天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~ 作:きないしょく
曾祖母との通話を終えると、みゆきは憂鬱そうに教室を出たセリシーの後を追った。
すると、廊下の曲がり角の先からアメロッパ語で言い争う声が聞こえてきた。
「嘘──と言うのは?私はプライド様とナイトマンの実力を称賛しただけです」
「プライド様とナイトマンの鉄壁の守りの凄さはアタシ達クリームランドの民は皆知ってる。いい加減虚勢を張るのもやめたらどうなの?」
曲がり角の先を覗くと、セリシーと白髪の少年が対峙していた。
みゆきは反射的に物陰に隠れた。
「なるほど、私が子どもだからと信用されていないのですね。確かに私の年齢では信用が無いのは当然のことだと思われます。でしたら、貴女の疑念はこれから私が行うオフィシャルとしての仕事をもって晴らして見せましょう」
「PC教室の件なら、騒ぎの元のナビは既にアタシ達がデリートした。君にできる事は残骸データの回収くらいしかないと思うけど?」
「データはサイバー犯罪者の居場所を探る重要な手掛かりになります。それだけあれば十分な証拠となるでしょう」
「逆探知をかけるとでも?そんな高等技術が子どもに扱えるとでも?」
(何を──しているの?セリシー)
みゆきは息を潜めて、二人の様子を見る。
家の手伝いで海外旅行客と接する機会が多いため、みゆきはアメロッパ語をある程度話せる。
そのアメロッパ語の知識で聞き取る会話では、クールな容貌の少年に対し、セリシーがきつく当たっていることが読み取れた。
少年の方も物言いは丁寧だったが、発音には少なからず怒気がこもっていた。
そのため、みゆきはしばらく二人の動向を見守ることにした。
「申し訳ありません。呼び出し人を待たせるわけにはいきませんので、これで失礼いたします」
「親のコネで名誉オフィシャルにでもなったの?まったくいい御身分ね」
少年がセリシーの前を横切ると、セリシーがわざとらしく嫌味を放つ。
セリシーの嫌味が余程応えたのか、少年は足を止め、迷彩柄の長ズボンのポケットからPETを取り出す。
「親のコネかどうか──試してみるか?」
「話が早い、その舌、切り取ってあげる」
(本当に何をやっているのよ、セリシー)
二人のやり取りから察するに、少年の方はザラ先輩の通報で駆け付けたオフィシャルネットバトラーだという事までは理解する。
そのオフィシャルの少年の何かが、セリシーの逆鱗に触れ、セリシーの度重なる挑発に少年は業を煮やす。
そして今、少年の方からセリシーにネットバトルを申し込もうとしている。
本来ならここでみゆきが割って入り、二人の言い争いを止めるのが、正しい対応だ。
だが、双方が怒りを剝き出しにするのは、双方にとって譲れない思いがあるという事だろう。
自身が内気な性格をしている面もあるが、みゆきは、互いに強い感情を抱いてぶつかり合っている時こそ、思う存分心情を吐き出させるのが一番だと信じていた。
みゆきは、二人の非公式ネットバトルをしばらく黙認することにした。
「ネットナビのバックアップは取ってあるか?」
「そんなもの、数時間前に取ってある」
「いいジャッジメントだ。──プラグインッ、ブルース.EXE、トランスミッションッ」
「君の方から来てくれてありがとう、こっちからプラグインする手間が省けたわ。──随分と真っ赤なナビね、戦隊レッドが憧れかな?」
「ペンギンか、黒と白ならパンダの方がマシだ。その減らず口、10秒で黙らせてやる」
「アタシとペンギーゴにスピード勝負を挑むと?身の程を教えてあげるわっ。バトルオペレーション、セット、インッ」
「オフィシャルの力、思い知るがいいっ、ブルーースッ」
「ファーストブラッド、ペンギーゴッ」
戦闘開始の合図と同時に、炎山の操る深紅のネットナビ・ブルースと、セリシーのナビである白いパーカー姿のペンギーゴが、それぞれ右手にソードを掲げ、一刀両断を狙って一気に間合いを詰めた。
プライドへの忠誠心とセリシーとの信頼によって極限まで高まった集中力が、斬撃に乗り移る。
その一撃はブルースのソードと鍔迫り合いを起こし、火花を散らした。
時間にしてわずか5秒足らずの出来事だったが、ブルースの一振りを受けたペンギーゴは瞬時に相手との力量差を理解した。
(こいつ、口先だけじゃねぇっ)
結論から言うなら、伊集院炎山のオペレート技術、ブルースのカスタマイズ性能は、オフィシャルの名に偽りのない洗練されたものだった。
Aランクネットバトラーライセンス止まりのペンギーゴとセリシーでは到底太刀打ちできるような相手ではなかった。
それでもペンギーゴは、剛腕でソードごと叩き斬ろうとするブルースの攻撃をなんとか横に引き、その体勢を崩そうとした。
だが、赤いヘルメットのバイザー越しからペンギーゴの動きを察知したブルースは、即座にソードを引き、逆に体勢を崩されたペンギーゴにソードを振り下ろす。
回避不可能と判断したペンギーゴとセリシーは、一歩踏み出し、全身を使ってソードを受け止めることに、すべての力を込めた。
『クワッ』
ペンギーゴの右肩に焼けるような痛みが襲う。
だが、斬撃の受け止めに専念したため、ソードはペンギーゴの右胸あたりで動きを止め、ブルースはその場に釘付けになった。
『ほう』
『動けねぇ、だろっ、喰らえっ、ショットガ──』
その場に捕らえたブルースに向けて、ペンギーゴは大きく口を開け、得意の氷弾発射の構えを取る。
するとブルースの全身が一瞬まばゆく光り、ペンギーゴの体に刺さったソードを切り裂いたときと寸分違わぬ角度で、そのソードを美しく引き抜いた。
ソードを引き抜かれ、態勢を崩したが、至近距離である以上、外れることはないと踏み、そのままショットガンアイスを放った。
だが、避けられないと判断したブルースは、バトルチップの効果かナビのプログラムかは不明ながら左手に瞬時にシールドを具現化し、ショットガンアイスを弾き返した。
「ブルースッ」
『ハッ』
ショットガンアイスが跳ね返り、自らが氷漬けになったペンギーゴ。
その腹部を目がけて、ブルースは引き抜いたソードで串刺しにする。
勝敗が着いたセリシーのPETの電脳画面には、ヘルメットから銀髪をなびかせるブルースの姿だけが映っていた。
アイシー・ペンギーゴは
ネットバトルを終え、セリシーのPETからブルースをプラグアウトさせると、炎山はふと額に手を当て、よろめいた。
咄嗟にセリシーは炎山の肩に手を伸ばして受け止める。
「だ、大丈夫っ?」
「クリームランド語は詳しくないのですが、大丈夫です。何か違和感を覚えただけです」
炎山は気を取り直し、ゆっくりと立ち上がる。
心配そうなセリシーに視線を戻すと、炎山はゆっくりと口を開いた。
「11秒」
「11秒?」
きょとんとした表情のセリシーに代わり、炎山のナビ・ブルースが答えた。
『貴女のナビを制圧するまでに掛かった時間です。初撃で切り伏せるつもりでしたが、想像以上の腕前で、ここ最近のバトルオペレーションでは最も苦戦しました』
主人の炎山以上に抑揚のないクールな声でブルースは話をする。
「苦戦って──アタシ、一撃も与えられなかったのに」
「それに、最初に貴女のナビと剣がぶつかったとき、貴女のプライド様への思いが。
そして、俺──私が倒れそうになった時、咄嗟に受け止めた貴女の手に触れた時に、貴女の他者を思いやる心を感じ取れた気がします。
──無礼な態度を取ってしまったことを、どうかお許しください」
先程までの自信家の態度から一転して、炎山は控えめに頭を下げて謝罪をする。
「ううん、アタシの方こそ君の事を信用してなくて、ごめんなさい」
お互いに頭を下げ、相手に抱いていたマイナスイメージを払拭した。
「私がオフィシャルだという事が伝わったのなら幸いです。それでは私は引き続き任務に──」
「外で大声が聞こえたので様子を見に来たら──なるほど。伊集院さん、うちのセリシーが何か失礼なことをしましたか?」
「浮岩さん──これは、違います、粗相を働いたのは私の方です」
謝罪を済ませ二人が頭を上げると、廊下の曲がり角から浮岩ザラがやれやれと言わんばかりに腰に手を当てて炎山に歩み寄る。
「そうですか?無礼なセリシーにネットバトルで実力の程を思い知らせたように見えますが」
「ア、アタシが悪いんだシ、アタシがウザがらみするから炎山キレたんだシ」
「まったく、伊集院炎山は二ホンでも有数のオフィシャルネットバトラーだよ。私は他のどのような大人などよりも彼を信頼している。今後このような真似はやめることだ」
ザラはセリシーに釘を刺す。
ザラと炎山の会話のやり取りから、二人は知り合いだという事が察せられる。
セリシーはそのことについて尋ねてみた。
「二人はどのように知り合ったんだシ?」
「私がオフィシャルに選ばれて間もない頃、浮岩さんとゲームセンターの
浮岩さんの扱うレヴァの類まれなるシールド捌きには、私のブルースも苦戦させられました。
セリシーさん、でしたね、セリシーさんとの試合で使ったブルースのシールドは、レヴァを参考にして組み込んだのです」
「そのシールドもフルスクラッチでしょう?流石に私ではフルスクラッチは不可能ですね」
「既存のソフトウェアを上手に組み合わせる能力の方が優秀ですよ。私は手間だとわかっていても、性分で自作してしまいます」
(え?この人達そんなに凄いの?)
フルスクラッチとは、既存のシステムを一切使わず、ゼロからプログラムを構築する技術の事を指す。
フルスクラッチ技術がある時点で、炎山は次元の違うプログラマーだとわかるし、会話内容からして、自分の目の前にプライドと並ぶオペレーターが二人もいるという事実に、セリシーは驚きを隠せないでいた。
「雑談はこれくらいにしましょう、浮岩さん、事件現場に案内していただけますか?」
「そうですね、わかりました。ではこちらへ」
会話を打ち切り、ザラが先頭に立って炎山をPC教室に案内する。
「アタシは──も少シ暇つぶすシ」
「そうか、丁度君と話したがっている子がいるようだからゆっくりするといい」
ザラがそう言うと、炎山を連れて曲がり角の先を進み姿を消す。
別れ際にザラが放った言葉の意味を考えていると、ザラ達と入れ違うようにみゆきがセリシーの前に姿を見せる。
「みゆき?見てたのかシ?」
「炎山っていう子の『嘘──と言うのは?』のあたりから見ていたわ」
「殆ど見られてるシ。みゆき、ごめんだ──」
バツが悪そうにするセリシーの手を取ると、みゆきはそのまま女子トイレへと引っ張った。
蛇口から雫がポタポタと垂れる音だけが響く静かな女子トイレに、二人の少女がぽつりと佇む。
「いったいどうシたシ?連れションなら最初から──」
言い終わる前に、みゆきはセリシーの方へ振り返り、両腕で強く抱きしめる。
「あ」
セリシーは呆気に取られ、暫し茫然と立ち尽くす。
その後、みゆきの体温を確かめるよう、同じように抱きしめあう。
「どうシた、シ?みゆき」
「わからない、わからないからこうしてる。
セリシーが何に怒って、何に悲しんでいるのか、わかろうとしていなかったからこうしてる。
セリシーが自分の事をもっと知って欲しかったってことに、私はわかった気になってただけで、本当にわかろうとしてなかった。
私、セリシーやクリームランドの事をもっと知りたい。
だから今、こうしてセリシーの事を知りたくて抱きしめてる」
セリシーが、クリームランドについてあまり関心が無かったみゆき達に、実際に不満を抱いていたのは事実だ。
だがそれは、セリシー自身が積極的に話さず、友達に察してもらおうとしたのが悪いのである。
クリームランドの件でみゆきに心配を掛けてしまった事を、申し訳なく思っていた。
後悔を引きずりつつも、セリシーはこうして自分に気を遣ってくれるみゆきの温もりに心が安らいだ。
セリシーは、みゆきの体温を感じ取るように、力強く抱きしめる。
「みゆき」
「なに」
「みゆきのおっぱい揉みたいシ」
「あんた、軽口叩く余裕があるのね、心配して損したわ」
セリシーが照れ隠しに言い放った悪態に、みゆきは恥ずかしそうにセリシーを突き放して女子トイレを後にする。
「あ、待つシ、お詫びにアタシのパンツ見せるシ」
「いつも見てるっての、バカな事言ってないで教室に戻りましょう?」
セリシーもみゆきの後を追い、ザラ達の待つPC教室へ戻る事にする。
「セリシー、『大丈夫?おっぱい揉む?』ってあるでしょ?」
「シ?」
「私、アレは一度言ってみたいかも」
「んーと、マジで言ってくれたらたぶん揉むシ。──けど、みゆきはエッチなこと言うより清楚でいた方がよりエッチだシ」
「別に私は清楚じゃないもん、バカ」
いいジャッジメントだ
炎山くんはかっこつけたいお年頃です
炎山の生い立ち
漫画版かアニメ版かゲーム版、どれを採用するかは未だ決めかねていますが、とりあえず再序盤からフルシンクロを使える鷹岬版優勢です