天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~   作:きないしょく

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file.5‐1 レイン

 暦上の春も残り僅かとなり、気候の変化に身体の適応が追い付かなくなるであろう季節の節目。

 休日ならおやつにカステラを食べる準備でもしている頃合いに、デン女の理科室にてみゆき達生徒の前に乾燥したとうもろこし豆と塩、サラダ油が配られる。

 本来の科学の授業を予定よりも早く終えた為、余った時間でポップコーンを作ろうとの大園ゆりこ先生の提案だった。

 

「と、いう事で、今からポップコーン作りを通して水蒸気爆発の勉強をしようね。皆はもう小学生くらいには習ってるかもだけど、とうもろこし豆の硬い皮に包まれた水分が熱くなると水蒸気になって膨れ上がって、逃げ場のない水蒸気は皮を突き破って爆発するんだよ。これを水蒸気爆発って言うんだ」

「そんなこと言って先生がポップコーン食べたいから授業早く終わらせたんでしょー、生徒にはお見通しっすよー」

「バレちゃった、キャハッ」

 

 生徒のからかいに、ゆりこ先生が両の人差し指を頬に当て愛嬌たっぷりに微笑み返す。

 ゆりこ先生は新一年生と同じく、今年の春に教員見習いとしてデン女に着任したばかりだが、勉強を不得手とする生徒に向けた授業の教え方と、生徒とも歳の近い友達感覚で付き合える人当たりの良さで、早くも新一年生の科学科目の単独授業を受け持つ事が出来た。

 

『ナビ達もポップコーンが出来上がる過程をしっかり動画撮影するように』

 

 理科室用のプラグイン機能搭載型の机から繋げられた電脳空間で、中性的な面立ちに魚のひれのような装飾が付いた男性型ネットナビ、オーシャンマンが女性のように柔らかな声帯で生徒達のネットナビに指示を出す。

 みゆき達は手元のビーカーに配られた油ととうもろこし豆を入れ、アルミホイルでしっかりビーカーに蓋をし、三脚に敷いた金網の上にビーカーを乗せ、着火したアルコールランプでビーカーの中のとうもろこし豆を加熱する。

 

「とうもろこし豆少なくない?本当に腹の足しになるの?」

 

 みゆきはビーカーの底に敷き詰められた程度のとうもろこし豆を見て不満を漏らす。

 

「おぬしポップコーンエアプですなぁ、これくらいで丁度いいのです。ポップコーン失敗者のいう事を信じるけぇ」

 

 ドンはえへんと得意げに胸を張り、みゆきは訝しげにビーカーの底を見つめると、熱された小さなとうもろこし豆は破裂し、ビーカーの中は見る見るうちにみゆきの知る白いポップコーンで一杯になった。

 

「すごっ、こんなに膨れ上がるんだ」

「あんれー?みゆみゆホントに知らなかったのー?エアプもいいとこじゃーん」

 

 袖で口元を覆い煽るドンに苛立ちながらみゆきはアルコールランプの火を消し、ビーカーが冷めるのを待つ。

 冷めたビーカーを軍手を付けた手で掴み、中のポップコーンと塩を大きめの紙袋に移しよく振ってから、生徒の人数分だけ配られた紙コップに出来上がったポップコーンを分配する。

 

「じゃあ使った道具を片付けてからいただきますしようね、こーらそこつまみ食いしない」

 

 ポップコーンを食べる前に使用したビーカーを洗浄する為に、机に取り付けられた蛇口のハンドルにゆりこ先生が手を付けたその時に事件が起こる。

 

「まりりりりりりっ」

 

 突然ゆりこ先生が奇怪な断末魔と共に痙攣を起こし、大きなカールを巻いた髪型が爆発、若くして大園ゆりこは殉職し、爆煙よりチェブラーシカが爆誕する。

 

「けほっ、これも一種の水蒸気爆発、かな?とりあえずまだ蛇口には手を付けないようにね」

 

 異変を察知したみゆきはスカルマンに電脳空間で何があったか聞いてみようとする、と同時に、生徒達が机に取り付けたPETから悲鳴が起こる。

 

『これは…ウイルスだよ、黄色い電気を帯びたウイルスが…三体』

「電気…これは…ビリーね」

 

 

 理科室の電脳に現れた、電極棒の形の両腕を持つ小さなウイルス、ビリー。

 対象をゆっくり追尾するサンダーボールを両の電極棒から放つ電気属性のウイルスで、仕事柄ウイルスバスティングの心得のあるみゆきにとってはなんてこともないウイルスである。

 が、世間一般ではウイルスバスティングはおろかネットナビのバックアップもろくに行わない者が大半であり、電脳空間に唐突に出現したウイルスの存在は、まだ明確な進路方針を立てていない高一女子と消滅(デリート)=いつのバックアップかもわからない状態まで戻されかねないネットナビにとっては前代未聞の危機以外の何物でもなかった。

 

「こういう時は…、とりあえず落ち着いて物陰に隠れてジッとするようナビに指示してね?ってそれも無理か、うまくバスティングできるかなー」

 

 騒然とする電脳空間で生徒達のナビを守りつつウイルスを倒すのは至難の業だ。

 それはチェブラーシカは勿論、みゆきにとっても同じ話なのだが、クラス内でも未だ地味な陰キャから抜け出せていないみゆきの場合は、ウイルスを退治してクラスの注目を浴びる事への恐怖心もあった。

 

(そんなの考えてる場合じゃないのにな)

 

 今自分ができる事から目を背けて静かに堪えていると、みゆきの席の左前方に座る、夏服の半袖から覗かせる二の腕が逞しい緑髪の少女が突如立ち上がり、慌ただしく騒ぎ立てる生徒達を一喝する。

 

「ったくだらしねぇなーおめーらは、たかだか雑魚ウイルスの一つや二つ、どって事ないだろ、バーストマン、構わず消し飛ばしちめぇなっ」

『合点、おうおめーら、巻き込まれたくねーなら物陰で大人しくしてろよっ』

 

 黒と黄色のカラーリングのシャープな細身と、両肩から伸びたホースが両手首の巨大なリストバンドに繋げられた 両腕とのアンバランスな外観が目を引く威勢のいいネットナビ、バーストマンが電脳空間の中心で名乗りを上げ、バトルチップ、キャノンを構えウイルス目掛けて三連射する。

 三発全てが三体のウイルスに命中するも、白煙の中からそれぞれ手負いのビリーが口元らしき箇所を電極棒で抑え飛び出してくる。

 

「ぶっ飛ばせっ、バーストマンッ」

 

 むせる素振りを見せるビリーの目前に高速で詰め寄るバーストマンが巨大な右腕を振り上げる。

 

『バーストバレットォッ』

 

 リストバンドから爆音が響き、バーストマン渾身の右ストレートがビリーの顔面を貫き、声を挙げる事もできずにデリートされる。

 バーストマンは、弓道でいう残心のように拳を放った姿勢のまま硬直し、間をおいてから右腕を突き出し、リストバンドからプシューと煙が放出される。

 

「あー、こういう隙の多い技はとどめの一撃でぶっ放すべきか、まぁいいか、バーストマン残りの二体もいくぞ」

「大丈夫だよ、一体は私が倒したから」

 

 チェブラーシカの声を聞いて、緑髪の少女が電脳間を見回すと、手負いのビリーをソードで切り伏せ終えたオーシャンマンの姿を視認する。

 

「あと一体はっと、あ、向こうに行っちゃってる…」

 

 最後の一体のビリーはオーシャンマンとは真逆の方向に走り、その際に電脳机の下でぬいぐるみを抱えて震えるアルエットの姿を見つけ、電極棒を交差させバチバチと音を立てるサンダーボールを発射しようとする。

 

「ちっ、間に合うかっ?」

『た、助けてっ』

 

 デリートを前に目を瞑り身構えるアルエットが、ゴッと鈍い音が響き、何者かがデリートされる音を聞きつけてから恐る恐る目を見開くと、右手に持つ骨のこん棒を自身の体内に収納し終えたスカルマンが白い歯を輝かせアルエットに左手を差し伸べる。

 

『もう大丈夫だよ、アルエット』

「ごめんねアルエット、怖い思いさせちゃって」

『ありがとう、スカルマン、みゆきおねえちゃん』

 

 スカルマンの手を取りアルエットが立ち上がると、周囲のナビ達も胸を撫で下ろしたように続々と理科室の電脳に集まり、一人、また一人とプラグアウトする。

 

「二人ともドジな先生を助けてくれてありがとう。私は電脳間のメンテをしなきゃだから、皆は後片付けをしないで先に教室に戻っていいからね」

 

 理科室はまた騒がしさを取り戻し、生徒達は各自帰り支度を始める。

 

「それじゃ私達も戻りましょうか」

「待てよ」

 

 一人の少女が誰かを呼び止める声を聞き、チェブラーシカ以外の理科室から退出しかけた生徒を含める全員が声の主の方を振り向く。

 

「こんな間近に骨のありそうなネットバトラーが潜んでいたとはねぇ、俺としたことが勘が鈍ったか?」

「…それは、スカルマンは骨だから…。貴女は確か…、飛弾(ひだ)レインさん」

「そうとも俺こそがこのデンサンタウン最強のネットバトラー飛弾レインと」

『電脳の爆発野郎バーストマンよぉっ、ババババババッ』

 

 豪快に笑う一人と一体をみゆきは引け腰で見つめる。

 

「スカルマンと、…黒井みゆき、だっけ?さっきのバス、随分手際がいいじゃんか」

「親のお手伝いでバスティングの心得があるだけ。別に大したことじゃない」

「そんなんできる時点で上澄みなのよ、俺の見立てじゃここいらの奴よか余程できるぜ、あんた」

「レインさん程じゃない、私はレインさんみたいに皆の前で頑張れたりしない」

「こちとら頑張りの話はしちゃいねえ、興味があるのはあんたの腕だけよ。あんた、俺とネットバトルしろよ」

「ごめんなさい、私なんかじゃきっとレインさんの期待には応えられない」

「ほーう?俺の見立て違いだったか?こりゃやっぱ秋原町のJKと小学生とやらに会わなきゃダメか?」

 

 一瞬、席を立とうとするみゆきの動きが止まったが、すぐに気を取り直し自身のPETに手を伸ばす。

 レインという少女の態度には思うところがあるが、みゆきはバトルチップの使い方にこそ関心はあってもネットバトル自体はそこまで好きという訳ではない。

 ネットバトルに情熱を燃やしている事が伺えるこの少女とは根本的に息が合わないだろう。

 なにより、陰キャの自分とは明らかに違う、筋肉質の身体付き、中に着たスポーツブラが見える程に胸のボタンを開けたYシャツの着こなし、スパッツが丸見えのミニスカート、それ以上に体全体から発せられる陽のオーラの眩しさに当てられ、みゆきは今すぐにでもこの少女の元から離れたかった。

 

「スカルマン、プラグアウトを」

『了解、みゆき』

 

 スカルマンがプラグアウトの動作を見せた瞬間、突如バーストマンの腕から拳型のミサイルがスカルマンに向けて発射される。

 

「避けてっ」

 

 みゆきの指示により、間一髪のところでスカルマンはミサイルを避け、回避した先でミサイルの爆発音が鳴り響く。

 スカルマンは口をあんぐりさせてバーストマンに何故こんな事をしたのか問い質そうとするが、それより早く怒気を孕んだ声がスカルマンの耳に伝わってきた。

 

「今の…なに?」

 

 怒声の主は確認するまでもなくみゆきだった。

 普段は声にも表情にも滅多に感情を表さない少女が、怒りの情動を持って、目の前で不敵に口笛を吹く少女を激しく睨みつける。

 

「凄いなあんた、今の反応できるとは俺の見立て通りだぜ」

「聞いてるのは私、今何をしたと聞いている」

「見ての通り、今のを避けられるか試してみた」

「なんでそんな事をしたの?プラグアウト中の攻撃はご法度なことくらい貴女だって知ってるはず」

 

 プラグアウトは原則としてどのような状況でも行える動作であり、理屈では電脳上でウイルスに襲われた際にもその場でプラグアウトをすれば目前の危機は簡単に回避できるはずのものだ。

 では何故先程起こった理科室のウイルス騒動では誰もプラグアウトしなかったか。

 その答えは至って単純、プラグアウト中のネットナビは最も隙だらけかつ無防備な状態であり、たとえメットールのショックウェーブのかすり傷だろうとどんな屈強なネットナビでも一撃でデリートされてしまうからだ。

 そこを突くという事は、この少女は極めて強い悪意を持ってスカルマンのデリートを狙ったと捉えられて至極当然の行為だった。

 

「久々の強者を黙って帰す訳ないだろ?俺だって弱そうな奴にこんな事しねえよ」

「ふざけるな、そんな事の為にポンタくんを傷つけようとしたの?」

「避けたじゃん」

「そんな話はしていない」

「じゃあネバトしようぜ、後でよ」

「黙れ、今する」

「そうこなくっちゃな」

「マジでっ、がっこでネバト見れるとかめっちゃついてるじゃん、いっけーレイン」

「わはははっ、みゆみゆがその気なら構うもんか、レインさん、みゆみゆはすっごい強いんだからね、やったれみゆみゆ」

 

‐レインッレインッ‐

‐みゆきっみゆきっ‐

 

 レイン、みゆきコールが理科室に続く通路にまで鳴りはためく。

 多くの学生にとってネットバトルとは、自ら奨んでやろうという程ではないが、動画やゲームセンターで他人が対戦しているものを観戦する分には、極めて熱くなれる最高の娯楽の一つだった。

 ましてや学校の授業で日々イライラを募らせている中で、校内で行われるネットバトルがデン女の女子生徒の心を沸き立たせないはずがなかった。

 

「ガハハハッ、上がってきた上がってきたぁっ、久々の大物だ、バーストマン、全力で行くぜっ」

『祭りと喧嘩は電脳の華よっ、弾けるぜっ、レインッ』

「そのまま砕けろ、ポンタくん、戦闘準備」

『えっと、ぼく、あまり…』

「バトルオペレーション、セットォッ」

「イン‐」

「きみたち?」

 

 完全に戦闘態勢に入っていた二人の頭に何か柔らかいもので軽く叩かれたような衝撃が降り掛かる。

 

 二人が気が散ったように横に視線を映すと、そこにはいつも通りの微笑みを浮かべるチェブラーシカが両手にノートを持ち直立していた。

 

「なんですか先生」

「…あ、先生、これは、その、つい熱くなったというか…」

「今メンテ終わったんだけどさ、レインちゃんのやったことはちゃんと見てたよ?ダメでしょ?プラグアウト中のナビを攻撃したらゴメンじゃ済まされません」

「ごめんなさい、私、黒井さんとバトルがしたくて…」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら、レインは急にしおらしくなりチェブラーシカにへこへこしだす。

 

「そもそも個人間でのネットバトルは禁止されています。先生はレインちゃんの事を叱らないといけません、学校が終わったら私と職員室でお話しようね?」

「…はい…」

 

 レインがしょぼくれていると、本日全ての行事の終了を伝える最後のチャイムがスピーカーから流れ出る。

 

「まったくー、皆も先に帰っていいって言ったのに、もうチャイム鳴っちゃったけど、今から皆でお片付けだよ。先生がメンテを済ませたから感電の心配はしないで大丈夫だよ」

 

 えー?と生徒達の不満がこぼれ出す。

 

「えー?じゃないよ、ほんとにもー」

 

 チェブラーシカが一同を叱り終えると、最後にみゆきの方を振り向き、普段通りの明るい声色で語り掛ける。

 

「レインちゃんとは私がお話をするから、みゆきちゃんは答えを焦らずゆっくり考えればいいよ」

 

 言い終えてチェブラーシカは教壇に戻り、理科室のお勤め最後の仕上げを始める。

 みゆきがしばらく棒立ちしていると、ドンがPETをかざし、中のアルエットが勇気を振り絞ったかのようにみゆきに呼びかける。

 

『みゆきおねえちゃん、帰ろ?』

 

 

 理科室での騒動から二日後、みゆきは一人静かに学校の行事を淡々と消化していた。

 あれからレインはみゆきの左前の机から最後尾に席を移し、授業中にみゆきの視界にレインの後ろ姿を目視することは無くなった。

 スカルマンとも顔を合わせたくなかったみゆきは、ドンにお願いをしてしばらくアルエットのPETに移住させていた。

 時折、隣からドン達三名の視線を感じるがそれだけで、現在一人静かにしていたいみゆきの心を悩ませるものはなかった。

 

(なのになんでこんなに苛つくんだろう)

 

 そんな頭に掛かったもやに苦悩しつつ、本日の行程を終えて家に一人帰ろうとすると、廊下で大量の荷物を抱えたゆりこ先生とバッタリ遭遇する。

 

「うんしょうんしょっと。あ、みゆきちゃんいいところに会ったね、キャハッ、ねぇみゆきちゃん、これ理科室まで半分こで持って行ってくれないかな?」

「しがない生徒が先生方の功績を奪うわけにはまいりません、先生お一人でお願いします」

「えっとね、ゆりこ、美味しいお茶を買ったんだ。折角だからゆりこは生徒の事をもっと知りたいから、みゆきちゃんと一緒にお茶したいな」

(そういう事か)

 

 みゆきは溜息混じりに頼みを聞き、ゆりこ先生の持つ荷物の三分のニを引き受ける。

 

「わ、凄い、みゆきちゃんゆりこより力持ちなんだね」

「実家のお仕事のお手伝いで、重たい荷物をよく持ち運ぶんです」

 

 ゆりこ先生と並んで荷物を運ぶみゆきは、一人静かに熟考する。

 

(人付き合いって本当にうまくいかないな)




レイン

名前だけ借りたようなものですが一応クロスオーバー要素で「ルナーラックス」という、海外のエグゼ、流星のファンが制作した、アンダーテール要素盛り盛りのインディーズゲームに出てくるキャラクターです
この二次創作を執筆するにあたって、ルナーラックスのキャラクターを登場させることは最初から決めていました

バーストマン

原作よりもルナーラックスのレインの要素を盛り込んだ、パンチとミサイルを駆使して戦う、メタルマンエグゼ似のべらんめえなネットナビ

プラグアウト

ピンチならその場でプラグアウトすればよくねという疑問に対してのとりあえずの解釈です

ルナーラックスを

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