「どうかしましたか? えっと、なんか困ってそうに見えたので」
僕がそんな風に声を掛けてみれば、目の前の女の子はアンティーク人形の様に整った顔をこちらへと向ける。それと同時に首を傾げ、耳に掛かっていた黒髪がさらりと流れた。
「私……ですか?」
まるで、自分に声を掛けてくるなんて珍しいとでも言う様に少し不思議そうな、それと同時に警戒した瞳で僕を見てくる。
「うん。……あ、ナンパとかじゃないよ!! ただほら、さっきから何か困ってそうだったからさ」
とりあえず僕は手を左右に振りつつ、ナンパじゃないことをアピールしながら言葉を続けた。
いや、ほら、いきなり知らない男の人から声を掛けられるのって、女の子は怖がるだろうし。
「そう……ですか」
それでもやはり彼女は警戒を解くことはしなかった。むしろ心無しか距離を取られた気がする。泣きそう。
「ほ、ほんとだから!! ほら、これ以上近寄らない様にするから!!」
僕は肘から先を遮断器の様に見立ててブンブンと振る。
これ以上は近寄らないよという僕なりのアピールだ。
そうしたことでほんの少しだけども警戒が解けたらしい。彼女は何故かバツの悪そうな表情をしながら理由を話し始めた。
「実は私、違う県から来ているのですが、一緒に回る筈の従姉妹が急遽来れなくなってしまって……」
「もしかしてその従姉妹が事故にあったとか?」
「ち、違います。そんな大それた理由じゃないです」
「じゃあ病気とか?」
「……近いかもしれません」
段々と声が小さくなる彼女に対して僕は心の中で首を傾げた。
事故でも無くて病気でも無い。ならばどういう理由なのだろう?
いや、病気は近いのか?
「家族が病気で面倒を見なきゃとか?」
「……八割正解です」
「は、八割なんだ……」
じゃあ一体何に困ってるのだろうか……?
僕は口元に指を当てつつ、片方の手で肘を押さえるような仕草をした。傍から見れば、さながら推理をする探偵の様な格好だ。これ、個人的にかなりお気に入りの仕草なんだよね。
「あ、あの……」
彼女が何か言っているみたいだけれど、考えごとをしている僕には殆ど聞き取れない。
それから暫く考えてみたけれど、僕には正解が分からなかった。
故に正解を聞こうと彼女と目を合わせれば、何故か今度は申し訳なさそうにしていた。
「……あ、あの、そこまで気にされる程特に困ってるって訳じゃ……無いので……」
「え、でも、さっきまでずっと俯いてたし、駅に居た時もなんか不安そうな顔してだけど」
「駅? え、待って、ストーカー……?」
「違うから!!」
何やらとんでもない誤解を与えた気がする。
「君、ちょっと前に改札出てすぐの切符売り場の近くにずっと居たでしょ? 僕そんとき偶々隣に居たんだよ。え、分かんなかった?」
「……」
最初話しかけた時の様に無言のまま怪訝な目で僕を見てくる。
「ここのお祭りって普段は地元の人しか来ないから、見慣れない女の子が改札付近でずっとキョロキョロとかしてると目立つんだよね。特に君みたいに可愛い女の子なら尚更」
「初対面の女の子に可愛いというとは……やっぱりナンパなんですね……!?」
「だから違うって!!」
なんでこの子こんなトゲトゲしいの!?
ウニなの!?
ハリネズミなの!?
触れたもの皆傷つけるの!?
これ以上話しても全てナンパ扱いされそうなことを悟った僕は誤解を解くことを諦めた。
「はぁ……。もうそれでいいよ……」
そうして溜め息を着いた後顔を上げると、何故か目を丸くしている彼女と目が合う。
「……?」
そして頭にはてなマークでも付けているかの様に首を傾げている彼女。
いや、君のせいだからね?
「まぁどちらにせよ君みたいな女の子が一人でいると危ないよ。僕みたいな人にナンパされちゃうからね!!」
ヤケクソ気味にそう告げた僕はその場から離れ「待ってください」……ようとしたところで彼女に腕を掴まれた。
「えっと……どうしたの?」
「仮に私がナンパだと勘違いしていたとして」
「間違いなく勘違いだよ」
「か•り•に!! 勘違いだとして」
「うん。そうだね、仮にだね」
「ちょっとだけお話を聞いてくれませんか?」
「嫌だけど」
「なんでですか!?」
最初は彼女の美少女然とした姿に僕もちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、見惚れてしまったし、不思議と身体が熱くなって、それでいて心臓がふわっと浮いた様な、自分でも良く分からない感覚に陥っていたせいか、僕らしくない行動や言動をしていたかもしれない。
だけど話してるうちに「あれ? この子もしかして面倒くさい?」的な思考がよぎってしまい、それ以降はなんとも良く分からない感情が僕の中で渦巻いていた。
「いや、なんかこう、面倒くさいなって」
「面倒くさい!? さっきまで親切だったじゃないですか!!」
今度は彼女に肩を掴まれて揺すられる。
もっと大人しくて清楚なイメージだったけど、なんか思ってたのと違うかもしれない。
「しょうがないなぁ。少しだけね」
「あ、ありがとうございます」
ようやく僕の肩から手を離すと、彼女は一人で居る理由を話し始めた。
「実は一緒に来る予定の従姉妹がですね、急遽幼馴染みの看病に行ってしまって……」
「そうなんだ……」
「そうなんです」
「それでボッチになったと」
「はい……」
思ってたより普通というか「あ、そうなんだ」という言葉が口から出なかっただけマシな、特に大した理由でも無かった。
そっか……従姉妹が幼馴染みの看病……ん?
「ねえ、その従姉妹って苗字が水戸だったりしない?」
「ええ、水戸ですけど……え? 優香ちゃんのこと知ってるんですか?」
どうやら正解らしい。
その事実に僕の頬が痙攣を起こした。
心無しか体温も下がって行く。
「……ごめん」
「あ、あの、どうしたんです?」
「いや、多分、君が一人になったのは僕のせい……かも……しれないなと……」
うん。ごめん。本当にごめん。
間違いなく僕のせいです。
とりあえず僕は今日起きたことを詳らかに話した。
「つまりあなたも友達が風邪で来れなくなって……」
「はい……」
「その風邪引いた友達ってのが優香ちゃんの幼馴染みで」
「はい……」
「風邪引いたその人の為に優香ちゃんを焚き付けたと……」
「そうなんです……」
「つまり私が一人なのは、あなたのせいだと……」
「かもしれないです……」
もしこの場が花火大会の場で無ければ、僕は迷わず土下座をしていただろう。
それか逃げたい。
今はとにかく、ジトッとした目で僕を見る彼女から逃げ出したかった。
「ふ〜ん……そう。……まぁしょうがないか」
「……え?」
てっきり怒っているものだと思っていたけれど、彼女はそんな素振りを見せず、むしろ納得と同時に、どこか呆れた表情をしていた。
「怒ってないの?」
「ん? 別に? 君に怒っても意味ないしね」
そう言いながら彼女は少し伸びをする。
そして今度はスッキリした表情で、それでいて先程とは全く違う気安い口調で話を続けた。
「まぁ優香ちゃんの恋は応援してあげたいからね。相談受けてたし、頑張ってること知ってたから」
「ドタキャンされたのに?」
「勿論電話で怒ったよ? だけどそれはそれ、これはこれ、かな」
「よく分かんないや」
「恋ってのはそういうもんなんだよ」
「ふ〜ん」
やっぱり僕には恋というものが分からない。
「あ、でもやっぱり君のことは許せないかも」
「いやなんでさ!!」
追記。彼女のことも良く分からない。
そうして僕が思考を宇宙へと飛ばしていると、いきなり、パンっ、という手を叩く音が聴こえた。
「あ、そうだ!! どうせ私たちボッチだし、せっかくだから二人で屋台とか見て回ろうか?」
手を後ろで組み、身体をグイッと寄せながら彼女は僕へとそう提案してきた。
身体が近いせいか、何となく良い匂いがする。見た目が良いと匂いも良いのだろうか。
「僕は構わないけど……良いの?」
「むしろ私をボッチにした責任を取ってエスコートして」
「あ、なるほど、さいで」
それなら仕方ない。
僕は彼女のエスコート役を受け入れることにした。
「あ、名前言ってなかったね。私は春奈。冬川春奈っていうの。春奈って呼んでいいよ」
「僕は秋人。夏宮秋人」
「ふ〜ん、秋人くん……ね」
彼女――春奈は僕の名前を口の中で転がす様に呟く。彼女の口から僕の名前が出てくることに僕自身が慣れないのか、何だか不思議な気持ちになった。