世界が広がり、収縮し、溢れ、柊うてなは思わず目を閉じる。
そして目を開いたとき、眼前には自室の天井とは似ても似つかない、夜のショッピングモールの天井が広がっていた。
時間差。違和感。脳がそれを飲み込んで……起き上がり、見回して初めて、自分の周囲が何かしらの半透明のバリアのようなもので囲われていることに気づく。
「これは……?」
軽く叩いてみる。どうやら閉じ込められているようだ。
「やあ。」
振り返るとそこには見たこともない小動物がいた。白くしなやかな肉体に真っ赤な目。異様に長い両耳に通して、天輪のような輪っかを浮かべている。
「きっと混乱しているだろう。でも一度冷静に、僕の話を聞いて欲しいな。取り敢えず君の名前を」
「ま…待ってください…なにがなんだか…!貴方は誰で、ここはどこなんですか!?私はさっきまで私の部屋で寝ていた…はずですよね!?」
「僕の名前はキュゥべぇ。ここは地球という惑星の、日本という国、群馬県見滝原市、三丁目のイオウモールだ。僕が観測していた限りで言わせてもらうと、君はいきなりここに現れた。この世界にもともと君はいなかったのに、なんの前触れも、物理的な因果もなくここに顕現した。まさしくこれは…」
「…異世界召還……ですか?」
「そう呼ぶのにふさわしい事象だね。事実、君は異世界人のようだ。」
「…………えっと…その…よろしければ…もとの世界に返していただけないでしょうか…とか言ってみたり…?あ…はは…」
「それは僕でも難しいね。そもそも、僕は君のことを全く知らないんだ。どんな世界から来たのか、君が誰なのかを。」
「……知らないから…こうやってバリアを張って監禁しているんですね?」
「未知との遭遇だからね。お互いに慎重になるのは当然だろう?」
「……。取り敢えず出してください…ダメですか?」
「……それは君次第だ。取り敢えず、君の世界の話が聞きたいな。」
うてなは必死に冷静さを保った。彼女は基本的に弱気だが、決して愚かではない。今はこのキュゥべぇだけが唯一血の通った情報源だ。嘘はつかず、尚且つ情報の安売りはせずに、なるべくこの謎の生物から情報を引き出す。
「……そうは言っても何から話せば。話の取っ掛かりがないと…。あっ、例えば、この世界に人間はいますか?」
「……いるとも。君くらいの女の子達も大勢いる。男の子と一緒に学校に通って、食事をして睡眠を取る。」
「そうですか。(オトコノコってなんだろ)」
取り敢えず安堵する。この世界にも人間がいるのだと。
そこからキュゥべぇと柊うてなによる異世界交流が始まった。世界の形態、物理法則、政治、文化、地理。うてなの世界とこの世界はあらゆる点で相似していた。男という性別の有無以外は。
ある程度話したところでキュゥべぇが一歩踏み込んでくる。
「ふう。大体のことは分かったよ、柊うてな。それじゃあ、ここからは現実的な話をしようか。君の身体の解析も済んだからね。」
「はい。(いつの間に…)」
「いきなりこんなところに来たんだ。今の君に行くあてはないんだろう?」
「はい…。」
「なら、僕と契約して、魔法少女になってよ!」
「っっっっ!?!?!!?」
うてなの顔が豹変する。
「…?」
「あ…ああああああぁあなた!あなたあなた!もしかしてとは思ってましたけど!あなた!マスコット的な奴ですね!?少女に声をかけて変身する力を与えてくれるマスコット的な奴!」
「そうだよ?」
「ということは!この世界には既に魔法少女が!?どこですか!?どこにいるんですか!」
「落ち着いてよ。いきなりどうして……」
「答えなさい!」
「ちょうど今、ここから南南東2キロ。工事現場の鉄骨の近く、『魔女の結界』の中で魔法少女巴マミが魔女と交戦中だ…ってあれ?」
彼女の剣幕に気圧された。高度知的生命体であるはずのインキュベーターが。その事実にきゅうべぇ自身も驚く。
「ひょおおおお!見に行かなくては!異世界の魔法少女!」
「いや待ってくれ柊うてな。それは構わないけど、さっきの僕の提案の返事がまだ…」
「トランスマジア!」
漆黒の魔力が渦巻き、いとも簡単にきゅうべぇのハイテクバリアを巻き込み、破り割る。
「これは…これが君の世界の魔法か!柊うてな!」
エノルミータの総帥にして悪の女幹部、マジアベーゼと化したうてなは羽を拡げ、夜のショッピングモールを飛び去った。
月に映るその蝙蝠のような影を、きゅうべぇは紅の双瞳でただじっと見上げていた。