エノルミータ総帥にして、醜き欲望の華、怪人サド女、色欲魔人、そしてなによりマジアベーゼである柊うてなは、意外なことに魔法少女さえ関わらなければまっとうな常識人だ。
遠慮がちで弱気と言ってもいい。だから彼女は、マジアベーゼとしての力を凡百なる衆愚に振るうことはせず、適当な寝る場所を探して夜の町を彷徨っていた。
否、隠れ逃げていた。
何故なら、町に見たこともない人種が歩いていたからだ。
『男』である。
彼女が魔法少女に憧れていたあの世界に、そんな生物は存在しない。多くが短髪で、背が高く、胸がない。
最初は気づかなかった。だが、話し声を聞いたときその声の低さに驚いた。がさつな態度、大きな身体。きゅうべぇいわく、人間には性別というものがあり、彼らが男、自分達が女に分類されるそうだ。自分達のいた世界とは根本から全く違うと実感した途端、怖くなった。今まで飲み込めていなかった現実達を彼女の脳が無情にも調理し始める。
魔法少女への昂りが収まったうてなの中に取って代わるように渦巻いていたのは先のみえない不安と孤独だ。
「おかあさん…キウィちゃん…アリスちゃん……うぅ…」
きゅうべえはそんな彼女を不思議そうに見ていたがふいにうてなの傍にすり寄った。
「眠るところがないなら、僕が用意するよ?柊うてな。」
うてなはしばし考えた後…
「それなら大きなホテルを立てて下さい。出来るだけ目立つホテルを…あ、回りに変に思われないよういい感じにごまかして下さい。」
わざわざ人目につかない拠点ではなくホテルを選んだのは、事あるごとにホテル、ホテルと言っていたキウィを思い出したからだろう。
「ホ、ホテルの名前は……『エノルミータ』。女の子は無料と大きく書いておいて下さい。宣伝は…」
「もうすでに、僕らがあちこちでチラシを配っているところさ。」
「ぁ、はい、さすがです。」
きゅうべぇはものの数分でこじんまりしたホテルを建てて見せた。
「完了!これぞ僕らインキュベータの科学力だよ!ホテル『エノルミータ』、ただいまより営業開始さ!」
「……えへへ…ありがとうございます。あ、経営も任せましたよ。ほどほどにお金を稼いでくださいね…」
うてなは部屋の一室に入り、ベッドに身を投げた。眠気など全くなかった。それでも、今は考えたくない事が多すぎる。目を閉じ、身を捩れば夢の中へ……
「柊うてな。お客様一名だよ。対応しないのかい?」
いつの間にかきゅうべぇが部屋に入っていた。
「……。それもあなたが適当に済ませておいて下さい。私は寝ます。」
「了解。任せて!お客様一号、明美ほむらを全力でもてなすよ!」
「………くー…くー…ん?」
暁美ほむらこと、魔法少女は今夜の宿場を見つけた。状況次第では狩場になるかもしれないが。
「女子中学生以下が無料だそうね?チェックインしたいのだけれど。」
「ようこそ!ホテルエノルミータへ!」
「…………。」
(見たところは普通のホテル。働いているのは…白髪の女の子?児童労働?いや…こうみえて歳は重ねているのかも。)
ほむらがこのホテルに訪れたのは他でもない。調査のためだ。これまでのループによって彼女は見滝原市の地理ならばそらで描けるほど知り尽くしている。その記憶に、こんなホテルなどない。だから、怪しさ満点のこのホテルこそがこのループの発生源を、バタフライエフェクトの付け根を究明する手がかりになるかもしれない。リスクはある。が、虎穴に入らずんば、というやつだ。
それに、柊うてな同様、彼女も立て続けに『慣れないこと』が起きて、脳が疲れている。野宿するという選択肢を切ってまで、たまたま目に止まった見慣れないチラシのホテルを訪ねたのも不自然ではないのだ。彼女は暖かい風呂や、柔らかいベッドを無意識下で求めていた。
「お客様、当ホテルには何日ほど滞在しますか?」
「……とりあえず三日。」
「了解しました。ではお部屋へご案内いたしますね。」
自分の先方を歩く白いつむじを追っていたら、廊下の向こうから土煙をあげながら誰かが走ってくる。
女の子だ。黒髪で、見たこともない制服の女の子。道端ですれ違えば数秒で忘れてしまいそうな、ぱっとしない平凡な顔をした女の子が、道端で出くわせば三日は忘れないであろう形相でほむらの手をがっしりと掴んだのだった。
「ようこっ…ようこっそっ!魔h…お客様!」
「え…えぇ」
うてなの理性は蒸発一歩手前だった。
「当ホテルでどうぞゆっくり、心もカラダもお休めください!誠心誠意おもてなし致しますのでッ!はいッ!」
なんだこの少女は。鼻息が荒い。無駄に握力が強い。そしてなぜか手をしきりに撫でまわしてくる。
「私がお客様ということは、貴方はホテルの従業員?ここで働いているのですか?」
今は我慢して情報収集だ。
「あ…えと……ぁー…」
「見たところ学生のようですけれど…」
「ああああ……あわわわ」
「彼女はここの支配人のご令嬢です。まあ、支配人が不在の間、実質彼女がここの支配人ですが。」
きゅうべえがパニックに陥っているうてなに助け船を出す。
「なるほど。そうでしたか。では、しばらくお世話になります。支配人さん。」
「あ…はい…どうぞごゆるりと~…」
そういってうてなは去っていった。とてつもなく強烈な印象をほむらに植え付けて。