「マコ█先輩」って、知ってますか?   作:有馬Hidden

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公式がそういうことするなら私は何も書かなくて良い気がしますが……(まだ何も読んでないけど)
完結はさせます

【業務連絡】
あの演出は長い場面に適用すると読むの疲れるので、付けたりつけなかったりします


黒舘ハルナが分かりません-4

「あっ、サオリさん」

 

 錠前サオリは、いつもの巡回ルートの途中で、同じく自警団のメンバーである守月スズミに声を掛けられた。その横には、同じく自警団の宇沢レイサも並んでいる。

 

「ああ、スズミか。どうしたんだ? ここは確か巡回ルートではないはずだが……」

 

 サオリは、他のメンバーが見回らない場所を中心に見て回るようにしているため、基本的に自警団と遭遇する機会は少ない。

 

「えっと、一緒にランチを食べに行かないか……誘いに来たんです」

 

 スズミの用事は、ランチへの誘いという割と珍しいことだった。レイサにはそれなりの頻度で誘われることがあったのだが、スズミからは中々ないことである。

 

「私と?随分と急だが……まぁ、構わないぞ」

 

 少々驚いたが、サオリの午後の予定は特にこれといって何かあるわけではない。いつも通り、パトロールとトレーニングである。急に何かあった時のために、サオリは基本的にスケジュールを空けておくようにしていた。

 

「レイサさんが、スイーツ部の皆さんからカフェの割引券を3枚貰ったようで、一緒に行きませんかと誘ってくれたんです」

 

 スズミの横で、レイサが誇らしげに胸を張っていた。その様子を見て、カズサから貰ったのだろう、とサオリは予想を付ける。考えられる理由はいくつかあるが、いずれにしても3枚プレゼントしているあたりに本人の人格の良さが伺える。

 

「なるほど……確かにミサキもここの店は『美味しい』と言っていた」

 

 割引券を受け取って確認してみれば、つい先日ミサキの話の中に登場した店名だった。ここまでおすすめされるならば、味や店のサービスに問題はないだろう。

 

 美味しいお菓子を楽しむ放課後スイーツ部と、トリニティの平和を守る自警団。パッと見る限りでは全く関連性が見当たらない部活動同士だというのに、何故か関わることが多い部活同士でもある。

 

 本当に人の縁とは不思議なものだ。

 

「じゃあ、さっそく向かいましょうか」

 

「そうだな。昼食にはちょうど良い時間だろう」

 

 腕時計を見ると、11時32分。早く行かないと混み始めてしまうかもしれない時刻だった。

 

「待って」

 

 スズミでもレイサでもない声に、サオリは呼び止められる。誰だろうかと振り返って確認してみれば、アツコだ。

 

「ごめんなさい。私、今日はサッちゃんと一緒に居なきゃいけないの」

 

 アツコは、サオリの腕をやや強引に引っ張りながら、スズミたちに頭を下げた。

 

「あ、じゃあアツコも一緒に……」

 

 何故一緒に居なきゃいけないのか、サオリには全く心当たりがない。一緒に居るだけで良いならば、アツコも一緒にカフェへ行けば良いのではないか。割引券は無いが、スズミたちも嫌がりはしないだろう。

 

「ダメ」

 

「アツコ……?」

 

 普段であれば、優しく笑いながら「じゃあ一緒に行こう」と言うはずのアツコは、いつになく険しい表情で、力強く否定した。

 

 突然のことにレイサは困惑し、キョロキョロと他の生徒の顔を見回している。

 

「スズミさんとレイサさん。理由は言えないけれど、私たち5人じゃなきゃいけないことなの」

 

「……分かりました。きっとアツコさんたちには、何かとても大事な用事があるのでしょう」

 

「ごめんなさい」

 

「大丈夫ですよ。別に3人でなければ行けない店というわけでもありませんし……それに……」

 

 スズミは、少しだけ目を閉じる。

 

「機会は、いつかまた巡ってくるでしょうから」

 

「そうだね。きっと、いつか……『私たち』が『スズミさんたち』と仲良く同じ席に座って食事ができる時は、来るはずだから」

 

「……? ええ、そうですね」

 

 アツコの不思議な言い回しに、スズミは首を傾げつつも納得したようだった。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

「あっ、ああ……」

 

 サオリ自身もイマイチ状況が飲み込めなかったが、こうしてアツコが強引に物事を進めようとするのは、昔から時々あったことだ。

 

 まぁ、きっと今回もそういう感じなのだろう。

 

 

 

 

 

「あの……なんか、今生の別れみたいじゃありませんでした?」

 

 サオリたちが立ち去った後で、レイサが口を開いた。ただ用事があった、ということにしては、アツコから感じる『覚悟』が凄まじかったのだ。

 

「……きっと、あの5人には本人たちしか分からない『大切なもの』があるんですよ」

 

 あくまでそんな気がするだけですけどね、とスズミは付け加えた。レイサも、それでひとまず納得することにしたらしい。

 

「残った一枚はどうしましょう?」

 

「うーん……」

 

 貰った割引券は3枚。2人になってしまったので、余ってしまう。

 

「そうだ!先生でも誘ってみますか⁉︎」

 

「いい考えですね。先生は……きっと今頃コンビニでお弁当でも買ってるでしょう」

 

 スズミとレイサは、サオリと別れて違う場所を目指すことにした。

 

 

 

 

 

「あ、サオリも来た」

 

「……みんなも集められていたのか」

 

 サオリは、同じように集められたのであろう幼馴染たちの元へ合流していた。

 

「よし、これでみんな揃ったね」

 

 アツコは、何かを確認するように、4人の顔を見回す。

 

「あ、あのぉ……どうして急に……」

 

 ヒヨリが、恐る恐ると言った様子でアツコに質問した。こういう時のアツコには、何かの圧のようなものがある。それこそ、自警団として経験豊富なサオリですら若干気圧されてしまうほどのものが。

 

「そーだよ、もう……」

 

 頬を膨らませ、不満を露わにするミサキ。まぁ、ミサキがこういう怒り方をする時は、あまり怒ってはいない時だ。本気で怒っている時は、感情が消えたようになる。

 

「ああ。全員揃ったんだからそろそろ教えてほしい。どうして私たちを集めたのか……」

 

 アズサは、トリニティ指定のジャージ姿だった。おそらく補習授業部のメンバーで何かしていたのだろう。彼女たちは解散してからも、たまに集まっているらしい。

 

 いつも自分の後ろを追いかけてきていたアズサ。そんな彼女が、サオリから離れたところで友達を作っているというのは、嬉しいようで少しだけ寂しいような気がする。

 

「委員長に押し勝ってまで私を連れ出したんですから……よっぽどのことなんですよね?」

 

 ヒヨリは、チラチラと携帯の画面を確認していた。どうやら図書委員会は図書委員会で、別の大事な用事があったらしい。しかし、ウイ委員長は、そういう状況で簡単に連れ出すことを許可しなさそうな人物だったとサオリは記憶している。まぁ、流石はアツコと褒めておくべきなのだろうか。

 

「私がみんなを集めた理由……それは……」

 

「それは?」

 

 サオリは、息を呑んだ。

 

「……ここでは話せないかな。色んな人を無差別に巻き込んじゃうし」

 

 そう言うと、アツコは踵を返して歩き始める。

 

 ミサキたちは、訳も分からず顔を見合わせるも、とりあえずアツコの後に続いて歩いていくことにした。

 

  15分ほど歩いたところで、レストランが見えてくる。どうたら、目的地はあそこらしい。

 

「予約してた秤です」

 

「奥の個室にどうぞ~」

 

 サオリは初めて訪れた店だったが、アツコは慣れた様子で店の奥に歩いていく。

 

「ここのレストランはね、個室で静かに食べられるから結構良いんだ」

 

 個室の中には、6人掛けのテーブルが設置されていた。窓があるとはいえ、植え込みが窓の半分ぐらいを覆っているので、落ち着いて食事が可能だ。

 

 そうだ、こういう店ならばハルナ議長も落ち着いて食事ができるのではないだろうか。次にチアキ書記かハルナ議長に会った時には伝えてみよう。サオリは、頭の片隅に書き留めておいた。

 

「へぇ~いい感じの店じゃん。今度スイーツ部の皆にも教えておこうっと」

 

 どうやら、ミサキも同じようなことを考えていたらしい。

 

「私は……ミサキとヒヨリの3人で来たことがあるんだけどね」

 

 アツコは、少しだけ悲しそうに言った。

 

「……え、そうだっけ」

 

「私も心当たりは……」

 

 ミサキとヒヨリは、困ったように顔を見合わせる。しかし、お互いに何も分からないので困惑が加速するだけ。

 

「まぁ……そのあたりは今から話すから、とりあえず座って注文して」

 

 

 

 注文をしてすぐ、ヒヨリが頼んだ山盛りフライドポテトが運ばれてきた。5人で分けて食べるとはいえ、食前にそんな量を食べて大丈夫なのだろうかとサオリは少しだけ不安になる。

 

「じゃあ、どうしてみんなを集めたのか話すね」

 

 おそらく、アツコが「他人を巻き込んでしまう」と言っていたから、他人に聞かれるとマズい話ではあるのだろう。それも、補習授業部や放課後スイーツ部だけではなく、図書委員会や自警団にすら聞かせられない内容の。

 

「簡単に言うと、今のキヴォトスはそれなの」

 

 アツコは、テーブルの一点を指さした。サオリは、アツコの指が指し示す方向に顔を向ける。

 

「…………?」

 

 ヒヨリが、不思議そうな顔をしながらフライドポテトをケチャップに浸していた。

 

「ポテトってことですか?」

 

「ちょっと違う。今のキヴォトスは、少しずつ食べられてる」

 

 アツコは、手を伸ばすと、そのままポテトを一本抜き取り、自身の口に放り込んだ。何回か咀嚼した後に、飲み込む。

 

「えっと、どういうこと? 何かの比喩?」

 

 ミサキは、良く分かっていない様子で訊ねた。正直なところ、サオリも良く分かっていない。

 

「サッちゃんが、今チアキさんから頼まれて『アリウス』を探しているのは知ってるよね」

 

「ああ、そうだ。結局何も分かっていないが……」

 

 調査を始めて2日ほど経過しているが、何もそれらしき情報は掴めていない。

 

「うん、分かるはずがない。だって、アリウスという『概念』ごと消滅してしまったから」

 

 アツコは、何でもない事であるかのように言った。消滅というのは、どういうことだろうか。

 

「……まさか」

 

 少し考えてから、サオリは理解した。先ほどの『少しずつ食べられている』と『概念ごと消滅した』というアツコの言葉。

 

 その2つが意味するのは……

 

「食べられちゃったんですか!?」

 

 ヒヨリがそこそこ大きな声を出したが、サオリには、それを注意しようという考えすら浮かばない。

 

「正解」

 

 アツコは、再びヒヨリの前からポテトを1本抜き取った。

 

「チアキさんが、『羽沼マコト』って人を探してるのも知ってるよね」

 

 まさか、そんなことがあって良いのか。サオリはそう思っているものの、理由として考えればしっくりくる出来事にいくつか心当たりがある。否定することができなかった。

 

「その、マコトって人も食べられちゃったんですね……」

 

「そういうこと」

 

 アツコとヒヨリは、ポテトを食べ続けていたが、他の3人は食べる気にすらならない。重要な話だとは思っていたが、ここまでのことだとは思わなかったのだ。

 

「チアキさんも、私と同じように『世界の違和感』に気が付いている人だと思う」

 

 とりあえず、今のキヴォトスは何者かに食べられ、その食べられた部分が欠損した不完全な姿であるということなのだろう。サオリは、そういう風に理解することにした。

 

 そしてアツコは、そのことに気が付いている。

 

「……じゃあ、アリウスが何か知っているのか」

 

「アリウスってのは、トリニティの忘れられた分校。限られた人しかその存在を認知していなかったけど……まぁ、今のキヴォトスよりは有名だったよ」

 

「そうなのか……」

 

 サオリが探し回っていたアリウスの情報は、あっけなく見つかってしまった。今まで走り回ったのは何だったのかと言いたくなるが、状況が状況だ。そういうことを言っている場合ではない。

 

「……じゃあ、チアキ書記にも教えた方が良いんじゃない?」

 

 ミサキの言う通りだった。とりあえず、チアキ書記にも教えておいた方が良いのは間違いないだろう。サオリはそう思い、携帯電話を取り出す。

 

「待って、サッちゃん。アリウスが消されたってことは、『消される理由』があるってこと」

 

 モモトークを開こうとしたところで、アツコがそれを止めた。確かに、一理ある。

 

「つまり……チアキ書記に教えることが、それに抵触する可能性があるということか?」

 

「そういうこと。みんな約束して、私が今からする話はこの個室の外に出さないって」

 

 サオリは、無言で頷きながら携帯電話をしまい込んだ。

 

 なるほど、だからこの5人だけの中に留めておくことにしたのだろう。そういうことならば、この事実を知る生徒は少ない方が良いに違いない。他の全員も、それを理解したようでアツコの話に無言で頷いていた。

 

「今のキヴォトスをめちゃくちゃにしているのは、『黒舘ハルナに執着している何か』なの。理由は分からないけれど、黒舘ハルナが議長であることに固執している」

 

「なるほど、アリウスは万魔殿議長が辞める理由になるから消された……ということか」

 

 概念ごと抹消されるような学校がキヴォトスに戻ってきたならば、そいつは再びアリウスを消し去ろうとしてくることだろう。アツコの身を守るためにも、チアキ書記でなくとも他人に伝える訳にはいかない。

 

「え? トリニティの忘れられてた分校なんて、万魔殿議長と関係なくない?」

 

 ミサキが、疑わしそうに訊ねる。文字通りに受け取れば、確かにそうかもしれない。両校は関係が深いとはいえ、忘れ去られた分校がゲヘナ学園の議長に何の用があるのだろうか。

 

「アリウスはね……エデン条約調印式を襲撃して、条約を自分たちのものにしようとした」

 

 少しだけ、悲しそうな声でアツコは答える。

 

「まぁ、それなら確かに、万魔殿議長の邪魔になるか……」

 

 ミサキは、少しだけ苦い顔をした。

 

 調印式の場を襲撃するとなれば、そこに出席していたハルナ議長にも身の危険が及ぶ。今の現象を引き起こしている『何か』が、ハルナを議長の座に留めておくことを目的にしているならば、消されてしまうのも当然のことだろう。

 

「酷い人たちですね……条約をめちゃくちゃにするなんて……」

 

 ヒヨリが、そう言うのも無理はない。

 

 エデン条約に伴う関係の改善により、向こうの本を取り寄せるのが楽になったとヒヨリがこの前発言していたのをサオリは覚えている。まぁ、今のトリニティでエデン条約とその前後に起こった諸々の恩恵を受けていない人物は少ないと言っても過言ではないのだが。

 

「じゃあ、このキヴォトスを食べてる?って奴は『良い奴』なんじゃないの? 別にこのままで良くない?」

 

 ミサキが、今度は楽観的に発言した。

 

 確かに、その通りかもしれない。調印式会場の襲撃という事件は、サオリがかつて担当したハルナ議長の護衛任務とは比べ物にならないレベルの大事件だ。

 

 それが原因ごと全て無くなったというのは、トリニティとゲヘナの両者にとって悪いことではないだろう。大勢が傷つく事件が消えたというのは、喜ぶべきことなのではないか。

 

 なのに、どうしてアツコは悲しそうな表情をしているんだ。サオリはどこか腑に落ちない気分だった。

 

「そうだよね……『今のみんな』ならそう言うよね」

 

 アツコは俯く。そのまま、数秒間黙っていた。

 

「私が許せないのは、こういうところなんだ」

 

 口調こそ穏やかだったが、その発言には確かな怒りが籠められているのを、サオリは感じ取る。

 

「これからみんな一緒に頑張っていこうって決まった時に、苦難も努力も、何もかもが無かったことになって、全く別な人生を歩まされてる」

 

「……アツコ?」

 

「確かに、全体で見ればいいことかもしれない。でも、どこの馬の骨かも分からない奴にめちゃくちゃにされて、向き合うべきことに向き合えなくなってる。私は……それが許せないんだ」

 

「……………」

 

 サオリは、このタイミングで口を開きかけたが、何も言えなかった。

 

「結局のところ、『あれ』は自分が見たいものを見ようとしてるだけで、他のことは何も考えてないの」

 

 全員、アツコの話を黙って聞いている。ヒヨリですら、ポテトをつまんだまま動かない。

 

「まぁ……ちゃんと思い出すまでは、私もそれなりに楽しんでたけどね」

 

 面白いものも見れたし、とアツコはミサキの方を向いた。ミサキは、どう反応すれば良いのか分からず、ただただ困ることしかできない。

 

「……アツコ」

 

「なぁに? サッちゃん」

 

「アツコは……何を覚えているんだ?」

 

 自警団としての勘が、このことを聞いてはいけないと囁いている。だが、それ以上にサオリの奥底から湧き上がってくる何かが、聞かなければいけないと訴えているのだ。

 

 

 

「……私たちは、『アリウス』だった。そして、条約を奪ったのも私たち」

 

 

 

「そうか……」

 

 アツコから語られた真実を前にして、サオリは天を仰いだ。レストランの照明がサオリを真上から照らしてくる。

 

 サオリにとって、自分が条約の調印式を襲撃したテロリストであるという事実は、到底信じられない。だが、それと同時に、欠けていたパズルのピースがピッタリとハマった時ような感覚もする。アリウスという単語を口にするたびに感じていた、妙な感覚の正体は、これだったのだろうか。

 

「私たちは、その中心メンバー『アリウススクワッド』だったんだ」

 

 他のメンバーは、この事実をどう受け止めているのだろうか。それが気になったサオリは、周囲を見回す。

 

 ポテトを片手に持ったまま、他のメンバーの顔色を伺うようにキョロキョロとしているヒヨリ。それとは対照的に真っ直ぐアツコの顔を見ているアズサ。そして、顔色がどんどん暗くなっていくミサキ。

 

 様子は違えど、サオリを含めた全員が、黙ったまま。

 

「思い出さなくても……このままでも良くない?」

 

 重たい沈黙の中、最初に口を開いたのは、ミサキだった。

 

「私さ、トリニティに来て……カズサやナツたちと出会ってから、毎日が楽しかった。たくさん友達ができたし、SNSでも色んな人と繋がれた」

 

「……ミサキ」

 

「普通のトリニティ生徒で、いいじゃん。そんな襲撃犯だったってこと、忘れてた方が……幸せでしょ」

 

 ミサキの言いたいことは、サオリにもよく分かる。

 

 自分が条約をめちゃくちゃにしようとしたテロリストであるということは、受け入れがたい事実である。それも、今はトリニティの平和を守る自警団として活動しているならなおさらのこと。

 

 何の背景情報もない一般的なトリニティ生徒であるミサキも、同じようなことを考えているのだろう。

 

 いや、全員だ。

 

「なんで……思い出させちゃったの……?」

 

「分かってる。私が思い出したはこの5人だけだけど、私がまだ思い出してない生徒のほとんどは、今の状況の方が幸せなことぐらい、私も良く分かってる」

 

 アツコは、ミサキの手を優しく握る。

 

「でもね、スイーツはいつまでも食べていられない。食べれば食べた分だけ減る。そうでしょ?」

 

「……うん」

 

 ミサキの頬には、一筋の涙が流れていた。

 

「この夢は、そろそろ終わりの時間なの。だから、せめてみんなには、先に分かっていて欲しかった。……キヴォトスが元に戻った時、ショックを受けすぎないように」

 

「……終わり?」

 

 サオリは、そこが引っかかった。

 

「うん。キヴォトスのみんなが夢から醒めた時、夢の内容を覚えているかは分からないけど……夢の終わりは近い」

 

「それは……どうして分かるんだ?」

 

 そもそも、アツコはどうしてこの『異変』に気がついているのだろうか。

 

「私が、これを『夢』のようなものだと理解している理由……それはアリウスの概念が存在しない今じゃ説明が難しいんだ。ごめんね」

 

「いや、できないなら構わない」

 

 じゃあ、アリウスとは関係のなさそうなチアキ書記はどうして記憶が残っているんだと少しだけ気になったが、今聞くべきことはそれでは無さそうだった。

 

「でも、みんながアリウスのことを思い出したら、私が色々覚えている理由もきっと思い出すはずだから」

 

 話し疲れたのか、アツコはコップの水を一口飲み込んだ。

 

「……すまない、イマイチ話の全体像が見えてこないんだ。もう少し分かりやすく説明してもらってもいいか?」

 

 サオリが次は何を訊ねるべきか思い悩んでいると、ずっと黙っていたアズサが身を乗り出してくる。

 

「分かった。私が覚えている範囲で最初から説明するね」

 

「ご注文の料理をお届けに参りました」

 

 アツコが話を始めようとしたところで、注文した料理が運ばれてきてしまい、一度中断される事となってしまった。

 

 

 

「……アリウスが新しいスタートを切ろうとした時、『あいつ』……いや、『食堂の主』は突然この世界にやってきたの」

 

 アツコは、ステーキを切り分けながら話を始めた。

 

「この世界ってことは、その食堂の主?は別の世界から来たのか?」

 

「うん。その瞬間まで、世界に存在していなかった。どうやって、どうしてここに来たのかは分からないけど」

 

 アツコの言葉が真実であるならば、相手は文字通り次元の違う相手ということだろう。戦うとした場合、かなり苦戦することになるのは間違いない。

 

「さっきも話したけど、あいつは『情報』を喰らっている。それで、黒舘ハルナに纏わる何かを確かめようとしている」

 

「ハルナ議長に……か」

 

 ハルナ議長で何かを検証しようとしているということは、その『食堂の主』がいたのは別世界とはいえ、ある程度は似通った世界なのだろう。サオリは予想をつけた。

 

「そして、その検証のためにアリウスも……羽沼マコトも……いろんなモノが食べられて、作り直されて……できたのが、今の虫食いだらけのキヴォトス。きっと今も、ハルナを辞めさせるきっかけになり得る『何か』は食べられ続けている」

 

 要は、シミュレーションをしているのだろう。ハルナが何かに邪魔をされたなら、それを無かったことにしてまたやり直す。例えるならば、隠し要素を全て回収する為に1つのゲームを何度もやるのと同じようなことかもしれない。

 

 確か、レイサが魔法少女のゲームでそういうことをしていたような気がする。その時にはシミコを歩く攻略本にしていたのだが……まぁ、今はどうでも良い話だ。

 

「ハルナ議長が歴代最高の議長と呼ばれているのは、まさか……」

 

「そういうことかもね」

 

 サオリは、ハルナのことが少しだけ可哀想に思えた。この事実を知った時、本人はどう思うのだろうか。少しだけ考えてみたものの、全く分からない。

 

「サッちゃんはさ、そのハンバーグを食べる前に、あの山盛りポテトを全部食べてって言われたらできる?」

 

 アツコは、運ばれてきた時から3分の1ほど減少したポテトの山を指差しながら、サオリに訊ねて来た。

 

「いや……あの量は……正直……」

 

「そう。『アリウス』っていう歴史も因縁も積み重なった概念を丸ごと消し去った後に、なんでもかでも飲み込んでしまうってのは、いくら食堂の主と呼ばれていても無理みたい」

 

 確かに、何かを概念ごと抹消してしまうという現象を、なんの制約も無しに何度も引き起こすことが出来るというのは、納得しがたい。その『食堂の主』とやらの弱点はそこにあるのだろうか。

 

「それに、黒舘ハルナやゲヘナと関係が深ければ深いほど食べられやすいみたいなの」

 

「ふむ……逆に言うとミレニアムとかには手が出しにくいってことか?」

 

 アズサは、口の横にトマトソースを付けながら発言した。確かに、逆説的にはそう言えるだろう。

 

「そうだね。実際、一回ミレニアムの生徒に追い詰められてたみたい」

 

「なるほど……」

 

 戦うことになるかは分からないが、覚えておいたほうが良いに違いない。サオリは、アツコからの情報を頭の片隅に書き留めておくことにした。

 

「えっと、一つ質問なんですけどぉ……」

 

 ヒヨリは、恐る恐るといった様子で質問をした。

 

「こういう情報って、自分で調べたんですかぁ?」

 

「む、確かに」

 

 図書委員会らしい意見だった。アツコのことを信頼していないわけではないが、どうしても情報ソースが気になってしまう。

 

「……そこも説明しておこっか。チアキさんのように、この世界の違和感に気がついている人は私以外にもいるの。そのうちの1人が私に手紙をくれたんだ。匿名でね」

 

 アツコは、懐から便箋を取り出してテーブルの上に置いた。便箋にはゲヘナ学園のロゴと温泉のような手描きのイラストが添えられている。

 

 ということは、少なくともこの事件の真相を掴んでいるのはアツコ、手紙の送り主、そして追い詰めたミレニアムの生徒の3人なのだろう。

 

 まぁ、アツコがそのミレニアム生の名前を出さないということは、既に食べられてしまっているのかもしれないが。

 

「そこに書いてあったことと、私が思い出したことを混ぜて説明してる。さっき、ミレニアムの生徒に追い詰められたことがあるって言ったよね、その生徒が色々検証に役立ってくれたみたい」

 

「そうだったんですね……」

 

 ヒヨリは、納得がいったらしく、興味を目の前の料理に戻していた。

 

「この手紙には、『私が何処かのタイミングで情報を少しだけ吐き出させる。その時なら自分の記憶を取り戻せるはずだ』って書いてあったの」

 

 あまり食事中に使って欲しくない表現ではあったが、そこを指摘している場合ではない。

 

「それで、ついさっきちょっとだけ漏れ出てたみたいだから、隙をついて奪えるだけ奪ってきた」

 

「だから急に誘ってきたんですね……」

 

 ヒヨリが呑気な感想を述べたが、サオリとしては『どうやって』奪い返したのかが気になってしまった。まぁ、今説明されたとしても理解できる自信が無いが。

 

「そういうこと。アイツは、こうして私が記憶を奪い返せるぐらいには限界が近い。だから、終わりも近いはず。それが私たちの結論」

 

 アツコは、便箋をひらひらとさせた。

 

「何としてでも消し去りたいアリウスのことは、覚えているだけでそれなりのダメージになるはず。そして私はいろいろあって『攻撃されない』から、このまま時間切れを狙う」

 

「なるほどな……」

 

 サオリは、思わず気の抜けたような反応をしてしまう。どうにも、自分が条約の襲撃犯だという事実を、どこか現実のものとして受け入れていないらしい。いや、起こっている事件が壮大すぎるせいかもしれない。

 

「あと話しておくべきことは……チアキさんが記憶を断片的に保持している理由かな」

 

「ああ、それも何か理由があるのか?」

 

 確かに、サオリはそれも気になっていた。

 

 何やら特殊な事情がある

 

 攻略の糸口になりそうなことは、サオリとしてもなるべく聞いておきたかった。このまま時間切れを狙う勝ち方でも良いのだが、万が一ということもある。備えあれば憂いなし、というやつだ。

 

「……これについては、協力者もよく分かってなかったから私の個人的な予想になるけど」

 

 アツコは、口元を軽く拭いた。

 

「多分『食堂の主』は『黒館ハルナが思い通りの姿』であって欲しいと思ってる」

 

「思い通りの……ふむ」

 

「それでさ、チアキさんって……色んな人とすぐ仲良くなれる人だったじゃない?」

 

「ああ、確かに」

 

 サオリは、チアキと会った時のことを思い返す。確かに、放課後スイーツ部や、あの時アズサの自習に付き合っていた自分たちとあっという間に仲良くなっていた。

 

「きっと『仲良くなりすぎた』からなんじゃないかなって」

 

「仲良く……なりすぎた?」

 

 それの何がいけないのだろうかと思いながら、サオリはアツコの言葉を待つ。

 

「私の協力者さんはね、ある時突然本来の仲間を思い出したんだって。でも、それはきっと『いつでも消せるぞ』っていう脅しだと思うんだ」

 

「ふむ……」

 

 ということは、その協力者とやらはかなり追い詰められている状況なのだろう。大丈夫だろうかと少しだけ不安になったが、こうしてアツコに手紙を送ってくるだけの余裕はまだあるのかもしれない。

 

「別の餌を用意して、注意を別なところに向けさせる……その『餌』が羽沼マコトなんじゃないかなってのが私の推理」

 

 そういうことならば、あえて記憶を残されているという状況にも納得がいく。

 

「チアキさんがハルナ議長と仲良くなって……検証の中で『友達以上』になったことがあったんじゃないかな」

 

 なるほどな、とサオリは思う。

 

 チアキと初めて会った後、サオリは個人的に『羽沼マコト』について気になったため調べてみたのだが、分かったのは元宮チアキが随分と熱心に捜索しているということだった。

 

 そのリソースが全て議長に対して向けられていたならば、『友達以上』に到達することもあるかもしれない。そして、それはきっと食堂の主が求める黒舘ハルナではなかったのだろう。

 

「嫉妬、という訳か」

 

 簡単な言葉で表してしまったが、その2文字に込められた感情の恐ろしさは、サオリ自身よく理解している。なにしろ、トリニティで育ち、自警団として数々の生徒と接してきたのだから、『嫉妬』と向き合い続けてきたと言っても過言ではない。

 

 自分以外の『誰か』が『大切な人』と仲良くしている。たったそれだけで、人は怪物になってしまうことだってあるのだ。

 

「でも、そういうところがあると思うと、対話不可能な怪物って感じではなさそう……?」

 

 ヒヨリが首をかしげながら言った。

 

 確かに、『嫉妬』するということは、人の感情を全く理解しない怪物ではなく、一応人の心を理解することは可能な存在なのではないかとも思える。

 

 それに、『別のキヴォトス』から来た存在だとアツコは言っていた。ここまでの情報から推理すると、本来の彼女はハルナと関わりの深い生徒だったのだろう。

 

 今どんな状態なのかは分からないが、元は生徒だったのならば対話は可能なのかもしれない。

 

「……週刊万魔殿に何度も取材を試みたけど無理だったってありましたけど」

 

 しかし、その考えはヒヨリ自身が否定してしまう。

 

 誰とでもすぐ仲良くなってしまうチアキ書記が、『何度も』取材を試みているのだ。

 

「どうだろうな。最初は無理でも、いつかは……」

 

 もしかしたら、いつか取材に応じてくれるかもしれない。

 

 もしかしたら、この異変を解決するのは、チアキ書記なのかもしれない。

 

 サオリは、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 その後は、珍しく会話が弾まないままサオリたちは食事を終えた。

 

「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

 

「そうだな。代金は私が……」

 

「あ……えっと……」

 

 サオリが、財布の中身を確認しようと思ったところで、ヒヨリが少々申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「ミサキさんが……まだ食べ終わって……」

 

「……ミサキ?」

 

 ミサキは、まだ食べ終わっていなかった。いや、そもそも運ばれてきた食事に手を付けてすらいなかった。

 

 放課後スイーツ部として毎日楽しそうに食べ歩きしているミサキが、それも予定を無理やり変更され、ここまでの道中に「お腹空いた」と何度も言っていたミサキが、だ。

 

「どうしたミサキ。どこか体調でも……」

 

 サオリは、そう訊ねたものの、ミサキが食事に手を付けられなかった理由は分かり切っている。

 

「……ごめん」

 

 そう言うなり、ミサキは食事に手を付けないまま店の外へ走っていってしまった。

 

「…………」

 

 何も言うことができない。気まずい沈黙が個室の中に漂っている。

 

 サオリとしても、ミサキの気持ちはよく理解できるものだ。

 

 分かるのだが、自分はまだ『アリウスの自分』をどこか遠い世界の話だと考えてしまっているらしく、現実味がない。どちらかといえば、『食堂の主』をどう対処するべきなのかばかり考えてしまっている。

 

 そんな自分が、『現実』を受け入れてしまったミサキを説得するのは無理だろう。

 

 今は1人にして、気持ちに整理をつける時間を与えた方が良い。

 

 サオリたちは、今すぐ追いかけるということはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戒野ミサキは走っていた。いや、正確には逃げているが正しい。

 

 ミサキは、『本来の自分』をほとんど思い出していた。反応からして、他のメンバーはちゃんと思い出せていないに違いない。そのせいで、自分とは違い、どこか遠い世界の話を聞いているような感じだったのだろう。

 

 しかし、ミサキは思い出してしまった。故に、認めたくなかった。

 

 

 走りながら袖をめくる。傷ひとつない綺麗な腕。

 

 当たり前だ。戒野ミサキは、特別な背景は何もないごくごく普通のトリニティ生徒なのだから。

 

 そんな生徒が、いきなり『アリウス』のすべてを受け入れることなど、できるはずがない。

 

 それも、『黒舘ハルナ』の障害となり得るあらゆるものが取り除かれ、どこかの温泉開発部が『ぬるま湯』と称するような平和なキヴォトスで育った普通の生徒が、だ。

 

 

 

「……ミサキ?」

 

「ど、どうしたのよ!そんなに息を切らして……」

 

 別にどこを目指していたというワケではないのだが、ミサキの足は無意識のうちに放課後スイーツ部のところへと向かっていたらしい。

 

 息を切ら、汗だくになりながら必死の形相で走ってきたミサキの姿を見て、放課後スイーツ部の面々が心配そうに駆け寄ってくる。

 

「急いでいる……というよりは、『何かから逃げてきた』みたいな感じだね」

 

 柚鳥ナツは、飲んでいた牛乳から口を離して、冷静に言った。あわあわしている他のメンバーに比べて、どこか落ち着いた態度である。

 

「まさか何かに襲われたんじゃ!」

 

「もしかして、サオリ先輩達に何かあったの?」

 

 アイリの心配通り、サオリたちには『何か』があった。

 

 だが、それを言うことはできない。アツコの言葉を信じるなら、自分がアリウスの情報を外に漏らした時点で、自分は確実に食べられてしまうのだろう。

 

 ミサキは、内側で葛藤していた。

 

「もし……もしもの話なんだけど、さ」

 

 しかし、これは言わなければ駄目なことでもある。その中途半端な感情が、ミサキの口から零れだした。

 

「いきなり私が姿を消して……次に会った時には全然違う他人になっていたら……どうする?」

 

「え、どうするって……」

 

 カズサ達は、戸惑いながら顔を見合わせていた。まぁ、いきなり変な質問をしてしまっているという自覚は、ミサキにもある。

 

「……別にどうってことはないよ」

 

 何でもない事であるかのように、ナツは答えた。

 

「スイーツを食べることができるなら、見た目や中身が変わっていようと……ミサキがミサキであるなら変わらないんじゃない?」

 

「そういうものなのかな……」

 

「そういうものだよ。別の店で買っても、違うトッピングでも、穴が無くても、本質的にドーナツであることに変わりはない」

 

 正直に言うと、ミサキはナツが何を言っているのかが、イマイチ理解できていなかった。でも、これはこれでナツらしい。少しだけ、気持ちが楽になったような気がする。

 

「うん、ミサキちゃんなら、全然違う格好してても分かりそうな気がする」

 

「まぁ、確かに……」

 

「個性的だし」

 

 直接言われているわけではないが、暗に面白い人と言われているような気がする。まぁ、それで悪い気はしないが。

 

「……性格も過去も、何もかもが違くても、見つけてくれる?」

 

「もちろん。このドーナツを賭けてもいい」

 

 ナツは、そう言って紙袋を差し出してきた。確かこの店は、今日一緒に行く予定だった店の近くにあるドーナツ屋だったはず。帰りに買ってきたのだろう。

 

「……いや、それはもともとミサキたちに買った奴でしょ」

 

 カズサが、呆れるように言った。その発言を聞き流しているナツを横目に、紙袋の中身を覗き込むと、5つのドーナツが確認できる。スイーツ好きのミサキでも、流石にこれは多いと言わざるを得ない量である。

 

「サオリ先輩たちと食べてね」

 

 アイリの笑顔が、眩しかった。

 

「……いいの?」

 

「良いに決まってるでしょ! サオリ先輩たちにはいつもお世話になってるんだし!」

 

「……そっか、ありがとう」

 

 確かに、自分の帰る場所は『アリウス』なのかもしれない。でも、今の自分にとっては『放課後スイーツ部』も帰る場所のひとつとなっているのだ。

 

 何もかもが変わってしまっても、アリウススクワッドは一緒に居られたのだ。キヴォトスが夢から醒めても、放課後スイーツ部とは一緒に居られるのかもしれない。

 

 そう考えているうちに、ミサキの心を締め付けていたものが、だんだんと緩んでいく。

 

「…………」

 

 だが、それと同時に、ミサキの胸中では別の感情が湧きだしていた。

 

 

 

 ──だから、このまま何も言わずに『お別れ』はしたくない

 

 

 

「今のキヴォトスってさ、食べかけで不完全な状態なんだって」

 

 アツコは、言っていた。今のキヴォトスは、食べられている最中だと。だが、こうも言っていた。

 

『……アリウスが新しいスタートを切ろうとした時、『あいつ』……いや、『食堂の主』は突然この世界にやってきたの』

 

 この異変の元凶である「食堂の主」は、「アリウスが新しいスタートを切ろうとした時」に現れた存在だと。

 

 本来の自分たちは、きっとアリウスの因縁を乗り越えることができたのだろう。

 

「え、急に何を……?」

 

 カズサが言葉を続けようとしたところで、ナツは無言のまま、カズサを手で静止させる。今は、ミサキの話を聞くべきだという意図での行動だった。

 

「私が居た『アリウス』は『食堂の主』って奴に食べられて、跡形も無くなった。その食べ残しが、放課後スイーツ部の戒野ミサキ」

 

 アリウスと口にした瞬間、街を行き交う人々の中に、やけに目立つ金髪の生徒がいた。はっきりと見えるのに、誰も気にも留めないし、表情も全く分からない。きっとあれが食堂の主だ。

 

 アツコの言う通り、他人に喋ってしまったから、私が『標的』にされてしまったのだろう。

 

 しかし、後悔はない。

 

「でも、私たちはもうすぐ元に戻ってしまう……。その前に、ちゃんとお別れがしたくて」

 

「お、お別れって……」

 

 狼狽えるヨシミの背後に、食堂の主が近づいてきているのが見える。

 

 発言して1分も経っていないというのに、ここまで接近してくるということは、ある程度システム的に襲い掛かってくる存在なのかもしれない。

 

 蜘蛛の巣に虫が引っ掛かれば蜘蛛が出てくるように、「黒舘ハルナの邪魔」になる存在が現れれば、その場に現れて『捕食』する。

 

 ただ単語を言っただけだというのに、消そうとしてくるとは、よっぽどアリウスのことを消し去ってしまいたいのだろう。アツコが憶えているだけでダメージになるというのも、きっと嘘ではない。

 

「……ごめんね、せっかくドーナツを買ってきてくれたけど、これは直接渡して」

 

「……ミサキ?」

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの?ナツ」

 

 ナツは、黙ったまま『何もない空間』を見つめていた。

 

「何かあった?」

 

 それを不審に思った杏山カズサが、少しだけ心配の籠った声で尋ねる。

 

「……『何もない』を見つめている」

 

「はぁ?」

 

 返ってきたのは、要領を得ない返答だった。心配しただけ損かもしれないが、何もないならそれでいいと、カズサは意識をドーナツに戻す。

 

「なんだか猫ちゃんみたいだね」

 

 栗村アイリが、軽く笑いながら言った。確かに、猫は時々何もない空間を見つめていることがある。とは言っても、目の前の猫ちゃん(カズサ)はそういうことはしないらしいが。

 

「何もない空間に『存在していた』もの……それに思いを馳せているんだよ」

 

「……そう」

 

 カズサは、興味無さげに言ったが、ナツ本人もどうしてこのようなことを言っているのかが理解できていなかった。

 

「あ、見て見て! アツコちゃんから明日は一緒にご飯食べないか、だって」

 

 アイリが、モモトークの画面を他のメンバーに見せて回る。そこには、アツコから一緒にパーティーでもしないかというお誘いのメッセージが届いていた。

 

「へぇー、いいじゃない」

 

「そうだね」

 

「補習授業部とか自警団も誘ってパーティだって」

 

「え、急に大がかりだね……」

 

 なぜ急にそんなことを始めたのかは分からないが、別に損をすることでもない。楽しいならば、良いことだ。

 

「じゃあ、色々手伝いに行こうよ!」

 

「そうだね。パーティならお菓子はあったほうが良いし、このドーナツも届けに行かないとだし」

 

 ナツは紙袋の中を覗き込む。

 

「…………」

 

 5個。

 

 そういえば、どうしてお土産のドーナツを5つ買ったのだろうか。

 

 サオリたちに渡すならば、『4個』で良いはず。レイサの分も買うなら、スズミの分も買う。

 

 どうにも、5個を選んだ理由が分からない。 

 

「ねぇ、ミサ…………?」

 

 ナツは、そこで言葉を止めた。少なくとも、自分の交友関係において『ミサ』に該当する名前の持ち主は存在していない。

 

 

 

 今、自分は誰に訊ねようとしていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……本当にこれで良いのか?」

 

 サオリは、スーパーマーケットでカートを押しながら訊ねた。カゴの中には、他の3人が放り込んできたお菓子やらお肉やらが積み重なっていく。溢れてしまいそうなので、そろそろ2つ目のカゴを取りに行ったほうが良いだろうか。

 

「大丈夫だ。食べきれなかったらヒフミたちを呼ぶ」

 

 アズサは、モモフレンズというキャラクター群がパッケージに描かれているお菓子をカゴに入れながら答えた。

 

「そうだね。せっかくだしウイ委員長とかシミコさんにも声をかけてみたらどう?」

 

「ええ? 委員長が来るとは思いませんけど……」

 

 ヒヨリは、アツコの言葉に困惑しながらもお菓子を掴む手を止めない。

 

「いや、そういうことではなくてだな……キヴォトスの危機なんだからもっと……こう……戦いの準備とか……」

 

 サオリは、思っていたような返答ではなかったために、戸惑っていた。

 

 昼食を終えて帰ろうとしたところで、アツコが「準備するものがある」と言い出したのだ。

 

 サオリは、てっきり例の『食堂の主』から身を護るための準備だと思っていたのだが、アツコが始めたのはどう見てもパーティの準備である。

 

「……いや、そういうことか」

 

 だが、サオリはそこで納得がいった。

 

 相手は『食堂の主』という名前で呼ばれている。そして、情報を消すというプロセスでアツコは『食べる』という表現を用いていた。

 

 つまりは、そういうことだろう。

 

「この大量のパーティ用の食材は、食堂の主を倒すために用意しているんだな」

 

「え、全然違うよ。これは私がパーティーしたいから準備してる」

 

 アツコは何を言っているんだとでも言いたげな顔で答えた。無駄に推理してしまったのが恥ずかしい。

 

「こうやって過ごせるのもあと少しだけだしさ、最後はお世話になった人たちとのお別れパーティーってことで」

 

「……確かにな」

 

 言うとおりだった。

 

 世界が元に戻ったとしても会えるだろうが、自分たちが別な場所に行ってしまうのは確かなことである。お別れは、キチンとしておいた方が心残りも無い。お世話になったスズミやレイサ、そしてその他にも大勢の人々。

 

 このまま何も言わずに立ち去ってしまえば、自分の中にも後悔は残る。

 

 サオリも、そういうことならば、自分も色々買っていくべきだろうと店内を見回し、アレコレ考え始めた。

 

 その最中だった。

 

「……そっか」

 

 アツコの口から、小さく声が漏れる。

 

「アツコ、何か言ったか?」

 

「……大丈夫。ミサキのこと、私はちゃんと覚えてるよ」

 

「ああ、その子も誘うのか?」

 

 ミサキという名前にサオリは聞き覚えが無かったが、アツコの口から出てくるということは、きっとシスターフッドの生徒だろう。

 

「そうだよね、やっぱり一矢ぐらいは報いておきたいかな」

 

 だが、続くアツコの言葉は、先ほどまでパーティの準備を進めていた生徒の口から出るとは思えない物騒な言葉だった。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「ついさっきまで隣にいた子を、アイツにムシャムシャされたからむしゃくしゃしてる」

 

 サオリの心は、すっかりパーティーに向かっていたので、危うく忘れそうになっていたが、今は攻撃されている真っ最中なのだ。

 

「まさか、ミサキというのは」

 

 サオリは、嫌な予感がした。

 

「私たち、一緒にお昼食べたんだけどね」

 

「喋ってしまったということなのか?」

 

「多分」

 

 アリウスのことを喋ったら攻撃されると、先ほどアツコは説明していた。

 

 その場で一緒にいたはずなのに、居たことも、居なくなってしまったことにも気が付けなかった。分かっていたが、食堂の主は明らかに次元の違う相手だ。いつも自警団活動の一環で相手をするような存在とは一線を画している。

 

「でも、きっとミサキもお別れがしたかったんだと思う」

 

「…………そうか」

 

 サオリは、ミサキのことを知らない。けれど、大切な人ではあったのだろう。そんな気がする。

 

「あの……もしかして、パーティは無しですか……?」

 

 ヒヨリが、両手にお菓子を抱えて困っていた。

 

「いや、やるよ。私たちもお別れがしたいのは事実だし……食堂の主に対する攻撃にもなるからね」

 

 それはさっきアツコ自身が否定していなかったかと、サオリは思ったものの、事情が先ほどとは違うのだ。わざわざ話の腰を折るほどのことでもない。

 

「食堂の主は『情報』を食べて攻撃してきて、攻撃の対象は『黒舘ハルナが辞めるきっかけ』……これは説明したよね」

 

「ああ」

 

「そして、アリウスはちょっと外に情報が漏れるだけで消そうとするぐらい、食堂の主は嫌がってる」

 

 それほど、食堂の主はアリウスのことが嫌いなのだろう。

 

「でも、アリウスという概念みたいな『情報量が多い』ものは食べるのに苦労する。現に私が記憶を完全に取り戻してアリウススクワッドを実質的に復活させたのに、ミサキ以外は食べられていない」

 

「それが弱点ということだな?」

 

 ミサキが食べられてしまったのは、アツコの手が届かない範囲でアリウスについて喋ってしまったからだろう。万が一ということもあるので、しばらくはアツコと共に行動をしていたほうが良いに違いない。

 

「うん。だから武器とかじゃなくて、情報で戦う」

 

「情報か……作戦はあるのか?」

 

 サオリは、情報戦の心得は無い。通常の作戦ならいくらでも考えられるのだが、そういうことに関しては素人である。つまり、作戦はアツコに任せるしかない。

 

「……ねぇ、サッちゃん」

 

「なんだ?」

 

「今SNSでバズってるよね」

 

「バズ……?」

 

 サオリは、アツコに言われて自身のSNSアカウントを開いた。

 

 とりあえず挨拶をした方がいいだろうとは思ったので、今のところは挨拶をしただけのことなのだが、既におよそ3.5万人が『共感』のボタンを押してくれている。なんと心優しい場所なのだろう。新参者の私をここまで温かく迎え入れてくれるとは。

 

「すごいな。既にフォロワーがヒフミの半分ぐらいになっているぞ」

 

 アズサが、後ろから覗き込みながら言った。

 

「……すごいのか?」

 

 ヒフミは友達がかなり多い生徒だとは知っていたが、SNS上でも人気があるらしい。

 

「ああ、数日でこの勢いは中々ない」

 

「そういえば、この前サオリ姉さんの写真が載った校内紙がフリマサイトで高額で取引されてましたねぇ」

 

「そ、そうか……」

 

 サオリ自身、そこそこ顔が広い程度でしか考えていないが、その人気はすさまじいものなのだ。

 

 本来のキヴォトスでも雑誌の表紙に選ばれてしまうぐらいには顔はいいし、現在のサオリによる自警団活動に強く感動した人もいる。非公式ファンクラブがあっという間に1000人へ到達したように、ファンは学外問わず大勢いるのだ。

 

「食堂の主のミスは、ミサキを『インターネットで面白い人』にしてしまったこと」

 

「……?」

 

 面白い人にしたことが、どう繋がるのだろうか。サオリは首をかしげる。

 

「サッちゃんをSNSに誘って、バズらせたのはミサキ。ミサキ本人が消えてしまっても、残した『繋がり』は消えてない」

 

 サオリの記憶の中では、SNSに誘ってきたのは『元宮チアキ』だった気がするが、本来はミサキだったのだろう。*1

 

「それに、みんなの友達……自警団、シスターフッド、図書委員会、補習授業部、そして放課後スイーツ部。皆が集まったパーティで生配信すればみんな注目するよね」

 

 言われてみれば、トリニティの主要な部活動ばかりだ。集まって配信を始めたら、その注目度はキヴォトス内で考えても相当なものになることだろう。

 

「そこで、私がアリウスのことを大勢の人に向けて同時に発信すれば……どうなると思う?」

 

 食堂の主にとって「アリウス」は抹消したい存在。ミサキの場合はミサキを『食べる』ことで情報の抹消に成功したが、アツコ相手には不可能な方法である。

 

 するとこの場合、食堂の主がアリウスの情報を消すには『伝わった先』を『食べる』しかない。

 

「果たして、その情報は『処理』しきれるのかな」

 

 アツコは、インターネットの海を渡って不特定多数のユーザーに向けて発信しようとしているのだ。

 

「ふむ……方法は分かった。だが、それは大丈夫なのか? その、いろんな人を危険に晒すことになるんじゃあ」

 

 この作戦は、理屈としては納得できるものの、サオリとしてはやや不安な点が散見されるものでもあった。

 

「私の予想では、それに対処できるぐらいの力は残ってないし、できたとしても実行しない」

 

 情報を処理できなければ食堂の主へ大ダメージを与えられる。仮に処理できた場合でも、トリニティはほぼ確実に壊滅状態になるので、『黒舘ハルナ』の負担は大きくなってしまう。いがみ合っていたトリニティがかなり弱体化するとなれば、ゲヘナは今まで以上に暴れ出すはずだ。

 

 改変によりトリニティとの関係を改善させているのならば、目的はすくなくともトリニティの壊滅ではないことは確か。

 

 つまり、どう転んでも思い通りにはいかない。俗にいう『詰み』の状況を作り出すことができるというのがアツコの考えである。

 

「……なら大丈夫なのか?」

 

「別れの挨拶もできて、食堂の主も追い詰められる……一石二鳥だね」

 

 白い歯を見せながら笑うアツコ。にこやかではあるが、確実に悪いことを考えている時の表情だった。

 

「実行は……明日にしようかな。多くの人に見てもらうためには、いきなり始めるんじゃなくて、宣伝して情報がある程度広がってからの方が良いってミサキのインターネット上の友達が言ってた」

 

 決戦は、明日の昼。

*1
サオリがチアキと出会ったのもミサキが紹介したから(3話参照)




【一応の解説】

ミサキが残してくれた繋がりを活かして人を集めるぞ!
これが絆の力だ!(全員でF5キーを連打する)

……という作戦
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