気がつくと私は地に伏せていた。懐から出した脇差は半から砕け残骸が辺りに散らばっている。何故?そう疑問が浮かんだが、頬に痛みが走り理解した。
殴られたのである。何の変鉄もなくただただ殴られただけで私は満身創痍の状態になった。
踏み込みは見えた。でもそれだけだ。無意識に走らせた脇差がなければ私の首は引きちぎられていただろう。
地を踏み締める音が辺りに響く。私は今、鬼の本拠地にいる。こんなところで伸びていたら一瞬で殺される。ボロボロの体に渇を入れ無理やり立たせる。視界が真っ赤に染まるがハッキリとヤツを見る。私が敬意を持ってヤツを討つために。
腰まで延びた長い白髪を棚引かせ、群青色の着物を着崩して着ている鬼の総大将にして鬼神として畏れられた"リョウメンスクナ"
「・・やはり生きておったか。首をモグ気でいったのだがな」
陽気な雰囲気でそんなことを言っているが、くらった私はそれどころではない。視界がボヤける。全身に走る強烈な痛み。
口の中に貯まった血を吐き出すと、歯が何本か折れていた。だがこの程度ですんでよかった。お陰で"見えた"。
「・・次は切ります」
蜃気楼のようにボヤける鬼の背景は小さな歪みが起こり砕けた。
「ッ!貴様何をした!」
動揺する鬼をよそに私はもう一度懐から脇差を出した。足裏に貯めた気を一気に爆発させ鬼の懐に入り込み一閃。
「効かぬわ!」
鬼の胴を切り取るつもりで放たれた一閃は、鋼を撃つような甲高い音を立て脇差しが砕けるのと共に私の左脇腹に強い衝撃が走った。
轟音
風の切る音が聞こえる。体に掛かる負担は鬼の居城は大きな音を立て揺れた。左脇腹を蹴られ私は内蔵の負傷により込み上げてくる血を吐き捨てる暇なくその場から距離を取る。その瞬間私がいた場所は巻き上がる砂煙を縦に切断し再び轟音。
「避けるか娘。次でその首貰うぞ」
距離は20、あまりにも心もとないが私の予想が正しければ問題ない。私の視界に写る鬼は、知覚出来るほどの濃厚な闘気を体から発している。口の中に貯まった血を吐き捨て懐から一枚の符を取り出す。父から受け取った唯一の贈り物。近衛の隠したい闇。命を喰らい力を倍加する禁忌の刀。"八雲"
「・・貴方を切ります」
私は一撃を喰らってから疑問に思った。鬼神と畏れられたリョウメンスクナがこの程度なのかと。たしかに強力な一撃だ。私みたいな小物ではどうあがいても死ぬだろう。だが実際はどうだった。私は生きている。なら奴は"偽物"だ。しかし、この予想が外れていたら恐らく次の一撃で私は死ぬだろう。それでも私は挑まねばならない。神を屠らねばならない。全ては父のために。
八雲に魔力を流すと禍々しい雰囲気を発した。赤黒く血が乾燥したような不気味な色。誰しもが嫌な表情をする、そんな色。八雲は私の命を喰らいさらに禍々しく雰囲気を発すると私の体の中に侵食してくる。私の体を乗っとるつもりのようだ。思考を遮る怨念の羅列、激しい悲愴。乱れる思考を気力で無理矢理沈め八雲を下段で構える。
「妖刀とは、地に落ちな陰陽師。」
苛立ちを隠さず激情の表情をし、闘気は荒々しく乱れ地を削り砂利の嵐が溢れた。私を睨む鬼は腰を落とし右手を構える。右手に膨大な闘気を集める鬼を中心に風が渦巻いた。
心臓が高鳴る。散々痛め付けられ体はボロボロだ。それなのに心臓を脈打つスピードは早くなり、頬が引き上がるのを感じる。幾千の相手と戦ってきたがここまでの手合いは居なかった。鬼は次の攻撃で私を仕留めに来るだろう。
乱れる暴風に巻き上がる砂利は私を襲う。視界は最悪だ。体に至っては折れた骨が内蔵に突き刺さっている。これ以上長くなれば仮に鬼を倒したとしても私の体を持たないだろう。次の一撃が正真正銘の最後になるかもしれない。それだけはあってはならない。次の一撃で私は奴を切る。
深く息を吸い体中に酸素を取り込む。赤く染まっていた視界は徐々に色が抜け白黒なモノクロの世界になる。腰に構えた八雲を抜刀の体制で待つ。互いに次の一撃で終わる。
トクン、トクン、トクン。静粛なその場に互の心音が響く。そんな錯覚を感じてしまうほどその場は静かであったが、地を蹴る音と共に崩れ去った。
瞬く間に近づいた鬼の振り下ろされる右腕に合わす様に抜刀する。神速にも匹敵する抜刀は音を切り裂き鬼の右腕を真っ二つに切断した。
腕を切られたことに動揺しほんの一瞬出来た隙にすかさず、抜刀の体制から振り切った腕を戻すように右肩から左腰に対して切り裂く。
「きさ、ま!」
「貴方は死んでいます。もう休みなさい」
そう言い私は懐から一枚の符を取り出し睨みつける鬼の額に貼り付けた。符に対し私自身の血を付け術を発動させると、鬼が頭を押さえ悲鳴を上げる。悲鳴は辺りに響き空間を振動させ亀裂を走らせ結界を壊した。音を発てて崩れ、本来の姿を表したそこは薄暗い洞窟の中にある小さな社だった。洞窟の隅に建つ灯籠の火は不気味に辺りを照らす。
今まで行ってきた戦闘は無かったかのように私が受けた傷はなく、私が此処に来たときと何ら変わらない姿で、社の前に立っていた。
「流石は鬼神、か。」
私の目の前には人とそう変わらない大きさの干からびた右腕が置いてあった。私がさっきまで対峙していたのはこの右腕の持ち主の残留魔力だ。微量な魔力は幻影を見せ、幻影は自身を誠と思い込んだ。
それほどまでの力を持ちながら廃った種族が鬼である。
魔としての根源に最も近く最も遠い種族。だからこそ今いる鬼は偽物でしかない。過去の鬼がどれだけの驚異だったかは私達しか知らない真実。
私は干からびた右腕を持ちその場を後にする。
▽
頭が痛い。今回の件は余りに頭が痛い。よりによって持ち帰ってきた物が本物のリョウメンスクナの腕とは思わなかった。強力な呪術封印によって押さえられているがこれだけの神格を残した状態とは。
「まずい、ますますまずい。」
関西呪術協会はこれに気づいているなら全面戦争は確定だ。今回の事は余りに大きすぎる隠蔽はほぼ不可能。結果的にリョウメンスクナの一部を手に入れることが出来たが今はまだ戦争の時ではない。
「・・やはり、頼むしかない、か」
机の引き出しから呪術符を取りだし額に当てその者を思い浮かべる。
名を安倍雅。安倍晴明直系の血族で力は衰退したが絶対的な権力を今もなを持っている。関西呪術協会はどれだけの時間が経とうと安陪雅の勢力下である。
「・・申し訳ありません雅さま。・・はい。・・はい。お願いします。」
関東魔法協会は今だに一つの組織として完全に自律は出来ていない。日本全土は今だに安陪雅の力がなければ一つになれていない。この地についてまだ年を越していないがやはり実感させられる。私はやはり守られていると。
失礼します。その声と同時に部屋に入ってくる者は今回の問題を持ち込んだ者であるが責めるに責められない。持ち帰ったスクナの腕は神格が高く利用価値は今だにある。
「・・葛葉、スクナと戦ってみてどうだった?」
「はい。残留魔力だけで完全な幻影を作り出せる程の力でした。」
娘である近衛葛葉は対魔の血である"近衛"を使うことの出来る唯一の存在。そんな葛葉は裏切り者である私に着いてきてくれた。確定された未来を捨ててまで私に着いてきてくれた。妻を亡くした私にとってかけがえのない・・
「父さん?」
「な、何でもない。そう言えば学校の方はどうだ?」
「学校ですか?中等部にようやく上がれるのでとても楽しみです」
私は微笑み娘との唯一の時間を過ごす。学園の長、魔法協会の長になってから娘とまともに話したことはない。私は地盤を固めるのに忙しく時間が合わずにすれ違いがちだった為、いとおしく感じた。
▽
はるか地下深く異界に続く大きな門があった。門を型どるは幾千幾万の魑魅魍魎の死体。死臭漂う門の前には一人の鬼。
額に生やした一対の角は二寸ほどの長さがあり天を貫くように高く延びていた。藍色の着物を着た鬼は地面に座り刀を懐に抱き寝ていた。
門の向こう側から微かに香る血の臭いは濃厚でそして濃密だった。幾千幾万と言う死体の山が築き上げた門は大きな音を発てながら徐々に開きだす。
「・・・ふぇ?なに?なにさ!なんなのさ!」
唐突に開かれた門に驚き今だに寝ている頭を必死に起こすと、眠気眼で門の向こう側を眺めた。古い友人である一人の女性を筆頭に名だたる鬼を列ねる中に見知らぬ人の少女が一人。
「おぉこんな所におったか阿権!宴会に参加せずに仕事とは相変わらず真面目だなお前は!」
笑いながら阿権の背を叩く古い友人は、人間が入ることなど気にしていないかのようにいつも通りだった。
「・・スクナまて。なぜ人間の娘がいる?」
間髪入れずに再び言葉を紡ごうと思うと想像を絶する言葉が友から発せられた。
「おぉ!良くぞ聞いてくれた今日からさよが我ら鬼の頭だ!」
豪快な笑い声を上げる友はなんと言った?鬼の頭だと?
抑えきれない感情に私の周囲の地盤に変化をもたらす程の闘気を発していた。沈む地面を見ながら引きつる笑を見せる友はどもりながらそして私の機嫌を伺うように言葉を一つ一つ並べていった。
「そ、そのあれだ?さよはな、雅の使いで来ていたんだ!それで、その・・」
「・・・雅、だと?」
「そ、そう雅だ!安部ところの坊主の子孫だ!あいつには煮え湯を飲まされたから仕返しにさよを鬼の陣に取り入れようと思ったのだ!」
冷や汗をかきながら、たった今考えたかのような嘘をまくし立てる友に対に頭を痛める。別に私は怒っているわけではない、酒の勢いでそんなことを口走ったのだろうと容易に想像できる。ただ私は心外なのだ嘘をつかれるのは。鬼は嘘が嫌いだ。それは友であるスクナも同じ。それなのにそんな嘘をついた友である私に対して。隠したい何かがあるのだろう。知られたくない秘密があるのだろう。まったく、貧乏くじを引かされるのいつも私だ。
ため息をつき、吹き出す闘気を収め私はジト目で友を見つめる。乾いた笑い声を発する友は申し訳なさを出しながら私に謝ってきた。
「すまぬ阿権。今はまだ言えぬのだ。今はまだお前には」
「よい、いつものことだ。それより娘、先程はすまなんだ。」
謝罪の意味を兼ねて頭を下げると慌てるように止めに来た。
「わ、私の方も悪いのでやめてください!」
「ぬ、そうか。娘それで主の名は何と言う?私は阿権」
「私はさよ、相坂さよです!」
向日葵の様な満面の笑を向け私に右手を差し出す。さよの手は暖かかった。人の小さな手に宿る生命の鼓動は私の中に流れ込む。今までいなかった優しさに私の頬は自然とつり上がっていた。
「あぁよろしく頼むさよ。」
しばらくは鬼の頭にしてもいいのかもしれないな。
だいぶ遅くなってしまった