ポケットモンスター・リベンジ   作:庭音

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2025/01/20 誤字修正






Ep.001 帰郷

 

 グレン島。

 カントーが南西に位置する離れ島。その上空。

 そこではまず目にすることがないポケモン──ボーマンダが旋回していた。

 黒髪の少年がその背に乗り、深く被った藤色のキャップを軽く持ち上げ、眼下に広がるグレン島を見下ろしていた。

 

『あまり変わってない気がするね』

「……そうだな」

 

 少年はそう“独り言ちる”と、腰に巻いたモンスターボールに問いかけた。

 

「外、出るか?」

『うーん、そうだね。久しぶりに出ちゃおうかな』

「そうか。じゃあおいで」

 

 すると、モンスターボールがひとりでに開き、中からゴーストが現れた。

 

『もう4年経つんだね』

「ああ」

『サクラちゃんたち、元気にしてるかな』

「まぁ、元気にしてるんじゃないか」

『僕たち、ほとんど何も言わず出て行っちゃったから、怒ってるかも』

「かもな」

 

 少年はキャップを深く被り直す。

 

「というか、レン。別にサクラたちに会いに行くわけじゃないぞ」

『そうなんだけどさ、久しぶりに顔くらい見れたらなって思ってたから』

「そうか。オレはあんまり会いたくない、かな。合わせる顔もないし」

『…兄さんより、この姿の僕の方が会いづらいと思うんだけど?どう?』

「…最近ブラックジョークを言うようになったよな」

『僕のことを気にして会えないと思ってるなら、その心配はないよ』

「そうか。…レンは強いな」

『そうでもないよ』

「いや、強いよ。オレよりずっとな」

『…なんだか、今日は珍しく素直だね』

「故郷の、グレンタウンの空気がそうさせてるのかもな」

 

 ボーマンダがゆっくりと速度を落とし、人気のない海岸付近へ向けて着陸態勢をとる。

 少年は、今日はここまでだなと声を掛けると、ゴーストをボールに戻した。

 

「お疲れ様、ディアマン。ありがとう」

 

 間もなく陸に降り立った少年は、ボーマンダにそう声を掛けボールに戻すと、表情を引き締めた。

 入れ替わりにボールからルカリオが出てきた。

 

「オルカ。マルムの連中らしき気配は?」

『近くには居ないわ。けれど、この島には居ると思う』

「そうか。なら来て正解だったな」

『ねぇ、ジン。久しぶりなんでしょう、ここ。ただいまは言わなくていいの?』

「んー…、ただいまを言う相手も居ないし、それに何より、奴を殺すまではただいまは言えない、かな」

『…そう。それならそれでも構わないけれど』

 

 藤色キャップの少年──ジンは故郷グレンタウンへと歩き出した。

 

 

 

*****

 

 

 

 簡素な造りの屋外バトルスタジアム。

 すぐ近くのふたご島から、数年前にグレン島へ移設されたグレンジムにて。

 

「エリザ、火炎放射!」

 

 ピンクのジャケットを羽織った、黒のミディアムヘアーの少女が叫んだ。

 少女の指示を受けて、上空からリザードンが勢いよく炎を吐き出す。

 その炎に直撃したオスのカエンジシが声もなく倒れ伏すと、審判の男は場を制すように声を上げた。

 

「そこまで!勝者、サクラ!」

「…ふぅ。やった!勝った!」

 

 眼鏡をかけた燃えるような赤髪の女性──ジムリーダーのラテリアは、倒れたカエンジシをボールに戻すとサクラの下へと歩み寄る。

 

「成長しましたね、サクラ」

「はい!」

「これを渡します。グレンジム制覇の証、クリムゾンバッジです」

「ありがとうございます。これで7つ目、あと1個でリーグに挑戦できそうです」

「きっと行けると思いますよ。それにさっきの戦い、まだ全力じゃなかったでしょう?」

「それは…はい」

 

 サクラは受け取ったバッジを大切にケースにしまう。

 

「でも、本気じゃないラテリアさんに負けるわけにはいきませんから」

「ええ。次、また機会があればお互い本気で対戦してみたいですね」

「はい。ラテリアさんのマフォクシーとも戦ってみたいです」

「それは…楽しみですね。きっと、良い勝負が出来ますよ」

 

 ラテリアは思い出したようにサクラに問いかけた。

 

「ジンくんはまだ見つからない?」

「えっと…はい。どの町にも居なかったので、もしかしたらカントーには居ないのかも」

「そう…」

 

 少し表情を翳らせたサクラに気付いたラテリアは、そっと微笑みかけた。

 

「もしかしたら、ジンくんよりあなたの方が強くなったかもしれませんね」

「…4年前のジンと比べられても、ちょっぴりビミョーかもです」

「ふふ、それもそうですね。ごめんなさい」

「それで、えっと…」

「ええ。わかっていますよ。ジンくんをもし見つけたら連絡しますから」

「すみません。お願いします」

「でも、8番目のジム挑戦に向かう前に、少しはこっちでゆっくりするんでしょう?」

「はい。実家で両親に会わないといけませんし、ジンのパパさんとママさんのお墓にも行きたいので」

「そうですか。なら、また町を出るときで構わないですから、あなたのお父様から、火山の麓で採れた鉱石サンプルを受け取って、持ってきてくれませんか」

「わかりました。パパから受け取っておきます」

「ええ、お願いします。半世紀の比較サンプルと言えば伝わるはずですから」

「はい。では」

 

 一通り挨拶を済ませたサクラは、リザードンのエリザと共にグレンジムを後にした。

 サクラを見送って間もなく、ラテリアはマフォクシーのボールから思念を感じ取った。

 

(…危険。…強い。…2つ)

「…そう。こちらに向かっていますか?」

(…不明。…4年前、…類似)

「あの夜の?」

(…不明。…類似)

「それは非常に、よろしくないですね」

 

 4年前のあの夜…ジンくんのご家族が亡くなった──否、何者かに殺された事件。

 惨劇を思い出したラテリアは表情を険しくして、ボールからマフォクシーとコータスを呼び出した。

 

「フォクシア。申し訳ないですがしばらくは警戒態勢を」

(…承知)

 

 ラテリアはスマホロトムを呼び出すと、翻訳アプリを起動した。

 そして、翻訳アプリを通してコータスに声を掛けた。

 

「~~コラヴァ。フォクシアと交代で警戒をお願いします~~」

「~~わかった。任せて~~」

 

 打てる限りの手は打ったが、嫌な予感が拭えない。

 あの夜、なぜあの一家が襲撃されたのかはわからない。ケンさんとリンさん──ジンくんのご両親はポケモン遺伝子の研究者だった。その研究が気に食わない者がいたのか、それとも別の目的か。

 ラテリアは、いつの間にか指先が冷たくなっていたことに気が付く。もし前者の理由だった場合、ケンさんたちの資料から研究の一部を引き継いだ自分も狙われる可能性があるかもしれない。

 マフォクシーのふんわりとした肩に身を寄せると、パトロールを促すべくグレンタウン警察に電話を掛けるのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

 なんだか、時間がゆっくり流れている気がする。

 

「…今でこそ、スマホロトムの翻訳アプリでポケモンと意思の疎通ができていますが、昔はどのようにポケモンとコミュニケーションをとっていたか、わかりますか?」

 

 なんだろう、これ。なんでわたしは教室にいるんだろう。窓際後ろから2番目の席。

 しかもこれは、好きだったおじいちゃん先生の歴史の授業だ。

 夢…?

 きっと、そうだ。なんとなくだけど、この授業を覚えている。

 

「エスパーポケモンですよね」

「正解。ジンくん、よく知っていますね」

 

 斜め前の席。ジンだ。

 斜め後ろからはあまり表情が見えないけど、きっとつまらなそうな顔をしている。先生に褒められてもムスッとした表情を崩さない、ガキっぽい態度。大人たちから“神童”と呼ばれて調子に乗っているんだ。

 でも実際、ちょっとだけ、ジンのポケモンバトルは格好良かった。

 

「ジンくんが答えてくれたエスパーポケモン…、正確に言えばエスパーポケモン以外にもいるのですが、彼らは我々人間の感情や意思を読み取り、お返しに思念という形で我々に意思を伝えてくれていました。先生が学生の頃は翻訳アプリがまだなかったので、ユンゲラーなどのエスパーポケモンを通して、色々なポケモンと意思の疎通をとっていました」

「でも先生、それだとエスパーポケモンさんたちが大変じゃないですか?」

 

 勝手に自分の口が動いた。

 そういえば、こんな質問をしたかもしれない。

 

「ええ。サクラさんの言う通りです。なので、きちんと伝えたいことがあるときにはエスパーポケモンの手を借りる一方、それ以外のときはボディランゲージなど、なんとなくでのコミュニケーションが多かったんですよ。実際、みなさんもポケモンと常に翻訳アプリで会話しているわけではないでしょう?」

 

 確かに。わたしもピカチュウのピカくんと、アプリなしで触れ合うことが多いかもしれない。

 周りの子たちの反応はまちまちだ。いつもアプリを使ってるって子も結構いるみたい。

 

「ポケモン側の賢さゆえに成り立っているコミュニケーションって、意外と多いものですよ。何か心当たりがある人は居ますか?」

「…ポケモンバトル、かな」

「流石ですね、ジンくん。そうです。ポケモンバトルで技の指示を出す際。みなさん、アプリを起動しながら戦っていると思いますが、翻訳音声が流れる前にポケモンが指示に応えてくれることがあるでしょう。あれは、よく使う単語をなんとなくでポケモン側が認識してくれているということなんですね」

「先生、ピカくんにご飯だよって呼び掛けたら、エサを食べに来てくれるのもそうですか?」

「そうですね、サクラさん。きっと単語の音と意味を紐付けて理解しているんですよ」

 

 ジンが何か思いついたみたいで、先生に問いかけた。

 

「エスパーポケモンを通じたコミュニケーションについてなんですけど、それって人間の言語で行われるんですか?思念で意思を伝えることができるとしても、そもそもエスパーポケモンが人間の言葉を喋れるイメージがないので、ちゃんと会話できるのかなって」

「良い質問ですね。ジンくんの懸念の通り、人間の言葉での会話ではありません。上手く説明するのが難しいのですが、感情のようなものが伝わってくるんですよ」

「感情?」

「ええ。例えば…向こう側へ一緒に行きたい、とポケモン側が思ったとします。言葉で言ってもらえるわけではないですが、そう思っているんだなっていうのが、感情ないしは意思として伝わってくるんですよ」

 

 ジンは顎に手をあてて考え込んでいる。きっとイメージが付かないんだ。

 

「まぁ、今では翻訳アプリで精度の高いコミュニケーションをとれるわけですから、科学のちからって凄いですよね。まさか歴史の授業で自分の若い頃の話をすることになるとは思っていませんでしたが」

 

 今じゃ信じられない話だけど、アプリなしで人とポケモンが生活してたんだ。パパたちは知ってるだろうか。ママなら頭良いし、知ってるかもしれない。

 大昔の歴史にはあまり興味が湧かないけど、身近な人が触れてきた世界の話ならもっと知りたいと思う。

 

「そういえば先生。エスパーポケモン以外にも居たっていうのは?」

「あぁ、それは──」

「サクラ」

 

 ジンが振り向いて、いつもの得意気な顔をしている。

 

「サクラ、それはきっと──」

 

 それは……。

 

 

 

 

 ポスっと、何かが落ちた音がした。

 毛布。毛布が落ちたんだ。

 リビングのソファで寝落ちしちゃったんだ。ママが毛布を掛けてくれたのかな。

 

 それにしても。随分長い夢だった気がする。たぶんすぐ忘れちゃうけど、今はしっかり内容を覚えている。最近はジンが出てくる夢もあまり見なくなっていたのに。

 

「あのとき、ジンはなんて言ったんだっけ」

「ピカ」

 

 気付けばピカチュウがソファの上に乗って、膝元に座ってこちらを見上げていた。

 

「ピカくんはあの時、なんて言ってたか覚えてる?」

「ピカ…?」

 

 わかるわけないよね。

 自然とスマホに手が伸びる。それを自覚する。あんな夢を見てしまったせいで、先生が言っていた話みたいにアプリなしでピカくんと通じ合ってみたいと思ってしまった。我ながらわかりやすい。

 

「ピカくん、ぴかぴ~か?」

「ピカ?」

 

 言葉はわからないけど、怪訝な顔をしていることはわかる。困るよね、いつもは翻訳アプリ使っているのに、いきなり声を真似てきたら。

 ピカくんを抱き寄せると、ママの声が聞こえた。

 

「お風呂、入っちゃいなさい~!」

「うん、ありがとう!今行きます!」

 

 ピカくんと戯れながらお風呂に向かう。結局あの時ジンがなんて言っていたか、思い出せなかった。

 

 

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