天網のつくもがみ ~みゆきの蜘蛛糸電文禄~ 作:きないしょく
ゆりこ先生が理科室のカーテンを開け窓際の机を照らす夕陽を頼りに、みゆきは持ち運んだ荷物全てを指定された場所に丁重に配置する。
無事荷物を並び終え、ゆりこ先生はみゆきを窓際の席に座らせると、商品ラベルにアッフリクだかアメロッパだかの部族らしき集団の姿がプリントされた新品のハーブティー袋を見せ、お茶滝の準備を始める。
「エキナセアティー、本場アメロッパから取り寄せたんだ、なんでもこの写真の人達が愛情を込めて作ったんだって」
ゆりこ先生は500mlペットボトルの天然水を注いだ三角フラスコと、タダの水道水を注いだビーカーを用意し、それぞれ金網を敷いた三脚に載せ、ガスバーナーを点火し沸騰させる。
「理科室の実験道具で淹れるお茶ってのも風情があっていいでしょ?ゆりここういうの大好きなんだ‐」
「用件があるなら言ってください」
とぼけた笑みを浮かべるゆりこ先生にみゆきは本題を切り出す。
「これが用件だよ?ゆりこはみゆきちゃんとお茶したいんだ」
「はぐらかさないでください。私の事を叱りに来たんですよね?いつまでも飛弾さんに怒っているなって。誰から頼まれたんですか?ドンですか?まさか先生自身のおせっかいではありませんよね?」
膝まで掛かったスカートの上に握り拳を作り、焦燥したように問い詰めるみゆきを前に、ゆりこ先生は少し困ったように眉を下げる。
「みゆきちゃん、ゆりこは答えを焦らずにって言ったよ?お茶だってしっかり準備をして初めて美味しく飲めるんだからね?」
ゆりこ先生は沸騰したビーカーの水を、持参した人魚の装飾の入った二つのティーカップに注ぎ、容器を温める。
「私はお茶のように素直ではありません」
「そうだね、人はお茶より手間が掛かって、だから可愛いんだよね」
「私は、可愛くなんてありません」
エキナセアティーの葉を入れアルミホイルで蓋をした三角フラスコを眺め、ゆりこ先生は話し出す。
「ゆりこはみゆきちゃんが正しいと思うよ?レインちゃんは酷いことをした。一歩間違ってたらスカルマンはデリートされてたんだもん、そりゃみゆきちゃんが怒って当然だよ」
「なら何故私が悪いみたいに二人きりで話をするんですか?」
「そーれ、みゆきちゃんは答えを焦りすぎるんだよ」
「それの何がいけないんですか?早く答えを出さないと、ドンも、アルエットも、スカルマンも、それに、飛弾さんも…」
「そうだねー、少し先生の話をしようかなー?」
三角フラスコに入ったお茶を茶こしに掛け、事前に温めた二つのティーカップに注ぎ、一つをみゆきの前に差し出し、ゆりこ先生は頬杖を付き過去の事を思い出すように天井を眺める。
「昔々、六方くんって先輩の男の人がいてね?いつも笑顔を忘れない人で、すっごく真面目で正義感が強くて、ゆりこはその人に恋をしていたのです、キャッ。
その人は検事になって悪い人を捕まえて二ホンをいい国にするんだといっぱい努力して、晴れて検事になりました。
若くして優秀な検事として悪い人をいっぱい捕まえてって、インターネットでも話題になっててね?ある日ゆりこはその人の裁判の様子を傍聴しに行ってね?傍聴席から見るその人の顔はいつも通り笑顔だったんだけど、ゆりこにはなんか苦しそうに見えたの。
その裁判は放火事件だったかな?被告はなんか暑苦しい顔をした男の人で、見るからに放火してそうな人だったけど、証拠不十分で無罪になったの。
まぁゆりこにはそう見えたってだけで、無罪になった人を放火したなんて思っちゃいけないんだけどさ、その時のあの人の笑顔の下に隠れた悔しそうな顔は今も覚えてるなー」
ゆりこ先生は手元のティーカップを持ち、エキナセアティーから発せられるアメロッパの広大な草原を思わせる香りを嗅ぎ、カップを艶の張った唇に当てる。
「うん美味しい、すっきりしてて飲みやすいよ」
ハーブティーを口に含み、ティーカップを静かにソーサーに戻すゆりこ先生の所作は、いつも子供っぽい教師見習いの姿からは考えられない程に上品な大人の女性の魅力を覗かせていた。
「…それで、その六方さん?という男の人が今何の関係があるんですか?」
「そういうとこ、みゆきちゃんは彼と似て真面目過ぎるんだよ」
「似てなんていませんっ、私はその人のように真面目じゃないし、正義感もないし、社会を良くしようなんて思ってもいない、ましてや笑顔なんて自分では作れたこともない…」
「そう?ゆりこにはみゆきちゃんとあの人は同じ顔をしてるように見えるよ?辛いから誰か助けて欲しいって」
「なんでそんな事っ、私こんな無愛想なのに…」
ゆりこ先生は動悸に乱れるみゆきをなだめる様にみゆきの口元に人差し指を当て、心を落ち着かせてからゆっくりと言葉を続ける。
「表情って表面的なものだから。あの人がいつも笑顔だったのは、毎日が楽しいからじゃなくて、笑顔を作らないといけなかったからだって、最近だとそう思うの。苦しい時、悲しい時、そういう時だからこそ、誰かに心配かけまいと一人で無理しちゃう人、そういう生き方しか知らない人っているんだよね」
「その気持ちなら…、私はそれならわかる気はします…。けど、私はそんなのじゃなくて、私自身が傷付きたくないからで…」
「みゆきちゃんは素直だね、ならきっと大丈夫、アルエットちゃん達がずっとみゆきちゃんを支えてくれるよ」
「アルエット?なんでアルエットが出てくるんですか…?」
「ドンちゃんが相談しに来てね?アルエットちゃんがゆりこに話がしたいって。最初にアルエットが、続いてスカルマン、ドンちゃんと頭を下げて、ゆりこにみゆきちゃんと話をして欲しいって。ゆりこは別に急ぐ気はなかったんだけどさ。だからゆりこがみゆきちゃんとお茶をしたいだけってのは本当だよ?」
「私…、そんなに皆を…」
レインとの諍いなど所詮個人の間での出来事だ。
だからこそ誰にも迷惑を掛けまいと、アルエットやドン、ポンタくんを巻き込むまいと、そんな口実で自分が傷付きたくないからと、周囲を突き放し一人解決に臨もうとしたのに、結果として皆を傷つけ自分が傷ついて…。
「ネットナビって凄いよね、私達よりずっと早く計算ができて、私達人の為にずっと素直に動いてくれるんだ。人もつまらないプライドなんかに捉われてないでいれば、もっとネットナビと繋がれて毎日が楽しくなるのにね」
「…飛弾さんは?」
みゆきは声を絞り出すようにゆりこ先生にレインについて聞いてみる。
「その質問だと答えに困っちゃうかな」
「飛弾さんは先生と話した際に、私の事を何か言っていましたか?私が嫌いとか、はっきりしない態度に腹が立ったとか」
「みゆきちゃんとスカルマンには謝りたいって言ってたよ。つい強そうだったからって、相手の気持ちも考えずに詰め寄っちゃって悪いことをしたって。みゆきちゃんはネットナビを大事にしてそうだからバックアップもしっかり取ってそうとも言ってたかな?」
「…それは先生が飛弾さんを庇う為の嘘じゃないんですか?」
「ゆりこはそんな嘘は吐かないよ?レインちゃんは熱くなりやすいだけで気配りのできるいい子なんだ、そこがレインちゃんが治すべきとこなんだけどね」
「…他には何か…?」
「まぁ…、強いて言えば自分と違って大人しそうだからうるさい自分の事は嫌ってそうとは言ってたかな?そこは人それぞれだから嫌われたらそれを受け入れてねと言ったけどね」
みゆきは少なくとも自分への比較的肯定的な感想については半信半疑だったが、レインに抱いていた粗暴な第一印象については考えを改めたいと考えていた。
あの騒動の後レインは自ら席替えを申し出た時点で自分よりは物事を考えて動いていただろうし、そもそも自分は他人を悪く思える程立派な性格などしていない。
「ゆりこ先生、私、飛弾さんとちゃんと話がしたいです。けど、私だけだと思ったことをうまく話せるか自信がありません。なので、迷惑でしょうがゆりこ先生が間に入っていただけませんか?お願いします」
みゆきは席を立ちあがり、ゆりこ先生に頭を下げる。
「勿論だよ、タダ、みゆきちゃんレインちゃん、ゆりこも心の準備が必要だから、その時が来たらゆりこから声を掛けるね」
ゆりこ先生はいつも通りの幼く、慈愛に満ちた微笑をみゆきに向け、みゆきはかしこまってより深く頭を下げる。
「ありがとうございます、私、ゆりこ先生みたいな明るく優しい人になりたいです」
「こんな人に憧れたらいけませんよ」
一瞬、みゆきは自分の鼓膜に響いた暗く、悲哀に満ちた発語に驚愕し、遅れて顔を上げゆりこ先生の顔を見つめる。
そこには間違っても陰鬱さなどとは結び付くことなどない、ゆりこ先生の太陽のような微笑みが夕陽に照らされていた。
ゆりこ先生はみゆきが忘れていたティーカップの存在を視線で促し、やはり悩みとは無縁の明朗な発声を挙げる。
「ほぉら、もうお茶が冷めちゃってるよ?もしかしたらみゆきちゃんは冷めたお茶の方が好きかな?それなら次からはそうするから遠慮なく言ってね?」
(気のせい…よね?)
きっと長期に渡る対面で何か勘違いでもしたのだろう、みゆきは席に着き、一息ついてからティーカップを両手で支え、小さな口に注ぎ入れる。
「…美味しいです」
「みゆきちゃんは二ホン茶の方が好きかな?」
「このラベルの男の子、可愛いですね」
「みゆきちゃんはこういう子がタイプかな?」
みゆきはゆりこ先生と束の間のお茶会を楽しむ。
翌朝、みゆきはアルエットとドンに気を使わせてごめんなさいと謝り、ドンに預からせていたスカルマンを引き取る。
その次の日の放課後、ゆりこ先生は見せたいものがあるから理科室に来るようにと誘い、みゆきは一人理科室へと赴き、扉を開ける。
「お、来た来た、じゃじゃーん」
みゆきの姿を視認したゆりこ先生がオーバーなリアクションで理科室の真ん中の机に置かれた小型のアーケードマシーンらしき装置を紹介する。
「これは…バトルチップスタジアム、ですよね?少し小さいですけど」
バトルチップスタジアム。
個人間でのネットバトルが禁止されているのは、ネットナビのバックアップ問題や、バトルによる電脳空間の損傷の危険性、勝敗によるバトルチップトレードのトラブル発生の防止等、様々な要素が重なり合ってのものである。
そんな問題を解決するのがこのバトルチップスタジアムであり、ゲームセンターに設置された観客を交えて盛り上がれ、試合結果のデータ生成により対戦者双方にバトルチップが配布される大型筐体や、以前みゆきが参加した秋原公園大会で設置されたような、それよりは小型でバトルチップ生成機能こそないものの安全性とホログラム機能はしっかり完備されているイベント向きの携帯性に優れた筐体などが発売されている。
そしてこのバトルチップスタジアムは秋原公園で見たものよりさらに小型な理科室の収納棚にも納められそうなもので、みゆきはそれをゆりこ先生が買ったものと見当はついてはいても、わざわざそんな事をした事実が不思議で仕様がなかった。
「こんな小型のでもお高いんでしょう?どこで見つけたのやら…、えーと…『Hexawan』?」
「高いは高いけどイメージよりは安かったかな?知る人ぞ知るメーカーのものらしくてね、面白そうだから買ってみたんだ」
みゆきは小型のネットバトル装置を一通り眺め終えると、今度は奥の席に座る一人の緑髪の少女の方に目を向ける。
「や、やぁこんにちは、黒井さん」
「…こんにちは、飛弾さん」
緑髪の少女、飛弾レインは席を立ちみゆきにバツが悪そうに手を挙げる。
レインは相も変わらず逞しい二の腕をしていたが、以前と違うのはだらしなく着崩したYシャツのボタンを今度はしっかり最上段まで閉め、いい加減そうな陽キャギャルからある程度は真面目そうな姿勢を覗かせていた事だった。
みゆきもきまりが悪そうにもじもじしていると、レインはPETをみゆきの方に向けて机に立て、腰を90度しっかり曲げて謝罪を始めだした。
「黒井さんごめんなさいっ、私、一人で盛り上がって、黒井さんとスカルマンとバトルしたくて、乱暴な事しちゃって…」
『ごめんなさいスカルマンッ、俺が悪かったっ、おめぇなら攻撃に反応できると思ったんだっ』
『い、いや、そんな謝らなくてもいいよ、ぼくはこうして無事なんだし』
「…とりあえず顔を上げてよ飛弾さん、なんだか私が一方的に謝らせているようで悪いことをしているようだわ」
レインはみゆきの言を聞き、伏し目がちに腰だけを元の姿勢に戻す。
「…そもそも、あの時はまだ授業中だったわよね?あんな騒動があって、私も気が焦ってて、いきなり飛弾さんに声を掛けられて…その…、私も怖かったの」
「私…ネットバトルで強い人と戦うのが大好きで…、あの時は多分、突然のウイルス登場で興奮してて、そんな時にスカルマンの動きを見て、凄く強そうだなって見境なくなっちゃって…」
「私は、人付き合いが苦手で…、飛弾さんとどんな風に話せばいいかわからなくて、だからすぐに飛弾さんから逃げ出したくなっちゃって…、私はもっとはっきり飛弾さんにそう伝えればよかった」
「私鈍いからそういうの察するの苦手で…」
「私がスカルマンのバックアップを取ってそうだったってのは本当?」
「それはそう、黒井さんなんかスカルマンとアルエットを見る目が暖かかったし」
「私、そういうのわからないの、感情表現も言葉を伝えるのも苦手…だから」
みゆきは、小型バトルチップスタジアムの側で佇むゆりこ先生を一目見てからレインに提案する。
「飛弾さんが良ければ、今からネットバトルしませんか?私、未だ心の整理が付いていなくて、何を言ったらいいかわからないけど、それなら飛弾さんの望むネットバトルをすればモヤが晴れるかなって思うの」
「え、いいの?じゃなかった、大丈夫なんですか?」
レインは輝かせた目を即座に取り消し、控えめにみゆきに問い返す。
「勿論ゆりこ先生の許可が下りたら、ですけど…」
「全然OKだよ、そもそもこの為に買ったようなものなのです、キャハッ」
ゆりこ先生はウキウキで両手を上下に振ってダンスを踊り出す。
どうもこの子供っぽい先生は自分がネットバトルを観戦したいからこんな大層な筐体を購入したようだが、今みゆきが思うのは、自分がレインと向き合う為の舞台を用意してくれて心の底から感謝しているという事だった。
「プラグイン、スカルマン.EXE、トランスミッション」
「プラグイン、バーストマン.EXE、トランスミッション」
スカルマンとバーストマンは小型バトルチップスタジアムの電脳内へとプラグインし、まずお互いに握手を交わす。
『俺はバトルは楽しみだがよ、スカルマンは大丈夫なんでぇ?』
『どうだろうな、バトルチップスタジアムの中なら激しいバトルでも安全だし、みゆきがやりたいっていうならそれに応えるだけだよ』
『へっへん、オペレーター思いだな、気に入ったぜ』
二体は二人の持ち主と違いすっかり打ち解けたように会釈をし、これから始まるネットバトルに向けて距離を取る。
「ガハハッ、燃えてきたぜ、じゃなかった。楽しみだな、黒井さんとのバトル」
「飛弾さん、その黒井さんってのも控えめな話し方もやめて初めて会った時の話し方で大丈夫よ、なんか逆に恥ずかしいわ」
「そ、そうか?じゃあみゆきも俺の事はレインでいいぜ、その方がかっこいいからな、ガハハハッ」
レインは瞳に炎を燃やし、ギザギザの歯を見せつけて豪快に笑い出す。
(やっぱりこの人苦手かも)
みゆきはレインに自らネットバトルを申し込んだ事に後悔の念を抱き出していたが、秋原公園以来のネットバトルをゆりこ先生が購入した新型ネットバトル装置で行える事実に胸の高まりが込み上げてもいた。
バトルチップスタジアム筐体に小さいながらもバーストマンとスカルマンの立体映像が映し出され、これから始まる激しいネットバトルの熱量が学校の理科室中を支配していた。
「それでは始めます、飛弾レイン&バーストマンVS黒井みゆき&スカルマン」
現実世界ではゆりこ先生が実況を、電脳世界ではオーシャンマンが審判を務め、一人と一体の合図を元に、ネットバトルの火蓋が切って落とされた。
『バトルオペレーション、セット』
「イン」
「
『ババーッ』
エキナセアティー
初めて知ったので今度飲んでみないとです
アメロッパの男の子
ディンゴくんディンゴなのにオーストラリアじゃなくてアメロッパ人なんですって、ディンゴなのに
六方くん
六方が小悪党なのは承知ですが、あの世界の検事をやるような人を茶化す気は起きなかったので、それなりに良い扱いをしてあげたいと思います
ジャッジマンもかっこいいですし
暑苦しい顔をした男
六方を茶化したくない理由はこいつが九割九分を占めています
爆ぜろ
もっぱらこれを言わせたくてのバーストマンです
Hexawan
もう一つのクロスオーバー要素
おそらくこちらの方はエグゼファンならピンと来るはずです