途中で急に知らない話が始まるかもしれませんが、斜め読みで大丈夫だし、覚えておかなくても大丈夫です。この作品の主人公は和泉元エイミじゃないので。
「じゃあ、ここで待っててください!」
昼。
ゲヘナ学園を一望できる場所。チアキは、イロハの操縦する虎丸をそこに停めさせた。
虎丸、正式名称は超無敵鉄甲『虎丸』。万魔殿が保有する戦力として最高クラスである。
「良いですけど……大丈夫なんですか?」
虎丸の上に座ったイロハが、チアキに対して心配そうに訊ねた。
「大丈夫です!ハルナ議長には許可取ってますから!」
虎丸を持ち出すことに関しては、イロハに一任されているので本人が動かしているならば問題は無い。その上、ここに止める許可もハルナに貰っている。
まぁ、イロハがイブキと共にドライブする際に虎丸を用いているため、ゲヘナ学園内であればどこに停まっていようと自転車が停められているぐらいの見慣れた光景でしかない。
「……そうじゃない。本当に一人で取材するつもりなのかと聞いているんです」
イロハは、自身の想定とは違う返答をしてきたチアキに対して呆れたような顔をしながら弁当の蓋を持ち上げる。いかつい戦車とは正反対の可愛らしいお弁当だった。
「まぁ、何とかなるでしょう!……たぶん」
正直に言えば、チアキは『怒られる』ような気がしていた。他人が隠そうとすることを無理やり訊ねようとすれば、怒りというのは避けられない感情である。チアキ個人としては、あまり好ましくない取材方法なのだが、やるしかない。
「……無事に帰ってきてくださいよ。イブキ達が心配するので」
「もちろん!」
元気よく返事をすると、チアキは食堂まで走り出した。ここから食堂まで、さほど時間はかからない。虎丸がほんの数秒走れば『突っ込める』距離である。
「…………はぁ」
イロハは、チアキの背中を心配そうに見つめながら、卵焼きを頬張った。このランチタイムが、穏やかな時間になることを願うばかりである。
「お隣、失礼します!」
チアキは、日替わり定食を手に、食堂の主が陣取っているテーブルに座った。今日のメニューはトンカツ。揚げたてのこともが黄金色に輝いていた。
確か、トンカツには『勝つ』というメッセージを込め、ゲン担ぎに食べるという風習もあったはず。今食べる料理としては、丁度いい。
「…………」
食堂の主は、チラリとチアキのことを確認したが、特に興味を示さず、食事に戻った。少なくとも、『拒否』はされていない。
第一関門を突破したことにチアキは安堵しつつ、心を落ち着けた。食事の『邪魔』をしたら怒られるのかもしれないが、隣で一緒に食べようとするのは『邪魔』ではないはず。そういう作戦だった。
「いただきます!」
チアキが、次にやらなければいけないことは、なんとしてでも会話の糸口を見つけること。
「いやぁ、おいしいですねぇ! フウカさんのトンカツ!」
「…………」
この食堂の主のことは、『食事』以外何も分からない。だとすれば、食事の話をするしかない。
「すごく柔らかくて……噛むと肉汁が広がって、ソースの甘みも、ニンニクの風味も絶妙といいますか……」
「…………」
とりあえず食レポをしてみたが、食堂の主がそれらしい反応を示すことは無かった。
「このキャベツの千切りもシャキシャキで! ご飯が進みますね!」
「…………」
全く反応が無い。
今自分が相手をしているのは、食堂で食事をしている一人の生徒だというのに、気分はまるで大ステージでスベった芸人だった。チアキの内側で、焦りと緊張が勢力を拡大し始める。
仕込んできた防弾防刃チョッキが、少しだけ汗ばんできたような気がした。
「いやぁ、おいしいですねぇ!」
「……」
食堂の主は、チアキには目もくれず、黙々と食事を続けている。暖簾に腕押し、という言葉はこうのような状況を表しているのだろう。
「えっと……この」
「うるさいです」
どうにかして食堂の主の興味を引くような話題を出せないか、チアキが次の言葉を考えていると、食堂の主が冷たく言い放った。
一瞬、『攻撃』が来るのではないかとチアキは身構えたが、何かされたような気配はないし、食堂の主はそのまま食事を続けている。
「……すいませんでした」
怒っているかはともかくとして、不快にさせてしまったことは事実だろう、チアキは、ひとまず謝罪した。
「…………」
この様子だと、チアキが事前に考えてきた作戦は通用しないだろう。
「……私、あなたのことが知りたいだけなんです」
ここからは、アドリブで話す。そもそも、チアキは、こういう風に話す方が得意なのだ。
「今起こっている異変について、何か知ってるんじゃないかと思ってるから話しかけているというのは認めます。でも……それを抜きにしても私はあなたのことが知りたいんです。週刊万魔殿の記者として……いや!一人のゲヘナ生徒として!」
「…………」
食堂の主は、黙ってチアキの話を聞いていた。食事の手を止めていないが、先ほどよりは耳を傾けてくれているような気がしている。彼女の水色の目だけが、チアキの方を向いていた。
「あなたのことは何も知らないけど……食堂のことは好きですよね。 それは分かります」
そうでなかったら、ほぼ毎日この食堂に来てずっと食事をしているなんてことはしないだろう。
「今のゲヘナ学園の食堂は、今の万魔殿……、いえ、ハルナ議長を象徴する場所とも言えます」
食堂の主は、相変わらず無言で食事を続けている。だが、「ハルナ議長」という名前が出た瞬間に手が一瞬止まったのを、
「食堂の主とかいろいろ言われてますけど……ハルナ議長が怖がってないのは、この食堂を愛してくれることが嬉しいからだと思いますよ」
ハルナは、食堂の主を『ただ食堂にいる人』としか扱っていない。食堂の主と呼んではいるものの、他の生徒たちのように恐れたり怖がったりしていないのだ。
もしかしたら、今まで取材を受けてくれなかったのは、チアキ自身もそういう風に捉えてしまっていたからなのだろうか。
やはり、最近は『羽沼マコト』のことばかり考えてしまっていたような気がする。見るべきものは、目の前だというのに。
「…………」
チアキは、無自覚のうちに不安で焦っていたのだろう。
水色の目に見つめられているうちに、チアキは、取材としてのスタートラインにようやく立てたような気がしてきた。
「そうだ! 何かハルナ議長に伝えておきたいことってありますか?」
だから、今日の取材はやめておこう。チアキは、少しずつ距離を詰めていくことにした。
人には人のペースがある。グイグイ来られるのが苦手な人もいれば、好きな人もいる。踏み込んでいいラインを見極めていかなければ、人と話すことなんてできないのだ。
「ほら、あなたと会話できるのって、私だけじゃないですか。 何か伝えたいことがあるなら、私が代わりに言っておきますよ!」
もしかしたら、食堂を作ってくれたこととか、毎日の食費を払ってくれているハルナ議長に対してお礼がしたいのかもしれない。仮に食堂の主が、本当に幽霊だとした場合、お礼を伝えたら成仏したりしてしまうかもしれないが、それはそれだ。
「……好きにしてください」
「え?」
チアキは、思わず聞き返してしまった。
食堂の主と、初めてまともな会話が成立したのだ。
「ハルナには、『好きなようにして』と伝えてください」
その言葉を絶対に忘れることの無いように、素早く手帳に記入する。
「私は、ハルナが好きなようにしている姿が見たい……それだけなんです」
「……はい!伝えておきますね!」
よく分からなかったが、とりあえずハルナにはそのまま伝えておこう。本人ならば、何か分かることなのだろうか。
「ごちそうさまでした!」
この時間帯なら、ハルナ議長は議長室にいるはず。
チアキは、食器を給食部のところへ返し、そのままハルナのところへ向かおうかとも思ったが、踵を返して再び食堂の主のところへ戻った。
「あの! もし何か知ってることがあれば、遠慮なく言ってくださいね! ちょっとぐらいなら力になれるかもしれないので!」
「…………」
とりあえず、今日のところはこれぐらいにしておこう。食堂の主が、少しだけ心を開いてくれたような気がする。この調子なら、そのうち取材に応じてくれるかもしれない。
チアキは、すれ違った赤司ジュンコに挨拶をして、確かな満足感と共に食堂を後にする。
イロハには少しだけ迷惑と心配をさせてしまったので、後でおやつでも買っておこうかと考えていたとき、チアキがポケットに入れていたスマートフォンが軽快な着信音を奏でた。画面に表示されている名前は、ノアである。
「はいっ! 元宮チアキです!」
「すみません、エイミです。ノア先輩は、今状況確認をしているので代わりに連絡しています」
聞こえてきた声は、生塩ノアではなかった。
「あっ、エイミさん! どうもです! もしかして、あれから何か分かったんですか!?」
チアキは、若干の期待を込めながら訊ねる。
「はい。今のキヴォトスで発生している『生徒が消えて別人になったりする現象』について、おそらくその原因と思われるものを発見しました」
「本当ですか!?」
思わず大声を出してしまったが、今はそれを気にしている場合ではないだろう。
「単刀直入に言えば、原因は『広告自動生成AI』です」
「ほうほう」
「本来は顧客の情報を学習し、興味を引きそうな広告を表示するというものでした」
「ふむふむ」
「それが何かしらの手段で『個人情報』を奪い取る方法を得てしまったのではないか……と、現時点では予想しています。いったい『どこ』からそれを学習してしまったのかは見当も付きませんが……とりあえず、そのAIを止めれば事態は収束するだろうというのが、現時点でのこちらの見解です」
「なるほど!」
相槌を打つが、チアキの理解度は半分程度である。とりあえず、ヤバイAIがいて、そいつを倒せば事態は解決する。そういう理解をしていた。
「スパムメール等を用いて攻撃を仕掛けてきているようなので、事件が解決するまでは……大変かもしれませんが『先生』とこの『生塩ノア』からの電話以外受け取らないでください」
「分かりました! とりあえず万魔殿のメンバーには共有しておきますね!」
元凶も、攻撃の手段も分かった。だったら、できる対策はしておくべきだろう。
「お願いします。 ノア先輩曰く、こちらのセキュリティ担当が、セミナーを騙る詐欺メールで全滅してしまったらしいので」
「……ま、マジですか」
そういう攻撃をしてくるというならば、なるべくインターネットには触れないほうが良い。電話が終わったら、イロハを連れて万魔殿に急いで戻ることにしよう。
──いや、
「これから私たちは、先生と共に対策チームを編成して、そのAIが稼働していると予測される廃墟ビルの地下に向かいます」
「あのっ!」
チアキは、エイミの言葉を遮る。自分がするべきことは、万魔殿に戻って事態の解決を待つことではない。
「そこでチアキさんには……何ですか?」
「私も行ってもいいでしょうか!」
「……異変を異変として認識できているチアキさんには、万が一に備えてバックアップとして待機してもらおうかと思っていたのですが」
エイミの声が、怪訝になった。
「確かに、そのほうが良いかもしれません。……でも!私はずっとマコト先輩のことを探してきたんです! そのAIとやらを倒せば、マコト先輩は戻ってくるんですよね!?」
「……おそらく、ですが」
エイミは、少しだけ疑っているような声で答える。
「マコト先輩が全くの別人になって苦しんでいるとしたら……ここで解決するのを待っているなんてできません!」
チアキは、チラリと食堂の主の方を見た。食事の手を止めて、こちらを見ている。
きっと、幽霊のようになってしまった彼女も、それの『被害者』なのだろう。だとしたら、なおさら放ってはおけない。
「……先生と相談してみます。チアキさんが参加しても問題ないかどうか」
「あ、イロハちゃんと虎丸も行きますよ! 今日一日、自由に使っていいって許可貰ってるので」
「分かりました。少し待ってて下さい」
エイミがそう言うと、保留音が流れ始めた。
イロハの許可を貰わずに決めてしまったが、きっと来てくれるだろう。
「ふぅ……」
チアキは、窓の外を見た。
きっと、これでマコト先輩たちが元に戻れる。チアキの中では、それが既に確定した事実となっていた。
虎丸を自治区の外で乗り回していたら何かしらの『外交問題』が発生するかもしれないが、それは先生たちに何とかしてもらおう。マコトが帰ってくることに比べれば、些細な問題である。
「よし!」
チアキは、両頬をぺチンと叩いて気合を入れた。
幸いにも、『取材』の準備のために装備を整えていたので、このまま向かっても問題はない。戦力的には、そこまで力になるとは思えないが、やる気は人一倍ある。今なら、どんな化け物が襲ってきても立ち向かえるような気がしてきていた。
ふと、窓ガラスに映る自分の姿が気になった。
──後ろに誰かいる。
「…………?」
金髪、水色の眼差し……まさしく、さっきまで食事をしていた『彼女』であった。
「あれ? 何かありまし──」
==
「ねぇ、先生」
「エイミか、どうしたの?」
先生は、エイミに呼びかけられ、振り返った。
「………………?」
「ど、どうしたの?」
だが、エイミは何も言わない。まさか、体調でも悪いのだろうか。
「……今、私って何を訊ねようとしてた?」
「いや、分からないけど」
「うーん、そうだよね……」
エイミは、手に持っていた『自身の携帯電話』を不思議そうに見つめながら、持ち場へ戻っていった。
==
「……ょき」
誰かが、呼んでいる。
「おーい、チアキ書記」
ゆっくりと目を開いていくと、チアキの名前を呼びながら頬をぺちぺちと叩いている一人の生徒の姿が、ぼんやりと見えてきた。
「こんなところで寝てると風邪ひくよー?」
眩しい光に目が慣れると、自身の目の前に居るのが「
忘れていると思うので解説しておくが、彼女はゲヘナ学園の一年生であり、週刊万魔殿の読者であり……
先生が『羽沼マコト』に興味を持つきっかけになってしまった生徒である*1。
「……んん?」
それはさておき、どうして自分はここで寝ているのだろうか。チアキは、半身を起こし、周囲を見回す。
チアキが寝ていたのは、食堂から出てすぐの通路。
「どうしたのさ、こんなところで。 もしかして、特ダネでも見つけた?」
マホは、笑いながら話しているが、チアキのことを心配している様子だった。
「えっと……あ! そうです! 私、食堂の主さんに取材をしようとして……」
取材をしようとして、『トンカツを食べたところ』までは覚えている。それ以降の記憶が、ない。
「あはは! 怒られちゃったみたいです!」
つまりは、そういうことだ。
全く覚えていないが、取材は失敗したということだろう。死ななかっただけ、安いと考えるべきだろうか。
「辞めなよ、アイツに近づくのはさぁ……」
マホは、チアキに対して『マコトを探さないほうが良い』や『食堂の主に構うのはやめたほうが良い』とよく忠告してくる生徒だった。熱心な読者なので、きっと心配しているのだろう。
「続けますよ」
だが、それに対してチアキはきっぱりと否定した。
「これはただの勘ですけど、食堂の主さんは、やっぱりマコト先輩……いえ、マホちゃんが知らないところで発生している『異変』について何かしら知っている……それか、巻き込まれてしまった人だと思うんです」
その真実を知るまで、チアキは止まるわけにはいかない。そういう意気込みを、チアキはマホに対して話した。
「……私としては、チアキ書記が真実を掴むよりも、無事でいてくれた方が嬉しいんだけどな」
そう言うと、マホは諦めたような表情をしながら立ち上がる。マホには申し訳ないが、チアキには、やるべきことがあるのだ。
「作戦、考え直しですね!」
怒られてしまったということは、考えていた作戦ではダメだったということだろう。
「はぁ……、やっぱり言ってもダメかぁ。ま、精々アカリを怒らせないように頑張って」
それだけ言うと、食堂へ向かって歩き始めたので、チアキはそのまま見送る。
「あ、はい」
「怒った鰐渕……鰐渕イカリってところか」
マホは、歩きながら小声で呟いた。思い浮かんだジョークを、そのまま口にしただけである。
だが、
「あの、マホちゃん」
「ん、何かな?」
呼び止められた夏鴨マホは、ゆっくりと振り返った。
「『鰐渕アカリ』って、誰ですか?」
「もしかして……私か? 私が言ってしまったのか!?」
マホは、自分が何を言ってしまったのかを理解すると、乗っている飛行船に爆薬が積まれていることに気が付いた時のような表情になった。
その瞬間、食堂の扉が、勢いよく吹き飛ぶ。
「いや……違うんだ
壊れた食堂の入り口に立っていたのは、紛れもなく──
「…………」
──怒った鰐渕、鰐渕イカリであった。
NATUKAMO MAHO