天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~   作:きないしょく

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file.4‐3 デン女のドン

 陽の光を浴びた地表から発せられる熱により、一日の内で最も気温が熱くなる時間帯、みゆき達は人と人が手を繋いだかのような壁画が目を引くおくデンダムの通路から、目前いっぱいに広がる広大な貯水池を眺めていた。

 

「しっかし不思議だよねー、こんなきったない水がアタシ達がいつも使ってる綺麗な水に変わるんだからさ」

 

「この水がデンサンシティに流れる電気の大元なのも不思議、スカルマンもアルエットもこのダムの水が原動力って事なのよ?」

 

 人の体内には生体電気こそ流れてはいれどもわざわざ電気を充電しないし、ネットナビは人のように水分を補給する必要はない。

 それなのにこのダムの貯水池は、デンサンシティに住む住民の生活水に、ネットナビが活動する為の電気にと、間接的に人とネットナビの繋がりを指し示す生命源として存在する。

 

『電脳空間にも水属性ってのはあるけど、おねえちゃん達の言う水とは多分違うからどういう風に大事なのかはわからないかな。あ、でも水着ってのは気になるかも』

 

「そ、そういえば電気属性が弱点の水属性のナビやウイルスって、普段どうやって原動力の電気を蓄えているの?」

 

『それこそわからないよ、そんな事言ったら電気が必要なぼく達にとっての電気属性って何って思うもん』

 

「こうして電脳空間に新たな七不思議が生まれるのであった…」

 

 現実に、電脳にと思考を巡らすと、「上司がー」「ガスがー」『ホアー』とぶつぶつ愚痴を述べるスーツ姿の金髪の通行人が、飲み終わった缶ジュースを貯水池に投げ捨てるのを目撃する。

 

「あの野郎、ゴミをポイ捨てしやがった…」

 

「…ほっときなよ、あんなのいくらでもいるし、いちいち相手してたらキリがない」

 

「まぁ…、確かにアタシが拾うわけじゃないしね、ゴミとか触りたくないし。サロマさんとか若いのに偉いなって思うよ」

 

 サロマ、おくデン谷の駅前で弁当屋を営んでいた女性。

 弁当用紙のQRコードを読み込んだ際にサイトを一瞥したところ、齢18で自然保護団体のリーダーとして、自然弁当販売やお花屋さんの仕事を通して自然保護の大切さを人々に説いているという。

 

「私は…、エコとか自然保護とかには興味がない。私の知り合いにもリサイクル活動している人がいるけど、その人もサロマさんも立派だと思うだけで、私がやろうとは思わない」

 

「ありゃ意外、みゆみゆ物を大事にするからボランティアとか参加してるのかと思った」

 

「ん?まだ使える物と使えなくなったゴミって違くない?」

 

「そう言われると使えないゴミって何って話にならない?アタシ空き缶でアイス作ったりしたよ?」

 

「空き缶が使えるのは当然でしょ?亡くなったじぃじがよく空き缶やペットボトルでインテリアを作っていた」

 

「おぬしそういうのをエコと言うんですぞ」

 

「…エコとかリサイクルとかわからないけどさ」

 

 みゆきは在りし日の事を思い浮かべる。

 

「小学生の頃ね、親がPETをプレゼントしてくれて、面白がってプラグインできそうなところあちこち探しててさ、そうしてたら公園の奥に丁度小さな子供が入れそうな穴の開いた木があって、そこでプラグインできる玩具…確か太陽光で動くヤツ、を見つけたの。

 中には玩具と一緒に棄てられたネットナビがいて、私そこを自分だけの秘密基地にして、何度か会いに行ってる内にそのナビの事が大好きになってね。

 そのナビを私のナビにするぞって決めた日に秘密基地に行ったら、イレギュラーの反応を察知したとかでオフィシャルの人と土木工事の人が集まってて、危ないからってそのナビも秘密基地もなくなっちゃったんだ」

 

 イレギュラー。

 九年前、主を持たずに活動する自律型ネットナビの製作の一切を禁止するインターネット法が新しく制定され、それに伴い、既存の自律型ネットナビ及び、持ち主に棄てられ電脳空間を彷徨う野良ネットナビ全てを「イレギュラー」と認定し、一般市民は見つけ次第オフィシャル‐国が正式に認めたインターネット上の警察‐への通報、オフィシャルはイレギュラーを捕縛することを義務付けられた。

 ユウコの父から、九年前に起こったプロトの反乱の顛末を聞いていたみゆきは、その法律がオフィシャルと科学省が冤罪に掛けた自律型ネットナビ、フォルテの存在を隠蔽する為のものと推測しており、自分達が起こした不始末を人の都合で作り出されたネットナビに押し付けるのは、体裁を気にする官僚らしい考えだと軽蔑していた。

 先程出会ったアイリスも、枠組みとしては持ち主の元を離れた自律型ネットナビ=イレギュラーとされ、オフィシャルに存在を気づかれたら捕縛されるのだろう。

 みゆきは、人に害を為した訳でもないアイリスが欠陥品(イレギュラー)として悪し様に扱われる事実に憤りを覚え、同時にプログラムの書き換えだけでアルエットの損傷を修復したアイリスの力が大人達の目には畏怖の対象として映る事実にも、いつの間にか理解を示せるようになっていた自分自身の事も大嫌いだった。

 

「…そりゃさっさと玩具持ち帰ってたら良かった話だからみゆみゆが悪いけど、どーせその方が秘密っぽさが出てかっこいいとか思ってたんでしょ?その気持ちも逆恨みもわかるなー」

 

『ドンねえちゃん言い方ってあるんじゃないの?』

 

「遠慮ないね、その通り。私要領悪いし、オフィシャルを嫌うのもタダの逆恨み。オフィシャルはお勤めを果たしているだけだし立派な職業だとも思う。でも私だけの秘密がいじわるな大人達に壊されたって、その時は凄く悔しかった」

 

「わかるぞー、夜寝る前にお菓子食べて歯を磨かず寝るとかワルっぽくてゾクゾクするしね」

 

『こらドン、歯はしっかり磨かないと』

 

「…ドンはいつでも明るいね、やっぱ私駄目だな、友達といるっていうのにネガティブな話ばかりしちゃって」

 

 みゆきはダムのフェンスに前屈みになり、曇った表情を見せないように顔をうずめる。

 

「いいんじゃないの、それで」

 

「…何が」

 

「人生って楽しいばかりじゃないしさ、ネガりたくなる事人には言えない事、いっぱいあるっしょ?友達って楽しさだけ共有するんじゃなくて、ネガい話も遠慮なく語り合える仲の事を言うんじゃね?アタシはなんかみゆみゆに頼られてるようで嬉しいよ」

 

 腕で覆い隠した顔から片目だけを覗かせて見たドンの素朴な童顔は、高所の強風でなびく栗色の長髪が燦燦と輝く太陽の反射光に当てられ、普段よりもずっと大人びて見えた。

 

「…本当に?」

 

「半分盛ってる」

 

「こいつめ」

 

 みゆきはドンの額を軽くチョップする。

 ドンは舌を出し手で頭を押さえ痛がるジェスチャーをし、暫しの沈黙の後、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い、両手に口元を当ておくデンダムの貯水池に向けて大声を張り上げる。

 

「みゆみゆかわよーーーーーーーっっっっ」

 

 おくデンダム全体にみゆきへの好意の言葉が山彦となって響き渡る。

 

『アイリスおねえちゃんまた会おうねーーーーーっっ』

 

『今日はみんなと一緒で楽しかったーーーーーっっ』

 

 ドンに続き、アルエット、スカルマンと自身の感情を自分達の命の源にぶつける。

 

「な、なんであんた達はそうかな…」

 

「ほらみゆみゆもやろうよ、思ってることおもいっきり吐き出せば絶対気が楽になるってっ」

 

 一同の煌めいた眼差しの前にみゆきは抵抗を諦め、持参のバッグから一つのバトルチップを取り出し、ドンに差し出す。

 

「なにこれリカバリー120って、なんかアタシのより桁が一つ多いよーな」

 

「大会で貰ったやつ。効果は凄いし*(アスタリスク)だからどんなフォルダにも入る。どうせ私使ってないから、アルエットが怪我したら使ってあげて」

 

「そりゃ貰える物は貰っとくけどさ、いいの?」

 

 いいよ、と軽く返し、みゆきもドンに倣い両手を広げ深呼吸をし、広大な池の前に立ち思いの丈をぶつけようとする。

 

「ア、アルエットッ、とうと…」

 

 最初こそ威勢よく声を出せたものの、発声する内に勢いよりも気恥ずかしさの方が上回り、最後の方は側にいるドンがかろうじて聞き取れる程度までに尻すぼみしていった。

 

『え?えっと、私がどうかしたのかな…?』

 

「ほっほー、おぬしの気持ちは伝わり申したが、そんな小さな声じゃアルエットは渡せませんなー、もっとシャキッとっ」

 

 よく聞き取れなかったものの自分の事を叫ぼうとしたのはわかった為に狼狽するアルエットに対し、ドンは悪戯っぽくみゆきに微笑む。

 

「で、できるかっ、私みたいなクズがそんな大声ー」

 

「だれがよんだか クイズくん~」

 

 

 二人の少女の意味のない会話に丸刈りの男の子が割って入る。

 

「だれがよんだか クイズくん~」

 

「いや呼んでないし‐」

 

「いってみよー やってみよー」

 

『さーぁ さぁさぁ』

 

『チャッチャー』

 

「クイズアワーーー」

 

「それではおねいさんに問題っ」

 

 四名はクイズくんの歌を熱唱し、みゆきの否定も虚しく強制的にクイズゲームに付き合わせられる羽目になった。

 

「ドナルドのくつってなんセンチ?」

 

「…ハンバーガーが四個分くらいかな?」

 

「せーいかーいっ、見事正解したおねいさんには記念品パネルアウト1*(アスタリスク)を贈呈するよ」

 

「…どうもありがとう」

 

「アレcmで聞いてるのにあんな曖昧な答えでいいのかなー」

 

 みゆきの答えに満足したクイズくんはその場で目を瞑り立ち尽くした後に、何があったのかと不思議そうに辺りを見回し始める。

 

「…あれ?僕こんなところで何してるんだろう?」

 

「大丈夫よ、何もしていないわ。ねえ君、ママとパパの家がどこだかわかるかしら?」

 

 みゆきは、見知らぬ場所に一人放り出され心細そうにする男の子に目線を合わせる。

 

「えっと、デンサン一丁目だけど…お姉さん達は誰?」

 

「そう、お姉さん達もデンサンタウンに住んでいるの、良かったらお姉さん達に家まで送り届けさせてくれるかしら?」

 

「んーと、知らない人に着いて行っちゃダメって言われてるけど、ここ知らない場所だし…、お姉さん達ならいいよ」

 

「ありがとう。それじゃあドン、ちょっと早いけど帰り…ま…」

 

 屈めた膝を伸ばし男の子からドンに視線を向けると、そこに起こっている本来ならば絶対にありえない事象を目撃し絶句する。

 

「ちょっとクイズくん?あれだけ見ず知らずの子供に勝手に憑りつくなと仲間たちにも伝えろといつも言ってるでしょ?」

 

「くー、だってクイズしたいんだもん」

 

「したいならしたいで見える子探してクイズすればいいじゃん」

 

「そんな人少ないもん」

 

「じゃあ最近だとクイズくん学会とかいうサークルできてるっていうからそこに行けばいいっしょ、反省しなよ、行ってよし」

 

 クイズくんは都市伝説に伝わるクイズが好きな幽霊群の総称とされている。

 主に子供に憑りついてはクイズゲームを仕掛けるだけの基本的に人畜無害な霊のはずなのだが、困ったことにクイズくんが憑りつく相手は無差別かつ、憑りつかれた際の記憶が全くなく、どれほどの期間で人格を乗っ取られるかが読めない為に、世間一般には人騒がせな悪霊として「悪い子はクイズくんに憑りつかれちゃうぞ」と、親が言う事を聞かない子供を躾けるのによく取り上げられていた。

 現実には都市伝説でもなんでもなく、みゆきは幼少期の頃は特にクイズくんの霊と遊んでいたのだが、虚空へと会話を続ける少女の姿が周囲の人々には異様なものと捉えられた為に、いつしかクイズくんと戯れるのはたまに人に憑りついた個体に遭遇した時に限られるようになっていった。

 

「…あっ、こ、これは、その、い、いやーさっき拾い食いしたキノコが当たっちゃったのか、も…」

 

 ドンは見られてはいけないものを見られてしまったかのように慌てふためく。

 

「…見えるんだ…」

 

「いやいやその幻覚見えてるだけだし多分…、って、え?まさかだけど、みゆみゆも見える…の?」

 

『ぼくも見えたよ、クイズは楽しいよね』

 

『皆は見えるんだね、いいなー私は見えないからドンねえちゃん達が羨ましいなー』

 

「お姉ちゃん達さっきから何の話をしてるの?」

 

 みゆきの目頭が熱くなり、涙が頬を伝う。

 

「な、なにも泣くことなくない?いやアタシもその、見える子と初めて出会えて感激してるっちゃしてるけど…」

 

 感涙にむせび泣きそうになるのをグッと抑え、みゆきは両の目を腕で拭い、精いっぱいの虚勢を張って見せる。

 

「バーカッ、泣いてないしっ。さ、バカな事言ってないで帰ろ?ほら君、肩車してあげるね?」

 

「わーいありがとー」

 

「嘘つけ今泣いたし」

 

「泣いてないし」

 

「泣いた」

 

「泣いてない」

 

 子供を乗せたみゆきの両肩は、今まで生きてきた中でも最も軽やかなものだった。

 たまたま通った高校のたまたま席が隣だった女の子がたまたま見える子だった。

 偶然に次ぐ偶然が、みゆきが自分自身に作った心のセキュリティを少しずつ取り除いていく。

 

(ずっとドンと友達でいたい)

 

 みゆきは、おくデン谷から家に帰るまでの道を、一歩、また一歩と踏み出していく。

 

 

 等間隔に建てられた照明灯が照らすデンサンタウンの歩道を、へそ出しの黒のタンクトップと黄色いホットパンツを着用した緑髪の筋骨隆々の少女が黄色のクロスバイクを引いて退屈そうに歩を運ぶ。

 

「はぁ…ここらのネットバトラー、どいつもこいつも骨のない奴ばっかで腕がなまりそうだわー、こんなんじゃベラのリベンジの足しにもなんねーよ」

 

『そりゃ俺とおめぇが強いからよ、俺はもうテトラの奴にも負ける気がしねぇんだけどな』

 

「気持ちの内はそーだがよ、あいつは海外出張で当分戦えねーからなー、それまで二ホンで鍛えに鍛えなきゃいけねーんだが…、バーストマン、なんか近場に強そうなネットバトラー情報ねーの?」

 

『その件だが最近秋原町で腕の立つJKと小学生が現れたって噂が立ってんのよ』

 

「秋原町ねぇ、チャリですぐだが、あんな都心から離れた街にそんな強い奴いんのかねぇ?っと、ととと、ごめんよ姉ちゃん」

 

「あ、すみませんボーっとしていて…」

 

 途中、黒い服を着た水色の三つ編みの少女と肩がぶつかり、緑髪の少女はサッと謝罪を済ませ闇夜を進む。

 

『おめぇちゃんと前見ろよな、チャリ乗りが嫌われる原因だぞ』

 

「悪い悪い、ライダーとしてシャキッとしねーとな。…ま、秋原町だったか?シフト無い時でも行ってみるか。どのみちこのレイン様とバーストマンに勝てる奴なんてベラ以外にいないだろうがなっ、ガハハハハハッ」

 

「おいクソガキうるせぇぞっ」

 

 少女の騒音に腹を立てた金髪の男性が、アパート二階の窓から身を乗り出し怒声を浴びせる。

 

「ひ、ひぃっ、ごめんなさいぃぃっ」

 

『まったくおめぇは馬鹿笑いもやめろっつってんだろーに…』

 

 レイン、そしてバーストマン。

 一人の少女と一体のネットナビが、そう遠くない未来に黒井みゆきとひと騒動を起こす事となる。




サロマとみゆきの年齢差

どの媒体でもサロマはみゆきより年下ですが、軽トラ運転者の自然保護団体リーダーのサロマがヒノケンを抑えて一番のファンタジーだろという事と、みゆきは子供だという事を強調したいので、本作ではサロマはみゆきより年上です。

金髪のスーツ男

こいつとテルオ、入道クロヒゲ辺りはクズでもまぁいいかみたいなノリです

クイズくん

2のクイズキングがあまりに悪霊なので、クイズくんは幽霊でありそこから派生した概念としました

レイン、ベラ、テトラ

次回から、名前だけ借りたものとはいえクロスオーバー要素を導入するので今のうちに先出ししました
なんの作品のキャラかは、どちらかと言えば流星のロックマンファンの方のほうがピンと来ると思います
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