「マコ█先輩」って、知ってますか?   作:有馬Hidden

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黒舘ハルナが分かりません-1

「変わった見た目のお菓子ですけど……味はすごく良いですね」

 

「おいしい!チアキ先輩ありがとう!」

 

「どういたしまして!」

 

 次の日、チアキは「ミレニアム銘菓 アバンギャルド焼き」を万魔殿のメンバーに配っていた。

 

「それで『マコト』はどうだったの?」

 

 サツキがアバンギャルド君の頭部を千切りながら訊ねてくる。

 

「それが……けっこうややこしいことになっててですね……あはは……」

 

 チアキは、懐から昨日の取材メモを取り出した。開いたページには、文字が隙間なく書きこまれており、昨日の情報量の多さを物語っている。これを口頭の説明でそのまま理解させるのは難しいだろう。

 

 なにしろ、チアキ自身も未だに飲み込めていない部分が多々あるのだ。理解することを放棄し、黒板の内容をそのまま写し取っただけのノートのような状態である。

 

「まぁ、ここまでこじれてる時点で単純な失踪事件ではないことぐらいは分かってましたけど……」

 

 イロハは、既に2つ目のアバンギャルド焼きに手を伸ばしながら、気だるげに言った。どうやらミレニアムのお土産は相当お気に召したらしい。今度のミレニアムEXPOに連れていくのもアリだろうか。

 

「もしかして、チアキ先輩がずっと探してる人がみつかったの⁉」

 

 イブキは、目をキラキラさせながら言った。

 

「うーん、まだ見つかってはいないんですけど、見つけるための手がかりを見つけたって感じですね!」

 

「すごいじゃない!大きな一歩よ!情報部でも手も足も出なかったから、私はもう見つからないものだと……」

 

「へぇー……それで、何が分かったんですか?」

 

 イロハは相変わらず気だるげな口調だったが、僅かばかり口角が上がっているようにも見える。まぁ、アバンギャルド焼きがおいしいだけかもしれないが。

 

「えっと……どうにもキヴォトスで何らかの異変が発生して何人かの生徒がキヴォトスから消えてしまって、みんなの記憶からも消えてしまっている……みたいな感じらしいんです。それで、私が探している『羽沼マコト』もそれに巻き込まれているんじゃないかって」

 

 分かりやすく言うならこんな感じだろうか。うまく説明できているかは分からないが、今のチアキの理解度はこんなものである。

 

「え、もしかして……怖い話?」

 

 サツキは、自分の肩をギュッと掴んで体を少しだけ震わせた。京極サツキという生徒は、そういう怖い話が苦手な生徒である。

 

「私は3割ぐらいそういう話なんじゃないかとは思ってましたけど、本当にそういう話だったんですね」

 

 どうやら、イロハは最初から所謂『オカルト』絡みの案件だと思っていたらしい。だからあんまり協力する素振りを見せてくれなかったのだろうか。まぁ、見せていないだけでイロハなりに手伝ってくれていたことをチアキは知っているのだが、それを言及してしまうのは無粋というやつである。

 

「ねぇねぇ!そのマコト先輩?って人はどんな人だったの?」

 

 イブキが、ぴょんぴょんと跳ねながら訊ねてきた。

 

「それがですねぇ~聞いて驚かないでくださいよ~!なんと!」

 

 

 

「万魔殿の議長だったんですよ!…………あれ?」

 

 チアキは、思っていたような反応が返ってきていないことを不思議に思う。さっきまで手がかりが見つかったことを喜んでいたのに、どういうことだろうか。

 

「え、じゃあチアキ先輩がずっと探してたのは、ハルナ先輩ってことなの?」

 

 先ほどまで目をキラキラさせていたイブキが、チアキとハルナの顔を交互に見ながら不思議そうな顔をしている。

 

「あー、それはちょっと違くてですね~『羽沼マコト』って生徒が消えてしまったので、その代わりにハルナ先輩が入って……」

 

「チアキさん」

 

 説明している最中、ずっと黙ってアバンギャルド焼きを食べていたハルナが、いきなり割り込んできた。

 

 

 

「それはつまり、『黒舘ハルナ』がこの席に座っているのが『間違い』ということでよろしいですか?」

 

 

 

 チアキは、しまったと後悔したが、時すでに遅しというやつだろう。

 

「あー……、えっと、何と言いますか、言葉の綾って言うか……」

 

 取り繕ったところで無駄なのは分かっているが、やめられなかった。どうも自分は、羽沼マコトのことになると周りが少し見えなくなってしまうようだ。

 

 羽沼マコトという人物は、そこまで魅力的な生徒だったのかもしれない。

 

 しかし、今の議長は誰が何と言おうと『黒舘ハルナ』であり、彼女が羽沼マコトの代わりに積み上げてきた歴史があるのだ。

 

 いきなりそれを否定するようなことを言ってしまったのは、マズかっただろう。

 

「チアキさん、別に私は怒ってもいませんし、失望してもいませんよ

 

 イロハが、小さな声で「それはそう思ってる時のセリフ」と呟くのが聞こえた。しかし、チアキからするとハルナの態度は、言葉の通りにしか受け取れない。

 

「私、実は議長をそのうち辞めてしまおうかと考えていたんです」

 

 ハルナの表情は、食事をしている時の様な安らかなものだった。

 

「私が間違っているというなら、潔く引きましょう。ちょうど良いタイミングですし」

 

「ハ、ハルナちゃん?何を言ってるの?」

 

「……ハルナ先輩、辞めちゃうの?」

 

 ハルナは、イブキとサツキがオロオロとしていることを気に留めるそぶりも見せない。

 

「えっと……」

 

 いったいこの状況はどうするのが正解なのかと、チアキはテスト終了間際のように必死に頭を回転させたものの、良いアイデアは思い浮かばなかった。

 

「チアキ、ちょっと」

 

 困り果てていたチアキの袖を、イロハが軽く引っ張ってくる。

 

「……少し外で話しましょう。何を見聞きしたのか一旦私に全部教えてください」

 

「そ、そうですね……」

 

 チアキは、イロハに手を引かれ部屋の外に出た。

 

 

 

 

「……ってことなんですけど」

 

「はぁ……」

 

 説明を聞き終えたイロハは、小さく溜息をついた。

 

「変化してしまったマコト先輩はどこかにいるはずなので、とりあえずそれを探す……ってのが今のところの目標ですね」

 

「それはいいです。でも、元に戻る前にゲヘナ学園が壊れたら本末転倒でしょう」

 

「それは……そうですよね」

 

 イロハの言うとおりである。いつかマコトが議長の座に戻ってくるとはいえ、それは『今』ではない。

 

「でも……ハルナ先輩が辞めたいって思ってるとは……」

 

「それは私もビックリですよ。めんどくさそうにしてる時とかはありましたけど……そこまでだったとは……」

 

 チアキもイロハも、その兆候は全く察知できなかった。ずっと横に居たサツキだって同じだろう。

 

 もし今突然ハルナが議長の座を退いたとすれば、マコトを探すどころの話ではなくなってしまうのだ。しかも、今のゲヘナの平和は黒舘ハルナのカリスマ性によるところが大きい。急な辞任は、余計なトラブルや勝手な憶測を招く可能性がある。

 

 トップがコロコロ変わるというのは、それが日常茶飯事になっているレッドウィンターや以前の荒れたゲヘナ学園だったら許されたかもしれない。しかし、今の安定したゲヘナ学園では、学園そのものが崩壊しかねない行為だ。

 

 そもそも、異変が起きていると認識できていないキヴォトスの大半の生徒にとっては、何も変わらない日常のままである。急に辞めたとしても、理解ができないだろう。

 

「とりあえず……そのマコトが見つかるまでは続けてもらわないと私も、万魔殿も、ゲヘナも困ります。トリニティまで影響が及ぶ可能性だってありますし……今のところは辞めないよう説得してみましょう。私も手伝いますから」

 

 イロハは、珍しくやる気を出したらしい。めんどくさそうにしていても、何だかんだ仲間思いな生徒なのだ。

 

 

 

「あ……」

 

 だが、チアキはそこで思い当ってしまう。

 

 ハルナが議長を辞めたがっているのは、『そういうところ』なのではないだろうか。

 

 ハルナが辞めると、『みんな』が困る。だから、続けなくてはいけない。

 

 そう、『本人の意思』に関係なく。

 

「あっ……ああ!!」

 

 チアキの脳内で、点と点が繋がり始めた。

 

 黒舘ハルナは、そこそこいいところの『お嬢様』である。太い実家と周囲の『後押し』で議長の座に立った。

 

 いや、立ってしまったのだ。

 

 知っての通り黒舘ハルナには『上に立つ才能』がある。

 

 故に、上手くいってしまったのだ。何もかもが。

 

 敷かれたレールの上を走るだけだったのに、走るのが上手すぎた。

 

 きっとハルナは、ゲヘナを立派に統治したという実績を携えて卒業していくのだろう。学生の身でありながら、毎日のように会食へ呼ばれ、将来も期待されている。

 

 言ってしまえば、黒舘ハルナという生徒は『周囲からの期待』を押し付けられているのだ。

 

「じゃあ……まさか……!!」

 

 消されたのは『マコト』と『アリウス』ではない。

 

 本当に消されているのは、『ハルナが辞めるきっかけ』だ。

 

 この異変を引き起こしている『何か』は『黒舘ハルナを議長にすること』が目的なのだ。

 

 対抗馬が居れば、その座を譲ることができる。だからマコトは消された。

 

 条約が失敗すれば、その責任を取って辞める選択肢が生まれる。だからアリウスは無くなった。

 

 よく考えてみれば、トップに立ったハルナを批判する材料は『よく分からない相手(食堂の主)の食費を払っていること』ぐらいなのだ。これだけでは、辞任に追い込めない。

 

 きっと、チアキたちが認知していないだけで、ハルナを『辞めさせる材料』はたくさん消されているのだろう。

 

 

 

 黒舘ハルナが抱えているものは、大きくなり過ぎた。

 

 だが、黒舘ハルナは、何もかもを見捨ててしまうほど非情な人間ではない。

 

 辞めたくても、辞められない。

 

 とっくの昔に最大積載量を超えているのに、敷かれたレールを器用に走れてしまう。

 

 だから誰も気づけない。

 

 もしも、気が付いたとしても消されてしまうのだ。

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 ふと、チアキはそこで一つの事実に思い当たった。

 

「……ってことは次に消されるのは『私』ですか?」

 

 そう、『ハルナが辞める原因』が消えているならば、ハルナに辞職を決意させた『元宮チアキ』もそれに当てはまってしまう。

 

 冷や汗が、チアキの頬を伝った。

 

「いやいやいやいや!そ、そんなわけないじゃないですか……」

 

 心臓の鼓動が早まる。視界がふらつく。

 

 それが『攻撃』なのか、『緊張』なのか、もはやチアキには判断できない。

 

 息が上がる。まるでフルマラソンを走り切った後のように、呼吸が苦しい。

 

 

 

 今にも倒れてしまいそうなチアキを正気に戻したのは、銃声だった。

 

「……へ?」

 

 誰が何のために発砲したのか。

 

 それを確認するために、チアキは周囲を見回す。

 

「何を……したんですか……!!」

 

 イロハが万魔殿制式拳銃を『部屋の中』に向けて構えていた。しかもその銃口からは、硝煙が昇っている。考えるまでもなく、発砲したのはイロハだと理解できた。

 

 だが、何故部屋の中に向けて撃っているのか。いや、考えている場合ではない。

 

「イブキに、先輩たちに……何をしたのかと……聞いているんです!」

 

 チアキは、珍しく怒りの感情をあらわにしているイロハの背後から部屋の中を覗き込んだ。

 

「えっ……!?」

 

 ハルナは、机に突っ伏したまま動かなくなっていた。

 

 だが、それだけではない。サツキも、イブキを抱きかかえるようにして床に倒れていた。全員ピクリとも動く様子が無い。

 

 しかし、チアキにとって『最も衝撃的なこと』は違った。

 

「なんで……ここに……いるんですか……?」

 

「…………」

 

 部屋の中に、『食堂の主』がいたことである。

 

 当然のことながら、ここは万魔殿であり、食堂ではない。彼女が食堂を出ると、チアキですら把握できなくなってしまうのに、どうしてこの部屋に居るのか。

 

 いや、そもそもどうやってこの部屋に入り込んだんだ。

 

 チアキとイロハは、一つしかない扉の前で話をしていた。出入り口はここだけだし、話している間に誰かがこの部屋に入ろうとすれば、いくら集中していたとしても気が付くだろう。

 

「チアキの知り合いなんですか?」

 

 イロハは、照準を食堂の主に合わせたまま訊ねてきた。知り合いと言えば知り合いだが、『友達』と聞かれれば怪しい。

 

 チアキとしては友達になりたいが、向こうはそれを拒んでいるのだ。

 

「食堂の主さんですよ!なんでここに居るのかは分かりませんが……」

 

「ああ、あの幽霊……初めて見えました。こんな姿をしていたんですね」

 

 自分以外視認できず、会話もできない存在ということだったが、どうやら今はイロハにも見えているらしい。

 

 そうだ。ハルナにまだ『食堂の主』のことを聞いていない。

 

 食堂の主は、どう考えてもこの異変の『関係者』である。もしかしたら『羽沼マコト』が変化した姿かもしれない。そういう話だった。

 

 

 

「……ッ!!」

 

 一瞬考えこんでしまったのが、隙だったのだろう。

 

 

 食堂の主が、イロハの目の前に移動していた。チアキの意識が彼女から逸れていたのは、瞬きするようなわずかな時間である。

 

「…………」

 

 そして、イロハは倒れた。

 

「イロハ⁉」

 

 呼びかけても、イロハの反応は無い。部屋の中のイブキ達のように、床に伏せたままピクリとも動かなくなってしまう。

 

「え……あ……なんで……」

 

 食堂の主は、イロハが動かなくなったことを確認すると、顔をチアキへ向けてきた。

 

「……あ」

 

 その瞬間、チアキは理解した。

 

 食堂の主は、異変に巻き込まれた生徒ではなく、『元凶』である。

 

 この異変で、マコトやアリウスを消したのは『食堂の主』だ。

 

 黒舘ハルナを辞めさせようとしている『元宮チアキ』のことを消しに来たのだ。間違いない。

 

「あの……もしかして、私のことを消しに来ました?なんて……あ、あはは!」

 

 チアキは、おちゃらけてみるも、食堂の主は無反応のままだった。いや、表情が分からない。

 

 表情が見えているのに、認識できない。笑っているのか、怒っているのか、それとも悲しんでいるのかも、チアキには判別できなかった。

 

 だが、確実に分かることがある。

 

 元宮チアキは、ここで終わりということだ。目の前に食堂の主が居るということは、そういうことだろう。

 

 銃は部屋の中だし、イロハがこんな近距離で狙いを外すわけがないので、そもそも通用するかが怪しい。

 

 それでも、どうにかしてこのことをノアに伝えなければ。

 

 こうなってしまった以上、チアキにできるのは『情報』を残すことだけである。

 

 しかし、チアキの携帯は部屋の中で充電中だ。じわじわと近づいてくる彼女を避けて取りに行くか、別な方法を考えなければならない。少なくとも、前者はほぼ無理だろう。

 

 戦ったとしても、勝てるビジョンが浮かばない。いや、そもそも戦闘が成立するか怪しい。例え風紀委員長がこの場にいたとしても、イロハたちのようになる予感しかしなかった。

 

 ならば、どうにかして時間を稼ぐしかない。その間に、何か考えよう。

 

「あの……聞いてもいいでしょうか」

 

 チアキは問いかけた。だが、食堂の主は反応しない。

 

「あなたは、羽沼マコトですか?」

 

 応えない。やはり、羽沼マコトとは別人なのかもしれない。

 

「どうしてこんなことをしているんですか?」

 

 応えない。

 

「ハルナ先輩に、何をさせたいんですか?」

 

 動きが、一瞬止まった。

 

「……!!」

 

 これだ。チアキは、自らの予想が当たっていることを確信する。ならば、ここからどうにかして突破口を開くしかない。

 

 話は通じる。ならば、会話は可能なはず。

 

 チアキは、覚悟を決めた。今までに積み上げてきたコミュニケーションスキルをフル活用して、時間を稼ぎ、情報を得るのだ。

 

「やっぱり!あなたはハルナ先輩と何か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──何かを咀嚼する音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、もうなくなっちゃったんですか?」

 

 アバンギャルド焼きの箱へ伸ばしたイロハの手は、何も掴まなかった。

 

「えーっ、イロハ先輩食べすぎ!イブキはまだ1個しか食べてないのに!」

 

 イブキは、イロハへの抗議として脇腹を軽く突いた。だが、流石に心から怒っているというワケでもないだろう。アバンギャルド焼きのおいしさはイブキも理解しているはずだ。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 見ている分には微笑ましい光景だが、イロハにはショックが大きかったらしい。

 

「そうですよイロハさん。まだこんな時間だというのに、そんなに食べてしまってはお昼ご飯が食べられませんよ?」

 

 ハルナは、我が子を優しく叱る母親のように言った。その横でサツキも無言で頷いている。

 

 確かに、食事に重きを置いているハルナからすれば、間食で本命の食事が食べられなくなるなんてことは、特別な事情がない限り許せないことの一つだろう。

 

 少食寄りのハルナ議長なのだから、なおさらのこと。

 

「まぁ、私はこの後も何回かミレニアムの方に行くでしょうし、また買ってきますよ!」

 

 ここまで気に入られるとは、選んだチアキ自身も思っていなかったことである。しかし、自分の土産選びが間違っていなかったということは、喜ぶべきことだろう。

 

「……それで、話はどこまで進んだんでしたっけ?」

 

「『アリウス』という組織が重要であるかもしれないので、私が仕事の片手間に調べてみましょうというところまでですよ」

 

「ああそうでしたね!ありがとうございます!」

 

 アバンギャルド焼きに気を取られ、()()()()()()()()()()()()()()をうっかり忘れてしまった。まぁ、よくあることだ。何かを調べようと思って携帯を取ったのに、すっかり忘れてSNSをしてしまうなんてことは、共感できるネタだろう。

 

「そうね、情報部の方でも探してみるわ」

 

 サツキも、ハルナに同意した。まぁ、トリニティの方で何も見つからないということは望み薄かもしれないが、やれることはやっておきたかった。何が解決につながるのかは、未だに分からないのだから。

 

「それで……あとは……」

 

 チアキは、取材メモを取り出して確認した。

 

「…………」

 

 まだ、羽沼マコトが『本来の万魔殿議長』であることは、ハルナに()()()()()()。というか、伝えられない。

 

 よく考えて欲しい。今そこに居るあなたは間違っていて、その場所は本来別の人物がいるべき場所なんですよと言われて、良い思いをするだろうか。

 

 少なくとも、チアキは今まで自分が積み上げてきたものが否定されるような気分になる。だから、言っていない。

 

 伝えるべきタイミングは、解決の目途が立った時か、手詰まりでどうしようもなくなった時だろう。それか、ハルナが何か言ってきた時だ。

 

 ということで、羽沼マコトは存在を消されて別な人物になっているかもしれないということしか、チアキは伝えていないのだ。

 

「あ!あとこれも聞かないといけません!あの、食堂の主のことなんですけど……」

 

 食堂の主。おそらく、この異変の被害者の一人だ。

 

 もしかしたら、彼女こそが羽沼マコトで、食費を払っているハルナは何か知っているかもしれない。

 

「も、もしかしてまた怖い話なの……?」

 

 サツキは、再び自分の肩を掴んで小さく震え始めた。

 

「サツキさん」

 

 だが、それをハルナが止める。

 

()()は、私の仲間ですよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「……!!もしかして、何か知ってるんですか!」

 

 ハルナは、彼女のことを『仲間』と呼んだ。ということは、何か知っているのかもしれない。チアキは、期待しながら次の言葉を待つ。

 

「私が知っていることは……彼女はずっとお腹を空かせていることだけですよ。チアキさんが期待しているようなことは、何も知りません」

 

「そうですか……」

 

「彼女の食事代を払っているのも、お腹を空かせた生徒に食事を与えているだけです。それ以上でも、それ以下でもありません」

 

 少しだけ残念だったが、ハルナは何も分からないということが分かっただけ、一歩前進だろう。

 

「私からすれば、彼女とお話しできるチアキさんの方が詳しいように思えますわ」

 

「え、チアキちゃん……お話しできるの?」

 

 サツキは、目をぱちくりとさせていた。

 

「ゲヘナ3大タブーの2つがチアキ絡みって噂はありますよ。……良くも悪くも、ですが」

 

 イロハは、呆れるように言った。イブキを背中に乗せているのは、何らかの謝罪行為なのだろう。

 

 それはさておき、取材以外でも何度か話しかけようとしていた自分がそういう風に思われていることはチアキもなんとなく知っていた。しかし、それを理由にして避けてくる生徒は、全くいない。自分は良い友達を持っているのだと、チアキは改めて実感した。

 

 これもチアキの人柄の良さ、そして仲良くなる才能によるものだろう。

 

「うーん……じゃあ、やっぱり私が直接聞きに行くしかありませんねぇ……」

 

「……怪我しないでね?」

 

 結局、食堂の主から情報を得るには、自分が動くしかない。チアキは方針を固めた。

 

 サツキが心配しているが、一度思いっきり追求することになるかもしれない。怒られずに取材ができるだろうか。

 

「……皆さんが思っているほど、悪い人ではありませんよ。ただお腹を空かせているだけ。ちょっと姿が見えないだけで、私たちと同じ存在です」

 

 ハルナは、食事に重きを置いているため、同じ趣向の存在には甘いのだろうか。まぁ、共通の趣味があると話が弾んでしまうのは、チアキとしてもよく分かる。

 

 もしも、ハルナ議長が自分と同じように食堂の主と会話が可能だったら、きっと良い友達になっていたに違いない。

 

「いや……食べる量がおかしいでしょう」

 

「……18個入りのお菓子を空にしたイロハさんがそれを言うんですか?」

 

 イロハは、不服そうな顔はしていたが、何も言い返さなかった。

 

 おそらく、ハルナは感情を露わにこそしていないが、少しばかり怒っているのだろう。食べたかったお菓子を全部食べられてしまったら、怒るのも当然のこと。

 

 そう考えると、食堂の主も過剰に怖がられているだけで、普通の生徒なのかもしれない。誰だって、食事の邪魔をされたら嫌だろう。

 

「じゃあ、食事のタイミング以外だったら取材に応じてくれる……のかも?」

 

 チアキは、とりあえず手帳にメモをした。食堂の主は食堂から外に出ると、チアキでも認識ができなくなってしまうため、食事をしている姿以外は見たことがない。

 

 もし、食事をしていない食堂の主を見かけるタイミングがあったら、取材を試みてみよう。

 

「それにしても、好きなものを好きなだけ、好きなように食べるというのは……少しだけ羨ましいものです」

 

 ハルナは、窓の外を眺めながら言った。

 

 確かに、ハルナ議長は、少食気味な生徒である。食堂の主のような食事には、ある種の憧れがあるのだろう。

 

 

 

「それに比べて……私は……」

 

 その呟きが、誰に聞かれることはない。

 

 

 

 ──ゲヘナ学園は、今日も『嫌になるくらいの快晴』だった。

 

 

 

==

 

 

 

「イズミ~!ちょっとお皿回収してきて~!」

 

「はーい!」

 

 給食部のイズミは、部長であるフウカのお願いを受け、食堂の隅に積み上げられていく食器を回収に向かった。食堂の主は、食べはするものの食器を戻しにきてくれないので、誰かが回収しに行かなければならないのだ。

 

 ジュリとジュンコは怖がって行くのを渋っているが、イズミは特に何とも思っていない。端っこでご飯をずっと食べているだけの存在だし、チアキが気さくに話しかけているのを何度か目にしている。

 

 イズミ本人の基準ではあるが、きっと『悪い子』ではないのだろう。

 

 食堂の主が『主』たる所以である「食事の邪魔をしてはいけない」というルールも、ご飯を楽しんでいる時に邪魔されたら、怒るのは当たり前のこと。誰だってそうするだろうというのが、イズミが抱く食堂の主へのイメージである。

 

 だから、イズミは彼女を特別扱いせず、一人のお客さんとして扱っていた。姿は見えなくても、自分たちが手掛けた料理をいっぱい食べてくれるというだけで、心が温まるものだ。

 

「お皿、持っていくね」

 

 積み重なった皿を、イズミは器用に回収していく。最初はなかなか苦労したが、今ではもう慣れたものである。見る人が見れば、曲芸師として食べていくことを推奨するレベルで手慣れているのだ。

 

 皿を回収したところで、イズミの視界に見慣れぬ物体が目に入った。この机に料理と皿以外の物体が存在しているのを目にするのは、初めてのことだ。

 

 何かのゴミだろうかと、食事をする主の邪魔にならないように摘まみ上げる。

 

「あー、これミレニアムのお菓子じゃん」

 

 イズミが摘まんだのは、『ミレニアム銘菓 アバンギャルド焼き』と描かれた包装紙だった。どこかのタイミングで、一度食べた覚えがある。結構おいしいお菓子だったはずだ。

 

 個人的には、もう少し味のバリエーションが欲しいと思っている。前衛的(アバンギャルド)の名を冠するなら、いろんな味に挑戦してこそだろう。

 

「もしかしてミレニアム行ってきたの?」

 

 それはさておき、なぜその包装がテーブルにあるのだろうか。ゲヘナの食堂でしか存在を確認できないだけで、もしかしたら本人は割と自由気ままに行動しているのかもしれない。

 

「あ、こないだチアキがミレニアム行ったって聞いたから、そのお土産?」

 

 そういえば、チアキに対してフウカ部長が『ウチに導入された謎の調理器具』の詳細を調べて欲しいと週刊万魔殿に投稿していたはずだ。もしかしたら、その取材に行ってきたのかもしれない。

 

 チアキなら、お土産をあげるから代わりに取材させてほしいと言い出しても、不思議ではない。

 

「それ、おいしいよね。私も前食べたことあるけど……あれ、いつ食べたんだっけ?」

 

「ね、ねぇイズミ……もしかしてアンタもその『食堂の主』が見えてるの……?」

 

 なかなか戻ってこないイズミを心配したジュンコが、柱の陰に隠れながらイズミに小声で訊ねてきた。

 

「いや?見えないし話せないよ?私はチアキじゃないし」

 

「じゃ、じゃあ早く戻ってきなさいよ……!怒らせないうちに……!」

 

 怖がっている割に、こうして心配してくれるのが赤司ジュンコという生徒である。いや、食堂を破壊されてはたまらないというだけのことかもしれないが。

 

「えー、これぐらいじゃ怒らないと思うけどなぁ、美味しいお菓子の話してただけだし」

 

「……ならいいけど。でも、お皿が足りないと流れが止まっちゃうから!」

 

 それもそうかと考えたイズミは、調理場に設置された最新型食洗器へ皿を運び込み、スイッチを押す。

 

 大量のお皿を5分で洗浄し、乾燥まで済ませてくれるミレニアムの最新型食洗器を導入してくれたハルナ議長には感謝してもしきれない。

 

 ごうんごうんと音を立てながら洗浄されていく食器を眺めていると、イズミは自分のエプロンのポケットに何かが入っていることに気が付いた。自分では何かを入れた覚えはないので、何だろうかと確認する。

 

「……あ、アバンギャルド焼きだ。もしかして、くれたのかな」

 

 入っていたのは、先ほど目にしたばかりのアバンギャルド焼きだった。しかも、未開封。

 

「いただきまーす」

 

 イズミは、何の疑いもなく、包装を破り、アバンギャルド君の頭部を齧る。

 

 やはり、食堂の主という存在はみんなが思っているほど怖い相手ではないのだろう。自分と同じように、ご飯を食べておいしいと感じるだけの、普通の存在。

 

 もし話ができたなら、意外と気が合うのかもしれない。イズミは、主と会話できるチアキのことが少しだけ羨ましかった。

 

「うん、やっぱりおいしいね!お菓子ありがとう!」

 

 当然、返事は無い。

 

 それでも、姿は見えない誰かは、自分のことを見つめている。イズミは、そんな気がした。




【アバンギャルド焼き】
ミレニアムサイエンススクールのお土産として人気な商品。餡子とかクリームが入っているタイプのよくあるお菓子。ミレニアム史上最も優れた作品として名高いアバンギャルド君の頭部を模した形をしている。ふざけた見た目と名前だが、ミレニアムの英知が集結して作られているため、その辺の類似商品とは別格の存在である。

かつてWeb公募で新フレーバーを募集したことがあり、その結果『エナジードリンク味』がミレニアム生徒の3倍の票数を獲得した。だが、票数の割に不評だったため、投票企画も新フレーバーの発売も行われなくなったという悲しい過去を持つ。
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