老冒険者が行く辺境迷宮   作:naow

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危険な迷宮(ダンジョン)に挑む冒険者達の街。
今日もまた、冒険者が一人。


老兵、辿り着く

 辺境の街。

 辺境伯の治める、峻険な山と深い森に囲まれたような領内の、更にド辺境……森林のど真ん中。

 不必要にも見えるほどの堅牢な陸路が繋ぐそこは、最果てにしてこの領の……ある意味で中心地。

 小さくとも活気に溢れ、必要な施設がすべて揃っているそこは、冒険者達の墓場にして理想郷。

 

 迷宮(ダンジョン)封鎖都市アダシノ。

 

 都市とは名ばかり、そう断言出来るほど小さなその街は、誰が名付けたのかも定かではない。

 東方から来た剣士が、冒険者たちの屍の山を前にそう呟いたのだとか、いや、実はそれを言ったのは異邦の賢者だとか、噂は色々ある。

 

 だが、どれが真実か、そんな事はもはやどうでも良い。

 

 冒険者にとって、そこは死地であると同時に野心(ユメ)を見る洞穴であって、その他のモノはただの装飾でしか無いのだ。

 ただひとつ、己の命を賭けのテーブルに乗せて、己の力を頼りに死地を突き進む。

 或いは仲間と手を取り合い、絆を武器に路を切り拓く。

 

 そんな命知らずの熱気が、この小さな小さな都市を茹であげる。

 

 これはこの世界の各地にある、通称「迷宮(ダンジョン)都市」で良く見られる光景。

 世界を股にかけ、存在しない場所はほぼない、そう噂される冒険者ギルド。

 それが最も活気づいている迷宮(ダンジョン)攻略の拠点から、幕を上げる。

 

 

 

 その男は、老境としか言えない見た目だった。

 すっかりと禿げ上がった頭をつるりと撫で、その頑強な建造物を見上げて、何事かを考えている。

 往来の邪魔になっては良くないと、入口からは逸れているが……この建物に用事が有る、そう見て間違いは無さそうだ。

 髪の代わりとばかりに貯えた、整えられた白いヒゲがその口元を隠していて、何を考えているのか、遠目では掴みにくい。

 

「あの……お爺さん? ここは冒険者ギルドで、中は荒くれがいっぱいだから……あんまりここに居ると、危ないよ?」

 

 たまたま遅めの昼休みに出ていたギルド職員のラーナは、そんな老人の後ろ姿を見掛け、放っておくことも出来ずに声を掛ける。

 恐らく、ギルドに依頼を持ってきた何処かの農村の者か、或いは仕事を求め移住を望んで、領主館と間違って此処に来てしまった者か。

 そう当たりを付け、やんわりと声を掛けた彼女は、振り返ったその老人の穏やかな視線に一瞬だけ――息を呑んだ。

 

 人当たりの良さそうなその老人は、確かに微笑んでいるのに。

 何故か、その目を見た時、寒気を覚えたのだ。

 

「おお、これは申し訳無いの。いや何、まだ迷宮(ダンジョン)探索が始まってそれほど時が経っていないと聞いたのじゃが。なかなかどうして、立派な建物が建っておると、感心しておったのじゃよ」

 

 少し訛りのある、人の良さそうな口調。

 確か、ドワーフが多い北方地域の訛りだったはず。

 

 背筋が一瞬で凍るほどの怖気から、その朗らかな口調と雰囲気へのギャップに、少しだけどうでも良いことを考えてしまう。

 

「え、ええ、ここは冒険者ギルド、アダシノ支部です。アダシノ迷宮(ダンジョン)の攻略・解放を目指して集まる冒険者達の活動拠点です。お爺さんは、こちらに何かご用ですか?」

 

 しかしそこは冒険者ギルド職員。

 直ぐに気を取り直し、にこやかに、だがしっかりと、この建物が何であるか、どういった所かを説明する。

 

 冒険者と言えば、依頼を受けて街の清掃から有害な獣や魔獣を狩り、或いは迷宮(ダンジョン)に挑む者達である。

 もちろん個々人の資質や性格は有るが、世間から見ればその評価は「無法者の荒くれ者の群れ」、だ。

 

 まさかこの老人がそんな冒険者だとは思わないが、何某かの用事が――つまるところ、依頼を持って此処に来たのか、それとも迷って此処に来ただけなのか。

 いずれにせよこんな所でボーッとしていては、中級以下の余裕の無い、粗暴に振る舞うことが強さだと勘違いしている連中に絡まれ兼ねない。

 

「ほっほっ、何、ワシも冒険者じゃからの。迷宮(ダンジョン)に挑んで、ついでに適当になんぞ依頼でも(こな)そうかと思っての」

 

 だから、安全に誘導しよう。

 そう思っていたので、老人の言葉は余りにも意外だった。

 

 禿頭が眩しい、腰も……いや、腰は真っ直ぐで、むしろ姿勢は良い。

 その身に纏うあまり見慣れない、どこかゆったりとした衣服はたしか、これも北方の物だったか。

 新調したような物ではないが、汚れもなくほつれもない、小綺麗な装い。

 なるほど、よくよく見ればただの村人とは違うらしい。

 

 が、それでも……見るからに老人である。

 

「ぼ……冒険者、ですか? その、失礼ですが……元、でなく?」

 

 ぽかんとしながら、失礼ですがと前置きしながら、ラーナは失礼な事を承知しておきながら、その口は止まらなかった。

「ほっほっ、こう見えて現役じゃよ。ほれ、これが冒険者証(ギルドカード)じゃ。どうかの?」

 しかしそんなラーナの様子に気を悪くした風でもなく、老人は懐から手のひらサイズの小さな、金属製のカードを取り出した。

 そこで初めて、老人の衣服が北方6国に共通する「キモノ」である事を思い出す。

 どうでも良い、少なくとも今気にする事では無い、そんなモノに考えが飛んでしまったのは、その冒険者証(ギルドカード)の色を目にして尚、その事実を受け入れられなかったからだ。

 

 鉄をベースに、少量のミスリルと、そしてやはり少量のオリハルコンを混ぜられた合金製の、小さなプレート。

 産出量はともかくその採掘に危険を伴うミスリルと、そもそも産出量が少ない希少なオリハルコンを使用したそれは、最上級の冒険者の証。

 

 それを持つものはS級と呼ばれる、国どころか大陸を通して数える程度しか存在しない、そんな強者であることを示すもの。

 

「あ……あ……貴方が、そんな、貴方があの」

 

 この冒険者の街で、迷宮(ダンジョン)攻略を夢見る数多の荒くれをあしらい、時には叱責さえしてきたラーナの声が震える。

 そんな冒険者ギルド職員の様子に、老人は小さく息を()く。

 

 やれやれ、此処でもか。

 

 つるりと禿頭を撫で、空を見上げる。

 迷宮(ダンジョン)に潜っている間はともかく、出てきてしまえば、この種の遣り取りは尽きない。

 

「悪鬼……! ムガイ・ヤツシロ……!」

 

 驚愕の相に恐怖の色を滲ませるラーナを前に、老人……ムガイは、困ったようにその白い眉をハの字に、手持ち無沙汰な右手で頬を掻くのだった。




老境に達した冒険者が見据えるのは、栄華か、死に場所か。
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