「特に違和感は…なし。」
ほむらはこのホテルに入ってすぐその能力で時間を止め、ホテルの隅々まで見て回った。従業員も普通、厨房も、部屋も、支配人室も…強いて言うなら従業員の数が少し少ないように思えるが…。先ほどのやり取りも、あの制服の支配人以外特に無難な接客であった。
(あ、夕食の時間。)
ほむらは部屋から出てレストランへ降りていく。客はほとんどおらず、先ほどの不審者令嬢中学生が一人隅の席で黙々とサバの味噌煮をつついていた。
「…こんばんは、支配人さん。えっと。」
「あ…ども。うてなです。柊うてな。」
「柊さん。ご一緒してもよろしいかしら?」
「あ、はい、どうぞ。」
ほむらが座るときゅうべぇウェイターが注文をとりに来る。
「こちらメニューになります。」
「ええ。……カニクリームコロッケをトマトソースで。それからローストビーフ。ワサビ醤油のを。あとバケットとオニオンスープ、デザートにレアチーズケーキ、ドリンクはコーヒーを。」
きゅうべぇは注文を繰り返し、お辞儀をして厨房へ入っていった。
ほむらはうてなに話しかける。
「……。柊さんはどこの中学に通っているの?」
「え゛?」
「え?」
沈黙。
「急にごめんなさい。その制服に見覚えがなかったものだから。」
「あ!えっと…それは…あーそう!ここからずっと遠くの中学に通ってましたね!」
「通って『いた』?」
「い…今は…えと……休学中で…」
「そう。」
沈黙。
「……えと…こっちもうかがっていいですか?…名前」
「暁美ほむらよ。見滝原中学に通っているわ。」
「そっ…そうですか。」
「……。」
沈黙。ほむらとしてはこの内気な支配人からなるべく多くの情報を引き出したいが、どう話したものか。
そこでふと気付く。『普通の女の子』のような会話など久しくしていないことに。
「……。さばの味噌煮。」
とにかく適当に絞り出したそれにうてなは首をかしげる。
「えっと…?」
「いえ、ただ美味しそうだと思っただけ。」
「え…えへへ。好きなんです、これ。私のお母さんの得意料理だったんです。」
「そう…。柊さんの出身は。」
「あっ、えと、凄く遠く……遠いところです。」
「へぇ。いいわね。(どこよ)」
「…暁美さんは……」
「あ、コーヒー。」
きゅうべぇが一杯のコーヒーを彼女の目の前に置く。
プロ級の知識を持つきゅうべぇシェフが手掛けた『暁美ほむら』の嗅覚味覚を知り尽くしたブレンド。独特な手法で焙煎されたそれは市販のものと一線を画する。
その香り高さにほむらは頬を緩める。
「いいコーヒーね。素晴らしい腕だわ。」
「へへ、それは何よりです、お客様。」
「うん、それにしてもいいコーヒー。ロビーも清掃が行き届いている。……これほどのホテルをどうして無料で泊まらせてくれるのかしら?女子中学生以下という縛りにはどんな意図があるの?」
「それは……その……お友だちと会えたらなって…。」
うてなは前の世界での仲間達を思い出していた。だが、ほむらは別の意味でそのセリフを解釈した。
「……。そう。(友達が作りたかった、と。)……なら、私がなってあげるわ。」
「え?」
「友達。あなたの。」
「……あ。」
「お話、もっと聞かせてくれる?」
「はい!」
「柊さんは最近ここに越してきたのよね?なら聞いたことあるかしら。『魔法少女』の噂。」
「へ?」
うてなの顔が凍りつく。なぜ今、彼女達にとって決して無関係ではない話をピンポイントに、何の脈絡もなく切り出す?まずい顔に出してはきっとなにか感づかれる精神統一心頭滅却明鏡止水!
「……なんですかそれ?」
自然に!超自然に!!
「……。なんでもこの街には、悪い魔女と日々戦う魔法少女がいるというのよ。私はずっとこの街に住んでいるけど、そんなもの見たことない。」
「へ…へぇ?……それは…ちょっと憧れちゃいますね。」
「…というと?」
「日曜日の朝とかにやってるアニメで、あるじゃないですか。魔法少女もの。」
「それは…プリ◯ュアとか?」
「ええ。女の子がフリフリの可愛い衣装を来て、悪と戦うんです。平凡だった女の子の日常がある日突然大きく変わるんです。試練とか、強敵との衝突とか、色々なイベントを経てただの女の子がみんなのヒーローになるんです!憧れになるんです!最高でしょう!?」
「えっ…ええっ?(引)」
急に饒舌に話し出すうてなに少し身を引くほむら。
「力を与えられ、使命を背負い、願いを抱いて困難に立ち向かう!何度負けても、挫けても、心折られても、非難を浴びようとも!心引き裂かれようとも!血を流そうとも!ズタズタに傷つこうとも!無駄と嘲笑されようとも!彼女達は必ず立ち上がるんです!最後には勝つんです!絶望に抗うんです!これが!凄く!凄く凄く凄く凄く!美しいんです!綺麗なんです!分かるでしょう!?貴方にも!?」
「……。」
「支配人、そこまで。せっかく出来たご友人が離れてしまうよ?」
キュウべえウェイターが料理を運んできた。
「あっ…ゴメンナサイ…」
「いいの。柊さんの違う一面が見れて嬉しい。貴方は魔法少女もののアニメが好きなのね。」
ほむらはそれを口に運ぶ。
「美味しい。」
本当に美味しい。ローストビーフはじっとりと柔らかく、癖のない肉汁を程よく含んで、その上で牛の旨味をエッジの効いたわさびがよく生かしている。カニクリームコロッケのサクサクの衣が破れ、サラリと口当たりのよいクリームが口の中に溢れて広がる。さらに蟹の豊かなフレーバーがトマトソースの酸味と絡んで最高のバランスで口に残るのだ。
「……っ」
気がつけば頬を涙がつたっていた。
「あ、暁美さん!?」
「い、いえ。大丈夫。なんでもないの。なんでもない、ことなのよ。」
まどかを救うと決めたあの日からずっと、いつも食事は栄養剤とカロリーバー、そうでなければ適当にコンビニで住ませていた。食への興味が薄れ、味覚もどんどん失せていく。
ループを繰り返す度、自分が人でなくなっていく事実を実感していた。周りの人たちとどんどん言葉が通じにくくなっていく。感覚が麻痺し、心が欠けていく。
食欲、睡眠欲、性欲、承認欲、怠惰欲。そんなものに気を裂いている暇などなかった。
しかし、今この瞬間、封印していた本能がきゅうべぇシェフの超テクニックにより解放されたのだ。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?暁美さん。」
「ええ。ただ…このローストビーフ、おかわりしてもいいかしら。」
「……。はい。」
「それから……柊さん。」
「?」
「諦めない女の子が好きと言ったわね。」
「ええ、ええ。もちろん。戦う女の子の理想です。」
「……。私はそうは思わないわ。」
「……?」
「過度な自己犠牲なんて、決して報われない。救う方も、救われる方も、両方苦しむことになる。」
「……。」
「でも……あなたはそれを綺麗だと言ってくれた。そんな生き方を、選んでしまう、選ばざるを得なかった女の子が聞いたら、きっと喜ぶわ。」
「それはどういう…?」
「なんでもない。あ、このオニオンスープも一級ね。香味野菜とフォンが本物。ホテルのオニオンスープって感じ。」
「………。ええ。なんせシェフの腕がいいですから。」
もともと内気だった少女と、内気な少女はぎこちないながらも微笑み合ったのだった。
一旦書き貯めて形になっていた分は全部出しました。需要があればまた出します。