caligula2 episode人見小夜子 彼女が見た世界 作:人見小夜子腹パン部
話は俺が現実の記憶を取り戻す少し前まで遡る。
記憶を取り戻す前の、俺はその時悪い夢を見ていた。断続的に映る光景、電車の中から除く記憶にない住宅街。真っ赤で真っ青な太陽。思い出すなと本能が拒絶する。思い出すな思い出すなここにいろ、そっちは地獄だ。そして俺は……見たことが無いが見覚えのある中学校に入り込み……
「あれ……。どうしたんですか?」
そう声をかけられ目が覚める。そこは俺のクラス、2-2の教室だった。ホームルーム後、眠くて仕方なかった俺は帰宅前に一眠りしようと机に突っ伏した訳だが。いつの間にか日が落ちている。そして目の前にいる温和な表情と好奇心に満ちたくりくりとした目、青みがかった三つ編みを持った美少女は天吹茉莉絵。彼女は、非の打ち所が無い優等生にして生徒会長。そして俺が日常的に話す数少ない人間だ。
起きたばかりでギアの入りきってない頭の細胞を総動員して寝ちゃってたと返す。
「
えぇ!? 今まで誰も起こしてくれなかったんですか?」
陰か陽かで言えば確実に陰に属する俺を容赦なく抉る言葉の槍が突き出された。
天吹の様な、生粋の陽の生命は陰の生態を知らないため、悪意なく陰の者を抉る言葉を吐いてくる。
「ほら、もう学校閉まっちゃいますよ〜早く帰らないとお化けが出るかもしれませんよ! ……なんて」
天吹は自分が言っていて怖くなったかのように肩を震わせた。あ、これ冗談でやってるとかじゃなく本気で怖がっている奴だ。
そして俺達は暗い校舎の中を歩く。昔もこんな事があったしその時も隣に誰かがいた様な……そんな存在しない記憶に気を取られていると。階段に足をかけると。世界がピンクに染まる。次の瞬間天吹が足を滑らせた。その手を掴もうと俺は咄嗟に手を伸ばしたが掴めず天吹は落下。そして天吹は転がりながら何度も階段に頭を打ち付けた。そして首の骨が曲がってはいけない方向に曲がり、天吹は死んだ。驚くほど呆気なく、俺も天吹も運動神経が良かったはずなのに、本来こんなところで転ぶような奴でも無いのに何故か、死んだ。
そして時が巻き戻り、俺の意識は現実へと帰還する。
天吹が転んだのは適当に掃除したアホが作った水溜りに足を踏み込んだせいだと
さっきの天吹が死ぬ光景、それは俺の目が捉えた少し先の未来の光景だ。なんの因果か俺は少し先の未来を見る能力を得ている。
少し恥ずかしいが、俺はこの目に名前をつけている。
魔眼、【イマジナリーチェイン】と
この能力について語りたい事はたくさんあるのだが、ともかく今はこの目のお陰で生きた天吹を自宅へ送り届けられたとだけ語っておく。
次の日俺は珍しく遅刻していた。下駄箱の少し先で天吹が遅刻者のチェックを行っている
「遅刻しちゃいますよ〜急いでくださ〜い」
天吹に急かされるまま必死で走った。
「セーフ! ……ってことにしておきますね、正確には15秒オーバーですけど。……内緒ですよ?」指でしーのポーズを作りながら彼女は言った。
彼女は自分にはガチガチの規律を課すが他人にはかなり融通を利かせた対応を取る。自分に厳しく他人にまあまあ甘い。これが彼女が好かれる理由の一つなのだろう。
「でも珍しいですね。いつもならもっと早く登校してくるのに」
悪い夢にうなされて朝起きられなかった。と言うと
ふふっと笑われた。
「意外と繊細なんだなって思って……」
意外とってなんだ、失礼な。そう言ったところでいつもいる先輩がいない事に気づく。
釣巻鐘太。190程の長身にお坊ちゃまカットの髪型、きちんと整えられた制服をいつも着ている規律に厳しい、クソ面倒くせえ先輩。クソ面倒くさいで先輩ではあるが、他の学生からは嫌われてないし俺も嫌いではない。
俺は基本的に早起きであるし遅刻をしない。そのため釣巻先輩による遅刻チェックで注意をされる事とは無縁だった。お互いに不干渉のまま、卒業まで過ごすのだと思っていた。しかし半年程たったある日、「雨宮君、ちょっと良いですか」と呼び止められた。はいなんですかと止まると、この半年間君は一度も遅刻も欠席もしていない、称賛に値すると言い、なんかやたら褒めてくれた。こういうところがあるから、どうも嫌いになれないのだ、あの先輩は。最近は俺が通るとたまに世間話や愚痴を交わすようになっていた。「風祭も雨宮君や天吹君を見習ってくれば良いのですが……」
といった一言二言だが。
でもいつも釣巻先輩が遅刻チェックしてるのに今日はなぜ天吹が? と聞いてみる。
釣巻先輩は体調不良でお休みで代理で私が来たと返答が帰ってきた。
「良かったですね、ちょうど今日遅刻して!」と人好きのする顔でイタズラっ子の様な笑みを浮かべて言った。
それから急に心配そうな顔になり「でも本当に具合悪そうですね、熱は無いみたいだけど、顔色が悪いです。無理そうなら、無理せずに早退したほうが良いですよ、健康が1番ですから……ああ、そうだ」
天吹はゴソゴソとポーチを漁った。
「ああ、これです! 以前面白いと言った本! もしお休みするのなら暇な時ちょっと読んでみて下さい。内緒ですよ」
そう言ってポケットに入りそうなサイズの本を渡してきた。自分はクソ真面目なくせにこうやって他人に関してはなんだかんだでゲロ甘なのが他人から好かれる理由なのだろう。
直後ぐぅと俺の腹が鳴った。寝坊して時間が無かったとは言え朝飯抜きはやはりキツイ。俺の所属する高校、楯節学園は高偏差値進学校特有のかなり自由な校風だが、1時限目をすっぽかしてまで飯を喰うのは流石に咎められる
「なら先生には適当に言っておきますので! 学食で軽く何か食べちゃって下さい!」
ありがとうと礼を言って俺は食堂に向かった。
■■■
「あの、困ります。学生さんとあまり接触するなって言われてるんで」学食の扉を開けると言葉通り困ったような声が左の方から聞こえた。
「なんで? いいじゃん、仲良くするのは良いことじゃね」それに続くように恐ろしく軽薄な声も
黙って聞いていると、どうやら軽薄な声の持ちである制服を着崩したクソデカ丸メガネが千夏という学食のお姉さんをナンパしているらしい。
他に誰もいないし……仕方ねえ、助け船を出すか。
ドスドスと音を立て近づく。
すると千夏さんの顔がパアと輝きこれ幸いとばかりにクソメガネとの話を打ち切った。
「いらっしゃいませ!! 何になさいます??」
サンドイッチで、何かおすすめはありますか?
「それならこの……」
そう言っている内に舌打ちと共にクソメガネは去って言った。
そしてオススメされたワサビマスタードサンドイッチを喰っていると案の定
「オオイ! 二年坊主!」
とクソメガネが怒鳴って来た。
「あのさぁ。フツー空気読むよなぁ? 今オレがイクサの最中なのわかんなかったかぁ?」
言葉こそ輩そのものだったが、その声にも態度にも敵意も悪意も一切感じ無かった。輩との
ただそれとムカつくムカつかないは別の話だ。
分かってたからやったんスよ、あの人困ってましたよ。
「困ってる訳あるかボケェー! 俺様の顔面レベル見てモノ言ってんのか! あと2ターンあれば余裕で落としてたわ!! オラ! 見ろ! 見ろ! このイケメンフェイスを! オラ!」
俺の鼻先まで無駄に整った顔を近づけてくる。それに対抗しなんすか先輩俺と顔面で張り合う気ですかと同じく整った俺様の顔面を見せつける。
「……ったく。ナメやがって……あ。ん〜……お前、顔良いな、モテるだろ……」
……
「ふむ。二年ボーズよ。今回の事は許そう。代わりと言っちゃなんだが。クラスの女子紹介してくれよ。お前名前は」
……雨宮
「ああ?! お前がゴン太が言っていた雨宮かよ?! 素直でいい子とか言っていたがクッソ生意気じゃねえか」
ゴン太って誰だよ。相手に伝わらないあだ名で話すんじゃねえ
そう思いつつ、尊敬できる相手には俺は素直ですよ、先輩。と言った
「ほんっと可愛くねえ奴……でも、まあ、さっきは悪かったな。ちょーっと嫌な夢見ちまってイライラしててよぉ……じゃあな、メシ食ったら授業はちゃんと受けろよ」
そして笑うような泣くような表情でその言葉を言った。
「
まだ学生なんだからそう卑下する事も無いだろとおっさんの様な事を言おうとしたがその声にはその目には絶望がありありと浮かんでいたので何も言えなかった。
直後、さっきの言葉は夢だったのかと思える程に明るい声で、
「あ、紹介の件、マジで言ってっからな。約束だからな〜」と言ってクソメガネ先輩は食堂を出ていった。
世界にノイズが走る。
さてとメシも喰ったが体調悪いし帰るか、そう思い、すれ違った担任にその旨を話し、教室に戻ることなく帰りの支度をする。
「えっ、今帰るの? マジで……?」
呆れた様な声をかけてきたのは校内でも黄色い帽子を外さない男、能登吟。コミュニケーション能力を筆頭にあらゆる能力に長けた陽の者。天吹が学年カーストトップならこいつはクラスカーストトップだ。茉莉絵と同じく男女共に友人が多い、茉莉絵と同じく浮いた話が無い。茉莉絵と同じく、誰にでも優しい。そして茉莉絵と違って、誰にでも話しかける質では無い。
奴もさっきの言葉は失礼だと思ったのか今度は俺に共感するような言葉をかけて来た。
「いやぁ、僕も調子悪くてさ、おかげでガッツリ寝坊してきたんだ。やばっ羨ましっ僕も見習って早退しようかな」
羨ましっの部分に感情と愛嬌を滲ませながら言った。こういうところでも好感度稼いでくるから陽キャは強いよな。
俺も内面はそれなりに感情豊かな方だと自覚しているが、あれは何時だったか
「あ、引き留めるのも悪いよな。気をつけてな〜」
そう言って奴は教室へ戻って行った。
ノイズが走る。
校門も兼ねた改札をくぐると
趣味の悪い電車が来た。不審に思いながらも乗り込む。内装まで毒々しく趣味が悪い。そして電車内は薄暗く不気味だ。
「おじゃましま~す!」その声とともに何かが俺の腹に飛び込んできた。「もしもし〜聞こえるか。ハローニンゲン、キィの名前はキィという!」