caligula2 episode人見小夜子 彼女が見た世界 作:人見小夜子腹パン部
俺には幼馴染がいた。人見小夜子。それが奴の名前だった。どうしようもない、救いようの無い奴だった。
発達障害、怠惰、自己中心的。それが奴の精神を構成する三大要素だったと言っても良い。
人を傷つけるのに快感を覚えるような質では決して無かったが、自分が楽をするためなら他人に貧乏くじを引かせた挙句、まあこれくらいは良いだろうと勝手に決めつけ自己を正当化する様な奴ではあった。
そしてわずかな違和感を感じさせる動き、微妙な察しの悪さ、チラチラ覗くクズの性根、一つ一つは大して人を苛つかせるものではないがそれらが積もり積もって物凄く他人をムカつかせてくる。そういう奴なのだ。
奴は父親と母親との計三人で暮らしていた。父親はとにかく無口な人間だった。それはもう、異様な程に。当時は一応小夜子の友人ではあった俺が家に来ても、軽く一瞥するだけで何も言わずに自身の部屋に戻って行く様な男だった。この後の事も考えると小夜子は父親に愛されてはいなかったのだろう。そう確信できる程に、無愛想で、人間味の無い男だった。当時飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた大企業に勤めているようだったが、良くこんなので社会人が務まるなと子供心に思っていた。
小夜子の母親は声楽家をやっていた、明るくて快活な人だった、そして父親とは対象的に小夜子を愛していた。近所では、年収3000万の小夜子父と結婚した事で、嫉妬も込めて、金目当てのカスという噂を流されていたが、年収込みで考えてもこの鉄面皮と過ごすのは凄まじい苦痛だろうと思った。少なくとも、愛が無ければ持たない関係だったとは思う。
小夜子と俺が11歳になった頃、あまりにも小夜子が周りとずれていた為、母親が病院に障害が無いか確認しにいったそうだ。結果は案の定だ。小夜子は発達障害の診断を受けた。これで奴はめでたく精神2級の障害手帳を得た訳だが「この私が池沼共と同レベルだと!」とかキレていた。しかし障害年金で月7万入ると分かるとニッコニコで「これとナマポとお父さんのカードで私は高等遊民生活を送るんだ!!」とドヤ顔で親のカードを見せびらかしてきた。
ほんと救えねえ。
それから直ぐに奴のお母さんが娘は障害があるから学校内でも配慮をお願いしたいと菓子折り片手に教師たちに誠実に交渉していた。
教師は、これから起こる小夜子へのいじめに関わるような聖人ではなかったが、それでも善人揃いであったため、それを快諾。
小夜子に一ヶ月ほどは配慮という名の優遇をしてやっていた。
しかしここからが小夜子の真骨頂。奴はそれで調子に乗り、哀れな弱い人間として振る舞いながら、宿題や課題をすっぽかし、教材を忘れ、授業中に寝るというカスムーブをやっていた。
当然教師達からも愛想をつかされた。小夜子に誠実に向かい合おうとした教師達が、弱さの陰に隠された、小夜子のどうしようもない不誠実さに気づき、少しずつ気にかけなくなって行くのを見るのはなかなかキツかった。
それから奴は案の定、中学に上がるが上がらないかの辺りからいじめにあっていた。きっかけはなんだったのだろうか。小夜子が合唱コンクールで異様に目立っていた事だろうか、珍しく正義感を出して他人へのいじめに突っかかっていた事だろうか。単純に嫉妬を浴びるほど顔が美しかったからだろうか。まあ、始まりはなんでも良い。問題なのはそこで俺は罪を犯したという事だ。
そして奴は学校に来なくなり、知らない間に転校していった。
……悪口と暗くなりそうな話しかして無いな、少しは褒め言葉も言おう。
奴の歌は美しかった。それはもう、人類が産み出した至宝と言っても良かった。俺は奴の歌を初めて聞いた時もうこれで死んでも良いと、これを聞けただけで俺の人生は間違いなく価値があるものであったと思った。目の前の社会不適合者の口から、魂まで震わせる旋律が吐き出されているという事実に感動し、絶望し、歓喜し、吐き気を覚えた。奴が転校した辺りでバーチャドールなるインターネットポンコツカラオケウーマンが流行りだしたがその中の誰よりも奴の歌の方が上手かった。μというポンカラの曲は素晴らしかったが、あいつは間違いなくμより上手かった。
そして奴はどうしようもないクズではあったが、悪党と言うほどでの悪性でも無かったし、母親の誕生日には毎回小遣いでカーネーションを買っていたりとか、側溝に落ちた芋虫を助けようとして遅刻したりとか、食い意地が張ってるくせにチューペッドの大きい方をいつも俺に渡してくれるとか、少しは良いところもあった。救いようも、救う価値も無いが、少なくとも、いじめられている中で唯一の友人であった幼馴染に、嫌いな連中の前で吊し上げにされるほどの悪事はしていなかったのだ。
……ああそうだ、俺の罪は、後悔は、いじめられていた小夜子を、場の雰囲気に流され酷い言葉で馬鹿にした事だ。幼馴染として知っていた小夜子の情報で邪悪なジョークを唄い教室を沸かせた事だ。何を言ったのかは具体的に書きたくない、書けない。あまりのショック故に小夜子は泣きながらゲロを吐いた事。それを言って以降俺の人格も歪んだままである事。そしてそれが後悔となり俺は第二のメビウスに取り込まれた事、それから察して欲しい。多分その十倍は酷いから。
以上が俺がたった今思い出した
これから始まる物語は帰宅するべく奔走する物語、そして救う価値のない女を俺が救おうとする話だ
ネタバレだが結論から言う。俺には奴を救えなかった。