また明日   作:カンキツf

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また明日②

 長良さんがいる鎮守府に着き、面会希望を伝えるとすんなり通して貰えた。ざわざわと波立ちが収まらない私の胸中とは真反対の、凪いだように静かな鎮守府内を少し早足で歩き、長良さんの部屋の前までたどり着く。1つ深呼吸をして、ドアをノックしようとしたその瞬間だった。

 

「阿賀野! どうしたのこんなところまで来て」

 

 声の聞こえてきた方へ振り向くと、そこには汗をタオルで拭う、一見いつもと変わりない長良さんの姿があった。

 

 

「どうしたの急に。連絡も無しに来るなんて」

 

 外のベンチに座って、長良さんがそんな風に切り出してくる。その以前となんら変わらない明るい表情はまるで深刻さを感じさせない。

 

「どーしたの?」

 

 ベンチに座って私の顔を覗き込むようにして長良さんがそう質問してくる。

 

「長良さんがその……リハビリとかあんまり上手くいってないって聞いたので……思わず……」

 

 私の言葉に長良さんが目をパチパチと動かした後、フッと笑みを浮かべて口を開く。

 

「思わずって……サボったの?」

「サボってませんよ! ちゃんと申請して正式にお休み貰って来たんです!」

「……十戦隊は?」

「矢矧に任せました!」

 

 私がそう答えると長良さんが苦笑いする。

 

「矢矧もダメなときは風雲ちゃんが旗艦やるようにお願いしました!」

 

 私が補足説明すると長良さんがクスリと笑う。

 

「そっかそっか。なら大丈夫だね」

 

 そう言って笑う長良さんの表情はいつも私が見ていたものと変わりないものだった。それに少しだけ安心感を覚える。

 

「……話戻しますけど、長良さん……その……リハビリが上手くいってないって話なんですけど……」

「うん、本当だよ。思ったより苦戦してる」

 

 長良さんのあっさりとした返答に、私は思わず俯いてしまう。

 

「多分もうそっちの鎮守府にも連絡行ってると思うけど最悪は……」

 

 そこまで言ったところで長良さんが何かに気づいたのか、ハッと目を見開く。

 

「もしかして……その連絡を聞いてきたの……?」

 

 その質問に私がゆっくりと首を縦にふると、長良さんが破顔する。

 

「大丈夫だって! 言っとくけど長良は戻る以外のことなんてこれっぽっちも考えてないからね!」

 

 長良さんがいつもの調子でバンバンと背中を叩いてくる。その姿にちょっとだけ安心するけどいつもなら痛いと言って跳ね除ける気力が今日は起きない。

 

「阿賀野……」

 

 反応の薄い私に、長良さんが困ったような表情をする。

 

「長良さん」

 

 私は顔を上げ、そんな長良さんに向き直る。

 

「私も手伝っていいですか? 長良さんのリハビリ」

 

 そう言った私に長良さんは目を見開いていた。

 

 

 

 交渉は意外な程にあっさりと終わった。『現役の艦娘さんがやってくれるなら』ということで、私は長良さんのリハビリを手伝うことになった。

 

「お待たせー」

 

 艤装を装備した長良さんの姿が見える。もう焼き付くくらい見た、いつもの姿だ。

 

「やり方分かる?」

「はい。確認してきました」

 

 長良さんの言葉に短く返事をして曳索で艤装同士を繋ぐと一歩前に踏み出し、海面に降り立つ。

 

「それじゃあ長良さん……」

「ん……」

 

 差し出した私の手を長良さんが取ると、そのまま踏み出し、足を微かに震わせつつ海面を踏みつける。その勢いのままもう片方の足も下ろす。

 

「よし……」

 

 長良さんがそう言ってニッと笑う。その姿に胸の奥がキュッと締め付けられる。あれだけ海を縦横無尽に駆け回ってた長良さんが今は歩くことすらおぼつかなくなっている。

 

「……阿賀野?」

「あ、すいません……」

 

 長良さんに促され、私は彼女の手を引いたまま艤装を動かし、ゆっくりと海面を進んでいく。

 

「……もういいよ」

「……分かりました」

 

 その言葉に私は手を離す。中腰になっていた長良さんの背筋が伸び、いつも見ていた、海を駆ける長良さんの姿が戻ってくる。そのまま長良さんが数メートル程海面を滑る。

 

「長良さん……!」

 

 私が声を漏らした瞬間、水音を立てて長良さんが海に沈む。

 

「長良さーーーん!!!」

 

 叫ぶと同時に曳索を手繰り寄せると海の中から長良さんが出てくる。

 

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫……ありがとう」

 

 くの字に吊り下げられた長良さんが口から水を吐いて答える姿をに眉が下がるのを感じる。引き上げるときの長良さんは全く重みが無かった。つまり、今長良さんは艤装と殆どリンクできてない。艤装を外している状態とも違う、限りなく解体後に近い状態だ。現状は、私の想像よりずっと悪い。

 

「阿賀野」

 

 鼓膜を揺らした声の方へ顔を動かす。

 

「もう一回いこう!」

 

 そう言って笑う長良さんの表情はことの深刻さと反比例するように明るかった。

 

「……はい!」

 

 そんな長良さんに私は威勢よく返事をした。

 

 

 それからやったことはシンプルだった。長良さんが海面を滑れるようになるまで何度も同じことを繰り返す。私が長良さんの手を取り、少しだけ進んで手を離す。私の手から離れた長良さんが少し進んで海に沈む。

 

「長良さーん!」

 

 そして私が曳索を手繰り寄せ、長良さんを引き上げる。

 

「長良さーん!!」

 

 私と長良さんはこれを。

 

「長良さぁーん!!!」

 

 何十回と繰り返し。

 

「長良さぁーーーん!!!!」

 

 気がつけば日が沈んでいた。

 

 

 

「もう一回! 後もう一回いくよ阿賀野!!」

「ハァイ!!」

 

 夜の海で声を張り上げ、握っていた手を離すと、長良さんがゆっくりと海の上を滑り始める。中腰だった背が真っ直ぐ伸び、徐々にスピードを上げていく。問題はここから。今日一日、何度やってもこうやって速度を上げ始め、ある一定の範囲まで進むと電波が届かなくなったドローンみたいに艤装はピタリと機能を止めてしまう。その範囲まで後数メートル。今度こそ上手くいくようにと、今日何度目か分からない、祈るような思いで見守っていると、今日何度目か分からない、範囲の外へ長良さんが足を踏み入れる。そして――。

 

「あ……」

 

 私は思わず声を漏らしてしまう。リンク切れを起こしていた範囲を超えても、長良さんは沈まない。動けてる。航行出来てる。繋いだ曳航ロープに引っ張られないよう私も動き出す。長良さんの速度が上がり、動きが自由になっていく。それに合わせて私も海面を駆ける。毎日のように見ていた長良さんの姿が、確かにそこにはあった。

 

「阿賀野ぉ!」

 

 長良さんが身体ごとくるりと振り返る。月明かりに照らされ、はっきりと見える長良さんの笑顔に、私の中で何かが込み上げてきて、気がついたら笑顔を作っていた。

 

「長良さ――」

 

 そして、名前を呼ぼうとしたその瞬間だった。水飛沫を上げて、長良さんの姿が海中へと消える。

 

「長良さぁーーーーん!!!!!」

 

 今日1番大きな声で叫び、私は曳航ロープを手繰り寄せた。

 

 

 今日のリハビリを終え、航行のおぼつかない長良さんを私の背に乗せて移動している。少し沖の方まで来てしまったせいで陸が遠くに見える。

 

「悔しいですよ」

「……何が?」

 

 私の言葉に、背中の長良さんがそう問い返す。

 

「だって……やっと上手くいったと思ったのに……」

「ああ……」

 

 あれから数回試してみたけれど、あの上手くいったときは幻だったんじゃないかってくらい長良さんは全く動けなくなっていた。時間に対して得られた成果は驚くほど少なかったというのが、客観的な今日の結論だった。

 

「阿賀野が落ち込む必要ないってぇ! 大丈夫だって言ってるじゃん!」

「でも……」

 

 明るい声でそう言う長良さんは焦りなどは全く感じない。それは決して楽観じゃない。長良さんだって自分が今どういう状況かは理解している。つまり、自分の状況の深刻さが分かって尚長良さんは明るく務めてる。そんな長良さんに胸が締め付けられるような思いになる。

 

「……なんかむず痒いね」

「何がですか?」

「いやまさか阿賀野に背負われることになるなんてさー」

「ああ……そりゃ私だってい曳船くらい出来ますよ」

「……ふふ。阿賀野も頼りがいが出てきたね〜。これなら長良は戻ってこれなくなっても大丈夫だね〜……なんて……」

 

 冗談めかして言った長良さんのその言葉は多分、一種の覚悟だったんだと思う。もし、最悪、鎮守府に帰って来れなかったとしても大丈夫だって。阿賀野はもう十分成長したからもしもの時は頼んだって。それは分かってる。分かってるんだけど……。

 

「長良さん」

「ん?」

「冗談でもやめてください。そんなこと言うの」

 

 それでも言いたくて仕方なくなって、はっきりと力強い声で長良さんにそう伝える。少しだけ私たちの間に静寂が横たわる。

 

「ごめん……もう言わないよ……」

「お願いします」

 

 長良さんの謝罪の言葉に私はそう返すと少しだけ航行スピードを上げた。

 

 

「阿賀野どうするの? もう夜だけど今から鎮守府に戻る?」

「いえ、今日は泊まって明日の朝に戻ります」

「はあ〜なるほど。じゃあ長良の部屋で寝るんだ」

「はあ〜なるほど。じゃあ長良の部屋で寝るんだ」

「え?」

「……え?」

 

 長良さんの言葉に私が疑問の声を漏らすと予想外だったのか、長良さんも声を漏らす。

 

「……違うの?」

「いえ……とりあえずどっか泊まれるところでも探そうかと……」

「何言ってんのさ! この辺にそんなところないよ!」

「え、そうなんですか? じゃあすいません……やっぱり今から帰ります……」

「いいよ気使わなくて。阿賀野も疲れてるでしょ? 泊まってきなって。鎮守府には長良の方から言っておくから」

「え、あ……長良さん!?」

 

 半ば強引に話を進め、この場を後にする長良さん。その後ろ姿に伸ばした私の手は虚しく空を切った。

 

 結局、長良さんの部屋で眠ることになった私は、長良さんの隣の布団に入り照明の消えた天井をぼんやりと眺めていた。

 

「ありがとね。阿賀野」

「何がですか?」

 

 首だけ動かし長良さんの方を向くと、長良さんも私と同じ動きでこっちを見る。

 

「ほら、お見舞い? じゃないけど来てくれたじゃん。リハビリも手伝ってくれたしさ……」

「……良いですよ。私がやりたくてやったんで……」

「それでもやっぱり嬉しかったよ。ありがとう」

 

 暗闇の中、長良さんの笑顔が目に映る。見慣れている筈のその顔が、何故かとても愛おしく思えて、私は長良さんの方へ向き直って口を開く。

 

「絶対戻ってきてくださいね」

 

 しっかりと長良さんを見据えてはっきりと口に出して伝える。すると、長良さんがいつもの調子で笑う。

 

「だいじょーぶ! 戻ってくるって! そしたら阿賀野にもガンガン走り込みしてもらうからねー!」

「良いですよ」

 

 即答する私に長良さんの目が見開かれる。

 

「長良さん……。私……気づいたんです……長良さんがいないと寂しいって……」

 

 私の言葉に長良さんがパチリと目を瞬かせたかと思うと、今度は優しげな笑みを浮かべる。

 

「……うん。分かった。戻ってくるよ……。長良も阿賀野がいないと寂しいから」

「はい……え……」

 

 さらりと告げられた長良さんの気持ちに、私は気の抜けた声を漏らし、上体を起こす。

 

「おやすみ」

 

 そんな私に長良さんはそう言って背を向ける。いくつも言いたいことがあったけど、その背中に私は喉まで込み上がってきた言葉をグッと飲み込んでフッと笑う。

 

「おやすみなさい長良さん」

「んー」

 

 そう挨拶して私も眠りについた。

 

 翌日、私は予定通り早朝1番で長良さんに見送られて鎮守府に帰った。

 

「じゃあねー阿賀野」

「はい。それじゃあ」

 

 軽く手を振る長良さんに私も軽く手を振り返し、ゆっくりと海面を移動し始める。段々と速度を上げ、陸が遠くなってきた頃にふと振り返る。すると、未だ鎮守府に戻っていなかった長良さんが私に向かって大きく手を振る。私も大きく手を振ってそれに応えると、向き直り、鎮守府へ向かっていった。

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