「マコ█先輩」って、知ってますか?   作:有馬Hidden

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世界観の解説は今回で終わりです。


羽沼マコトを探しています-4

「サオっち……サオリ……もしかして、例のクーデターで()()()()錠前サオリのことですかね……?」

 

 チアキは、古書館へと歩きながら、どこかで聞いたような気がする『サオリ』という名前について考えていた。

 

 エデン条約はだいぶ平和に進められ特に『これといった事件が起こらずに調印式まで終わった』のだが、サツキと情報部から聞いた話によれば、やはりトリニティでは反対派による妨害工作があったらしい。

 

 ティーパーティーの一人が体調不良で倒れ、その隙に政権を奪取して条約を無かったことにしてしまおうと、条約に反対の姿勢をとっていた同じくティーパーティーの聖園ミカをリーダーとして反対派がクーデターを画策。だが、それはティーパーティー陣営に読まれており、聖園ミカの反対姿勢も条約を邪魔する勢力を一掃するためのパフォーマンスであったようなのだ。

 

 その際、正義実現委員会と違い、正式な部活動では無いので自由に動ける自警団のサオリやスズミが鎮圧に一役買ったとかなんとか。

 

 チアキが頭の中で情報を整理していくと、だんだんと他の関連情報も記憶の奥底から浮かび上がってくる。そういえば『他校の特記戦力』として剣崎ツルギ、守月スズミと共に名前が並んでいたはずだ。チアキ自身、そういったことにあまり興味がないのでちゃんと覚えてはいないが。

 

「今回はそういう目的で来たわけじゃないけど……せっかくですしその辺りも取材してみますか!」

 

 チアキは、そう意気込むと古書館へと向かう足取りを若干早めた。

 

 トリニティの古書館へとやってきたチアキは、入り口近くで本を読んでいた図書委員会の委員長古関ウイに事情を話し、許可をもらう。

 

「……あっちの騒がしい人たちです。それと、フラッシュは炊かないでください」

「分かりました!ありがとうございます!」

「また増えた……」

 

 チアキが元気よくお礼を言うと、ウイは少々うんざりした表情をしながら、再び本へ視線を戻した。

 

「アズサ!また成績が落ちてきているぞ!さてはまた訓練と見回りばかりしているな!?」

 

 初めて入った古書館をキョロキョロ見渡しながら歩いていくと、奥の方から大きな声が聞こえてくる。怒ってはいないようだが、感情が籠められているように思えた。

 

「ああ、治安を守るために大切なことだからな」

「そう。確かに治安維持は大切なことだ……だが!それは学業を疎かにして良い理由にはならない!このままではまた補習授業部に入れられてしまうぞ!」

「構わない」

「構うぞ!?」

 

 本棚に囲まれたテーブルを4人の生徒が取り囲み、話し合っている。記憶が正しければ、黒髪ロングの生徒が錠前サオリだろう。

 

「あのー、すみませーん、少しお話しいいですか~?」

「いいかアズサ、いくら補習授業部の居心地が良かったからと言って……む、来客か」

 

 サオリは、ここでチアキの存在に気が付いたらしく、アズサと呼んだ生徒に自習しておくよう声をかけると、こちらへ歩いてきた。

 

「ええとですね、錠前サオリさんに少しお話を聞きたかったんですが……」

「それなら私だ」

「……もしかして今お忙しいですか?」

「そんなことはない。時間に余裕があるからアズサの勉強を見ていたんだ」

 

 サオリは、振り返って教科書とにらめっこしているアズサの様子を確認する。チアキもそちらへ目線を向けると、アズサの隣に座っていた紫髪の生徒と目が合った。にこりと柔和な笑顔を見せ、小さく手を振ってきたので、チアキも手を振り返す。

 

 チアキは、ここで、まだ自分が名乗っていなことに気が付いた。

 

「あっ、ご挨拶がまだでしたね、私はゲヘナ学園2年、万魔殿の書記、元宮チアキです!今日は私が趣味で書いている雑誌の取材に来たのですが……」

「ふむ、事情は分かったが……どうして私に?」

 

 サオリは、不思議そうにしていた。自分がトリニティの隅々まで見回りをし、数多くの生徒と関わっているという自覚が無いのだろうか。

 

「ええと、ミサキさんからサオリさんならいろいろ詳しいと思うと言われましたので……」

「私がか?まぁ……こうして頼まれた以上は力になるぞ」

「ありがとうございます!」

 

 

 

 それからしばらく、チアキはサオリに対してトリニティ内のおすすめスポットなどの取材を行った。本人は謙遜していたが、やはりその知識量は相当なもので、トリニティの隅々まで見回っているからこそ得られる情報もたくさんあった。チアキ一人では決して得られなかった情報である。

 

「いやぁ、ありがとうございます!こんなにいろいろ教えて頂いて……お礼はきっとします!」

「そうだな、それじゃあ良い記事を書いてくれ」

「もちろん!頑張りますよぉ~っ!」

 

 サオリの激励に答え、チアキは元気よく古書館を後にしようとした。

 

「あっ、そうだ」

「む、まだ何かあったか?」

 

 週刊万魔殿のために聞きたいことは、全て聞いた。

 

 だが、個人的に聞かなければならないことを、チアキは思い出したのだ。

 

「あの、私、『羽沼マコト』って人を探しているんですが……この名前に聞き覚えはありますか?」

「いや……無いな」

「……そう、ですよね」

 

 ゲヘナの生徒について、トリニティ自治区で情報が得られるとは思っていなかったが、やはり少しだけ悲しくなってしまう。

 

「……大事な人なのか?」

「まぁ、私が万魔殿に行こうと決めた理由の一つになってる先輩なので……」

「ふむ……ヒヨリとアツコは知ってるか?」

「えっ!?いや、ないですけど……」

「私も知らない」

 

 アズサの勉強を見ていたアツコと、ずっと座って本を読んでいたヒヨリも、やはり知らないようだった。

 

「あ!大丈夫ですよ!……もう、見つかるとは思ってないので」

「そうか……」

 

 古書館の中に、しばしの沈黙が流れた。

 

「おーい、勉強終わった?」

「む、ミサキか」

 

 その沈黙を破るように、ミサキが古書館の中へと入ってきた。

 

「あ、チアキさん。サオリから良い情報は聞けた?」

「はい!おかげさまで!」

「そっか、それは良かった。サオリもありがとね。はい、お礼」

 

 そう言うと、ミサキはサオリに対して帰り道で買ってきたのであろう飴を渡した。

 

「はい、ヒヨリにも」

 

 飴をヒヨリ達にも渡し、チアキにも渡してくる。包装を見る限り、レモン味だ。

 

「え!いいんですか!」

「もちろん」

 

 ミサキは、小さく笑うとそのまま自分の開いた口に、飴を放り込んでカロカロと舐め始めた。

 

「よし、じゃあチアキ書記は私が駅まで送っていこう」

「いやぁ、大丈夫ですよ駅まで近いですし……」

「そんなことはない。ゲヘナからのお客さん、それも万魔殿の生徒に何かあったらトリニティの一大事だ。私が責任をもって駅まで送り届けよう」

「そうですかぁ……では、お言葉に甘えて!」

 

 インタビューの中でも感じ取っていたことだが、錠前サオリという生徒は責任感と正義感が強く、真面目な性格の持ち主で、トリニティのことをよく考えている生徒なのだろう。

 

「ねぇ」

 

 チアキがサオリと共に古書館を後にしようとすると、アツコが声をかけてきた。

 

「はい!なんでしょう!」

「チアキさんはさ、どうして『私たち』がここで集まってると思う?」

 

 何か伝えたいことがあるのかと振り返ると、アツコは、そんな質問をチアキに投げかけてきた。

 

「どうして、ですか?」

「サオリとアズサは自警団、ヒヨリは図書委員会、ミサキは放課後スイーツ部、そして『今の私』はシスターフッド。みんな所属はバラバラなのに、こうして集まってるの。不思議でしょ?」

 

 チアキは、数秒間考えてみた。

 

 確かに、サオリたちの服装も所属も、何もかもがばらばらである。それでも、こうして一緒に集まっている理由。

 

 チアキが思いついたのは、たった一つだけだった。

 

「お友達だから……ですか?」

「80点。正解は幼馴染だから」

「ああ!そうだったんですね!通りで!」

 

 なるほど。この空気感は幼馴染特有のものだったか。チアキは納得した。

 

「生活も状況も変わってしまったけど、こうして一緒に居られる……私は、とっても素敵なことだと思う」

「そうですね。幼馴染って、いいなぁ……」

 

 チアキには、幼馴染と呼べるような相手はいない。それでも、ゲヘナ学園に入学してから、たくさんの生徒と出会い、友達になっているのだから、同じようなものだろう。

 

「あ、でも」

 

 アツコは、何かを思いついたのか、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「みんな変わったけど、大事なところは変わってないの」

「……なるほど!確かにそうですよね!」

 

 チアキも、アツコにつられて笑顔になった。きっとこの4人の間には、チアキには想像もできないような物語が紡がれてきたのだろう。そしてそれは、これからも紡がれていくのだ。

 

 いい話だなぁと、チアキが感心していると、アツコの顔から笑みが消え、急に真面目な顔つきになる。

 

「だから、羽沼マコトも変わってしまったけど、大事なところは変わってないと思う」

「うん?」

 

 どうしてここで急に『羽沼マコト』になるのだろうか。チアキは、首を15度程傾けた。

 

「今……一体何が起こってるのかは分からないけれど……きっと悪い結果にはならない」

「なんか、アツコがシスフっぽいこと言ってるの久しぶりに見たかも」

 

 真面目な話をしていたような気がするが、ミサキが口を挟んできたので、雰囲気は柔らかいままだ。

 

「……ミサキはだいぶ変わっちゃった気がするけど」

「どこが?私はずっとこんな感じでしょ」

「どうだろうね」

 

 アツコは、そう言うと小さく笑い、アズサの面倒に戻ってしまった。結局、何が言いたかったのだろうか。

 

「さ、暗くなるといけない。駅まで送っていこう」

「あ、はい!お願いします!」

 

 チアキは、サオリに促され、アツコの言葉を咀嚼しないまま古書館を後にした。

 

 

 

 飴を舐めている古関ウイに会釈してから外に出ると、すでに日は傾き始めていた。どうやら、思ったよりもインタビューが長引いてしまったらしい。

 

 少しずつオレンジ色に染まるトリニティ自治区を眺めながら、二人は駅を目指す。

 

「……もしよかったら、少しだけ相談に乗ってくれないだろうか」

 

 駅が見えてきたころ、サオリがそんなことを言ってきたので、チアキはサオリに視線を向けた。

 

「ええ、いいですよ。こっちがたくさん聞いてしまったので」

「そうか、ありがとう。それでだな、私が最近、ミサキからSNSアカウントとやらに需要があるから始めて欲しいと言われているのだが……チアキ書記は、そういうことに対して詳しかったりするのか?」

「そうですね!雑誌の宣伝とか、話題探しとかでよく使いますよ!やっぱり、流行を押さえておくには必要ですから!」

「ふむ……しかし、私から発信することなどあるのだろうか……ミサキが良く話してくれる芸人グループのように面白いことは言えないし……」

 

 サオリは、SNSアカウントの開設に乗り気ではなさそうだった。だがチアキは知っている。こういうものは、とりあえず始めてみなければ分からないのだということを。

 

「いえいえ!面白いことを言う必要なんてないんですよ!例えば、今日はこんなのを食べたよ~とか、ここに行ったよ~みたいなただの日記でも何でもいいんです!」

「そう……なのか?ミサキはいつも『メイド部』のことばかり話しているから、てっきりそういう場所なのかと……」

 

 メイド部、もしやあの『M-1』に挑戦とか言っていたメイドのことなのではないだろうか。メイド部というのは、ミレニアムのエージェント集団だったような気がしていたが……まぁ、それは気が向いたら後で取材してみよう。チアキは、サオリの相談に集中するために、アイデアを頭の片隅へ放り投げた。

 

「……そうだな。ミサキたちと相談しながら少しずつ始めてみることにするよ」

「良いと思います!」

 

 そんなことを話していると、チアキたちは、いつの間にか駅の入口へと辿り着いていた。

 

「ありがとうございました!」

「ああ。……それにしても、良い時代になったな」

 

 サオリは、駅の入口に立っているチアキを見ながらそう言った。

 

「そうですね!SNSのおかげで最新流行に辿り着きやすくなりましたし、いろんな人との繋がりを……」

「いや、違うんだ」

「?」

 

 チアキは、てっきりサオリがSNSの利便性を理解したのだと思って返事をしたのだが、どうやら違うらしい。

 

「……1年前なら、万魔殿の服を着て、護衛もつけずにトリニティ自治区を歩くなんてことは、できなかった」

「ああ……」

 

 確かに、そうである。

 チアキは、今日トリニティ自治区に辿り着いた時も同じようなことを考えたが、トリニティ自治区も、ゲヘナ自治区もこの1年でだいぶ平和になった。

 

「これも……先生やハルナ議長のおかげだろう」

「ありがとうございます!」

 

 その中心にいるのは、我らが黒舘ハルナ議長に、キヴォトス中を駆け回っている先生。

 

「でも、こうして私がトリニティ自治区を歩けるのは、サオリさん達のおかげでもありますよ」

「……そうか?いや、そうだな」

 

 だが、キヴォトスの平和は、決して彼女たちの力だけで成り立っているものではない。ハルナや先生だけでなく、サオリの様な人々がたくさんいるからこそ、日常が成り立っているのだ。

 

「はい。皆のおかげで今の平和なキヴォトスが成り立っている。だからこそ、それを享受する私たちは、もっと良く、もっと盛り上げるためにも、毎日楽しく生活するんです」

 

 チアキは、夕焼けに照らされるサオリに向かって、笑顔でそう答えた。

 

「……だからきっと、私の雑誌をみんなが待っているように、サオリさんのSNSも、需要があると思いますよ」

「そうかもしれないな」

 

 チアキは、しばしの間、胸にこみあげてくる感情を楽しんでいた。ふと、時計を見てみれば、帰りの電車の時刻がじわじわと近づいてきている。

 

「そろそろ電車が来る時間です!またお話ししましょうね!」

「ああ!トリニティ内で困ったことがあったら、遠慮なく頼ってくれ!雑誌、期待しているぞ!」

「はーい!楽しみにしててくださーい!」

 

 大きく手を振り、別れる。

 帰宅する生徒や社会人に混ざり、ゲヘナ行の電車に乗り込んだ。

 

 車内はそれなりに空いていたので、のんびりと帰ることができそうである。

 

「……ん」

 

 チアキは、ミサキから貰った飴を口の中に入れた。レモンの味が、口の中に広がっていく。

 

 ゆっくりと沈んでいく太陽と、通り過ぎていくトリニティの街並みを眺めながら、チアキは考えた。

 

 この列車は誰かの手で動いていて、その乗客たちも、キヴォトスのどこかで誰かの生活を支えている。もしくは、これから支えていく。

 色んな人々の行動が、歯車の様にかみ合い、社会全体を支え合っているのだ。

 

 チアキは週刊万魔殿を通して、何かを知り、それを誰かへと届けたい。誰も見向きもしないような小さな記事でも、もしかしたら誰かの人生が変わるかもしれない。改めて、自分が何をすべきなのかを確認したチアキは、窓の外に見えるゲヘナ自治区で沈みゆく夕日を見ながら、そっと微笑んだ。

 

 この社会から姿を消してしまった『羽沼マコト』へと、いつか週刊万魔殿が届くことを願って、チアキは記事を書く。それだけだ。

 


 

キャラクター紹介

 

錠前サオリ

トリニティ自警団の団員。人々が平和に過ごせることを信念に活動しており、情熱的で活動熱心だが、その熱心さが空回りしがちでもある。多くのトリニティ生徒から慕われている人気者。非公式ファンクラブの会員数はそろそろ3桁に到達する。

 

白洲アズサ

トリニティ自警団の団員。幼馴染であるサオリに憧れているが、そのせいで自分のことをおろそかにしがち。自警団活動に熱が入りすぎて成績が悪化、補習授業部に入れられてしまった。

 

槌永ヒヨリ

図書委員会所属。サオリの幼馴染で読書が好き。雑誌収集と食べ歩きが趣味であり、度々サオリに買ってもらおうとしているがアツコにやんわりと止められる。

 

秤アツコ

今はシスターフッド所属。暴走しがちな幼馴染たちのストッパー役でもあるが、時々悪ノリして誰にも止められなくなってしまう。纏っている雰囲気に対して意外とアグレッシブ。変わったけど変わらないサオリたちを見て「まあ、こんな世界も悪くないな」と現状を楽しんでいる。泡沫の夢であることは理解しているが、羽沼マコトという名前に覚えはない。

 

戒野ミサキ

割と適当に生きているのでメイド部公式アカウントを芸人グループだと思ってフォローしている。

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