老冒険者が行く辺境迷宮   作:naow

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冒険者の屯する憩いの空間。
そこで彼らは、様々に思いを馳せる。


老爺、滅入る

 B級以上の上級冒険者、特にA級以上は、その名が独り歩きしがちである。

 行ったことも無い街の英雄に祭り上げられる、その程度なら可愛いもので、どこぞの街を滅ぼした、国を破滅に追いやった、そんな悪党の如き語られ方をする者も居る。

 

 A級冒険者の「剛腕」ケネスはとある街の飲食街から出入り禁止となり、自棄(ヤケ)になって国を出た、そう噂されている。

 気風が良くて陽気でお人好しな彼を見て、そんな噂を信じることは難しいだろう。

 

 だが、彼の噂に関しては概ね事実である。

 

 酒に目が無く、そして酔い方の性質(タチ)が悪い。

 そして、なまじ腕の立つ冒険者であるが故に……一度暴れ出してしまえば手が付けられない。

 

 彼の噂に関して注釈を付けるとするならば、出入り禁止になったのはとある街の、ではなく、国全体から締め出されたのだ、と言う程度のものでしか無い。

 

 今の彼は甚く反省し、少なくとも他に人がいる場面では、酒の類には手を出していない。

 勿論、過去の反省の為なのだが、それも痛い目に遭ったから、と言うどうしようも無い理由だったりする。

 

 冒険者ギルド併設の酒場で水の入ったジョッキを傾け、酒に思いを馳せている彼の視界の端で、ギルドの扉が開くのが映った。

 特に気乗りもしない、今日は冷やかしで依頼書を眺めていただけの彼は、やはりやる気の無い目を、特に意味もなくその入口へと向ける。

 

 ――面白い事なんざ期待しちゃ居ないが、どうせ来るのは冒険者だろう? S級連中(バケモン)の誰かでも来るならこっそり逃げ出すにしても、まだ此処はそんなに知られちゃいないしなあ。

 

 彼の予想に反して、入口から現れたのはギルド職員の制服を纏った女だった。

 正面入口から職員が、珍しい事も有るものだ。

 ケネスはジョッキを傾け喉を湿らせながら、特に意味もなく観察を続ける。

 

 ――あれは確か、ラーナと言ったか? なんだか、妙に緊張しているように見えるが……?

 

 記憶を漁る。

 冒険者ギルド職員の中でもあの女は、フロア担当を任されていた筈だ。

 フロア担当は、カウンターで冒険者の相手をするのではなく、冒険者ギルド内に目を光らせ、血の気の多い冒険者(バカ)が騒ぎを起こした時に制圧する役目を負っている。

 それなりに実力を伴う荒くれ者達を制するとなれば、当然相応の腕が必要になる。

 ケネスの知る限り、あのラーナと言う職員は、冒険者で言えば低く見積もってもB級、ヘタをすればA級並の実力を持つ。

 

 そんな職員が、表情を強張らせている。

 

 ――さて、どんな厄介事を拾ってきたものやら。

 

 完全に野次馬根性で傍観を決め込もうと軽く考えたケネスだったが、彼女に続いて現れた人影には思わず笑顔を凍りつかせ、まず目を擦り、もう一度見直して、そして今度は背筋を凍らせた。

 忘れられない、忘れてはいけない相手、と言うものが在る。

 

 酔って暴れてを繰り返し、いつしか街に出入り出来ないどころか国から手配され、冒険者としての資格をも失いそうだった当時の自分。

 自棄(ヤケ)になって暴れ、前後のことなど考えて居なかった彼を容赦無しどころか過剰に叩きのめし、ひっ捕らえに来た筈の騎士団員に「穏便に済ませてやってくれ」とまで言わせた男。

 半年はまともに動けないほどの重症を負わされたものの、その御蔭で妙な同情を得て、怪我が治り次第国外追放、という処分で済んだ、恩だか仇だかイマイチ判らないモノを抱える事になった、出来れば顔を合わせたくない存在。

 

 眩しい禿頭に白い眉、そして白い口髭。

 柔和な笑みには今ひとつ似合わない、漆黒の着流し。

 

 見た目では、とてもアレが……半分伝説となっている男なのだと、気付きはしないだろう。

 

 素早く視線を走らせ、ケネスは周囲の冒険者達の様子を探る。

 大多数は入口に現れた死神など気にする様子もないが、数人、見かけはヨボヨボの爺さんに好奇の目を向けている。

 

 ――バカが、妙な因縁吹っ掛ける気じゃ無いだろうな? あのジジイはヤベえんだ、余計な事をするんじゃねえぞ?

 

 ハラハラと、そんな事を思う。

 冷静に考えれば、老人を先導するのはギルド職員、それもかなりの腕利きだ。

 このタイミングでちょっかいを出そうものなら、たちまち叩き伏せられて終了だろう。

 その事は、他の冒険者も気付いているらしく、特に動き出すような者は居ない。

 ケネスはそれでも周囲の様子に注意を向けながら、視線は老人を追っていた。

 

 冒険者ギルドに来たという事は、拠点を此処に移すという事だろう。

 思い当たった彼は一瞬、河岸を変えるか迷った。

 

 しかし、腰は上がらない。

 

 このアダシノは新興の街では在るが、この街近くのアダシノ迷宮(ダンジョン)は深く広い。

 まだ攻略も進んでいない、つまりは稼ぎにうってつけの迷宮(ダンジョン)なのだ。

 

 大量に酒を買い込み、誰にも迷惑を掛けない山奥で思う存分飲む、その為にはとにかく稼がねばならない。

 何よりも、別の場所に行こうにも、その移動の間は禁酒が続くと思えば、耐えられる気がしない。

 

 ――要は、この街で下手に酔っ払ってあのジジイの()()になるような真似をしなけりゃ良いんだ。

 

 彼は自分を落ち着かせるようにそう考えると、水も少なくなったジョッキを煽るのだった。

 

 

 

「お、お待たせ致しました。拠点の変更手続き、完了致しました」

 

 硬い声に引き攣った笑顔。

 カウンターに冒険者証を戻すだけの手が震えている。

 

 ――やれやれ、何処に行っても名を知られるとこの有り様、か。

 

 禿頭をつるりと撫でて、ムガイは溜め息をひとつ。

 指名依頼などで引っ張り回されるのを嫌い、辺境かつ新興のこの街に来たは良いのだが、冒険者証を見ただけでギルド職員がこの体たらくでは、色々と自分の判断が間違っていたのではないかと不安になってしまう。

 

 とは言え既に手続きは済んでしまったし、今更また別の街を目指すのも手間だ。

 辺境にこの国でも最大級と目される迷宮(ダンジョン)が発見されたと言うのは既に尾鰭付きで広まっているので、有力な冒険者達もまた、この街に顔を出すだろう。

 そうなれば、自分が目立つ事などそうそう無い……そう思っての行動だったのだが。

 

 ――王都くんだりでどうでも良い依頼に振り回されるよりは、余程良い、か。

 

 禿頭に照明を照り返しながら、ムガイは憂鬱な思案を振り払う。

 辺境で、新興の街で、此処は野心に燃える冒険者で賑わっている。

 手続きを済ませた彼の直ぐ側には、此処まで案内してくれたギルド職員の娘が、受付職員程では無いにしても、緊張の面持ちで立っていた。

 物腰から察するに、なるほど()()()()の使い手ではあるらしい。

 この娘がいる間は、彼を知らない小僧どもも、迂闊にちょっかいを掛けてくる事は無いだろう。

 

 ――ちと、つまらんな。

 

 自分に向けられる、幾つかの視線には気付いていた。

 冒険者の中には、格下相手になら何をしても良いと思っている輩も大勢居る。

 そんな連中を押さえ付ける為に、実力のあるギルド職員が配されているのだし、その事は連中だって承知の上だ。

 知っているから、そんな職員の前で妙な真似をするような馬鹿は居ない。

 どうしようもない馬鹿が居たとして、あっという間にギルド職員に取り押さえられた挙げ句に、冒険者資格を奪われる。

 調子に乗っていた冒険者が冒険者ではなくなってしまえば、その先など自ずと決まってくる。

 隠れて好き勝手やっていたのに、下らない所で尻尾を握られては堪らない。

 ルールは確かに、小悪党達を押さえつける事には成功しているのだ。

 だからといって、少し知恵が回る程度の馬鹿どもが更生するなど有り得ない。

 

 ……冒険者ギルド支部や、街の中でさえうっかりと悪さは出来無い、だが此処には迷宮(ダンジョン)が在る。

 

「ふむ。世話になったの。では、ちと散歩がてら、小遣いでも稼ぐとするか」

 

 振り返ると、目があった職員がぎょっとして居住まいを正す。

 好い加減、そこらの冒険者と同じ扱いで構わないのだが、そうと伝えてもこの有り様である。

「い、いえ、仕事ですのでお気遣いなく。……お小遣い、ですか?」

 姿勢良く受け答えしながら、不思議そう、と言うよりも明らかに不安そうに、語尾には疑問符が乗る。

 この娘もまた、彼の逸話の数々を耳にしたことがあるのだろう。

 

 尾鰭が派手に飾り立てられたモノを。

 

「なに、ちょいと潜ってみるだけよ。噂のアダシノ迷宮(ダンジョン)、どれ程のモノかとな?」

 

 自棄(ヤケ)にも似た気分も乗せて、ムガイは呵々と笑う。

 彼は自分が弱いなどと言う気は更々無いが、かと言って噂ほど強いとも思っていない。

 腰にぶら下げた大小2本と己の五体が満足ならば、大抵の事はどうにかなると、そう思っているだけだ。

 どうにかなる、の中には、当然逃げの一手も含んでいる。

 

 伊達でこんな年齢(トシ)まで、冒険者を続けている訳ではないのだ。

 

「こっ、これから、ですか? ……あ、いえ、余計な事でした、すみません。そ、その、何か適当な依頼でも見繕いますか?」

 

 思わず素直な反応を返してから、うっかり機嫌を損ねてたら不味いとでも思ったのか、慌てて頭を下げてくる。

 そういう丁寧さが心苦しいのだと、そうは思ったが言葉は飲み込んだ。

「いやいや結構。初日からそれほど張り切る心算(つもり)は無いからの。そう心配せずとも良いぞ?」

 口にしたのは、別の、どうでも良い事だ。

 

「なに、ちょいと狩り場の様子を見たいだけじゃよ。適当にぶらついて戻るだけじゃから、の」

 

 隠そうとしても、言葉の端々に訛りが出てしまう。

 彼自身もう諦めているが、それでもなるべく聞き取りやすいよう心掛け、柔和に微笑んで見せる。

「は、はい、では、お気を付けて」

「うむうむ、世話になった。それではの」

 止める言葉も理由も実力も無い、そう悟った職員と挨拶を交わし、ムガイは温和な笑顔のまま、背を向けて歩き出す。

 

 ――昔は、冒険者ギルドで()()は済んだモノだというに。

 

 自分を追う幾つもの視線を感じながら、表情は崩さずに、老爺はのんびりと冒険者ギルドを後にするのだった。




危険の香り、気配。冒険者はそれを良く知っている。
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