ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
『女王の白』砦以南の領域は、魔物の数も少なく、俗に『人間領』なんて言われ方もする。
砦の北側が魔物が跋扈しダンジョンが自動生成されては消えていくのに比べて、南側は長閑なもので、街がそこかしこに栄え、その間を動脈の様に行商ルートが繋ぎ、隙間の平地では農業や畜産がその風土次第で適度に行われている。
魔物が全くでないわけでもないから、各都市は基本城塞都市の形を取り、周囲を城壁に囲まれる形になっているけれど、それでも砦以北に比べれば、魔物はとても弱いし、平和そのものだ。
駆け出し冒険者は『人間領』でのクエストをこなして経験を積み、その中でもある程度上澄みの実力と、それから無鉄砲な好奇心と功名心を持ってる奴だけが、わざわざ砦より北の未開の『魔王領』でダンジョンに挑戦する感じだ。
わたし?わたしはキラザに誘拐されただけだよ。魔王領なんて二度と行くかあんなとこ!
「……それはそれとして、『ギルド』には顔を出さないとな。お金引き出さないとだし」
長年のクエストの報酬やキラザ達から貰った分け前は、王立ギルドの個人口座に貯蓄されている。
最寄りの窓口はここ、人間領北部最大の街、ナザングルのギルドだ。
「しっつれいしまーす。お久しぶりでーす」
無敵の人と化していたわたしは、無敵の人なりの挨拶をしながらギルドの扉を開け放ち、ずかずかと中に入る。
先客たちが一瞬だけこちらを見て、それぞれの仕事や食事、酒に戻っていくのを眺めながら、
わたしは受付カウンターにまっすぐに歩を進めた。
「いらっしゃいませ!!クエストの受注ですか?ギルドカードの登録はお済みですか?」
緑基調の制服を身に着けた受付嬢さんが、にこにこ笑顔で対応してくれる。
うわぁ、懐かしいなぁ。
ダンジョン超ガチ勢のキラザのパーティは年に二、三回くらいしかギルドに戻らないけど、戻った時はいつもこの人が対応してくれていたっけ。
確か名前は、………………うん。
「お久しぶりです。今日はクエストじゃなくて、預金を下ろしに来ただけなんです」
驚かれるのも面倒なので、一応聖女エミュレーションで対応しておく。
受付嬢さんはにっこりと愛嬌のある笑顔を張り付けたまま、
「はい!お引き出しですね!それではこちらにギルドカードの提出をお願いします!」
「はいっ…………あ」
意気揚々と鞄をまさぐろうとして、気付く。
そうだ、鞄、『神官』との戦いで吹き飛んだじゃん。
SSランクらしい高純度の魔導弾で、それはもう景気よくばらばらになった。
散らばったとかじゃなく、中身は間違いなく良くて炭、悪くて蒸発しているだろう。
当然、中にあったギルドカードも、原型があるわけもない。
「…………あの、ギルドカード、なくしちゃって」
大丈夫、聖女モードの笑顔はこの程度では綻ばない。
そして受付さんも接客のプロだ。なんとも愛嬌のある満点の笑みのままで、
「大丈夫ですよ!それでしたら再発行しますので、名前と所属パーティをお願いします!」
「はい。わたし、ミーシャ・ゼレンディア。所属はキラザのパーティ……あ、もう抜けたので今は無所属ですけど」
「ありがとうございます!ミーシャ・ゼ……は?」
あ、声が素に戻った。大き過ぎないギャップが逆にめちゃくちゃ怖い。
「あ、あの、何か?」
「……ミーシャ、って、『あの』ミーシャ・ゼレンディアですか?『キラザの白い影』の?『仮面の黒幕』の?」
「は、はぁ……」
どのミーシャ・ゼレンディアだよ。同姓同名そんなにいないだろ、多分。
と思いつつも、曖昧に頷く。
俯いてしまった受付さんに、わたしは頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、
「あの、預金を引き出したいのですけど、いいでしょうか?カードの再発行は……もういいので」
実際、今まで通りの名義で活動するのはリスクが大きい。
キラザたちに帯同していたせいで無駄にランクも高いし、なによりここで目立って人語を解するゴリラに発見されてしまったら、こんどこそ処られかねない。
わたしの平穏ライフのために、できればいままでの預金だけ抜き取ってとっとと去ってしまいたかった。
そんな呑気な思考をしながら受付さんを見あげて、ぎょっとした。受付さんがにっこぉり、と笑みを深めている。
それはもう、怖いくらいに。
「あ、あの……」
「ミーシャさん……ですか?あの、素顔を見るのは初めてですね?」
「はい。確かに、ずっと仮面付けさせられてましたから、こうして対面するのは初めてかもですねぇ」
アレ本当になんだったんだろう。
キャラ付けかな。仮面、ギルドに顔出す時だけつけろって言われてたんだよな。
キラザの謎命令は今に始まったことじゃないけど、これはマジで謎だ。意図がわからん。
が、受付さんは少し俯いたかと思うと、
「ふ、ふふ……ミーシャさん……いえ、ミーシャさんの名を騙る不審者め!!ほかの冒険者の眼はごまかせても、私の眼は誤魔化せませんよ!」
「は……はぁ!?え!?なんすか!?」
「ふふん。そもそもあなたみたいなおこちゃまがあの青魔術師として130年ぶりにA級に上り詰めたミーシャ・ゼレンディアだなんて、大きく出ましたね!!」
「え……!?えっと、あのあの、それは不覚にも本物というか、体は元からこんなのだろ!?」
「いいえ!ミーシャさんはもっとクールで恰好よくて……仮面の下の素顔を簡単に見せたりしないんです!」
「だぁから、その仮面はアホのキラザにつけさせられてただけで、別につけたくてつけてたわけじゃ」
「言い訳無用ですよ!!ミーシャ様はその白色術式の強化のために、白い仮面を一時たりとも外せない高潔にしてストイックなお方なのです!!」
「お風呂どうすんの!?ねぇそれお風呂どうすんの!?」
わたしはお風呂好きだぞ。どうしてくれるんだ。なんでそんな噂になってるんだよ。
「い、いやその、なんか誤解してないか?なんというか、流言飛語におどらされているというか」
「はいそれです!!ミーシャ様は静かな御人で、たまに喋ったかと思うと大聖女セレス様みたいなお清楚な語り口なんです!そんなひねた男子大学生みたいな喋り方はしませんっ!!」
「え……えぇ!?ちょ、それだってキラザに言われたとおりにしてただけで、こっちが素だからな!?」
「ええい、言うに事欠いてキラザさんまで馬鹿にしてっ!一介の受付嬢とはいえ、流石に黙っていませんからね!」
「馬鹿にしてるのはどう考えてもお前のほうだろ!?」
「本物だって言うのなら、いつもの仮面!出してくださいよ!」
「いつものて。あれはギルドに顔出す時だけ無理やりつけさせられてただけで……!」
「出せるんですか?出せないんですか!?」
「うぐっ……燃えっちゃったので……ない、です……で、でも!信じてよ!本当にわたしはミーシャ・ゼレンディアなんだってば!」
「ふ、ふふ。うるさいですね……。いいでしょう。そこまで言うなら、『これ』で判定してしまいましょう!!」
受付嬢さんはゆらぁり、と不気味に揺れてから、ばぁん!!と勢いよくカウンターに一枚の紙をたたきつける。
「魔術紋台帳です!!ミーシャ・ゼレンディアさんの魔術紋はギルドに登録済みですから……ここに魔力を通してもらえば一発ですよ!!」
「!あー、なるほど!それがあったか!」
魔術紋台帳。
指紋みたいなもので、一人一人異なる魔力の波長を専用の羊皮紙に登録し、個人識別に使う技術だ。
ギルドに冒険者登録するときに記録させられたっけ。
まあでも、助かる。この台帳に魔力を流して魔力紋が一致すれば、同一人物の証明になるからな。
「はいはい、わかりましたよ……」
非常に不本意な疑われ方をしたけれど、預金が引き出せるならそれでいい。
受付嬢さんの謎の盛り上がりについては、あとでたっぷりイジってやろう。
本気で攻め立てる気はないけれど、せいぜい萎れるといいさ。
まだ魔力灼けの残る左手をぺたりと羊皮紙の上に置いて、魔力を流す。
「ん。これでいい?」
「…………えぇ。よぉくわかりましたとも」
受付さんが暗い笑みを浮かべている。なんなんだ。
「一致率13%。はい、ありがとうございましたっ」
「はっ……なんで!?」
一瞬呆気にとられて、遅れて気が付く。
そうだ。魔力灼け!わたしの腕はもう魔術的にはぐっちゃぐちゃだ。
見かけ上治ったところで、魔力紋なんて変わってて当然だ!!
「ふふ。同一人物の場合、魔術紋の一致率は低くて98%。90%でかなーり怪しい。80%で赤の他人です。それがなんですか?13%ぉ?」
「あ……っと、違う、これは、その。『ロッド・テイカー』を倒した時に、その!」
「SSランク『錫杖持った古き神官』ですか?ふふ、可愛い。20年たったら挑戦してみてくださいねっ」
受付さんは崩さない。
営業スマイルを崩さない。
が、さりげなく。見る人が見ないとわからないくらいに、自然な所作で。
だが確かに指を己の首元に持っていき、ぴ、と撥ねるしぐさをした。
ギルドのハンドジェスチャーにはくわしくないけれど、これの意味はさすがにわかる。
すなわち、
『つまみだせ』
だ。
どこからともなく、不必要なくらいに筋骨隆々な男が二人、私の後ろに現れ、左右の腕を捻り上げた。
「ま……待て!待って!こんなのおかしい!!わたしは本当にミーシャ・ゼレンディアで……お金!お金がないと生活が……っ!いだだだっ!!放せ!放してぇ!!」
「はぁ。本当に『あの』ミーシャ・ゼレンディアだというなら、用心棒の二人くらい魔術で吹き飛ばしてみたらどうですか?」
ムリだよ。今魔術使ったら腕の治癒が年単位で遅れるもの。ちなみに杖もギルドカードと一緒に落としました。
「う……うわぁぁん!!違うのに!本当なのにいぃぃぃ!!!」
わたしは非常に情けない声をあげつつ引きずられれ、文字通りギルドの窓から放り投げられた。
毎日投稿予定です。
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