ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「おぉー、ついたついた。いつ見ても壮観だな!」
わたしは【女王の白】の砦を目の前に快哉を上げる。
「本当、一時はどうなることかと思った……」
Cランク領域に入っても終始硬い顔であたりを警戒していたノアも、ようやく安心したように深い息をつく。
「ほんと、ミーシャちゃんが居なかったらわたしたち20回くらいやられてたよ!それに、治療までしてもらって。本当にありがとうね、ミーシャちゃん」
キリエがふかぶかーと頭を下げる。
「いいよ。わたしだって、あの後護衛してもらったし。結局わたし一人でも、ここまでたどり着いてないさ」
これは本音だった。
杖がオーバーヒートでだめになった時点で、わたしが一人で帰還できる可能性は実はほとんどなかったのだ。
二人が来てくれて命が助かっているのは、わたしだってそうなのである。
なんとなくわたしもキリエを真似て頭を下げ、謎の「間」が形成される。
そこにノアがおずおずと入ってきて、
「それで、ミーシャ、その……腕のことは、本当にごめん。杖もない魔術師にここまでさせたんだから、絶対、責任はとらせてもらうから」
あぁ、それか。
なんか二人ともずっと気まずそうにしてると思った。
「ん?それか?そんなのもう回復したよ。ほら」
両腕を上下にぶんぶん振って見せる。
ノアはぽかん、と口を開けて固まってから、
「え……。魔力瘴、だよね?高濃度の魔力に中てられた人体って、動かなくなって二度と回復しないはずじゃ……」
なるほど、そういう感じか。
くくく、浅いな。
わたしはぐんっと胸を張って、
「あ?そんなの簡単だよ。いいか、確かに魔力の触媒に人体を使うと不可逆の破壊が起きる。だから、術式を使う寸前に腕の魔力脈を覆うように細かく【青色術式】を張っておくんだよ。その内側に本命の大きな術式を流す。そうすれば、腕の組織の大部分は守られるだろ?もちろん、影響は完全にゼロにはならないけどな。ま、長期ダンジョン組の生活の知恵ってやつさ」
メッチャ早口で言い切る。
本当はまだ腕の感覚はほとんどないし、杖があってもしばらくは術式を使うことはできないだろう。
それでも経験上、魔術を使わずに安静にしていれば二週もしないうちに元通りだ。
「う、うん……?言ってることが高度過ぎてよくわからないけど、そんなことが……?」
キリエが両人差指でこめかみを抑えて悩みだす。何そのポーズ。
「出来るんだよ。ま、ちょっと練習はいるけど。それから、お前ら二人を治療できたのは『神官』の杖のお陰だから、お礼言っとけよな」
『神官』から受け取った杖はなかなか優秀だったが、すでにかなり老朽化が進んでいて、キリエとノアを【白色】術式で治癒したところで崩れ落ちてしまった。持って帰れば育て甲斐のある杖になっただろうに、残念だ。
「そ、それはちょっと違うような……わたし腰から下が宙ぶらりんにされたし……ノアセンパイも墜落させられてばらばらになってたし……」
「そこまでにはなってない。せいぜい両足がへし折れたくらい。断じてばらばらにはなってない」
「あははっ、意地の張りどころ、そこ?」
頬を膨らませるノアが面白くて、ちょっと噴き出す。
変なところで子供っぽいんだよな。ま、いいけど。
「じゃ、世話になったな。わたしはもう行くよ」
ひらひらと手を振って、わたしは砦に歩き出す。
「えっ、あっ、あの……ミーシャちゃん!ミーシャちゃんはこれから、どうする、の?」
振り返ると、キリエがもじもじと両手を組んで、こちらを上目遣いで見ている。
「あぁ、そうだな。砦より南側に帰るのも実は半年ぶりだから、しばらくゆっくりするよ。目的も仲間もなくなったけど、なにもせずにのんびりするのが長年の夢だったからさ」
「!……そ、そっか。そうなんだ。……えへへ、じゃ、しょうがないね。よかったら、これからも一緒に……なんて、ちょっと思ってたんだけど」
「…………、」
咄嗟に言葉が出てこなかった。確かに、二人とはウマが合うというか、一緒に居て楽ではあった。
言っちゃ悪いが、二人の実力に合わせたクエストを受けるのなら、魔力瘴の影響があるとはいえ、わたしが失敗することなんて当分ないだろう。
いい提案だ。メリットしかない。
それでも、それでもだ。
瞬時にフラッシュバックした。8年毎日一緒に過ごした仲間達から、唐突に捨てられる瞬間が。
なんだよ、自由だなんだと喜んでおいて、ちゃんとトラウマってるのかよ、わたし。ださい。
ノアがキリエの肩にぽん、と手を置いて、
「キリエ、あきらめよう。……ミーシャにも色々事情があるんだよ。あんなに強い魔術師なんだから、なおさら」
「あっ……えぇっと、本当にそういうのじゃなくて。ちょっと充電期間作るだけというか、なんというか。元気になったら、またお願いするよ。うん、本当に」
嘘と真実を織り交ぜた台詞が、空気の上っ面を白々しく撫でる。
「……そっか!じゃ、どこかで会ったら、また一緒にクエスト行こうね!」
それでも、目を服の袖で擦って、キリエが元気よく返してくれた。
空元気だろうけど、少なくとも、それで、救われた。こいつはやっぱりいい奴だ。
「あぁ。万全のわたしに戻れてたら、そのときはまた会おう。約束する」
「うん!約束だからね!!私とノアセンパイも、それまでにもっと強くなるから!」
わたしは手を振って、砦に足を踏み入れる。
振り返ることは、できなかった。