区切り方が不自然かもしれません
「えぇ―ッ!?」
元宮チアキは、自身のSNSアカウントに届いていたメッセージを確認して、文字通りひっくり返ってしまった。
アーマードあすま@AsmoredTK
@Chiaki_PNSC
突然の連絡失礼します。
先日お会いした飛鳥馬トキです。
『羽沼マコト』という生徒についてお伝えしたいことがあります。
DMで話せませんか
13:15 RT:0 Like:0
差出人は、どうやら昨日ミレニアムに行った際に関わった飛鳥馬トキらしい。床に叩きつけてしまった腰を擦りながら文面を確認するが、何回読み直しても『羽沼マコト』と書いてある。
「チ、チアキちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です!」
京極サツキが、オロオロとしながらチアキを心配してくるが、ほとんど痛みはない。というか、痛みを感じている場合ではないのだ。
『すみません!今見ました!大丈夫です!』
メッセージを送信した後、チラリとスマホ上部の時計を見てみれば、13:58。業務中のためマナーモードにしていたからすぐに気が付かなかったが、遅すぎるという時間でもない筈だ。
返事を待つ。チアキの心臓は、今までにないほど早い鼓動を打っていた。
『分かりました』
「……!!」
来た。
『結論から申し上げますと、羽沼マコトという生徒の素性について知っている生徒がミレニアム内に居ました』
『本当ですか!?』
逸る気持ちを抑え、丁寧に返事をする。昨日会った感じからすると、多少の失礼な言動も許容されそうなものだが、親しき中にも礼儀ありというやつだ。
『ただ状況が非常に複雑になっていまして』
『ふむ』
『文章でのやり取りでは理解が難しい可能性があります。なので、電話か直接話ができる時間があればよいのですが……』
『分かりました!今から向かいますね!』
「……あ」
チアキは、そのメッセージを送信した直後に「しまった」と思った。別にこの後ミレニアムに行く時間があるかどうかは確認していない。まったく、逸る気持ちを抑えようとしてこれとは、自分はまだまだ子供のようだ。
「あの……すいません、今からミレニアムに行ってきてもいいでしょうか?」
チアキは、ハルナ議長に小さく頭を下げながら訊ねる。
「……どうして急に?」
「本当に個人的なことなんですが……『羽沼マコト』の手がかりが見つかったようでして……」
「あら、それは早く行った方が良いのでは?」
「ありがとうございまーす!」
ハルナが許可を出したのだと脳が理解した瞬間、チアキは今までの人生で一番早く動き、荷物をまとめてゲヘナ学園を飛び出した。
チアキが退室し、静寂が訪れた万魔殿。
「……ほんとに見つかったんですかね?」
沈黙を破ったのは、イブキのお絵かきを見守るイロハだった。
「そうよねぇ……チアキちゃんがあんなに必死に探してるから、情報部でもちょっと探ってみたけど全然見つからなかったし……」
「またガセネタとか掴まされてないといいですけど」
イロハの言う通り、チアキは何度かガセネタを掴まされている。それがただの勘違いだったならまだいい。面白半分で絡んでくる者や、明確に悪意を持ってチアキに近づいてくる者だったことだってあるのだ。
世界は、親切な人のみで構成されていない。
「いいじゃないですか。ガセネタでも」
ハルナ議長は、手元の書類にサインをしながら答えた。
「ハルナちゃん?」
「ガセネタだったら怒って、そしてまた別なものを探しに行けばいいんです」
「ええ。チアキちゃんのあの諦めない姿勢は、見習わないとね」
サツキは、うんうんと頷いて同意する。
「私は、興味のあることに対して、まっすぐ突き進むことができるチアキさんを……まぁ、とても良いことだと思っていますよ」
「そうですね。食事に対して誰よりもまっすぐ突き進んでいるハルナ議長が言うならそうなんでしょう」
「……そうかもしれませんね」
ハルナは立ち上がり、窓の外を見る。
そして、ミレニアム方面に小走りで向かうチアキを見つけると、その姿が人ごみに消えていくまで、少しだけ羨ましそうに見つめていた。
ーー
「……えっと、理解できましたか?」
「はい」
C&Cの部室にやってきた和泉元エイミは、生塩ノアの話を静かに聞いていた。
「歴史及び記憶の改竄、そして『角盾カリン』という生徒の消失が起こっているという認識で良いんですよね?」
「はい、その通りです」
今は掛け持ちの状態とはいえ、和泉元エイミが特異現象捜査部のエージェントであることには変わりなく、現象への理解力は、ミレニアム内でもトップクラスのままだろう。
だが、今の和泉元エイミはノアの記憶の中の和泉元エイミよりも、数段近寄りがたい存在のように思えた。
「…………」
原因は分かっている。
ノアがネルや先生たちと記憶の『擦り合わせ』を行った結果、どうやら『和泉元エイミ』は『飛鳥馬トキ』が背負っていたものを背負わされてしまっているらしい。
今のミレニアムの歴史では、エリドゥ攻略戦において、先生たちの前に立ちふさがったのは飛鳥馬トキではなく、和泉元エイミだったのだ。
しかも、『ノアの記憶の中のアビ・エシュフ』に相当する戦力が、和泉元エイミに押し付けられているため、本来の和泉元エイミとはかなりかけ離れた存在になってしまっている。
エイミは、元からコミュニケーションにそこそこ難のある生徒だったが、それが数段増しにされているように思えた。
だが、新しく分かったこともある。
「生徒の『個人情報』がだるま落としの様に弾き飛ばされ、全体が少しずつ下がり始めている……なるほど、これは『特異現象』と呼ぶべき事態ですね」
ノアは、カリンの代わりにエイミがC&Cになっていると思っていたのだが、どうもそんな単純な話ではないらしい。
『角盾カリン』が抜けたことによる穴を埋めているのは、エイミではなく『飛鳥馬トキ』であり、その飛鳥馬トキが『ズレた』ことによる穴を、和泉元エイミが埋めている。
ヒマリのだるま落としという例えも絶妙だろう。だるま落としという遊びは、上に置かれただるまに『こま』を弾いていることを気づかせないゲームなのだ。
今のミレニアムは現実が少しずつ弾き飛ばされ、一段ずつ下がってきている状態なのだろう。
崩れてはいないが、積み重なった『こま』の総数は減り、高さはどんどん下がっていく。
積み重なった『こま』がいつ崩壊するか分からない上に、あといくつ『こま』が残っているのかも分からない。
悠長にしている余裕はないだろう。
「まぁ……『スタート』と『ゴール』は変わっていないのでミレニアム全体に大きな変化が見られないのが救いですね」
そう。
エリドゥ攻略戦等においてのエイミたちの行動は、ノアの記憶からかなり歪められてしまっているものの、アリスを発見してから取り戻すまでの物語の
道のりがだいぶ険しくはなっているものの、ミレニアム全体が危機に陥るような事態は回避できている。そこだけは安心できるポイントだった。
まぁ、そのせいで異変に気付きにくくなっているのも事実なのだが。
「ねぇ、エイミ」
ノアがこれからどうするべきかと考えていると、ヒマリがエイミの腕をそっと握った。
「どうしたの、部長」
「…………大丈夫ですか?」
「何が」
「辛かったら、いつでも言ってくださいね」
「大丈夫。個人的な感情と任務は切り離して考えてるから」
「……だからですよ」
ノアは、ここでハッとした。
和泉元エイミがここまで歩んできた人生は、ノアが知っているものよりもかなり険しい道のりとなっているはずである。それでも、数々の壁を乗り越え、これからはミレニアムの仲間たちと共に歩んでいこうとしている時に──
──「あなたの人生は偽物で、この現実は何もかも嘘なんです」と言われたら、どう思うのだろうか。
ノアは、それを和泉元エイミの表情から読み取ろうと試みたが、以前よりも感情が分かりにくくなったエイミからは、何も分からなかった。
ーー
「チアキさんをお連れしました」
「元宮チアキ!到着です!」
元宮チアキが、駅に迎えに来ていた飛鳥馬トキに着いていくと、連れてこられたのはミレニアムの会議室だった。
真面目な会議でもしているのかと思ったが、先生が何故か『だるま落とし』で遊んでいるので、そこまで真面目な話でもないのかもしれない。
しかし、先生がいるということは、『羽沼マコトの情報』においては信憑性があると見て良いだろう。
「とりあえず、そこの空いているお席にどうぞ」
「ありがとうございます!」
チアキは案内された席に座ったが、ゲヘナを出てからというもの、どうにもそわそわして落ち着くことができなかった。
それだけ、元宮チアキは羽沼マコトとの再会を待ち望んでいるということなのだ。
「とりあえず……先にご挨拶から。セミナーの書記、生塩ノアです」
「えっと、分かっているとは思いますが、万魔殿の書記の元宮チアキです」
どうやら、情報提供者というのは、この生塩ノアという生徒らしい。まさか情報提供者がミレニアムの生徒会役員だとは、チアキも予想していなかった。
「最初に確認しておきますが、チアキさんの認識だと『羽沼マコト』は入学前に出会った生徒だったのに、入学したら影も形もなく、自分以外誰も覚えていない……ということでよろしいですか?」
「そうですね。大体合ってます」
おそらく、これは先生から聞いたのだろう。
「ですが、私はその名前に聞き覚えがあります」
「本当ですか!?」
チアキは、思わず立ち上がってしまった。その衝撃でトキの目の前のだるま落としが崩壊したが、気にするようなことではない。
「はい。私の記憶が正しければ羽沼マコトは……万魔殿の現議長です」
「……えっ?」
それは、どういうことなのだろうか。まさかハルナ議長が羽沼マコトだとでも、言うつもりなのだろうか。
「それを理解するためには……今のミレニアム、いえ、キヴォトスで何が起こっているかを説明する必要があります」
「……………えっと?」
チアキは、明星ヒマリという生徒からミレニアムで起こっている異変について説明を受けたが、イマイチ理解ができなかった。
「チアキさんが探している羽沼マコトさんは、人々の記憶から消え、このカリンさんのように別人になっている可能性があるということです」
「なるほどぉ……」
理解はしたが、受け止めきれない。いや、入学したら誰も覚えていなかったのだから、通常の失踪事件ではないということは分かり切っていたのだが。それでも、だった。
「……ってことは、私が見学会でマコト先輩に会って入学するまでの間に『何か』があったってことですね!?」
「それは……どうなんでしょうか」
ノアは、疑問があるようだった。
「へ?」
「記憶の限り、私が3日間の出張に行く前のミレニアムは正常でした。おそらく、『異変』が発生したのはその3日以内です」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
それは、あり得ない。
「私は、入学してからだいたい一年半、ずっと羽沼マコトを探してきんですよ!?それはおかしくないですか?」
「そうだね。私がチアキの取材に応じたのも『一週間前』だ」
チアキの意見に、先生も同意した。
「……世界5分前仮説」
そこに口を挟んできたのは、明星ヒマリに付き従っているピンク髪の生徒だった。
「えっと?」
「世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が『覚えていた』状態で突然出現した、という仮説に論理的不可能性はまったくない」
「昔の哲学者の言葉ですね。……おそらく、チアキさんは『羽沼マコトを探していた記憶』を差し込まれているのだと思います」
明星ヒマリが、補足する。
「記憶の連続性を証明することは……現状不可能。だから今の私たちは、『記憶力がすごいノア先輩』の記憶が正しいと
チアキとしては、納得しにくい話だった。
自分の中には、羽沼マコトを探してきたという実感がある。それがいきなり記憶だけの行動と言われても、納得し難い。
「でも……今はそう考えておくのが良いんでしょうね」
チアキは、とりあえず飲み込むことにした。結局のところ、自分の記憶が正しいかよりも、羽沼マコトと再会することが重要なのだ。
「それで、私は……ああ、自己紹介がまだだった。和泉元エイミ。このヒマリ部長と一緒に特異現象捜査部っていう……まぁ俗に言う怪奇現象とかを調査する部活をやってる」
「そうだったんですね」
なるほど、だからこの2人が話の中心となっているのかと、チアキは納得した。
何とも面白そうで、チアキの興味をそそられる部活動だが、今はそんな場合ではない。
「それで、一種の『都市伝説』として私も『羽沼マコト』を調べたことがあるんだけど……それがこの調査報告書ね」
エイミから渡された報告書を目に通す。まさか自分が、別世界線の記憶を持っているとまで言われているとは思わなかった。だが、今となってはそれがかなり惜しい回答だったと言わざるを得ない。
「……で、気になるのはどうして『元宮チアキ』が『元のキヴォトスの歴史』を限定的に覚えているのかってこと」
エイミの報告書の中では、どうやら元宮チアキが主張するゲヘナ学園見学会での行動と、周囲が主張する見学会当日の元宮チアキの行動が食い違っているという記述がある。
何かしらの記憶障害が疑われていたが、今なら分かる。
「私の『入学』までの記憶は……改竄されていないってことですか」
自分一人だけが違う記憶を持っているとなれば、変な目で見られるのも仕方がないだろう。
「そうなるね。私が知りたいのはその理由。心当たりはある?」
「うーん……」
とは言っても、チアキ自身まったく理由は分からない。どうして自分は不完全ながら『羽沼マコト』のことを覚えていられたのだろうか。
「一応……私とノアさんには『書記』という共通点がありますけど……」
「先生がトリニティの書記官に確認したけど、何もなかった」
「ですよねぇ……」
生塩ノアは、どうやら『一度覚えたことは決して忘れない』という特性があるらしい。しかし、元宮チアキにそこまでの記憶力はない。
そんな能力が自分に存在しているのなら、定期テストはもう少し良い点数を取れる。
どうして元宮チアキは不完全ながら記憶が保持されていたのか、その理由が分かれば解決の糸口になるかもしれない。
「まぁ……一先ず、分からないことは置いておいて、分かることから整理していきましょうか」
チアキは、しばらく考えてみたが何も分からないままだった。それを察したヒマリが話を打ち切る。
「そうですね。ゲヘナ学園にどのような変化が生じているかを確認しましょう」
「分かりました!そういうことなら、何でも話しちゃいますよ!……機密情報とかはアレですけど」
できる限り協力するつもりだが、流石にゲヘナの外に出したらまずい情報は喋るわけにはいかない。例えば、羽沼マコトと同列に扱われている厄ネタである『雷帝』とか。
「大丈夫です。私が主に確認したいのは、『エデン条約』について」
「エデン条約……」
「私の記憶している歴史では、エデン条約の調印は一度失敗しています」
「失敗したんですか!?」
チアキは、再び席から勢いよく立ち上がってしまった。懲りもせずにだるま落としをしている飛鳥馬トキの目の前で、何かが崩れた音がするが、どうでもいいことだ。
「そ、そんな……平和的に終わって……トリニティの皆とも仲良くなれたのに……」
昨日、
「まぁ……先生がどうにかして成功させたんですが……」
「私の記憶だと、調印式には証人として場に居ただけなんだけどなぁ。来賓とあんまり変わらない。式でも大きなトラブルはなかったしね」
チアキも、その認識だった。
サツキが緊張で気絶しかけたとか、そういうレベルのトラブルしかない。
「とりあえず、私の知っている調印式で何があったのかですが……ざっくり説明すると『アリウス』という武装集団に襲撃され、先生が瀕死の重体になりました」
「えっ……」
チアキは、言葉が出なかった。失敗したということは、何かあったということなのだが、そこまでのことだとは思わなかったのだ。
「……その『アリウス』というのは?」
黙ってしまったチアキの代わりに、ヒマリがノアに質問した。
「これもざっくりとした説明になってしまいますが、過去のトリニティの因縁。切り捨てられた分校……という報道はされていましたね」
「先生に覚えはありますか?」
「いや……ないね」
先生に、アリウスの心当たりは無いらしい。もちろん、チアキにもない。
「あ!じゃあトリニティの人に聞いてみますか!?ちょうど私、昨日そういうことに詳しそうな人たちと知り合ったので」
でも、もしかしたら「アリウス」という概念自体はどこかに残っているかもしれない。
そう考えたチアキは、昨日知り合ったばかりの『錠前サオリ』たちに聞いてみてはどうかと考えたのだ。
トリニティで顔が広いサオリなら何か知っているかもしれないし、図書委員会の『槌永ヒヨリ』やシスターフッドの『秤アツコ』なら、トリニティの歴史にも詳しいだろう。
あの『幼馴染集団』に聞くのが、一番早いはずだ。
「ふむ……それなら連絡していただいてもよろしいですか?」
「はい!じゃあちょっと失礼しますね……」
チアキは携帯を取り出し、交換したばかりのサオリの連絡先に繋ぐ。
『もしもし、錠前サオリだ。何か用だろうか』
1コールもしないうちに、電話の向こうからサオリの声が聞こえてきた。
「あっ、元宮チアキです!その、少しお尋ねしたいことがありまして……」
『チアキか……分かった。私に分かることであれば』
「えっとですね……『アリウス』という言葉に聞き覚えはありますか?」
『……それは、店の名前とかか?』
「いえ……過去のトリニティに関係する組織らしいのですが……」
『すまない。私には聞き覚えが無い。だが、アツコやヒヨリにも聞いてみる。少し待っていてくれ』
「はい!……えっと、サオリさんに聞いてみましたが、心当たりは無いみたいです」
チアキは、一旦携帯電話から耳を離し、結果をノアたちに伝えた。
「ああ、サオリに聞いたのか。確かにサオリたちなら誰かしらは知ってるかもしれないね」
先生は、うんうんと頷きながら答えた。
「……サオリ、ですか?」
だが、ノアはそれに何か引っかかるところがあったらしい。
「そうだね。錠前サオリ」
「えっと、確か襲撃犯として指名手配されていたのが……」
『もしもし?』
「あっ、どうでしたか?」
ノアが何かを言いかけていたが、サオリが戻ってきたようなので、チアキは再び通話に戻った。
『残念だが……2人とも知らないみたいだ』
「そうですか……わざわざありがとうございました」
『気にするな。この後私たちでも少し調べてみる。何か分かったら追って連絡する』
「ありがとうございます」
『ああ。また後でな』
サオリがそう言うと、通話は終了した。
「とりあえず、サオリさん達が調べてくれるみたいです!」
「そっか……じゃあ『アリウス』についてはサオリたちに任せよう」
「ええ、彼女たちが一番適任でしょうし」
「そうですね!シスターフッドと図書委員会、トリニティの知識方面の組織に頼れるなら……」
「いえ、そうではなく、アリウスの襲撃犯として指名手配されていたのが『錠前サオリ』、記憶が正しければ彼女がリーダーです」
会議室は、数秒沈黙した。
「えっ!?あのサオリさんが!?何かの間違いでしょう!?」
チアキは、先ほどから信じられないことばかり聞かされているが、衝撃の具合で言えばこれが1番だった。
自警団としてトリニティを見守り、トリニティを愛し、そしてトリニティから愛される存在の錠前サオリが、エデン条約を失敗に追い込んだ襲撃犯だとは、到底思えない。
「そっそんな……」
「……ひとつ確認したいんだけど」
ショックを受けるチアキを横目に、エイミが質問する。
「『錠前サオリ』は『錠前サオリ』として存在してるんだね?」
「……そうですね。そこに何か?」
「いや、『リーダーだった錠前サオリ』は消えてなくて、『アリウス』だけが消えているというのが、気になって」
「ふむ……確かにアリウスの『歴史そのもの』が消えているというのは……少々毛色が違う案件に思えます」
エイミの言葉に、ヒマリが頷いた。
「まぁ、『アリウス』という概念が別物になって『トリニティ』に併合されていると考えれば納得はいくけど……」
確かに、『生徒』ではなく『歴史そのもの』というのは変化の規模が大きすぎるようにも思える。マコトやカリンのように、生徒1人が消えたとかそういうレベルの話でないのだ。
「……流石に私もアリウスの内部事情まで詳しく知っていたという訳ではありませんし、確認は難しいでしょう」
「それと」
エイミは、まだ何か気になることがあるらしい。
「正しい歴史だと、エデン条約の調印は『一度失敗』しているんだね?」
「そうですね。そこにも何か?」
「……いや、これは後でまとめて確認する。とりあえず先に確認すべきことを確認しておいた方がいい。一々話の腰を折ってたら話が進まないからね」
「そうですか……では、チアキさん」
「はい!なんでしょう!」
「あなたの他に『記憶の中にのみ存在する生徒』の実在を主張している方はいらっしゃいますか?」
「……いやぁ、居ないですねぇ」
2年間マコトの捜索活動をしてきたが、自分と同じような境遇の生徒には出会ったことがない。
「では、『記憶喪失になっている生徒』に心当たりは?」
「うーん……」
カリンの例を考えると、マコトもどこかで記憶を失った別人となって存在しているのだろう。だが、そんな生徒がいるならば、チアキの耳に入ってくるはず……いや、待て。
「あ!『食堂の主』さん!」
いるじゃないか。名前も素性も行動理念も全く不明の生徒が。
「食堂の主……?」
「はい!食堂が始まると、フラッとやってきてそのままずーっと食事をしてる生徒がいるんです。ですが、誰も名前も素性も知らなくて……」
誰も知らないし、本人も語らない。
不思議な存在だとは前々からチアキも思っていたが、カリンのようになってしまった生徒だと考えれば、納得がいく。
もしかしたら、そういうことなのだろうか。
「ああ、それも私が調べたことあるね」
エイミは、手元の端末を操作し、何かの画面をヒマリに見せた。
「ふむふむ。食堂の主、ゲヘナ学園の食堂に出現する亡霊……その姿は視認できず……」
「ちょっと待ってください!」
チアキは、調査報告書を読み上げるヒマリに、待ったをかけた。
「食堂の主さんは、ちゃんとした生徒ですよ!視認できない訳ではありません!」
「……そうなんですか?エイミ」
「いや、私は視認できなかったし、ゲヘナ生徒に聞き込みもしたけど、全員見えてなかった」
「そんなはずはないですよ!食堂の主さんは金髪で、頭の横にツノが生えてて……」
チアキは、3回ほど取材を試みたが、会話も可能であったし、ほぼ毎日食事をしている姿を確認しているのだ。
「報告書に記録映像が添付されてるはず。再生してみて」
「これですか?」
「そう」
ヒマリは、報告書に添付されていた映像を確認した。
「……確かに、料理が空中に消えていきますね」
「いや!映ってるじゃないですか!」
チアキがそう言ったものの、どうやら映像の中の金髪の生徒はチアキ自身にしか視認できていないらしい。先生も、見えないと首を横に振った。
「じゃあ、これも『元宮チアキ』にのみ発生している現象と考えていいか」
エイミは、そう結論付けた。
「そうなりますね。とすると……チアキさんが断片的に記憶を保持していることに、何か関係があるかもしれません」
「な、なるほど……」
もしかしたら、自分はこの異変において、かなり重要な立ち位置にいるのではないか。チアキは、緊張で自然と背筋を伸ばしていた。
「この食堂の主の姿が見えているなら確認したいんだけど、この料理が消えていく空間……ここは口で合ってる?」
「はい。ちゃんと口で食事をしてますよ」
「私はそこを口として仮定して、正体は『身長160cm後半の人型存在』と予想していたんだけど……ノア先輩。羽沼マコトの身長、分かりますか?」
「確か……京極サツキさんより若干低いぐらいだったかと」
「チアキさん、サツキさんの身長は?」
チアキは記憶の奥底を漁った。
そうだ。確か健康診断の後、イブキの提案で万魔殿メンバーの身長を教え合ったはず。
「えっと……確か、172って言ってましたね」
172cmより、少し下。即ち、160cm後半。
「……ということは!」
「はい。食堂の主さんが『羽沼マコト』の可能性がありますね」