ばすが、熱伝導で熱されたドアノブのあまりの熱さに「熱っ」と悲鳴を挙げて手を離し後ずさる。

 状況を見てすかさずジジイが近くのバスタオルをドアノブに掛け強引にドアを開けると、急に開かれたドアから凄まじいまでの熱気を保った湯気が脱衣所目掛けて一気に噴き出してきた。

 ジジイとレインは一面を覆う湯煙にむせ返りながらもサウナ室に飛び込み、取り残されたお客様がいないか必死に呼び掛け辺りを見回す。

 

「誰かっ、誰かいませんかっ」

 

「なんだ、うるせえ、な、今、最高の、花火製作に、向けて、瞑想、してる、とこだって、のに」

 

「いるならいいから出ろ、──うおっ、床にお客様がっ、ジジイ、一気に引き上げるぞっ」

 

 二人は高温で気を失いそうになる意識をなんとか強く持ち、茶色いパーマが目を引く筋肉質の男性をなんとかサウナ室の外まで引き上げ床に敷いたバスタオルの上に寝かしつけると、ジジイがぬるま湯の水を持って来るようレインに指示を出し、気絶している男性の口の中に急ぎレインに持ってこさせたぬるま湯を含ませる。

 

「ん、ここは、──どうやら私はあまりの気持ちよさに気を失っていたようだ」

 

 ぬるま湯を飲み、広く角ばった顎を微かに動かせ静かに息を吹き返す男性を、タオルで頭部を深く覆った横幅の広い男性が直立の姿勢で見下ろして毒を吐く。

 

「だらしねぇな、あの程度の熱さで倒れちまうとはな」

 

「何言ってやがるっ、200度だぞっ、おいバーストマン電脳内は一体どうなってたっ」

 

『今解決したっ、ヤロォ電脳内にボルケルギアなんか撒きやがってっ』

 

 ボルケルギアは二つの歯車を重ねたような姿の電脳にはびこる火属性ウイルスの代表とも言える存在であり、バーストマンの報告からレイン達二人はサウナ室の暴走はボルケルギアが引き起こしたものだと推測する。

 客商売である以上、銭湯機材のメンテナンスは朝晩欠かさず行っている為に、この騒動はウイルスの自然発生などではなく人為的なもの、そして今目の前にいる二人の内どちらか、特に何事もなかったかのように職人風の衣服に着替えを始める男を、サウナ室の電脳にボルケルギアを放った犯人と捉え、ジジイとレインは話を進める。

 

「お前さん方、悪いがもう少し付き合ってもらうぞ」

 

「事情はまだ把握しきれてはいませんが、貴方達の疑念を晴らすためにも私は喜んで協力しましょう」

 

「早くしろよ、俺は忙しいんだ」

 

 飛騨の湯の夜はまだまだ続く。

 

 

 PM 11:15

 

 車の走行音も少なくなり、しんと静まり返る真夜中のアスファルト道を、赤紫色のYシャツをだらしなく着用した男が歩きタバコで煙を吹かせながら夢遊病者のようにそぞろ歩くと、遠くからパトカーと救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く。

 男はサイレン音を心底疎ましそうに聞き捨て、吸いかけのタバコを右手の指で挟み、肺に入れた煙をフゥーッと吐き出すと、横手に見える喫煙所に置かれた灰皿になど目もくれずに摘まんだタバコを自身の背後にポイと投げ捨てる。

 たまたま前方でタバコのポイ捨てを目撃していた通行者のオタク男性が、少々躊躇いを見せつつも心に宿る正義の炎をなんとか奮い立たせて、いかにもガラの悪そうな男の前に立ち塞がろうとする。

 

「ちょ、ちょっとアンタッ、今いったい何をしたで、マス、か──」

 

 通常、一般人がマナー違反を指摘する行為は、場合によっては指摘に逆上した違反者から暴行を加えられる余計な事例なども起こりえる事から、二ホンの国では好ましく思われない傾向にあるが、タバコのポイ捨てはマナー以前にれっきとした法律違反で、状況次第では火災発生に繋がる恐れもある為に、オタク男性の勇気ある対応はやはり本来は賞賛に値するものであるべきだろう。

 だが当のオタクは、暑苦しいまでに赤く燃える長髪と顎鬚とは正反対の熱という熱を一切感じ取れない(まなこ)を見て、すぐに自分の行った行動が軽率なものだったと後悔しアスファルト上にドッと尻もちをつく。

 男は目の前のオタクの事など存在さえ認識していなかったかのように直進する。

 男の通り過ぎた後には、ポイ捨てされたタバコの残り火に触れた一枚の紙の燃えカスと、男の不気味なまでに冷め切った両の目に恐れ慄いた哀れなオタクだけが虚しく残った。

 

「燃えねぇ」

 

 赤い髪の男、火野ケンイチの瞳には、果てのない暗黒だけが拡がっていた。




暑苦しい

クレヨンしんちゃんの世界ならネネちゃんの失恋相手の登場を予感させるものの、エグゼ世界においては火災事件を予告させる魔法のワード

サウナの温度

一応現実の日本だと160度が最高だとか
現実に200度のサウナに耐えられるかはともかくエグゼ住民の何尺玉や何波ならいけるはず

タバコのマナー

奴が喫煙者かはともかく歩きタバコもタバコのポイ捨てもサウナの温度を勝手に変えるのも絶対にするという信頼があります
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