午前10:25 中央区中央部 クラナガンハイウェイ10号線(南北線) 南行き
カリーは中央区南部サウスサーストン地区4番街6丁目と7丁目の間の通りに向かっていた
まだ現場には到着していないがその間も無線傍受で情報収集を行っていた
些細な情報も聞き漏らすことは許されないのだから当然である
『中央区南部サウスサーストン地区の喧嘩事案は銃撃戦に発展している!至急応援を要請する!』
状況はかなり最悪のところまで進んでいる。ただの喧嘩が銃撃戦という戦場になっている。
このままではさらに負傷者や死人が出るかもしれないのだ
事がさらに大きくなる前に負の連鎖が続くのを止めなければいけない
そのために中央パトロールは存在している。手段を選んでいる余裕はない
「こちらSA31。こちらの到着はまだ少し時間がかかるわ。現場到着は遅れる可能性が高い」
その間に現場制圧は完了できるかと聞くと難しいと回答してきた
できるだけ早く到着したいがもう少し時間が必要になることは間違いない
『セントラル分署からSA31。現場はかなり危険な状況になっているので、現場到着後は要警戒されたし』
「銃撃戦はどの程度の人数が参加しているの?」
『現在10人ほどとの情報がありますが、錯綜しているので詳細は不明。そのため現場での対応時は要警戒されたし』
「了解」
カリーはその無線返答を聞いてかなり危険すぎる状況になっていることに、
トラブル解消や現場鑑識の作業がかなり苦労すると考えてしまいため息をついた
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西区中央部 ウエストクラナガンカジノ地区4番街 バナースカジノホテル
エディは現場鑑識を行っていた。西分署から現場鑑識チームも来ている
今回の事案では死者が出ていないことは幸運と言える
「今回は運に恵まれていたな」
エディは本当にラッキーだったと感じていた。
もし少しの判断ミスをしてしまうと大きな問題になっていたからである
人質を無事に救出できたことは本当に幸運である
もう少しでどうなっていたことかを思うとそんなことは想像したくない
「問題は連中が持っていた銃だ。前があればいいんだがな」
西分署のラボでライフルマークを照合すればすぐにわかる
もし過去に使われていた銃となるとことは一気に面倒になる
それらの事案についても捜査をしなければならない
捜査官として見逃すわけにはいかないのだから仕方がない話だ
「とにかく現場鑑識を継続的に行っていくことが最優先だな」
エディはホテル内の現場鑑識作業を継続的に行っていった
身柄が拘束された犯人はパトロール捜査官の監視下で近くの医療機関に搬送されている
何のための検査入院である。もしかしたらドラッグをやっているかもしれないことから、
閉鎖病棟で少しの様子見が必要と判断したからだ
「犯人は生きている。あとは過去に何かやばいことに関与していないかどうかを調べるだけだな」
犯人は全員退役時空管理局員だ。
大量リストラされた局員であることから何かトラブルを抱えている可能性は十分にある
どんなトラブルを抱えているかについては今は刑事たちが捜査を行っている
何かあればすぐに連絡をしてくれる。今はこの現場での鑑識作業をエディは最優先した
『ピーピーピー』
エディの携帯電話に上司であるウル主任から連絡である
「ウル主任。エディ・サンチェスです」
『状況はどんな感じかな?』
「こちらは今は現場鑑識作業を行っています。何かありましたか?」
『犯人の1人があることを条件に司法取引をしたいと言っているらしいよ』
西分署の刑事からの連絡があったとのことだ
内容はある人物の情報提供をする代わりに重罪に問わないでほしい
死刑や終身刑ではなく有期刑罰にしてほしいと。
有期刑罰ということは刑務所でおとなしくしていれば仮釈放がある
死刑や終身刑なら刑務所から出ることはあり得ない。
損得勘定がしっかりできる犯人も珍しいものだ
「誰の情報提供をしたいと?」
『HRの幹部。グレス・パエラスト。大幹部で有名人』
HR、時空管理局の闇の部門だ。汚れ仕事をしてきたかなり問題があるとされている
JS事件後はすべての証拠を消そうとしていたが関係者の多くは身柄が拘置所に収監されている
あまりにも闇が深すぎるので捜査にはかなりの時間が必要になることはわかっている
時空管理局犯罪捜査局が徹底的に操作を行っているが案件の数が膨大になりそうで苦労している
次元世界連合加盟国の法執行機関と時空管理局犯罪捜査局は連携して捜査を行っている
グレス・パエラストは生け捕りにして警察などの法執行機関に身柄を引き渡せば1億ミッドの懸賞金がもらえる
懸賞金がかけられている時空管理局の関係者の中でもかなり高額の懸賞金になっている
それだけ重要になっているというわけだ
「懸賞金がかけられている人物の情報となると無視するわけにはいかないと?」
『そういうことだね。君に判断は任せるから』
あとは頑張ってというとウルは電話を切った
つまり後始末は任せると責任を押し付けてくれたのか手柄を譲ってくれたのか
どちらともとれる解釈ができるが今は証言を聞く方が優先させるべきだろう
エディは司法取引を承諾することにした
大きな獲物が引っ掛かったのだから、このチャンスを逃すのは考えられない
HRの幹部ならいろいろと証言を引き出すことができれば組織内の詳細な情報を得る絶好のチャンスだ
それにこれを逃したら次はないだろうと
「今から病院に行くか」
エディは現場鑑識を任せると搬送された病院に向かった
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南区北部ハーディー地区6番街2丁目1番地 ハーディーバンク本店
フィリーは現場鑑識作業を行っていた。足を撃たれた犯人は病院に搬送されている。
もちろんパトロール捜査官が警備のために配置についている
刑事も1人同行して病院で応急措置が落ち着いたら事情聴取を行う
情報は鮮度が命だ。何を狙いで犯行を起こしたのかを追及する必要がある
通用口に設置されていたC-4爆薬はすでに爆発物処理班によって解体されていた
完全で安全が確保されていた
「C-4爆薬をどうやって入手したか。調べるのはかなり時間がかかりそうね」
C-4爆薬は簡単に入手することができない。危険物の管理には連邦法で厳しく規定されている
管理基準が満たない場合は速やかに改善を行うことが義務付けられている
その改善命令を無視すると最低でも1年間の危険物の管理が認められない
事実上の廃業の道になってしまう。爆薬などを扱うのだから、極めて厳格に定められている。
C-4爆薬は通常の工場で作られた場合は探知剤が入っている
何処の工場でいつ製造したかがわかるように微量の不純物が混ぜ込められている
データベースで照合すればすぐにわかるはずだ。正規で製造された物であればの話だが
もし密造であれば調べるのはかなり苦労する。含まれている不純物から少しは調べることはできるが
正確なことがわかるのかと聞かれると答えは『NO』である
「とにかく今は中央本部のラボで調べるしかないわね」
ただし含まれている不純物の成分によってはどこで製造されたものか
特徴がある成分が検出されたら割り出すことができるかもしれない
確率はあまり高くないが今はこれに賭けるしかない
0よりもましということだ
「それにしても犯人は何をしたかったのかしら?」
立てこもるのは良いが何も盗んでいない
ただの負の感情を暴走させただけなのか。それとも何か別の要因があるのか
今回の捜査で最も重要なポイントである。銀行に立てこもりながら金銭的な要求はしなかった
世の中に不満があったからどうでもよくなったのか。それとも何か別の計画が進んでいるのか
それを追及しなければ。
「真実をあぶりだすのが私たちの仕事だから。頑張らないと」
フィリーは監視カメラの映像を再度チェックしていると奇妙な違和感を覚えた
犯人の1人があるものを持っていた。銀色のアタッシュケースだ。
だがこの場には今はない。彼らを確保した時にもそれはなかった
ではそれがどこに行ったか。どこに行ったかを考えようとしたとき銀行内で大きな物音がした
物音というよりも爆発音がした。1階の誰もが利用できるトイレからだ
フィリーは銃を抜くと急いで向かった。まさかと・・・・
「爆弾を持ち込んでいたの?!」
トイレ内は完全に破壊されていた。誰がどう見ても爆弾の影響であることは間違いない
他にもあるかもしれない。一時的に全員を銀行内から避難させることにした
続きがあるなら最悪の惨事も想定される
「SA13から中央本部。ハーディーバンク本店にさらに爆発物が存在している可能性があり。処理班で対応する」
『こちら中央本部。了解した。すぐに処理班に対応させるように指示を出す。現場から一時的避難命令を発令する』
爆弾が他にいくつあるかわからない以上、避難命令を出すのは当たり前のことだ
常に最も悪い結果を想定して動くことが求められるのだから
フィリーたちも急いで銀行の外に避難した。今は爆発物処理チームにすべてを移管するべき状況だ
彼らが安全宣言するまでは退避するのが通常の行動基準である
「とりあえず外に来たけど。できれば爆発はこれで終了になってくれるといいけど」
フィリーがそう呟いた瞬間大きな衝撃波を感じることにした
銀行の1階部分が完全に吹き飛ぶくらいの大爆発が発生した
あまりの大きな爆発に誰もが驚く状況になっていた
銀行の1階は完全に吹き飛んでしまった。
あと少し判断が遅れていたら全員が爆死していたことになっていただろう
「私、生きているわよね・・・」
フィリーはそういうと気絶してしまった
あまりのことに状況がついてこなかったのだ。混乱して失神に近い状況になってしまっていた
『中央本部から各員へ。ハーディーバンクで大規模な爆発を確認。至急応援と現場近隣の完全封鎖を』
フィリーが持っている無線機から無線音声が流れているが彼女は完全に気絶していた
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中央パトロール本部庁舎 8階捜査部オペレーションルーム
「シエル!フィリーは無事なのか?」
ラジェットは慌てて入ってきた。
彼は1係の捜査官だが1係には主任捜査官がいないので、
彼が主任補佐官であることから主任捜査官としても業務をこなしている
「今のところ何も無線に反応はないわ。詳しい事はわからないけどハーディーバンク本店の1階が吹き飛んだと」
「最悪の状況だな。連中は自爆が目的か?」
「わからないわ。今は情報が錯綜しているから詳細についてわかるには時間が必要になるから」
実際に現場の上空には中央パトロールのヘリが監視している
正面スクリーンにはヘリからの空撮映像が映し出されていた
「ギブリ、フィリーのバッジ情報は確認できるか」
クラナガン捜査局員が持っているバッジには様々な機能がある
化学兵器や毒物を検知したり、生命判断があるかどうかなど様々な機能が搭載されている
「命はあるようだ。脈拍数は確認されているがこちらの呼びかけに応答はない。気絶しているかもしれないが」
詳細は不明だとラジェットに報告した
実際のところはその通りなのだから仕方がない
「俺たちに攻撃してくるとは相当度胸があるな。街は俺たちの物だと言いたいのか」
「そんなことは許さないわよ。この街を守っているのは私たちよ。街の安全確保のためならあらゆる方法で対応する」
シエルの言葉にラジェットはどうするつもりだと聞くと応援を呼ぶのよと言った
「ギブリ。港湾本部長に連絡して。テロの警戒情報があると流すのよ」
シエルの言葉にラジェットは本気かと聞いた
テロの警戒情報が出るということは市内の警戒態勢が引き上げられることになる
そうなれば問題が拡大することは間違いない。だが何もしなければ今後に影響する
今は使えるものは何でも利用するしか道がないのだ。そこにリヴィナ・トラヴィック港湾本部長から通信が入った
『シエル首席捜査官。本当にテロが起きると?』
「今のところは可能性が高いわ。もし現実にテロが発生したら市内の治安は悪くなるだけよ」
警戒態勢を厳重にすることは重要だとシエルはリヴィナに話した
確かにクラナガン市内でテロが発生したら大きな大問題になる。
今の状況を見る限りでは完全にテロの可能性が高い
犯行声明が出る前に警戒レベルを引き上げることで、次の問題発生時に素早く対応できる
その用意をするためにもテロ警戒レベルを引き上げる必要があるのだ
『こちらでもテロに関係する情報があればすぐにあなたに提供するわ。こちらも警戒させるから』
リヴィナは港湾パトロール安全保障局に情報収集の命令を出すことで、
クラナガン市だけでなく近隣州の安全保障にも影響することになる
おまけにミッドチルダ連邦の首都であり、国内だけでなく国際金融業界の中枢である
それだけに市内でテロが起きたら、国内の経済に大きく影響する
国際経済にも大きな影響が出るのでテロを未然に防ぐことは極めて重要なことである
「機動六課組の状況はどうなっているの?」
『今のところは順調のようね。ジャスティが機動六課組の移動準備に入っていると聞いているわ』
「そちらの方の警戒もよろしくお願いするわよ」
機動六課組に問題が発生したら次元世界連合からどんな文句を言われるかは簡単にわかる
守ることもできないのかと冷たい視線をしばらくの間は浴びることになる
それは仕事の上ではやりにくいので無事にこちらに移動させる必要がある
『クラナガン市上空にはE-767が展開しているから魔導師が攻撃魔法を行使したら対抗措置をとる』
「そっちの方は港湾パトロールに任せる。何が何でも守って連れてきて」
もちろんよというとリヴィナとの通信は終了した
あとはフィリーの案件がどこまで広がるかである。シエルは今日はトラブルが多い1日と感じていた
現実にトラブルをいくつも抱えているのだからその通りなのだが
『ハーディーバンク本店で起きた大きな爆発を受けて、クラナガン証券取引所の平均株価は大きく急落』
『ハーディーバンクの株価も大きく値を下げています。一部の関係者からは問題が早期に片付かない可能性があると』
「マスコミは本当に好き勝手にしてくれるわね。対応するこっちの身になってほしいわ」
『連邦政府と連邦準備銀行は先ほど共同記者会見を開き、コール市場に最大5000兆ミッドの資金供給を行うと発表』
コール市場とは銀行同士が資金のやり取りをするときに使われる金融市場の1つである
ワンワールドバンクが破綻した結果、コール市場でも警戒感が出ている。
そのため安定的に資金の出し手を担うことで、金融市場に動揺が走らないようにするのだ
「金融市場が安定しないとクラナガン市の経済だけでなく近隣州にまで影響が出るだろうな」
「ラジェット。市内の金融機関に警報は出ているのよね」
「ああ。すでに通達を出している。警戒を厳重にせよとな」
「ならいいけど」
何か歯切れの悪い回答に何かあったのかとラジェットは聞いた
シエルは少し気になっただけよと言うだけだった
『コール市場に資金供給を行うとの報道を受けて動揺が収まりつつあります』
『一部の関係者からは最後の貸し手として役割を果たすのではないかと話す専門家もいます』
最後の貸し手、中央銀行が行う融資のこと。
金融機関が破綻するときに破綻処理を進めるための資金供給を行う意味である
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東区東部サウスクラナガン港 港湾パトロールサウスクラナガン港分署 取調室
シエナは港に戻ってくるとサウスクラナガン分署で船長の事情聴取をしていた
「なぜ密漁をしたの?生活に困っているようには見えないけど」
シエナは船長である男性の財務記録を調べていた
名前はカイル・テーグス。54歳。昨年度の収入は600万ミッド
さらにある会社を経営して企業としての売り上げも高い
密漁をする意味が分からない
「いったい何を目的に密漁なんてしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カイルは完全黙秘である。何か隠しているのかそれともほかに何かあるかもしれない
それともこれがまだ序章に過ぎないのか。何かの始まりの引き金なのかを調べることは重要である
「何を隠しているのか話した方が身のためよ。隠し事していると一生刑務所生活ってこともあるわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そこまで追求しても何も証言するつもりはないらしい
こちらとしては問題解決を急ぎたいのはシエナは当然のことだと考えている
「ただの密漁ではないと言っているようなものよ。黙秘をするということは。さっさと喋ったほうが良いわよ」
シエナがそこまで圧力をかけても完全黙秘の態度を変えなかった
仕方がないということでサウスクラナガン港分署の刑事に事情聴取を継続してもらい
彼女は船の鑑識に向かうことにした。船を調べれば何かあるかもしれないと考えたからだ
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西区中央部 ノースイーストミーミル地区 ミーミル大学医学部 警備室
レックスは顔認証システムを使って医学部がある施設に設置されているすべての監視カメラの映像を照合していた
探しているのは1人だ。ホレイス・カーズレスがもし犯人なら自殺や誰かを殺す前に止める必要がある
被害を最小限に抑えるためなら合法であることならすべての方法で攻めていく
見逃すことは許されない
「それにしても退役時空管理局員の末路も最悪だな。贅沢な暮らしができなくなって」
今までの過去の不祥事が一気に跳ね返ってきたのだ
それが直撃したということだが。現実にはかなりひどいことになっていることは間違いない
『ビー』
すべての監視カメラの映像をチェックしたが、ヒットしなかった
これはこれで大問題である。すでに外に出て行かれているなると見つけるのは至難の業である
早急に発見したいところである。だが現実にはそうことが簡単に進むことはない
「もう逃走されているとなるとかなり探すのは楽にはいかないな。逃走者リストに追加してその後は情報待ちに」
逃走者リストとは犯人という容疑が濃厚な人物が逃げた時に登録されるリストである
市内で街灯観測システムの監視カメラ機能で24時間常に顔認証システムで照合されて居場所を捜索する
情報待ちで捜査は一時停止という扱いのことになる
『中央本部からSA30。そちらの追跡中の人物が人身事故で死亡したのが確認された』
「場所はどこだ?」
『場所はサウスミーミル地区9番街2丁目と3丁目の間の通り。事故を起こした運転手から通報を受電中』
まじめな人物がいるものだ。交通事故を起こせば逃げたりすることが多い
交通事故は状況によっては殺人罪に問われる場合があるからだ
例えばひき逃げを起こすとクラナガン市法では殺人罪に該当する
事故にあって逃げなければ交通事故という扱いになる。殺人罪まで重罪行為にならないが
ひき逃げは厳しい罰則がある。応急措置などをしっかりしていればある程度の有期刑だけで済む
ひき逃げは第1級殺人罪になるので仮釈放なしの終身刑か死刑になる
生きて外に出ることはない。出るときは死体になった時だけだ
レックスは急いで現場に向かうことにした。今いる場所からなら車を使えば5分以内に到着できるだろう
交通規制の影響で渋滞が起きていなければの話ではあるが
そこでレックスは警備室にミーミル地区と近隣地区を見回る時に使用する自転車を1台借りて向かった
今は現場の状況をこの目で確認することが最も優先されることなのだから
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中央パトロール南分署ラボ棟 1階検死ラボ
エバックはクラナガン堰で発見された死体となったグロリア・ホーキンの検死に立ち会っていた
「肺に水が入っていた。生きているうちに川に落とされたのかもしれないな。肺の水は分析させている」
ベントン・スラード検死官はすでにある程度の検死を終えていた
エバックは報告を聞きながら今後の捜査方針を考えていた
溺死となら肺に存在した水を分析すれば不純物からどこで川に落とされたかがわかるかもしれない
可能性の段階だが、とっかかりにはなる。捜査の初めの第1歩だ
そこから少しずつ証拠を分析することで事件の全容がわかってくる
肝心なのは見逃しをしないことである
「ほかにわかることは?」
「これを持っていたぐらいだ」
エバックの質問にベントン・スラード検死官は1万ミッド紙幣の1束を見せた
1万ミッド紙幣が100枚。つまり100万ミッドである。
「俺も偽札について勉強したがこいつはよくできている偽札だ」
エバックは手袋を着用して紙幣の1枚を取り出してみた
見た目は本物の1万ミッド紙幣だが少しおかしな点があった
拡大鏡を使ってみたところ分かった。
普通なら気が付かないだろうマイクロ文字の部分の部分の文字が印字されていない
少し文字も異なっている。つまり偽札であることは間違いないということだ
「よくできているな。シークレットサービスに電話だな」
シークレットサービスは大統領の警護のほかに偽札事案なども担当している
偽札が出ているなら連絡することが通常の慣例である。これだけ精巧な偽札はかなり珍しい
早く調べる必要がある。どこかで再び使われる前に
「苦労する案件になりそうだな」
「貸しのある連邦捜査官は多い。シークレットサービスにだって友人は多いからな。心配は無用だ」
大統領警護を担当していたこともあった捜査部捜査官ならシークレットサービスに友人ができるのは当然だ
それに貸しのある連邦捜査官がいるのも事実なのだから利用できるものは合法であればなんでも利用する
違法行為はだめだが。エバックは3階の質量化学ラボに向かった
到着するとすでに男性分析官が肺の水の分析を終えていた
「エバックさん。調子はどうですか?」
「こっちは最悪だ。機動六課というお荷物を背負わさせられるからな。それで結果は?」
「肺の水の成分は特徴的でした。これと類似するのは自然保護区から流れてくる川の水ですね」
自然保護区。クラナガン市の南西地方に広がっている自然保護区のことを示している
正式にはクラナガン自然保護区。保護区面積は東西70km×南北70km
クラナガン市の南西部にあり、ラクロス州・フローレンス州との境界になっている。
ミッドチルダ環境保護庁・クラナガン自然保護庁・中央パトロール本部が共同で管理している
新暦65年まではクラナガン市内とされていた保護区面積は[ 東西10km×南北10km ]しかなかった
それまではラクロス州・フローレンス州にもまたがっていた。しかし、山脈で実質的には隣州とは切り離されていた。
そこでラクロス州・フローレンス州・クラナガン市政府が協議し、州域再検討委員会で山脈を州境として制定した。
保護区を取り囲むようにには3000m級の山々が聳えている。
ただし区域北東部、本来のクラナガン市側の面積分には山脈はない。
保護区内には[ 湿原・草原・森林地帯 ]があり、数多くの野鳥・クマ・オオカミ等の動物が生息している。
温泉が湧き出している場所が100以上あり、地熱の影響で平均気温は暖かい。冬でも凍りつくことはない。
自然保護区から流れてくる川がありそれはクラナガン川につながっている
サウスクラナガン川と呼ばれている。クラナガン川の河口から150km地点で合流する。
温泉などを水源となっているため、1年を通して水温が暖かい。
「つまり自然保護区から流された可能性があると?」
「そこまではわからないですが可能性はあります。苦労しますよ。この案件は」
確かに流され始めたポイントの特定範囲がかなり広い
簡単に絞り込むのは難しいことは間違いない
「わかった。何か良いニュースは?」
「被害者の毛髪を分析したところ、高濃度のヒ素が検出されました。血中濃度も同じです」
「ヒ素で殺そうとしたが時間を待てなくて川に落としたか。他には?」
「ヒ素と一緒にケタミンが検出されました」
ケタミンは麻酔薬だ。早く殺すために投与したのかもしれない
分析でわかることはここまでであるとのことだった
「正式な分析報告書を俺の情報端末に送ってくれ。助かった」
エバックは自然保護区から流れてくるサウスクラナガン川の各所にある河川監視カメラ映像を調べるようにした
それには膨大な時間がかかる。川はかなり長い距離になっているためである