天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~ 作:きないしょく
『うん、なんだか前より体が軽くなった気がするよ、ポンタくん、ユウコさん、ありがとう』
ロックマンは両肩を軽く回し、元気いっぱいにお礼を言う。
「どういたしまして、ロックマン。ねぇ、熱斗くんはロックマンの事はいつもどうやってメンテナンスしてるの?」
「ありがとうユウコさん、いつもはパパがやってくれてるんだけどさ、パパ仕事が忙しくて、なかなか会う機会がないんだ」
「そう…、ロックマンは熱斗くんのパパがプレゼントしてくれたのね?」
「へへ、いいでしょ、ロックマンはパパの特注品なんだぜ?少し口うるさいけど、いつも俺の事を考えてくれる、最高のパートナーさ」
『もう熱斗くん、口うるさいは余計だよ』
そう、とみゆきは悲喜を交えて答える。
熱斗くんのような明るい子でも、パパと常に一緒にいられるわけじゃないんだと、それでも、ロックマンをプレゼントしてくれる優しいパパが大好きなんだと。
(それにしても、やっぱり不思議だな)
まさか疑似人格プログラムを与えられた偽りの魂にそんなことがあるわけがないと、心の深層では馬鹿げた話だと思う自分がいるのだが、この青いネットナビの持つ違和感は、数字で例えるなら0.001%という微々たる差の下、本物の生きた人間の魂を感じさせるものだった。
「素敵ね、ロックマンの魂の輝き」
「へ?ぷ、あはははっ、た、魂って、いくらパパが凄いからってネットナビの魂を作れるわけないじゃん、ユウコさんユーモアセンスあるんだなぁ」
熱斗の一笑を皮切りに、自分達に着いて木陰の下に集ってきた子供達の笑い声が響く。
「そう、かな」
「あはは、あは、…ん」
熱斗は笑うのを止めて、眼鏡の奥に秘める暖かな眼差しでPETを見つめる女性の顔を見据える。
「熱斗くんはロックマンの事を大切にしてるでしょ?それは熱斗くんのパパがくれたものだから?熱斗くんがロックマンをいたわるのは、パパがくれたからってだけじゃない、ロックマン自身を大切にしたいって気持ちがあったからに見えたわ」
「…」
「ロックマンが熱斗くんを大切にするのも、パパにそうプログラミングされたから?私思うの、仮にそうだとしても、ネットナビがそう行動した時点で、それは誰かのプログラム上の行動ではなく、ネットナビ自身が持つ意思によるものだって」
『ユウコさん…、そういう話は…』
「私会いたいよ、ポンタくんに。私自身が電脳空間に入るのか、ポンタくんが現実世界に具現化されるのか、わからないけど。こうしてポンタくんが私と熱斗くん達との繋がりを紡いでくれたように、ロックマン達とももっと繋がりたい」
(それと、ユウコちゃんとも)
もしネットナビが人と同じように魂を持っているのなら、もしネットナビと人が同じ生物として友達になれるなら、そんな毎日は夢で溢れているだろうと、感受性豊かな少女は一人、空想する、と、空想に浸るみゆきを現実に引き戻すかのように、熱斗がみゆきに耳打ちをする。
「…ここだけの話だけどさ、本当は俺もロックマンみたいな兄さんがいたらって思うことがあるんだ、皆には内緒にしてよ」
「え?」
「うん、俺、ロックマンを大事にするよっ」
熱斗は鼻の下を人差し指でこすり、朗らかな笑顔をもって席を立つ、こんな元気な愛らしい男の子が毎日楽しく生きられる世界であって欲しいと、みゆきは強く願う。
「なぁにー?光くん内緒の話ー?ユウコさんみたいなお姉さんナビが欲しいとかじゃないでしょうねーメイルちゃんがいるのにねー」
「バ、バカ、なんでそこでメイルが出るんだよっ、そんな話じゃないってー」
「あああああの、が、ガッツマンも、俺様のガッツマンも、ユウコさんに、み、みみ、見て欲しいですっ」
ふくよかな少年、デカオが勇気を振り絞ったかのように声を挙げる。
「だからあんたなんでそんな図々しいのよ…、そんなバグ集合体誰も興味あるわけないじゃない」
「あ、大丈夫、私もガッツマンには気になる事があったから、じゃぁデカオくんPETを出して、隣に座って」
「え、えーと、ようはあんた似たような命令を大量に、しかも言い間違いだらけでガッツマンに押し付けてたから混乱してたのよ。あんたまずは基本的な勉強から始めなさいよね」
「お、俺ガッツマンにそんなことしてたのか、ゴメンなガッツマン…」
『デ、デカオ様は悪くないでガス、ガッツマンがバカなのが悪いでガス…』
しょぼくれるデカオとガッツマンを横目に、おでこが目立つ小さな女の子がみゆきの手を引き、ベンチの裏の茂みの中まで連れて行き、小声で説教する。
「ダメでしょユウコさん、デカオくんバカだから参考書に書いてある凄そうなことロクに考えもしないでジャンジャン詰め込むの、プログラミング用語なんかわからないのよ」
「ご、ごめんなさい…」
みゆきは準決勝で対峙したガッツマンの奇妙な動きを見た時から、これはエラーによる挙動ではないかと疑念を持ち、いざ蓋を開けてみれば、疑念通りにガッツマンには先程この少女が言った通りの事態が起こっていたのだが、それを自分基準のプログラミング用語で解説したのがよろしくなかったようだ。
「でもあのガッツマンのプログラミング内容、もしかしてデカオくん自分でガッツマンを作ったって事?」
「そうよ、秋原町最強ネットバトラーの道は自分で最強のネットナビ作ることから始まるんだとか言っちゃってさ、それでナビのくせに計算機能も削っちゃうとか笑っちゃうわよ」
「凄いのねデカオくん、自分のやりたいことにひたむきで」
みゆきはデカオのひたむきさに素直に感銘を受けたのだが、この少女のお気には召さなかったらしく、指を突き出しさらに叱責する。
「ユウコさん甘やかせばいいってもんじゃないのよ、基礎を外して痛い目見たら辛いのはガッツマンとデカオくんなんだからね」
「き、気を付けます…」
小学校低学年生程の身長の子供が、自分より遥かに背の高い女子高生を叱りつけて頭を垂れさせる様は、さしずめ、しっかりものの妹とだらしない姉の、仲睦まじい姉妹の構図といったところか。
「でも」
と、おでこに溜を作りみゆきを見上げる。
「ユウコさんありがとう、デカオくんあんな図体でシャイなところあるから、ガッツマンの事大好きなの丸わかりなのにそうとは言えなかったの。ユウコさんのナビを想う気持ちを聞いて、あの子そんな自分を肯定されたようで嬉しかったんだと思うわ」
「そ、そんなことないと思うけど…」
「謙遜しなくていいの、ユウコさん私の見た中でも立派なレディー上位に入るわよ、ま、私程じゃないけどね」
ふふん、と少女は笑い、茂みを出て元のベンチの場所に戻る。
後を追い茂みを出ると、会場の子供達が各々のPETを手に持ち、みゆきを待っていた。
「ねぇお姉さん僕のナビもメンテナンスしてよ」
「ドンな私よりお姉さんにナビを見て欲しいんだ」
『アイスマンもです』
「アッシとレアチップ交換しないでマスか」
「あ…えと…」
今日は小規模ながらも大会に優勝した事もあり、周囲からの注目を一身に集めており、陰キャのみゆきの頭はガッツマンのようにパンク寸前だった。
みゆきは後ろについてきているユウコに助けを求めるように背後を見やる、と、ユウコは背中で手を組み、タダ真っ直ぐ、濁りのない瞳でみゆきを見つめている。
「こらこらあんた達、いっぺんに詰めてこられてユウコさん困ってるでしょ、列を作って順番待ちなさいって、ちょっとそこのオタク、整列させて頂戴」
少女がみゆきに振り返り、おでこの光と共にウインクを送り、オタクがあたふたと子供達に列を作らせる。
初めてあったばかりの少女が、会話が苦手な自分の為に気を使ってくれる。
ユウコが、内気な自分の背中を押してくれる。
(よし)
みゆきは胸に手を当て深呼吸をしてから、子供達の前に出る。
「任せて、じゃあ一人ずつ、順番にね」
秋原公園のリスの置物は,その身が赤くなるまで、子供達の楽しむ姿を見守っていた。
「ユウコさん、俺様だけじゃなくガッツマンも秋原町最強ネットナビにしてみせるぜっ」
「今度会う時はおいしいいちご牛乳一緒に飲みましょうね」
子供達は目いっぱい手を振って、ユウコお姉さんの後ろ姿を見送る。
『また会いたいね、ポンタくんも、ユウコさんも、小さな女の子も』
「へ?ロックマン何言ってるの?ユウコさんはポンタくんしかナビいないぜ?」
『え?そんなこと、さっき集合写真撮った時もユウコさんの隣に、ってアレ?』
「ほらポンタくんしかいないじゃん、ってユウコさんの方とかまたまた、ロックマンオバケでも見たんじゃないの?」
ロックマンをからかう熱斗の横で、赤い髪の少女が囁く。
「優しい女の人だったね」
「たのしかったね、ネットバトル大会」
「うん」
「おこられちゃったね、そーゆーのはひょーしょーすませてからにしてねって」
「反省する」
「たくましかったね、ガッツマン」
「元気だった」
「しっかりしてたね、おでこちゃん」
「私よりずっと」
「たのしみだね、おでこちゃんのいちごみるく」
「楽しみなのはユウコちゃん」
「キレイだったね、カエルのおねえさん」
「憧れてる」
「しってた?ユウコじつはおねえちゃんよりすこしはやくうまれたのでおねえちゃんのおねえさんなのです」
「そんな気はしてた」
「おねえちゃんのだんなさんはロックマンみたいなかっこよくてやさしくてつよいひとなのかな」
「色気づくな」
「ロックマンと熱斗おにいちゃんみたいなひととたたかえてうれしかった」
「私とは嬉しくなかったの」
「もう、いかなきゃ」
「いかないで」
夕焼けで染まった街並みに、カラスの鳴き声と電車の音だけが鳴り響く。
みゆきはPETを取り出して画面を見る。
ポンタくんは動かない。
歪んだ画面を紙で拭き、再度画面を見る。
ポンタくんは微動だにしない。
画面をタッチする、乱雑にボタンを押す。
ポンタくんは命令を受け付けない。
音が聞こえない。
世界は動かない。
ポンタくんは動かない。
「いかないで、いかないで」
このままユウコとポンタくんとの記憶は自分の中だけで風化されるのか。
(嫌だ)
秋原公園で子供達と共有した時間も自分以外からは忘れさられるのか。
(そんなの嫌だっ)
みゆきは一人、赤焼けの中を駆けていく。
「おやこれはクロイミユキ=サン、あの時の事ポリスに話しましたが、ニホンゴわかりませんと門前払いされました、ワタシ悲しい」
「あのっ、ミスタープレスさんっ、お願いがありますっ」
大型連休を目前に世間が浮かれている中、みゆきはデンサン空港に訪れていた。
「悪いねみゆきちゃん、学校帰りにこんなところまで来てくれて」
スーツ姿の男性は申し訳なさそうにみゆきに答える。
みゆきは少しの静寂の後、鞄からピカピカのPETを取り、男性の前に差し出す。
男性は憂いを帯びた表情でPETを見つめ、みゆきに問う。
「…これは?」
「使って欲しいんです、動かなくなったポンタくんを元に、新しいネットナビとして生まれ変わらせて、ユウコちゃんのお父さんに使って欲しいんです」
あの日、みゆきはミスタープレスにポンタくんの事を話した。
動かなくなったポンタくんを修復して元の持ち主の父親に返したいと、プレスと初めて出会った時に無惨に棄てられたPETと組み合わせて、新たな息吹を与えたいと、秋原町で自分でネットナビを作った小学生を見たから自分にもできるはずだと。
プレスはそんなみゆきの姿に心を打たれたのか、その日から大型連休に入る前日まで、みゆきのポンタくん修復作業の手伝いをした。
そうしてポンタくんは新たなネットナビとして生まれ変わり、みゆきはユウコの父に連絡を取ると、ユウコの父は明日には二ホンを飛び立つと電話で伝えたので、今こうしてデンサン空港で二ヶ月ぶりに顔を合わす。
「…断るよ、ポンタくんは君に譲ったんだ」
「私はユウコさんのお父さんに使って欲しいんです、ユウコちゃんもポンタくんもお父さんと一緒にいたいと願ってるはずだから」
「違うんだ」
ユウコの父は悲痛な面立ちでみゆきの願いを拒絶する。
「違うんだ、これは私自身の問題なんだ…」
ユウコの父は全てを話してくれた。
自分は昔はオフィシャルネットバトラーとして名を馳せていたこと。
仕事でよく科学省とは連絡を取っていたこと。
科学省には完全自立型ネットナビ「フォルテ」を製作した科学者が在籍していたこと。
自分はその科学者の才能とフォルテの類まれなる性能に嫉妬していたこと。
自分は私怨によりフォルテに謹慎処分を与えるよう仕向けたこと。
丁度今から九年前にインターネットに繋がれた電子機器が誤作動を起こす大型事件が起こったこと。
ユウコは電子機器の誤作動に巻き込まれ亡くなったこと。
フォルテは騒動の最中謹慎中の檻から脱走したこと。
科学省は一連の事件をフォルテによるものと断定したこと。
オフィシャルはフォルテ討伐部隊を結成し自分はそこの隊長だったこと。
討伐部隊は多大な犠牲を出しながらもフォルテをデリート寸前まで追い詰めたこと。
その折に事件の真相はフォルテの犯行ではなく当時のインターネットそのものの暴走「プロトの反乱」だったこと。
討伐部隊は目的をフォルテのデリートからプロトの反乱の阻止に変更し自分以外はそちらに向かったこと。
それでも自分はフォルテへと積もった憎悪により本来の目的を忘れフォルテデリートを継続したこと。
無実の罪だったフォルテの胸をネットナビに持たせた剣で深く切り裂いたこと。
フォルテはデリート寸前に最期の力を振り絞って自分のネットナビを跡形も無く消し飛ばしたこと。
「私は取り返しのつかない罪を犯した、ユウコの父という立場を忘れ、タダ自分の中の嫉妬心だけで罪のない科学者とフォルテを傷つけた。現代のインターネット社会の発展は、あまりにも重い罪の十字架として私の背中に伸し掛かっている。私はその罪に向き合うのではなく、逃げる道を選んだ。私は卑怯者だ」
みゆきは何も言葉を返すことができず、タダユウコの父の話を聞いていた。
「ユウコの母は除霊師をやっていたんだけどね、今年ユウコの元へ旅立ったよ、あの読経と水晶玉は母のものだ、私は母の形見でさえ背負う事ができないんだ」
「…」
「そんな時、みゆきちゃんがユウコを見つけてくれた、みゆきちゃんはユウコの友達になってくれた、もしユウコが生きていたのなら、ちょうどみゆきちゃんくらいの歳の女の子になっていたかな」
「あまりにも勝手過ぎます」
「違いない、いい大人が本来の自分の娘くらいの子供に全てを託そうとしているんだ。それでも、みゆきちゃんにどんなに罵倒されようとも、私はみゆきちゃんのような優しい子にユウコがこの世に生きた証を受け継いで欲しい」
ユウコの父は深々と頭を下げる。
「ポンタくんを、優子を、よろしくお願いします」
「プラグイン、ポンタくんEXE、トランスミッション」
みゆきのパソコンに、PETから転送した骸骨のような姿のネットナビが映し出される。
骸骨のナビは、ぎこちない動きでモニター越しに映る水色の髪の少女の瞳を見つめる。
「はじめまして、私は黒井みゆき、これからよろしくね」
時系列
原作だとユウコは光兄弟誕生以前に亡くなっているのですが、ユウコはネットナビと深く関りを持つ幽霊であり、インターネットの歴史上初期の方に起こったネット事件、プロトの反乱がエグゼ3から10年前の出来事
そして帯広シュンが経験した人為的に引き起こされた初の大型ネット犯罪である飛行機事故がエグゼ2から5年前の出来事
恐らく微々たるネット事件はその前後でも起こっていたとしても、それならユウコが亡くなったのはプロトの反乱以降の方が自然だろうと考え、もしユウコが生きていたならみゆきと同い年である、この小説上から9年前の6歳の時にこの世を去ったという設定にしました
疑似人格プログラム
ネットナビに搭載されたとされる疑似人格プログラムとはなんなのか、作中ではどう扱われているのかというのは本当によくわからない点です
ネットナビに搭載されたプログラムの一つが疑似人格プログラムなのか、ネットナビそのものが疑似人格プログラムなのか
デカオくんは初期からガッツマンを大切にするいい子ですが、同時に1だと、ガッツマンをデリートされた際にバックアップで修復するという流れをギャグっぽく流されてもいますし
熱斗パパは人とナビが友達になれるような研究をして、それが正しかったと結論を出していますが、果たしてその事がどれほどエグゼ世界一般に浸透されているのかは疑問に思うところがあります