部屋の中央にある大きな丸テーブルの上に置かれた燭台。この唯一の燭台に灯る火が、窓の“塞がれた”暗がりの部屋をゆらゆらと照らしていた。
そこには黒装束が3人。
気だるげな表情をした肩幅の広い大男──セルゲイは椅子の背もたれを正面にして跨るように座り、長くふわふわした金髪が印象的な女性──シャノンは上品に椅子に腰掛け、子どものように身体の小さい、モノクロの仮面を付けた男──クロードはアブソルの背に乗り、それぞれ丸テーブルを囲んでいる。
セルゲイは椅子を引き摺りながらテーブルに近づき、クロードに話し掛けた。
「最近さー、インターポールのやつらが多くてやってられん」
「セルゲイさんは感知系のポケモン少な過ぎるんですよ。だから安全マージンのギリギリまで近づかれて慌てることになるんです」
「だってよー、そういうポケモン居なくてもなんとなくわかるんだもんよ」
「その特殊体質はご立派ですけど、感知だってそれに特化させたポケモンには敵わないでしょう?」
「そうだけどよー、最大距離の問題だけで、感知できる距離に入ったらそんなに変わらないと思うぞ」
「アンタたち、うるさい」
シャノンはそう言い捨てると、少し大きめの可愛らしいピンクのトートバッグから手作りのお菓子の袋を取り出した。クロードを背に乗せたアブソルがその香りに反応し、鼻をひくつかせた。
「アンタのアブソルにあげるモンじゃないよ」
「わかっていますよ。ユーウェンさんに渡す用でしょう」
「ええ。……彼、貰ってくれるかしら」
「いつも貰ってくれてるじゃないですか」
「そうだけど、もし嫌いな味だったりしたら…」
「なんかさー、シャノンが乙女ぶったこと言ってると鳥肌立つんだよな」
「殺されたいの?」
「それはそうとユーウェンはさー、控えめで可愛らしい女が好きだと思うぞ」
「待ちな!セルゲイ、それどこ情報?」
「別にー?なんとなく」
「…アンタの勘って当たってることが多いから厄介」
「ほら急げー?もう猫被っとけよ。ユーウェン来るぞ」
「嘘、もう?」
「ユーウェンさんって気配消すのが上手いから、ボクのポケモンでもかなり接近しないと感知できないんですよ?それを僕より先に気付くなんて、セルゲイさん化け物ですか」
鏡を見ながら急いで毛先を整えるシャノンを余所に、クロードは驚愕の表情でセルゲイを評す。そんな中、噂の男が現れた。
「や、みなさんお揃いで。セルゲイさんが居る日は、俺の到着がバレててつまらないネ」
黒地に白い花があしらわれたチャイナ服にその身を包んだ銀髪の男──ユーウェンが、丸い黒縁サングラスをそっと押し上げた。薄い紫色のレンズから覗く瞳には、どこか愉しそうな気配が見える。
「ユーウェン!お帰りなさい!」
「今日も元気だネ、シャノン。でも、ここって俺の帰る場所だったかナ?」
「一度言ってみたかったの」
「今日も面白いことを言うネ」
「ユーウェンさん、新しい仕事ですか?」
「うん、仕事だヨ」
ユーウェンは太い柱に背を預ける。
「オルゲルがしくじったらしいヨ」
セルゲイとクロードが驚きの表情を浮かべ、シャノンは疑問符を浮かべた。
「それは驚きだなー、慎重派だからミスらないと思っていたぞ」
「オルゲル…誰だっけ?」
「シャノンさん、半年前に会ったことありますよ」
「…?そうだっけ」
「ゲッコウガでキミのロズレイドに一太刀浴びせた子。覚えてるよネ、シャノン」
「あぁ…、あの根暗野郎か」
「それでー?何があったんだ?」
「オルゲルさんは確かカントーでの仕事でしたよね?」
「うん。カントーだヨ。“オペランテ”からの依頼でグレンタウンのジムリーダーを処理するはずだったんだ」
「オペランテからの案件ですか。じゃあ尻拭いは少し急ぎですか?」
「そうなるネ」
「グレンタウンのジムリーダーって言うと、確かカロスの鉱物学者ラテリアですよね?」
「お、流石だネ。クロードはカロス出身だもんネ」
「まぁ、はい。でも、そんなに彼女が強いイメージはなかったです。オルゲルさんでも処理できる程度の認識でした」
「うん、俺もその想定だったヨ」
ユーウェンは背を預けていた柱から離れると、クロードのもとへと歩み、アブソルの頭を撫で始めた。
「でもネ、オルゲルはインターポールに捕まった」
「…!ということは、この場所の情報も洩れますかね」
「いや、オルゲルが知っていたのは先月までの“集会所”だけだヨ。それに、そこはもう俺が壊してきた」
「そうでしたか」
「インターポールに捕まったってことはー、インターポールに張り込まれていたってことか?ユーウェンが4年前、グレンタウンで似たような案件やってただろう。あれで警戒されていたのか?」
「流石に4年もずっと張っていたとは思えないヨ。それにちょっと変なんだヨ。インターポールに捕まったのに、出てくるのは子どもの噂ばかりなんだ」
「子ども、ですか…?」
クロードはアブソルの背から降り、セルゲイは少し目を細めた。シャノンは興味なさそうにしつつも、ユーウェンの話に耳を傾けている。
「そうなんだヨ。負傷したラテリアと彼女のポケモンを病院に運び込んだのが、インターポールじゃなくて子ども…それこそクロード、君と近い年頃の男の子だって話なんだよネ」
「…それは気になりますね」
「だろう?インターポールがいることは確定として、不確定要素として謎の少年が何かこの件に嚙んでいる可能性があるんだヨ」
「確かに疑問は残りますが、そんなに不安要素ですか?たかが子どもですよね?」
「キミが言うと説得力に欠けるネ、クロード」
「……いえ、ただユーウェンさんがそんなに気に掛けるのが珍しかったので。理由が気になっただけです」
「別に気に掛けているつもりはないヨ。ただ、不確定要素があるということを確認しただけだ」
「それでー、オペランテの依頼はラテリアの殺害だったか?」
「それは追加報酬の条件だネ。メインはラテリアの研究資料の入手……、待てヨ…?」
そう言ったユーウェンは再び柱に背を預けると、サングラスをオレンジのレンズのものに付け替える。そして、何かを考え込む姿勢に入った。
「…ユーウェンのお話終わった?もうお菓子渡していい?」
「たぶん、少し静かにしていたほうがいいですよ」
それから数秒、ユーウェンは閃いたとばかりに柱から身を起こすと、黒装束たちに向き直った。
「ラテリアは確か、あそこの島のポケモン遺伝子研究を引き継いだ…とか、聞いたことがある気がするヨ。」
「遺伝子ねー、それは確かにオペランテに狙われるな」
「その引き継がれた研究、俺が以前に殺した一家の研究のはずなんだよネ」
「へー、よく仕事の後のことまで押さえてるな。俺はそういうの、全然だぞ」
「あの一家を殺ったとき、あそこには二人の子どもがいたんだヨ」
「…もしかして、謎の少年がその子どものどちらかだと?でも、子どもも殺したんですよね?」
「うん。見られたから殺した……つもりなんだけどネ。でも、あのときは急いでたから、遺体の確認まではしてないんだヨ」
「でもユーウェンさんが生存を感知してなかったなら、死んでいそうですけどね」
「あの場ではほぼ死んでいたけど、どうにか持ち直した…とかなら気付けてないかもしれない、と今思い返せば思ったんだヨ」
「確かに…鉱物研究はともかく、遺伝子研究ではそれほど有名じゃないラテリアの周りが警戒されていたとしたら、その理由の説明にはなりそうですね」
「もちろん、可能性に過ぎないけどネ」
サングラスを薄い紫のレンズのものに付け替えると、ユーウェンは丸テーブル前の余った椅子を引っ張って座り込んだ。
「オペランテの連中の理想には興味ないけどネ、金払いが良い奴らだからサ。一応仕事の完遂までは、オルゲルの不始末の面倒を見ようヨ」
「いいわよ。ユーウェンが行くなら私も行くわ」
「シャノンはお留守番かナ」
「どうして?」
「キミ向きじゃない」
「…私が子どもに後れをとるって言うの?」
「言っただろう?キミ向きじゃないというだけサ。キミの強みはもっと別の場所で活かした方が良い」
「…それ、時々言うけどさ。なら、私向きの仕事があるときにだけ呼んでよね」
シャノンはツンと顔を背けると、お菓子の入った袋をユーウェンに押し付けて部屋を出て行ってしまった。
「…キミたち、これ食べる?」
「やめておきます。シャノンさんに殺されちゃいますから」
「同じくー」
「…そもそも今回、俺は彼女を呼んだ覚えはないんだけどナ」
「それはなー、ユーウェンが来るときは呼べって言われてたから俺が呼んだんだぞ」
「セルゲイさんサ、情報の共有者はなるべく少数に抑えないと、ネ?」
「ボクも同じこと頼まれてましたけど、まさかセルゲイさんが洩らしていたなんて…」
「面白いよなー、イライラすると猫被れなくなるシャノン」
クロードは面白くないですよ、と項垂れながらアブソルの背中に仮面を付けた顔面を埋めた。
ユーウェンは黒いチャイナ服の胸元を少し開くと、写真を2枚取り出し、丸テーブルに広げた。
「で、なんだけど。このカントーの尻拭いの件とシンオウの案件。どっちをやりたいかナ?ちなみに、カントーの方は俺とタッグだヨ」
「どっちでもいいぞー」
「ならボクは、カントーにします」
「うん、即決だネ。助かるヨ」
「ボク、まだユーウェンさんと組めたことないですから」
「そうだったネ。よろしく頼むヨ」
「はい、お願いします」
「といっても、たぶん二手に分かれることになるヨ」
「……。研究所の資料と、入院中のラテリアですか?」
「うん。おそらく一番警戒されているのが襲われたラテリア本人だから、そっちは俺が行くヨ」
「わかりました」
「じゃあ、カントーの件は移動中に話そう。シンオウの件をセルゲイと話すから、クロードは席を外しておいてくれるかナ?」
「では、また後で」
クロードはアブソルの背に乗り直し、暗室を後にした。
背中からはユーウェンの陽気な声が聞こえてくる。
「うん、美味しい!やっぱりこの生活してるとサ、女の子の手料理とかお菓子とか、中々食べられないからサ!なんだかんだ嬉しいよネ!それもあって、シャノンの戯れは黙認してるんだよネ~」
*****
ジンが“いつもお世話になっている”インターポールのアダムを呼びつけたのは、ラテリアとマフォクシーを病院に搬送した数分後だった。
茶髪、青い目で、どこにでもいそうなおじさんという風貌の彼は、少し疲れた顔をしてジンのもとへと駆け寄った。
「今しがた、パトロールに偽装させたインターポールに犯人を連行するよう、手配したよ。でもね、ジンくん。危ない橋は渡るなといつも言っているだろう?」
「いつもありがとうございます、アダムさん」
「……、やけに素直だね」
「でも今回は対応が遅いですよ」
「この時間帯、それも別の地方に居たのに対応できただけ、褒めてほしいくらいだけどね!?」
「アダムさんが居たイッシュは別に夜でもなかったでしょう」
「インターポールは24時間稼働だけどね?私は睡眠も食事もとる一人の人間だからね?」
「…アダムさんがインターポールの窓口になってくれているのは助かっていますよ。でも、今回は何もかもが後手後手だ」
「…そうだね」
「いつもはオレからやつらを襲って、秘密裏に捕縛していた…。けど、今回は違う。オレも完全には間に合わなかった。負傷者が出てしまったから、少し、表に露出せざるを得なかった」
いつの間に付着していたのだろうか、ジンはラテリア宅で付いたと思しき頬の汚れを拭った。
「…君が捕まえたあの男からマルムの情報が出れば、こちらから仕掛けることもできるかもしれない」
「あまり期待しないほうがいいと思いますよ。あいつは弱かったから、たいした情報は持っていない可能性が高い。気配を消すのは結構上手かったけど」
「そうか。それに今は…」
「ええ。今は追加の刺客に警戒すべきだと思います」
「期間はまだ明言できないが、こちらでボディガードを付けるよ」
「お願いします。ラテリアさんが心配だ」
「君は次の場所へ移るのかい?」
「…いえ。それより、今回の襲撃の依頼元はわかりそうですか?」
「申し訳ないが、なんとも言えない。君にグレンタウンでの動きがありそうという話を伝えたときに掴んでいたのは、マルムの構成員の動向まででね。クライアントについては特定できるか怪しいんだ」
「たぶん、オペランテですよ」
「ふむ。それはどうして?」
「ラテリアさんが人から恨みを買うタイプではないこと…は一旦さておき、彼女がオレの両親の研究を引き継いでいたから、ですよ」
「なるほど、それは十分な理由になるね」
「連中の理想論…モンスターボールの機能拡張とポケモンの完全支配。思想の是非はこの際おいても、やり方が気に食わない。ポケモンの遺伝子研究の利用にも積極的みたいですから…」
「その線も大いにありそうだね。なるほど」
「なので、しばらくオレはラテリアさんの家を張ります。なので、病院の方は任せましたよ」
「君がそっちを担当するのも賛成しかねるのだが」
「未確定であくまで予想の範囲の、人命が関わっていない方の研究資料を、インターポールは守れるんですか?優先順位はラテリアさん本人になるでしょう?」
「…そうなんだよね。情けなくて仕方がないが」
「別に構いません。今回はオレが居ますから」
「とはいえ、この話を聞いてそのままにはできないよ。だから、すぐには無理でもなるべく早く、研究資料側にも人員を回せるよう手配するよ」
「そうですね。お願いします。……?」
遠くから届いていた
「ではアダムさん。よろしくお願いします」
「ああ。お互い気を付けよう」
「はい」
ジンは再び
(…兄さん、…アダムさんに、…優しく)
「コミュニケーションの速度重視だ」
(…甘え過ぎ)
「…そうかもな」
(…アダムさん、…情報統制、…成功する?)
「効果はあると思うけど、島のみんなの口を完全に塞ぐとなると無理、かな」
(…マルム、…狙われる?)
「かもな。このタイミングでの露出は想定外だったけど、悪いことばかりじゃないぞ」
(…どうして?)
「4年前と同じ島で、ポケモン遺伝子に関する仕事をし損なった。なら、あの男が出張ってくるかもしれない。そうだろ?」
ジンは手の震えを抑え込むと、不敵な笑みを浮かべてみせた。
なるべく本編中で説明し切りたいのですが、必要だと思うので少し補足させてください。
ポケモンとの会話において『』と()での描写の二種類があり、しかもゴーストのレンとの会話では二種類とも使用されています。『』は言語レベルでの会話を表し、ルカリオの波動での会話がこれにあたります。()は言語にならないレベルの思念、感情での会話を表し、多くのエスパーポケモンを介した会話がこれにあたります。
Ep.003でのジンとレンの会話は、ジンの仲間のエスパーポケモンを介して会話しています。