「覗き見とは趣味が悪いですね。」
電灯の明かりが照らす夜の公園、そのブランコに座る柊うてなは、姿を現したキュゥべえを見るや否や開口一番そう口にした。
「君に趣味を諭されるとは驚きだよ。」
「ふふっ。確かに。」
うてなは上品に笑う。だがその目は笑ってはいない。
「…私とお話したいのであれば姿を変えて頂けますか?可愛らしい女の子の姿に。」
「この見た目が気に入らないのかい?」
「えぇ。反吐が出そうです。貴方のデザイン、何か気持ちが悪くて……禍々しくさえありますね。」
「…酷いなぁこれでも君くらいの少女には親しみやすいようデザインされているはずなんだけど。少し待っててくれないかい柊うてな。」
キュゥべえが複数体、公園のあちらこちらから一個体にかけより、モチモチと練り消しのようにくっ付き合って、小さな女の子一人くらいの体積を確保する。そこから顔を、手を、服を練って、捏ねて、形作って…
数分後、そこにはあの白い怪異の面影を少し残した少女が立っていた。白い獣耳に赤い瞳はキュゥべえなりの、デザイナーとしての抵抗だろうか。
「どうだい?新型の僕だ、君のためにわざわざ用意したんだ。」
「……ケモノ娘ですか。可愛いですね。うぇへへへへ~」
目を細めるマジアベーゼをみてキュゥべえはつい最近まで味わっていなかった身体硬直を再び味わう。
「…なにか可笑しい事でもあったかい?まったく、わけがわからないよ。」
キュゥべえはブランコに座り、ゆらりと体を揺らして話を切りだす。
「柊うてな。僕と契約して魔法少女になってよ!この話をするのは二度目だけど。」
「…………。『契約』。 引っかかる物言いですね?あなたは、魔法少女側のマスコットではないんですか?」
「そうとも言えるね。僕の存在は魔法少女誕生に欠かせない。第二次成長期の少女の願いを叶え、その対価として魔法少女に『成って』もらう。分かりやすいギブアンドテイクだ。だから契約と表現している。」
「そう。あくまであなたは魔法少女達にとって赤の他人。仲間でもなんでもない。そういうことですね?」
「急に何を…?質問の意図がわからないな。僕はただ…」
キュウべえはそこで口を閉じる。今日は過度に饒舌になっている。おかしい。彼女を前にすると何故か口が勝手に動くのだ。
「……あなたは人間の味方ではないんですか?」
「……。そうは言いきれないなぁ、強いて言うなら宇宙の味方だね。」
まずい。止まらない。聞かれていないことまでつらつらと話してしまう。
「なぜ魔女と魔法少女を戦わせるのです?それで宇宙に何のメリットが?」
「簡単に言うと『薪』だよ。いずれ底を尽きてしまう宇宙のエネルギーの足しにするのさ。熱力学に囚われない、感情というエネルギーをね。」
きゅうべぇはそこでブランコを漕ぐのをやめじっとうてなを見上げた。
「感情エネルギーといえば、さっきの君は凄まじかった。換算して魔法少女一人から得られるエネルギーの数億倍もの感情エネルギーを君は周囲に発していたんだよ!巴マミの服を剥ぐだけで向こう三億年、宇宙の寿命が伸びた!今までの僕らの努力が馬鹿らしくなるくらい破格の成果だ!」
「気の遠くなるような話ですね。そんな事のためにあの子は…あの魔法少女は闇落ちしてしまったんですね…」
うてなは月を見上げる。その表情はキュウべえには読めなかった。だがおそらく彼女が抱いている感情はきっと…
「…驚いたね。さっきあの魔女に飲まれた時、アレの記憶を読み解いたのか!それなら君が僕への嫌悪を剥き出しにするのも分かる。多くの魔法少女がそうだったように……」
『トランスマジア』
その時、ベーゼの操作する蔦がキュウべえの身体を縛り上げる。
キュウべえが目を見開く。そこには変身済みのマジアベーゼが自らのステッキを平手に打ちつけていた。
「……。これはどういうつもりかな。僕はあくまで友好的に…」
バチンッ!マジアベーゼのステッキが唸り、地を穿つ。その音がキュゥべえの全身の細胞を萎縮させる。
「取引しましょう?キュゥべえさん。私は適当に魔法少女を苦しめつついい感じのところで撤退とかかます悪役ムーブをします。その代わり。」
キュゥべえは彼女の鋭い視線を真っ向から受け止められない。
「世界中にいる魔女を、魔法少女の想いの成り果てを即座に解放しなさい。」
「……お安いご用さ。君が今後ともエネルギーを供給してくれるのならね。」
「それとソウルジェム、あのシステム、邪魔。必要ないです。魔法少女達の魂を肉体に返しなさい。私が与える痛みが半減するなんて、苦しめ甲斐がないじゃないですか。この先一切二度としないと誓いなさい。」
キュゥべえは蔦の拘束がどんどん絞まってくるのを感じていた。
「……約束はしかねるね。宇宙の未来を、保険を捨ててまで君一人に委ねるのはリスクが大きすぎる。君だっていつまでも…」
「ああそうですか!ではキュゥべえさん。」
ベーゼの瞳に仄暗い星が宿る。
「お仕置きの時間です。」
マジアベーゼのフルスタドミネイトが、キュゥべえの顔にあてがわれる。
「っ……。言っておくけど、僕を殺そうというのなら、それは徒労に終わると断言しよう。僕たちは君たち人間とは生物として全く違う体系をとっているんだよ。」
「……?何を言っているのか理解できませんね。貴方達は今までそうやって人を見下して来たのでしょうが…どれ程知性が高くとも…まともな願いも、強い想いも持たない貴方なんて…私にとっては玩具でしかありませんよ?」
マジアベーゼ、彼女の悪の女幹部としての能力。それはあらゆる物を自らの手駒にしてしまう、支配の力。自我や心の強いものほど掌握、操作するのは難しくなるが…。キュゥべえはそのどちらも正しく持ち合わせていない。
どす黒い魔力がキュゥべえの身体を侵食し、貪り犯して、支配せんとする。ただ着々と、確実に。遊興はない。
「なっ…なんダこれ…君は…君は何を…」
キュゥべえの身体が、共有している自我が、そしてそれを介してインキュベータの母体そのものが黒く染め上げられていく…
「や…やめろ…僕らの中に入ってくるな…ガガ…お願いだ…やめてくれ…怖イ…」
("怖い"…?今…怖いと感じたのか?…そうか…僕はもう…とっくに…)
「賢いあなたならもう理解出来たでしょう?貴方は私に抗う術を持ちません。今までどれ程のいたいけな少女達を毒牙にかけてきたのかは知りませんが……もう二度と、貴方に少女達の心を踏みにじらせはしませんよ?」
「ぁ……」
キュゥべえの髪が完全に黒く染まり、その瞳に生気が宿る。
彼はマジアベーゼの魔力におかされ、賢い物体から、愚かな生命へ堕ちてしまったのだ。
「……。存外あっけないですね…。キュゥべえさん。私のいた世界の黒いマスコットの方が、悪意がある分ずっと恐ろしかったですよ?」
キュゥべえの拘束が解かれる。そのままキュゥべえはマジアベーゼに跪いた。
「……先ほどの約束、受け入れて頂けますねぇ?」
「………。うん、もちろんさ。ご主人。」
宇宙一の高度文明を誇る生命体がこの晩、たった一人の少女、その傀儡と成り果てたのである。