賢くもあり愚かしくもある、そこに違いはない。
入れ代わり立ち代わり、人が訪れては去っていく冒険者ギルド。
それは冒険者のみならず、その冒険者に困り事を依頼する者たちも含まれている。
当然、冒険者ギルドの職員も。
併設の酒場の一角に腰を落ち着け、そんな人の群れを眺めていた一人の冒険者は目敏くその姿を見つけていた。
ギルドの
それだけ見れば、ただの依頼人とその案内なのだが、先導するラーナとか言うフロア係の表情がぎこちない。
緊張してる? ギルドの上役か?
そう考え、爺さまの顔を眺めてみても、彼には何もピンとくるものが無い。
彼もまた冒険者の端くれ、素行の悪さから昇格が滞っているが、実力はC級として申し分の無いモノだ。
そんな彼が今までの経験で培ってきた嗅覚、ラーナ相手にも感じる「強者」の雰囲気が、あのジジイからは感じ取れない。
――職員の線は無い、か。
それならば、余程
冒険者ギルドにとっての太客とは、単純に高額を払ってでも解決したい問題を抱えていて、かつ、支払いの良い依頼者という事だ。
彼は、ちらりと同じテーブルに陣取る仲間達を見る。
どいつも不遜な面構えで、
――馬鹿どもが、そんなザマだから金に困るなんて事になるんだろうが。
冒険者の稼ぎと言えば、依頼をこなす、山野で狩った獲物を売り捌く、ダンジョンで暴れる等、様々ある。
この街のような
だが、真っ当でない冒険者になら、他にも稼ぐ手はある。
依頼を持ってきた相手次第では、適当に騙して依頼料をふんだくり、適当に逃げる。
或いは、帰りを襲って殺し、金品を奪う。
――この街は勢いも有って小銭も稼ぎやすいから、出来ればンな足の付くような真似は避けたいモンだが。
まさかあのジジイが冒険者と言う訳も無いだろうし、ダンジョンで殺して証拠を隠滅する、なんて事も出来ないだろう。
そんな風にも考えるが、話は聞いてみねば事情も知りようがない。
さりとて、彼らは冒険者ギルドでも指折りの問題児として警戒され、真っ当な仕事には制限が掛かっている有り様だ。
カウンターに出向いた所で、あのフロア係に追い払われて終いだろう。
では、どうするか?
彼はひとり不敵な笑みを浮かべると、技能のひとつである「聞き耳」をカウンターへと向けるのだった。
聞き耳と言う技能は、
その実態は、聴力と言うよりも、どちらかと言えば読唇の比重が高い。
それだけに、この様な喧騒の中でもそれなりに使えるのだ。
そうして注意を向けた彼は、まずはなんとも言えない溜め息とともに肩を落とした。
カネを持っている依頼者、と言う線が消えたからだ。
どうやら同業者らしい。が、見た目では何度見た所でくたびれた老人である。
「ガイラナ、てめえ何見てんだ? あ? ……ラーナはやめとけよ、見てくれはイイ女だが、相手が悪すぎるぜ。死にたいんなら止めねえけどよ」
仲間の頭の悪い忠告に苛立ちを覚えつつ、男――ガイラナは観察を辞めない。
今は馬鹿の相手をしている場合では無いのだ。
――大して金を持っているとも思えねえが、ぶら下げた得物やら衣服やら、ありゃあ物も悪く無さそうだ。売りゃあそれなりになンだろ。
他に気になる点もなし、老いぼれた冒険者が
少なくとも、ガイラナは気にしない。
観察を切り上げた彼は振り返ると、テーブルに並ぶ馬鹿どもの顔を順に見る。
重戦士の筈だが、賭けで負けて巻き上げられた自慢の盾の代わりは未だ手に入って居ないらしい、馬鹿代表のヴェーダ。
革鎧を適当に着崩した、目の下の
物静かな
心強い
ケネスは冒険者の過酷さをぼんやりと思う。
冒険者で名が売れているのは一握り、手堅く稼げるようになるまでに、大半が死ぬ。
それでも冒険者全体の人数が減っているように見えないのは、単に次々と冒険者になるものが居るためである。
それぞれの理由で冒険者になり、夢を見ながら大半は報われずに死ぬ。
死なずに済んでも、腕一本失えば戦えない。
不屈の精神で隻腕の技を極める――そのような者は、言うほど多くはない。
腕一本持って行く攻撃の当たりどころが違えば死んでいた、その事実に耐えられる者もまた、それほど多くはない。
それらを幸運にも避け、或いは実力で捻じ伏せ中堅冒険者になった者たちは、意識するしないに関わらず選択を迫られる。
それなりに稼げるようになった現状に満足し、地道に幸せを追い求めるか。
更に上を目指し、茨の敷き詰められた道を行くか。
D級冒険者はいっぱし以上に稼げる様になった冒険者達の層である。
そこから上を目指し、C級に到達出来た中で、更に上を目指すものは数を減らす。
D級からC級までの道のりがそれまでの比では無く、指名依頼を集める為に名を売る必要も出てくる。
余程の事がなければ、指名依頼を受けずにC級に上がるような事は出来ない。
もちろん、何事にも例外と言うものは存在するのだが。
ともあれ、更にB級以上となると、最早ギルド専属と言われる危険度の高い便利屋業をこなすか、余程太いパトロンを掴んだ上に実績を積まねばならない。
コネがあっても、そもそも実力が無ければやっていけない世界なのだ。
そのB級が更に腕を磨き、余人を寄せ付けぬ実力を身に着けた者が、初めてA級冒険者と呼ばれる。
腕だけはA級、そう言われるD級冒険者は存在する。
そういうのはパトロンが掴めず、仕事をこなしても今ひとつ目立つことが出来なかった者というのが相場だ。
尤も、そんな腕前の者などそうそう居る訳もない……というのは早計で、実は意外とあちこちに眠っていたりする。
中には「目立ちたくない」からと、D級に留まっている者も居る。
――俺もそうすりゃ良かった。
ケネスは水入りのジョッキを呷る。
……ともあれ、生き延びて腕が立ち、運を掴む事が出来たものが冒険者の上位に立つことが出来ている。
そして、どれだけ超人的な働きをしようとも、普通の範疇の人間の到達できる限界こそがA級なのだ。
そして、そんなA級冒険者たちは――ケネスを含めて――口を揃える。
……S級には人間などひとりも居ない、と。
ムガイは禿頭を撫でつつ、周囲をのんびりと見渡す。
ダンジョンに来てみれば、そこかしこに冒険者達の姿が見える。
駆け出しらしくどこかぎこちない、しかししっかりと各々の役割を意識した立ち回りでダンジョンの生み出すモンスターと対峙する集団。
各々身勝手だが、何故か連携の取れている集団。
同じく身勝手に動くがために仲間同士で足を引っ張り合い、放っておいたら死人が出そうな一団。
ダンジョン地下2層とは言え、様々な冒険者模様である。
ちなみにどのダンジョンとも変わらず、浅層の構造図――所謂地図は冒険者ギルドやダンジョン前の出張所で買い求めることが出来るので、此処までは特に苦労もない。
他の冒険者集団の邪魔をする気も無いので適当に待ち、戦闘が終わって戦利品を拾い集め終わったらしきを確認し、ムガイはその集団の脇を避けるようにしつつ、軽く挨拶などをしたりして奥を目指す。
別に今日の今日で深層を目指すつもりなど無いが、2層3層で帰っては散歩にもなるまい。
それに、今日はお客様もいるのだ。
背後から確実に自分を追ってくる気配を確認し、ムガイは柔和に笑う。
地図によれば、4層は駆け出し冒険者の数は減るらしい。
3層までとは、注意事項のメモの数が段違いに多い。
何よりも、大広間中心で通路はそれぞれの広間を繋ぐ程度だった3層までとは違い、細くはないが入り組んだ通路が迷路を形成する、そんな階層である。
フロアを徘徊するモンスターも強力になり、しかし高額と言えるようなドロップがあるわけでもない。
駆け出しならば3層まででまずは地力を養い、中堅ともなれば足早に抜け出す、そんなフロア。
少しばかり自信の付いた冒険者が気を逸らせ、調子に乗って痛い目を見るそんなフロアこそが、ムガイの目指す場所である。
周囲の様子を良く見、冒険者たちの邪魔にならないように足を進める彼を、幾つかの気配が追いかけている。
そんな気配を確認し、ムガイは満足げに、穏やかに微笑むのだった。
悪戯、では済まない事を仕出かすのもまた、人間であるが故。