静子の助けを受け、織田信長が日本を統一し、子どもたちが飢えることなく笑ってすごせる世の中が実現してから二百数十年。

 尾張の地に立った英国の学生が静子記念館へ向かいます。



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英国女子、尾張静子記念館に行く

『私はシズコ-記念館に行きたいです。このバスは目的地ですか?』

 

 尾張近郊の高級ホテルそばにある交通広場。

 ソバージュの黒髪、メガネをかけたそばかす頬の若い女性がスマートフォンを手に、道行く人に尋ねていた。

 

「分からないわ、ごめんなさいね、ソーリー」

 翻訳された文章を見せられた中年女性が首を振って去っていく。

 

「ああ、もう。路線バスが複雑なのはここでも変わんないのね」

 女性は眉をしかめ、髪をかきながら口をとがらせた。

 

「アイビー! まってよ!」

 そんな彼女の背後から同世代の青年が声をかけてきた。

 

「なに? ハリー」

「何って教授がせっかくくれたフリーデイだよ。一人でどこに行こうっての?」

 

 アイビーとハリー ―――英国の名門大学の学生である二人は、尾張で開かれた応用物理学の国際学会に参加するために日本を訪れていた。

 

 初めての学会参加はアイビーに、名だたる参加者から多くの容赦ない質問を浴びせられるという洗礼を与え、彼女の自尊心を打ち砕いた。

 それは彼女の研究が業界で有望で(プロミッシング)影響力がある(インパクトフル)と認められた証である――――と、指導教授は疲労困憊の彼女を慰め、予定されていた懇談会などの出席を取りやめてフリーの一日を与えてくれた。

 それと自分の持病の腰痛が悪化したという理由であったが。

 

 教授自身も他の学生を引き連れ、学会のホストから勧められた腰によいという尾張郊外の温泉に向かうという。

 アイビーは湯治というものに惹かれず、一人、別行動をとって早朝からホテルを出ていこうとしていた。

 

 ハリーがそれを追いかけてきたという流れであった。

 彼はアイビーが静子記念館なる施設に行きたがっていることを知り、尋ねた。

 

「スマフォンのガイド使えば?」

「何だか機能しないの。こっちに来てから。海外用の設定方法が分かんなくって」

「俺のは大丈夫。自動で切り替わってくれたから。日本製だからかな」

 

 ハリーはそう言って自身のスマートフォンを弄って言った。

 

「んー、どうやら路線バスや電車よりタクシーで中心部を避けて大回りしてった方がいいみたいだよ」

 

 見せられた広域マップには、たしかに現在地から大回りで記念館に行くのが最速だと表示されている。

 

「ちょうどいいや、あれに乗ろう」

 ハリーはそう言ってタクシー乗り場に入ってきた車に近づいていく。

 

「あなたも行くつもりなの?」

 暗に自分一人で行く、あなたは昨日のラウンジで盛り上がっていた現地の女子大生とでも過ごせば? そんなニュアンスを込めたのだが、見せられた画面に添えられていた予測の運賃がかなり高額であったので、アイビーは仕方ないとばかりに無言でハリーの後をおった。

 

「どーも、どーも。運転手さん、シズコ記念館に行ってください。料金よりもナルハヤでお願いします」

 

「はい、了解」

 

 中年の運転手は二人が乗り込むと、静かに車を発信させた。

 

「それじゃあ一旦バイパス使うルートで行かせてもらいますね。それにしても、お客さん日本語上手ですねえ」

 

「俺はタナカミグループに就職狙ってますよ。日本語、使えればゲコクジョウも出来るでしょう?」

 

「じゃあお仲間だ」

 と運転手は言った。指差す先の助手席前面には『田上タクシー』の社名ロゴ。

 

 タナカミグループと言えば製造業から金融、サービス業まで幅広い分野で事業を展開し、世界中に多くの関連会社を持つ巨大企業である。本拠地の日本で運送事業まで手掛けているのはおかしなことではない。

 

 ハリーと運転手はそのままタナカミグループに入る自分たちはエリートなのだぞと盛り上がっている。

 

 こういう誰とでもすぐに打ち解けるハリーの性格はきっとどの分野の業界・企業に行っても成功するのだろう、研究バカの自分と違って。

 アイビーは二人の会話を翻訳ソフトの表示で断片的に受けながら、内心でそう呟き、流れる外の景色を見ていた。

 

 高架式のバイパスの入口で、反対車線から団体バスが数台連なってすれ違っていった。

 

「何かの大会かしら」

 とアイビーが口にすれば、その程度の英語の聞き取りくらいはできるらしい運転手が返す。

 

「おや、ご存知ないですか? 今日から三日間、区内中央で関ケ原あんこ合戦が開かれるんですよ」

 

「セキガハラ……アンコ……何ですか、それ?」

 

「もう二百何十年くらいになるかな。こしあんを擁する柴田軍とつぶあんを擁する秀吉軍が天下分け目の大決戦を繰り広げましてね。こしあんこそが究極(ウルティメイト)だ、つぶあんこそが至高(ブリリアント)だって。まあどっちも優劣つけ難いでしょう。それ以来ずっと尾張の地を割って争い続けて、今では年に一度のお祭りになってるんですよ」

 

「ほら、うちの国やフランスなんかからも有名なパティシエが何人も参戦してるんだ。例えば―――――」

 とハリーはイギリスやフランスの有名な菓子工房の名前を挙げていく。

 

「アンコはヘルシーな豆のペーストでしょ? 何でパティシエがここまで来るの?」

 

「あんこも日本のスイーツだからね。我らのパティスリーたちも黙っていられないってわけ」

 

 高級路線のチョコ菓子やケーキは欧州が日本から最先端を奪い返すことができた数少ない成功例である。その日本で菓子のイベントが開かれるなら目にものを見せてやると、欧州の一流ブランドが殴り込みにくるのだという。

 

「ところでさ、俺たちがオワリにいるってばれたらドロシーは絶対に日本限定品を買ってこいっていうはずだけど、どうすればいいと思う?」

 

 車から降りて自分だけUターンすれば?

 ガールフレンドの一人の名をあげたハリーに、そんな気持ちを込めてアイビーは冷たく無言を返す。

 

 その雰囲気を察したのか、運転手が明るく言った。

 

「はははっ、実際は甘物だけじゃないんですよ。たい焼きやたこ焼きでも対決してますし、マルゲリータピッツァとツナマヨコーンピザとか、そばとらーめんに、浅漬と塩漬け……ええっと、ピクルスの種類ですね。そういうライバル関係にある料理のどっちがうまいかを街をあげて勝負するんですよ」

 

「料理で勝負というと、テレビ番組みたいな?」

 

「審査員と観客が決めるってことですか? そう、そんな感じです。昔は相撲で勝敗を決めていたらしいんですが、今は街の料理屋や商店で投票券を配ってるんで、客は食べ比べて美味しいと思った方に票を入れて優劣決めるってふうになってます」

 

 何で料理バトルにスモウファイターが関係してくるのだろう、とアイビーは疑問に思うが自分たちもチーズ転がし祭り(チーズローリングフェスティバル)の合理性を説明しろと言われると困るのよね、と流すことにした。

 

 そこから会話は運転手おすすめの日本料理に移っていく。特にこの尾張はカレー発祥の地であると、そのバリエーションやトッピングの多彩さが力説される。

 

 ハリーもそれに対抗してイギリス式カレーのレビューを展開していく。

 

 アイビーは日本からイギリスに伝わって伝統の煮込みシチューと融合を果たしたカレーの奥深い味わいは決して本国に劣るものではないと思っているけど、さすがに生まれた地で主張するには分が悪い。

 なんだカレーパンというものは。なぜ日本人はカレーをパンの中に入れようと発想したのだろう。カレーの真の起源はインドだというが、悠久の歴史を持つ彼らもパンをカレーに付け合わせても、パンにカレーを内包させようなどという悪魔的な知恵など持っていないだろう。

 アイビーは昨日のホテルで取った昼食メニューを舌に再現しながら、そんなことを思う。

 

 ハリーの君も援護してよとの視線から顔をそらし、また外の景色に視線を移す。

 

 高架バイパスの保護壁が途切れ、周囲の景色があらわになれば、いつの間にか周囲は草地と森と湿地帯が混在する自然豊かな様相になっていた。

 出島形式の空港から、学会会場と隣接するホテルまで。密集する高層ビルと溢れる人波という光景が続いていたけれど、突然の切り替わりにアイビーは驚く。

 

 いつの間にか会話が止んでいて、ハリーも高架下の姿に目を奪われていた。

 

「どうですか、この辺はもう綾小路家の敷地ですわ。自然環境の保全公園になってるんで交通が制限されてまして、バイパス降りて一旦戻ると公園の入口に静子記念館があるという感じですね」

 

綾小路家(ハウス・オブ・アヤノコウジ)……」

 アイビーの知識によれば、綾小路家は日本有数の名家である。織田や徳川のように海外の一般人に名前が通るほどではないが、歴史ある日本有数の名家として知られる家である。

 いま彼女が向かっている静子記念館にその名を記す、綾小路静子の直系である。

 

「まあ綾小路家ってのはたいしたもんですわ。公家の家系だからか、ものの見方が遠大なんでしょうな。環境保全とか植林とか、そういう何十何百年かかる事業を日本各地でやってるんですよ。昔は尾張や東京の地価を合わせればヨーロッパ全部が買えるぞ、って頃がありましたけど、そのときだって金にならないこういう公園を一反だって売ったりしませんでしたからね」

 

 アイビーはこういう自然公園が国の管轄でないことに驚いたが、なるほど綾小路家は自国でも珍しくなった高貴なる者の義務を果たす、まさに名家なのだと感心した。

 

「昔ね、ときの総理がそういう土地を国の管理にして有効活用しようと言ったことがあったんだけど、そしたら当代の織田の御殿様がもう、お怒りでね。もうこれものですよ」

 と運転手は首をかききる仕草をした。

 

「実際その直後くらいに東京で大地震があってね、綾小路家が湾岸に抱えてた公園や倉庫に逃げ込んで大勢が助かったんです。そのころ品川にいたうちの叔父もそれで助かった口ですわ。まあ一説には綾小路家は占星術の秘技で千年先が見通せるらしくて、被災地に予め備え入れてるって話もありますよ。叔父なんかもそれから綾小路家の暦本の布教に努めてまして」

 

 運転手がそれも叔父が買ってきたものだと言ったのは運転席の背もたれに掲示されたカレンダーであった。貼られた一枚は今月の各日付の隅に月齢や占いらしき文言が記されている。

 もとより自分は科学の信徒であるから、日本の科学技術は信じても、さすがに占星術までは信仰できそうにない。そんな占いに一喜一憂する可愛げなんてティーンの頃から持ち合わせていなかった。これもブランド価値以外は普通のカレンダーなのだろうとアイビーは思った。

 

 それでも上半分に表示された、子猫二匹がのどかに寝そべったセピア色の写真は実に愛らしいものであった。

 

 

「ところでお客さん、静子記念館には何を見に行くんですか? 昔はイギリスの方というとシェイクスピア戯曲集(ファースト・フォリオ)の初版とか人気でしたけど、その手のは全部国立博物館の方に移っちゃいましたからね」

 

「ああ、ファースト・フォリオね。前に文学部の奴が訪日したときに騒いでたかな。あれはシズコ記念館にあったんですか。だって、あれ17世紀の物なのに?」

 とハリーが言う。

 

 アイビーもそう言えばと思い出す。

 

「たしかに高校の教師がヨーロッパの稀覯本や美術品が全部日本に奪われてるって憤慨してたわ。特にその17世紀辺りの希少本が。オルテリウスの『世界の舞台』初版ラテン語版にトリテミウスのステガノグラフィアや、無限・宇宙・諸世界についての七冊揃いとか、グーテンベルクの四十二行聖書なんて紙と羊皮紙のダブルでとか」

 

 その歴史の教師は全ての人類の叡智は大英博物館に収められるべきだと、なかなかに過激な思想を語っていたが。かつての半天に君臨する大英帝国がかき集めた収蔵物も東京の国立博物館には及ばないのが現実であった。

 

「あー、多分その辺のも全部静子記念館にあったものですね。今は全部国立博物館に寄贈されてるはずで、それかイギリスさんなら大英博物館とよく交互展示してるんじゃないですか」

 

「あっと……俺も観た覚えがあるけど、あれも日本から来てたのかな?」

 

「不思議なもので静子記念館って世界初の代物が山のようにあったはずなんですが、殆どが閉架に移るか、他所の博物館や資料館に回してしまうんですわ。それで今メインでやってるのが静子様が収集した膨大な書物の解析とかで。いや、三百年してどこぞの村の誰だれの書付けにある名前が隣村の嫁にいった娘の夫だったとか、そんな新発見を大々的に発表されるんですが、私ら無学な一般人からするとさっぱり分かりませんわな。そのために最近はスパコンまで購入したっていうし。それでもっても、ようやく17世紀の資料が終わるのにあと10年かかる見込みっていうんですから。これも千年先を見据えての仕事なんでしょうが…………」

 

 綾小路家の業績を語ってきた運転手であったが、さすがに大昔の些末な生活情報の整理に力を注ぐ意義は理解できないようだった。

 

 アイビーは文学部や歴史学部、地学部の友人たちの付き合いから、それらの書付けがどれほど彼女たちを熱狂させるかを知っていたが。

 きっと放っておいても人を集めることのできる展示品は他所にまかせて、そのような金にならない文化的事業に注力しようとしているのだろう。

 この国でもごく一部の者が綾小路家に熱烈な感謝とリスペクトを捧げていることだろう。

 

 やがて車はバイパスを降り、静かな並木道に入った。

 まるで緑のトンネルに木漏れ日が差し込み、幻想的な雰囲気すら醸し出す。自分たちがどこか別の世界にいざなわれているような印象さえ与える。

 

 そして突然開けた視界。

 そこに建つのは周囲の緑と調和した風格ある木造建築であった。

 そびえる樹齢数十年という大木が、最初から計算されたかのように館に寄り添い、その木陰が建物の壁面に美しい模様を描いている。

 屋根には瓦を模した模様が入り、細部に小さな格子模様がデザインされている。アイビーのような素人には確かなことは言えぬが、きっとこれは和と洋を融合させた建築様式なのだろう。

 

 古い建物であろうに見るものに今も革新さを感じさせる。 

 周囲の自然の中に威厳と歴史を主張せしめる建造物は歴史ある英国の誇るところだが、この館はそれに勝るとも劣らない。

 アイビーとハリーはただ黙って館を見上げるままである。

 

 運転手が得意げな顔をしながら車を館正面の駐車場に止める。

 だがそこへ慌てた様子で警備員が近づいてくる。

 運転手が早口で応対するが、そこで伝えられたのはあまりの知らせであった。

 

「お客さん、残念だけど今日は一般客の立ち入りが禁止になったそうですわ」

 

「えっ!? なぜ? 今日は営業日のはずでしょう?」

 

「それがですね、どうも海外から来たプラントハンターとかいう奴ですか? ここの公園には世界中の植物の、それも失われた貴重な原種なんかがいくつもあるんですが、それが狙われたらしいんですわ。入管で捕まえたそうですが、それの対応で今日は臨時で休館するんだそうで。いや、すみません。そういうのは連絡入ることになってるんですが……」

 

「そんな……せっかくここまで来たのに……」

 アイビーは落胆するが、諦めきれずにすがるような思いで車から出て、警備員に声をかける。

 

「あの、何とかなりませんか? 私たちはイギリスから来た研究者で、どうしても静子記念館を見学したいんです」

「俺たち、今日しか自由になる時間がないんです」

 

「うーん、申し訳ないです。私の方ではなんとも……」

 

 事情を聞けば海外から来た自分たちなど、よけいに入館を拒否されるだろうことは分かる。だがここまで来てお目当てを見ずに帰るなどできない。

 アイビーは昨日までここの存在は知らなかったが、ホテルに置かれたガイドブックでここを知れて、自由に動ける日が生まれたのはきっと天啓だったのだ。

 

 そこへ玄関から初老の女性が出てきた。クラシカルなジャケットとスカートに身を包んだ、上品な雰囲気を漂わせている。

 彼女は、アイビーとハリーに気づくと、穏やかな表情で近づいてきた。

 

「館長……」

 と警備員がその女性を呼ぶ。

 

「お客さまですね。申し訳ございません。せっかくお越し頂いたのに私どもの都合で本日は休館とさせていただいています」

 

 相手がここの責任者だと知ったアイビーは慌ててポケットから名刺を取り出した。

 

「あのっ、私コウイウモノです」

 

 日本だとこれを出すことで信用を得られるのだ、ということで来日前に教授に言われるがままに作っていたものだった。

 自分が英国の名門大学の学生であること、尾張で開かれた学会に正式に参加している研究室の所属であることが記されている。

 

 決して怪しい者ではないと必死にアピールをした。

 

 女性は受け取った名刺を見て、「あら、あなたは――――というお名前なのですね」とアイビーの家名を小さく口にした。

 

「ねえ、アイビーさん。あなたは豪州国の出身だったりするのかしら?」

 とこれは流暢な英語で言った。

 

「ゴウシュですか? 祖父がそちらで貿易をしていたと聞いています。生まれは……聞いたことはないですが、ひょっとしたらそうかもしれません」

 

 豪州(ごうしゅう)国。

 南半球に位置する巨大な大陸そのものを国土とする世界有数の強大な国家。

 

 かつてオランダによって発見されたときはオーストラリアと名付けられたが、その後日本が先住民の住む自治区を除く全域を先占し、豪州国を名乗ってからは欧州においてはゴウシュ、あるいはゴースの名で呼ばれている。

 アイビーが子どもの頃に亡くなった祖父は、若き頃は豪州国とイギリスとの貿易に携わっていたと聞く。

 

「そう…………私たち、もしかしたら遠い親戚なのかもしれませんのよ」

 と女性は意外なセリフを口にした。

 

 そして名刺を丁寧に自分の胸ポケットにしまうと、返礼のように自分の名を名乗った。

秋子楓(あきね かえで)と申しますの」

 それが彼女のフルネームであると。

 

「実は私の家の祖先は外からこの国に連れてこられたのです。ユダヤ人だからと、教会から破門されて奴隷に落とされて。それを当時、この辺りを治めていた静子様に拾われて、お名前を頂いて。植物や珍しい動物のお世話の仕事を任されていたといいます。そして最後にはその功績で織田の御殿様に家を興すことも許されて」

 

 そう言った彼女の瞳はアイビーと同じ青緑色をした翠眼。少しくせ毛であるが髪色も濃い黒色で共通していた。

 鼻筋にも西洋の血が感じられた。

 

「それが私の一族の始まりなの。そして百五十年ほど前かしら、豪州国でも生態系保護の仕事があると織田の御殿様に要請されて分家していったの。その後、あちらで少しごたごたしていた時期があったでしょう。分家がさらに分かれてしまったのね。あなたの家名はきっとその分家の一派だと思うの」

 

 アイビーは、秋子楓の言葉に驚きを隠せない。まさか、こんなところで、自分のルーツに繋がる人物に出会うなんて。

 

「それにあなたのお名前も。実は初代の方が静子様から頂いたお名前が、お山に関係したきれいな名前でしたの。それから一族の女には代々植物や自然にちなんだ名前をつける習わしになっていて。アイビーというのはツタという意味よね。生命力の象徴。永遠の愛や友情のシンボル。素敵なお名前ね」

 

 アイビーは思い出す。幼い頃に自分を膝にのせて飴玉で甘やかしてくれた祖父が、孫娘の名前を付けたのは自分だと言っていたことを。その頃は内心はどれだけ切ってもすぐに庭を侵食してくるしぶといツタなんて可愛くないなどと感じていたし、永遠の愛など自分には永遠に無縁としか思えなかった。だがしぶとさは実験の99%が実を結ばない応用物理学の研究に携わる者の才能であって、今は悪くない名前だと祖父に感謝している。

 

 その気持をこめて楓館長に一礼をする。

 すると楓は少し待ってくれと、離れていった。しばらくして戻ってくるとアイビーに言った。

 

「お待たせしましたアイビーさん。田上タクシーさんへの更新情報が遅れたのはこちらのミスですし。特別にお二人を当館にお迎えいたします。ただ常設展示のものだけになるのだけど、よいかしら?」

 

「ありがとうございます!」

「感謝いたします、マダム」

 

 女性は自らアイビーを案内すべく歩みだす。

「それで、お嬢さんは何が見たいのかしら」

 

「はい、ドードーが見たいです!」

 

 

*******

 

「はあ…………かわいかったなあ、ドードー」

 

 翌朝。

 ホテルのカフェテラスで風に吹かれながら、アイビーは濃いコーヒーを寝不足の頭に流し込んでいた。 

 

 ホテルにあるガイドブックで知ったドードーなる生き物。

 ずんぐりとした不格好な体型に大きなくちばしが特徴の、かつてアフリカ南東部のモーリシャス島に生息していたハト目の鳥類。

 

 すでに本来の生息地では絶滅してしまった、哀れな種族。なにせ外部と隔離されて天敵のいない孤島に適応してしまい、果実食性であったので地上を活動範囲に緩慢な動きで生きていた上に、人間への警戒心がないことで航海者の食料として食べつくされてしまったのだ。

 

 欧州でも限られた動物園や一部研究施設に譲渡されているが、自然繁殖で種を維持しているのは静子記念館だけだという。

 

 昨日はそのドードーを存分に愛でることができた。

 他に客がいないこともあって、飼育員が特別に餌やりまでさせてくれたのだ。

 これだけで日本に来たかいがあったと言える。

 

 一目惚れというやつだ。紙面片隅の一枚の写真で出会って、自分はこの子に会うために日本に来たのだと、魂が理解したのだ。

 友人たちの語るロマンスというものを解さないアイビーであるが、今ならこれがその感情だったのだと理解できる。

 

 イギリスに戻ったらまた研究の日々であるが、きっと記念館で買い込んだドードーのグッズの数々がその終わらぬ暗闇を照らしてくれるだろう。

 それらグッズの一見するととぼけたお間抜けな造形の中に愛らしさを切り取ってみせたカワイイのセンスこそが日本の至宝ではないか。

 

 スマートフォンに付けたドードーの根付け(ストラップ)をピンと弾いて遊んでいると、ハリーが寄ってきた。

 

「おはよう、アイビー」

 

 昨日は帰りのタクシーの中で、アイビーはドードーの愛らしさとそれを保護して現代まで残した静子の偉大さをとく語ったのだが。いつもあからさまにアイビーの言葉に興味津々なんだよという態度を見せるハリーであったが、昨日ばかりは

『君が単原子触媒以外にこんなに情熱的な人だったなんて新鮮な驚きだね』などとはぐらかそうとしていたのだ。

 

 しかし今日のハリーはアイビーのテーブル席につくなり、「俺もシズコの偉大さが分かったよ」と口にした。

「どうしてもセンブルの4ステージが突破できなかったんだけどね、彼女の存在に気づいて課金したら速攻でクリアさ」

 

「はあ?」

 戸惑うアイビーにハリーがスマートフォンを見せてくる。そこに映っていたのは。

 

『SENGOKU-JUMBLE』というタイトル字が画面中央に壮大な音楽と共に登場。

 そのタイトルを吹き飛ばして画面端からかけてくる二匹の白い巨狼。一頭はいくつもの刀や槍を背にくくり、もう一頭の背には銃をかついだ高身長の女性がまたがり。

 女性は走る狼から飛び降りるやバンバンと銃を連射。

 硝煙漂う銃口から不敵な表情にカメラアップしてセリフがカットインされる。

 

『準備万端、この戦場はとっくに掌握ずみ! さあ、後はあなたの武器をいただくだけよ!』

 

 セリフの下にはSHIZUKO AYANOKOUJIの名が記されている。

 

「すごいんだよ、このシズコ。遠距離キャラなのに格闘戦までこなせて、防御性能は紙だけどお供の狼がタンクになるから実質無敵。何より周囲の味方への支援効果(バフ)が半端ないんだ! これでついにあの憎きHIDENAGAちゃんを倒せたんだ!」

 

 浮かれるハリーにアイビーは心底あきれたという風に、

 

「はあ……」

 と肩をがくりとさせると息を吐いた。

 

 それから空を見上げた。

「うん?」

 

 その空の向こう、誰かが同じように肩を落としてため息をついたような気がした。

 




 静子は未来において国母のごとくに崇められて欲しいという気持ちと、一般人からはなんか朝廷の力が欲しかった信長に可愛がられて有能な部下をつけられてた公家の娘程度の認識で、各業界の専門家だけはそんなわけねえよってキレている、そんな存在であって欲しいという両方の気持ちがありますね。


 というわけで最後までお読みいただきありがとうございます。

 後世の人間が主人公の業績を博物館や教科書で知る、というテンプレの極みのような本作。あれも出したいこれも拾いたいと、ネタの取捨選択が出来てない羅列感のある作品になりましたけど、静子の業績があまりに広すぎるから仕方ないですね。


 以下、補足説明。


※関ヶ原がこの世界でも天下分け目の戦の代名詞扱いされているのは、静子やみつおがそういう意味合いで使ってたのが広まったという妄想。
※17世紀の奇譚本とか頑張って調べました。どうもこの言語版だと希少とか、美本は貴重とかそういうレベルのが混ざってるかもしれないですが、何か口にするだけでカッコいいタイトルばかりなので全部採用しました。
※HIDENAGAちゃんは愛するお姉様以外は無像の塵芥と煽ってくる系厨二キャラだけど、いざ戦闘になったときの即オチぶりと深淵ぶった負け惜しみコメントが愛らしいSENGOKU-JUMBLEの大人気キャラです。

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