天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~   作:きないしょく

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file.4‐2 アイリス

 人里離れたクマの森の奥にひっそりと置かれるクマの造り物の周辺で人知れず行われた戦いを終え、みゆき達は氷塊から解放されたプログラムくんを主役に、小さな祝宴を開いていた。

 

『イヤー、ミナサンノオカゲデタスカリマシタ。ワタシタチクマノプログラムハコレデモムカシハアルテーマパークノニンキモノダッタノデスガ、アルヒウイルスニオカサレバグッテシマイ、タクサンノオキャクサマヲキズツケテシマッタコトデ、バグヲシュウセイサレタノチニ、ジョウソウブノケッテイニヨリ、ダレニシラレルコトモナクヒトザトハナレタモリノオクニステラレテシマッタノデス』

 

(そんな事だろうと思っていた)

 

 みゆきや、おそらくドンも、今より過去におくデン谷のクマの造り物を見物していた時期は興味本位でクマの電脳へとプラグインして遊んでいたのだが、その頃はおくデン谷の隠れた名物スポットとして中のプログラムくん達も活発に作動していた為に、遊び以上の話を聞くことは無かった。

 

『…そんな風に自分達を粗末に扱った人達を恨んでいたりはしないの…?』

 

 赤い鎧を着用した華奢な体躯の少女ナビは、静かな声でプログラムくんに尋ねる。

 新たなウイルスにより凍結寸前だったクマの電脳を救ったのは、みゆきの持つ炎属性バトルチップを代償に電脳間の氷を溶かしたこの少女ナビだった。

 

『ウラムキモチハアリマスガ、ステラレタアトモシバラクハアタラシイオキャクサマタチトタノシクタワムレテイマシタシ、イマモコウシテミナサントデアウコトモデキマシタ、ワルイコトバカリデモアリマセン』

 

『…私には理解できないプログラムだわ、私が今まで見てきた人達はいがみ合うのが当たり前の事だったから…』

 

「ちょっと君ぃ、それ言ったらアタシだって君が体を張ってまでプログラムくんを救おうとした理由がわからないよー」

 

 プログラムくんの発言を疑問に思う少女ナビに、ドンが少女ナビに感じた疑問を問いかける。

 

『…私は電子プログラムの制御を目的として作られたネットナビ、プログラムに異変が起きたならそこに介入するのは当たり前、どうしてそんな事を聞くの?』

 

「でしょ?目の前で誰かが困ってるなら助けるのなんて当たり前じゃね?」

 

『…それは貴方達のネットナビが、私やプログラムくんと違ってバックアップを取ればいくらでも復元ができるからそう言えるんじゃないの?』

 

「むう…、そう言われると困っちゃうけどさ、いくらバックアップ取ってたとしてもこのアルエットは世界でタダ一つだけのアルエットだから大事にしたいよ」

 

 ドンは気まずそうにしつつも、自分にとってのアルエットの思いを伝える。

 

『私は…そうだな、痛いのも嫌だし消滅(デリート)は怖いけど、復元できるって特徴は人にはないネットナビの絶対の特権なんだろうし、私は危険を顧みずにプログラムくん達を救おうとしたドンねえちゃんが私の持ち主で良かったって思うよ』

 

『ぼくは本当はとっくにネットナビとしての寿命を終えていたはずだったんだけど、それをみゆきはスカルマンという器を作って新しい使命を与えてくれたんだ。ぼくはみゆきを信じるよ』

 

「マジでっ、知らなかった」

 

 二体のネットナビは持ち主への思考を伝達する。

 

「あの、私も貴女に聞きたいことがあるわ」

 

『…何かしら?』

 

 ここまで静観していたみゆきが口を開き、少女ナビに問いただす。

 

「貴女はさっき自分を電子プログラムの制御の為に作られたネットナビと言ったわよね?それは貴女にも元々は仕えるべき持ち主がいたという事でしょう?」

 

『…それは…』

 

 少女ナビは胸に拳を当て言葉に詰まった様子を見せる。

 

「貴女が話した人への心情からすると、貴女は何か不満があったから持ち主の元を去る道を選んだ。貴女にも複雑な事情があってその道を選んだんだろうから、その経緯について私が何か聞こうとは思わない。でも、貴女が持ち主の元を去った時点で、貴女自身に組み込まれたプログラムから逆らうという選択肢が生まれていたはず。なのに貴女は一人でもプログラムくんを救おうとした。それは本当に貴女の中のプログラムが原因なの?」

 

 みゆきの問いに戸惑いを隠せない少女ナビに、ドンが割って入る。

 

「それに君はどうしてアタシ達にバトルチップくれって聞いたのさ、人が嫌いなんでしょ?」

 

『…それは…貴方達ならプログラムくんを助けてくれそうだったから…』

 

「でしょでしょ?くれそうだったからなんて理屈じゃないじゃん。それはプログラムどうこうじゃなくて君自身が優しいからなんだよ、それにしても見ず知らずのアタシ達を頼ってくれるなんてなんか嬉しいなー」

 

「調子に乗るんじゃない」

 

 増長するドンをみゆきは肘で軽く小突く。

 

『…私…よくわからない…』

 

 みゆき達の質問に困惑する少女ナビの気を散らせたのは、ドンの腹がぐう~っと鳴る音だった。

 ドンは舌を出してお腹をさすり、すぐに気持ちを切り替えて一同に提案をする。

 

「まぁ…今アタシがわかるのはお腹ペコペコって事くらいかな、そうだ、皆でお昼食べようよ、さっき買ったお弁当にミニエネルギーついてるって話は聞いたでしょ?アルエットと君…えっと、良ければ名前教えてくれるかな?」

 

 少女ナビは少々躊躇い、観念したかのように名を名乗る。

 

『…アイリス…』

 

「アイリス…、花言葉、貴女の場合は…、純粋、思いやり、あなたを大切にします…、素敵な名前ね」

 

『…アイリスが現実世界の花の名前だという事は知っているわ、でも…名前の意味までは…』

 

「かわよ、じゃあアイリス、ミニエネルギーをアイリスとアルエットで半分こしよ、いいよねアルエット」

 

『…いえ、私…』

 

『いいよ、えへへ、皆でお昼、楽しみだね、アイリスおねえちゃん』

 

「じゃあ私はプログラムくんとスカルマンで半分こ」

 

『わかったよ、なんかいいね、こういうの』

 

『ナント、ワタシモミニエネルギー二アリツケルトハ、ナガイキハスルモノデス』

 

『…あの…ちょっと…』

 

 一同のマイペースな雰囲気にすっかり飲み込まれた少女ナビに絶え間なく流れる0と1の数字の流れは、遠い昔、自分が電脳空間で初めて起動され、アイリスと呼ばれたあの日、冷酷な作り主がその時だけ見せた穏やかな表情を思い出させていた。

 

 

 電脳空間には火、水、木、電気のエレメント四大属性と呼ばれる性質が存在し、そのうち木の属性を持ったプログラムは現実世界の森林に遮られた電気抵抗の影響を通常より抑えられるという。

 弁当用紙に刷られたQRコードを読み取り自然保護団体の電脳へ訪れたスカルマンとアルエットは、電波の流れの悪い森の奥からのアクセスに手間取らされたが、お目当てのミニエネルギーの運送は木属性の性質を持つ自然保護団体のイメージキャラクター、ウッドマンが行ってくれたので、帰りは行きに比べ驚くほどスムーズに事が運んだ。

 二台のPETに届けられたキューブ状の電脳補給物資、ミニエネルギーを二体のナビは二分割し、クマの電脳内へと持ち込んでいく。

 ミニエネルギーは安静な場所での自然修復を望めない電脳上で損傷したプログラムの修復活用が本来の用途だが、平時で使えば電力供給以外の補給を必要としないプログラムにとっての嗜好品にもなる。

 ミニエネルギーが属するサブチップ類は別途で料金が取られる為に一般のプログラムがそう召し上がれるものではないが、ミニエネルギーは電力だけで働くプログラム達のささやかな御馳走だった。

 

『骨身に染みるね、北国の有名な湖の電脳から取ったエネルギーなんだってさ』

 

『スカルマンサン、アナタノカラダカラエネルギーガモレデテイマスガ、ホントウニエネルギーヲセッシュデキテイルノデスカ』

 

 頭の上に付いた長い耳に見えるものを器用に動かしてエネルギーを口に運ぶプログラムくんは、スカルマンの骨の隙間から滝のように流れ出るエネルギーを見てその身を案じる。

 

「骨だけに骨に栄養届けばいいんだね、なんかリーズナブル。みゆみゆその唐揚げ頂戴」

 

「見映え悪いから改良しないとな、じゃあ焼き魚と交換」

 

 二人の少女は互いの弁当容器を差し出し、食べたいおかずに箸を付ける。

 大きな鎧に身を包む小さな少女ナビ、アイリスは、小さなエネルギー物資を小さな手で掬い小さな口に運び、小さな声で思わず囁く。

 

『…美味しい…』

 

『エネルギー自体が美味しいのもあるけど、皆で食べるからそう感じるのかな?』

 

 アイリスは三角座りで美味しそうにエネルギーを食べる自身より小さなアルエットの発した皆というワードに反応する。

 

『…皆…か、私には兄がいたわ、兄は私と違い誰よりも強く、そして、誰よりも冷酷だった、私の製作者と同じで…』

 

「つまり家出かーうらやま、アタシの妹はすんごい行動力だし親はうるさいしで家出してやるって何度も思ってるけど、アルエットが困るしなかなか踏ん切り付かないんだよねー」

 

『私は家出したがるドンねえちゃんをなだめるのに苦労してるよ?』

 

「あんたのプチ家出と一緒にするな。あぁこいつの言う事は適当に流していいから」

 

 みゆきは能天気なドンに溜息を吐き、気を取り直しアイリスに話し掛ける。

 

「私は一人っ子だから兄弟姉妹が欲しいって思うけど、いる人達にとっては良い事ばかりじゃないんでしょうね。私は家族を棄ててでも一人で生きる道を選んだアイリスの強さがちょっと羨ましいわ」

 

『…強さ?それは兄が司るプログラムの事で、私にはそんなものは搭載されていない…』

 

『そうかな?誰かに優しくできるってのはその身に強さを宿しているからだよ。私はアイリスおねえちゃんみたいなナビになりたいな』

 

「強くて優しい、アルエットも憧れるいい女だよ、妬いちゃいますなぁ。だ・け・ど」

 

 ドンはお弁当の最後の一口を食べ、ごちそう様の感謝を込めた後、アイリスの全身をまじまじと見つめる。

 

「アイリス、君はおしゃれというものがわかっていないっ、めっちゃ可愛いのにそんな服じゃ台無しっ、アタシがコーデの手本というものを見せたげるっ、てなわけでアタシのPETにニ名様ごあんな~い」

 

『な、何を言ってっ、てちょっとっ』

 

『いいからいいから、アイリスおねえちゃんも綺麗に着飾ろうよ』

 

『二名って?え?ぼくも?』

 

 アルエットは屈託なく笑い、狼狽えるアイリスとスカルマンの手を引き、半ば強引にドンのPETに幽閉する。

 

「時間掛かりそうね、じゃあ私も一仕事するかな」

 

 昼食を済ませた二人の少女はそれぞれの作業に取り掛かった。

 

 

「さぁやって参りました、第一回くまの電脳ドレスアップチップ・デザインコンテスト~、司会はアタシおくデンのドン、審査員はアタシ、みゆみゆ、プログラムくんが務めま~す」

 

「おー」

 

『ワーパチパチ』

 

 ドンの気まぐれに付き合わされたみゆきとプログラムくんの気の削がれる返事を合図に、計六名しかいない寂しいファッションショーが始まる。

 

「まずはエントリーナンバー1、みゆみゆのスカルマンからの登場で~す」

 

 ドンのPETからプラグインしてきたスカルマンの雄姿が、クマの電脳に降り立つ。

 

「たなびくマフラー、黒いライダースーツに身を纏うその姿は電脳を駆ける復讐の精霊のようっ」

 

『まさにゴーストライダー』

 

「これぞヘルズエンジェル」

 

『ムッ』

 

「むっ」

 

『ヒヒヒ、ぼく気に入ったかも』

 

 バチバチと視線に火花を飛ばすみゆきとプログラムくんを横目に、スカルマンは上機嫌で電脳内を練り歩く。

 

「続きましてエントリーナンバー2、アタシ自慢のアルエットのご登壇~」

 

 スカルマンに続き、大きめの制帽とミニ丈のオーバーオールにロングコートを羽織る、少し背伸びをした全体的にピンク基調の軍服に身を包んだアルエットがいつもの白いぬいぐるみを抱え、その麗姿を見せる。

 

「幼女が憧れの大人の軍人に大変身っ、電脳空間を守るセキュリティシステムの司令官っ」

 

『ワーカッコイイデスー』

 

「うっ…」

 

『全軍ー敬礼っ、なんてね、えへへ』

 

『イエッサー、アルエット、ヒヒヒ』

 

 アルエットを見て顔を両手で覆い隠すみゆきの隣で、ドンは意気揚々とファッションショー最後の進行を進める。

 

「エントリーナンバー3、トリを飾るのはこのナビ、孤高の電脳少女、アイリス~」

 

 電脳ランウェイに静かに登場した、菖蒲色のブラウスと薄紫のロングスカートを着用したアイリス。

 そこには飾り気のないロボットのような少女とは打って変わって、仮に現実世界に存在してもそれがネットナビだとは誰も思わない程に儚げな可憐さを持った人の少女の姿があった。

 

「…可愛い…」

 

『わぁー、アイリスおねえちゃんすっごく美人』

 

『凄いよ、みゆきみたいに綺麗だなぁ』

 

『ムハーッ、コレガホントウニネットナビナノデスカーッ』

 

「メカ娘がアーマー脱いだらあら不思議っ、人と見間違えるほどの美少女の誕生だっ、まさに電脳に咲く菖蒲(アヤメ)の花っ」

 

『…そ、そんなにいいの…?』

 

 周囲の輝く視線にアイリスは混迷する。

 

「さぁ全出場者が出揃いました、果たして優勝は誰の手にっ、皆せーので推しの名前を挙げるよ、せーのっ」

 

「アルエット」

 

『スカルマンサン』

 

「アイリス」

 

『アイリス』

 

『アイリスおねえちゃん』

 

『アルエット』

 

「決まったーっ、第一回くまの電脳ドレスアップチップ・デザインコンテスト優勝者はアイリスに決定ーっ」

 

「いや、なんでモデルまで参加してるの?」

 

「いーじゃんどうせアタシらだけじゃ引き分けに終わってたし、うおーアイリスかわよーっ」

 

『おめでとうアイリス』

 

『やったぁ、アイリスおねえちゃん』

 

 感極まったアルエットがアイリスに抱き付き、アイリスはアルエットの小さな頭を優しく撫で、その冷めたプログラムが揺れ動くのを認識する。

 

「むう…」

 

『スカルマンサンノオトコゴコロヲクスグルカッコヨサガワカラナイトハ、コレダカラオンナハ」

 

 

 みゆきとドンは、側に白い菖蒲(アイリス)の花が咲く石の台にPETを置き、クマの造り物の前へと駆けていく。

 

『ドンねえちゃん準備オッケーだよー』

 

『ぼくもいつでもいけるよー』

 

「それじゃ時間食っちゃったけど、合図したらプログラムくんお願いね。アルエット、ちゃんと可愛く撮るよーに」

 

『オマカセクダサイ、ヒサビサノオシゴト、ウデガナリマス』

 

「ちょっとドン、抱き付かないでくれない?は、恥ずかしい…んだけど…」

 

「何言ってんの、こうしなきゃ襲われてる感出ないじゃん」

 

 クマの造り物の本来できる事は知ってはいたが、みゆきが実際にそれを試すことは初めてだった。

 スキンシップも大きな音もみゆきの苦手とするものだが、初めての友達との初遠征の為に、今更これからやることを拒否する事もできなかった。

 

「1、2、3、はいっ」

 

『イキマスヨー』

 

 ガオーーーッッッッ

 

 造り物のクマから流れ出る咆哮。

 これこそがおくデン谷の心霊の正体で、プラグイン可能なリアルなクマの造り物の存在を聞きつけたマニア達が、面白おかしく心霊と結び付けては楽しく戯れていたのだが、それも時の流れと共にいつしか忘れ去られていった。

 

「うお゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーっ」

 

 そしてクマの咆哮さえをもかき消すドンの濁音混じりの絶叫。

 

『きゃああああっ』

 

『オワーーーーッ』

 

 そのあまりの声量に電脳内の二体のプログラムは震えあがる。

 

『ちょ、ちょっとドンねえちゃんいくらなんでも怖がり過ぎだよっ』

 

「だだだだってびびびびっくりしたんだもんんんんここここわいんだもんんんん」

 

 ドンはベアハッグの如くきつく抱き絞める腕を離し、今度はみゆきの襟元を掴み上体を激しく前後させる。

 

『や、やめてよドンみゆきが固まってるじゃないかっ』

 

 クマより大きなドンの悲鳴を間近に聴いた為か、突然のプロレス技の激痛かは不明だが、次々に降り注ぐ情報量に脳の処理が追い付かず、みゆきは完全にフリーズしてしまった。

 

「わわわごめんみゆみゆっ、こ、こういう時は、脇をこちょこちょこちょこちょ」

 

「…ホ、ホホホホホホホホ」

 

「わ、笑いキショッ」

 

「ホホホ、ホホ、ホ、や、やめて、私、脇弱いの、ホホホホ」

 

「およ?みゆみゆそんな顔できたんだ、こりゃ大発見、怪我の功名、ラッキースケベってやつかな、なんか得した気分ですなぁ」

 

 両脇を抑え苦しそうに笑い悶えるみゆきの顔は、いつもポーカーフェイスを崩さない不思議な少女からは想像も付かない程に感情豊かな少女の心情を曝け出していた。

 

『みゆき、そんな顔できたんだね、いつもクールだったからわからなかったよ』

 

『うーん、みゆきおねえちゃんには悪いけど、可愛く笑うみゆきおねえちゃんが見れたのは嬉しいかも』

 

「こ、こらアルエット、まさか今の写真に撮ってないでしょうねっ」

 

『えー?撮ったのドンねえちゃんの汚い顔だけだよー?」

 

「誰が汚いだくぉらー」

 

『あ、二人とも怒らないで、やーん、怖いよー』

 

 切羽詰まった形相でドンのPETに迫る二人を見てアルエットは再びクマの電脳へと逃げるようにプラグインし、スカルマンも後を追う。

 今日初めて会っただけの明日には二度と会う事はないであろう喧しい赤の他人の一連の騒動を、アイリスは一人柔らかな視線で見つめる。

 

『えーん、アイリスおねえちゃーん、二人がいじめるよー』

 

 目に涙を溜めたアルエットがアイリスに走り寄り、薄紫のスカートにしがみつく。

 

『…くす』

 

『…あれ?今、笑ったの?わーい、アイリスおねえちゃんが笑ったー』

 

『アイリスも笑うんだ、なんかぼくも嬉しくなっちゃったよ』

 

「おのれアルエット、アイリスの前で怒りづらくなりましたなぁ…」

 

「可愛い…」

 

 喜怒哀楽の激しい人々のざれ合いを見て、思わず声を漏らしたアイリスは自分自身が起こした行動に驚愕する。

 生まれた時から常に誰かの怒りと哀しみに当てられていたアイリスにとって、喜びなどという感情のプログラムは自分には決して発生することはないと思っていたからだ。

 憎悪渦巻く生まれ故郷から逃げ出し、弱肉強食の電脳空間をあてもなく放浪し、そうして辿り着いた二ホンという国で出会った多種多様な命と繋がったことで、アイリスの司る優しさのプログラムに喜怒哀楽の内の喜と楽の感情が芽を出した。

 

 

 [クマ出没注意 プラグインしてね]と彫られた木製の看板をクマの造り物の首に掛け、みゆき達はプログラムくんとアイリスに別れを告げる。

 

『コンナニギヤカナジカンハヒサシブリデシタ。ミユキサンノカンバンコウカデ、マタムカシノヨウニオキャクサマトタノシクデキタラトウレシイデス』

 

『今日はすんごい楽しかったよ。プログラムくん、アイリス、また遊ぼうね』

 

『アイリスおねえちゃんその服気に入ったんだ。えへへ、次会う時は私ももっと可愛くなってるから期待しててね』

 

「前の衣装データもいつでも切り替えできるようにはしてあるから、好きにオシャレ楽しみなよー」

 

『…皆さん、ありがとう。この服、大事にするわ…』

 

「さようならアイリス。元気でね」

 

 クマの造り物に手を振り、みゆき達はおくデン谷の本道へ戻る為に歩を進める。

 

「しかしあんな看板一つでプラグインする人増えるかなー」

 

「それは知らないけどやらずにいるよりはやった方がいいでしょ?私、ただクマさんに会えばいいと思っていたけど、中に棲むプログラムくんの事なんて頭にもなかった」

 

「そりゃ何度も遊ぶものでもないしねー、みゆみゆは気が回りますなー」

 

「物はどんなものでも何か用途があって作られるの。正しい用途で使われればそれはきっと喜ぶし、間違った使われ方をされたらそれはとても悲しくなる。何よりも、この世の全てから忘れ去られるのは作られた物にとって一番つらい事」

 

「つくもがみってやつ?なんていうかみゆみゆは物には魂が宿るとか言い出しそうだよね」

 

「…ごめん、気持ち悪いよね、物を生きてるように扱うなんて」

 

「いや?そういうの大事だなって思うよ。PETもそうだけど、アタシドンだから身近にある普段使ってるものが急に無くなったら生きていけない自信があるもん」

 

「本当に?」

 

「半分盛ってる」

 

「こいつめ」

 

「ま、生きていけないってのは嘘でも、アタシはみゆみゆのそういうところ好きだよ。いつかネットナビのプログラムを宿して動くような物ができたら楽しいだろうね」

 

「好きとか軽々しく言うなし…」

 

 軽口を叩き合いながら本道に戻った二人は、おくデンダムへ続く道へと進む。

 

「アイリス、さ、オフィシャルに捕まらないといいね」

 

「それこそアタシにはお祈りくらいしかできませんなー…」

 

 

 後にこの日の出来事が「クマに取り憑き不気味に笑う少女の霊とクマに取り憑かれたクマに襲われ絶叫の下亡くなった少女の霊」として心霊雑誌に紹介されることになるのだが、この時はまだみゆきとドンは知る由もなかった。




クマの電脳

最初は氷のウイルスにやられていて、エグゼ2時代には炎ウイルスに侵されたという設定

ミニエネルギー

ジャイロマンみたいな変形超ロボット生命体が戦うアニメに出てくる立方体型エネルギーのような形をイメージしています


衣装替え

MODみたいな要領で変えている感じです
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