ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
人間領北部の気候はとても変わりやすい。
魔王領の濃厚な魔力が『女王の白』から吹き降ろす風とともに流れ込み、その日その日の大気をランダムに掻き回すからだ。
「は……はは。雪かぁ。昨日はぽかぽか陽気だったのになぁ。ふふふ……」
先日までの春爛漫から一転して粉雪が散る、そんなことも珍しくなくて、今日はまさしくそんな雪だった。
ギルドの軒先で、わたしはかれこれ数時間は途方に暮れていた。
ミーシャ・ゼレンディアとしての名義が通らなかったのは別にいい。預金さえ回収できれば、今後は別人を名乗る気だったし。
キラザ達とのクエストでせこせこ溜めてきた貯金やアイテムボックスがパーになったのも、まぁ、いい。……。ごめん、これは全然よくないけど、それよりだ。
それより一番の問題は、
「ギルドであんな騒ぎを起こして、これからどうすんだよぉ……」
そう。冒険者は基本ギルドに属する。
ギルドはクエストの依頼をを独占して受け付け、冒険者はギルドからクエストを受けて仕事をする。
言い換えれば、どんな半グレでも、ギルドさえ通せば適宜身の丈に合った仕事は得られるのだ。
そう、ギルドで暴れて、つまみだされりしていなければ。
「うぅ……」
体育座りの膝小僧に顔を埋める。
雪のちらつく気温がほんのすこし和らいだけど、それが何かの解決になるわけもなく。
「ぐすっ、ぐす、どうして……」
別に、大富豪になりたかったわけじゃない。酒池肉林をしたかったわけじゃない。
わたしはただ。
自分の貯金を下ろしに来ただけで。
せめて火でも起こせればマシなのだろうけれど、『ロッドテイカー』戦の魔力灼けのせいか、青色術式と固有術式以外の術式は殆ど全て使い物にならなくなっていた。
冷たく乾いた風が肩を撫でて、体温を奪われた身体が反射的に震える。
「……はい、どうぞ。ミーシャさんの偽物さん」
こらえた涙が頬を伝いかけたその時。
頭上から声がかかった。
さっきの受付嬢さんの声だ。
「ホットミルクです。はちみつと生姜が入っていますから、あったまりますよ」
「……え。受付嬢さん……?」
「チハルです。それは私の奢りですから、どうぞ」
混乱しながらも、差し出されたカップを両手で受け取る。
陶器の向こうから伝わってくる温度に、思わず泣きそうになった。
冷えた身体を温めたくて、勧められるままに口に運んでいると、受付嬢さんが隣に座って、話しかけてくる。
「あなたくらいの年齢の子がギルドに飛び込んでくるの、実はよくあるんです。さすがにA級魔術師を名乗る子は初めて見ましたけど……」
勘違いされた上に、同情されているのだろう、多分。
それでも温かい温度を感じる口調に、反論する気力すら弱まってくる。
「……だから、わたしは、本当に」
言いかけて、やめる。
わたしがミーシャ・ゼレンディアであることを証明する手立ては、事実上失われたに等しい。尻切れとんぼになったわたしの言葉をどう受け取ったのかは知らないが、受付嬢さんは慈愛に満ちた微笑みをたたえて、
「……ふふ、もういいんです。『出禁』については無かったことにしておきますから。……あ、でももう同じことはしちゃだめですよ。ギルドによっては永久追放、最悪投獄なんですからねっ」
「…………はぃ」
「ふふ、よろしい。ミーシャさんの偽物さん。改めて、本名は?実は本当にミーシャってお名前だったり?」
「っ、わたしは……その」
どう答えたものかと困惑しつつ顔を上げると、そこにチハルさんが一枚の書類を差し出す。
「冗談です。はい、どうぞ。『新規ギルドカード登録票』です。さすがにミーシャ・ゼレンディアとは名乗れませんが……行く当てがないなら、一から冒険者、やってみませんか?」
「ち、ちはるさん……!!」
顔を上げると、にこにこと変わらない笑みを浮かべる受付嬢さん。
が、今はその笑顔が天使に見える!
「ふふ……泣かない泣かない。覚悟が決まったら、その紙を受付まで持ってきてくださいね」
三つ編みを揺らして、チハルさんがギルドの建物に戻っていく。
その背中と、手元の紙を交互に見て。
これって。
(……合法的に別人の戸籍ゲットできたぁぁぁ!)
人間万事塞翁が馬。禍福は糾える縄の如し。
エルヴィン達から身を護る、青色術式なんぞより一万倍強い盾を、わたしは突然にして手に入れたのだった。
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「ふふ……きょうもごはんがおいしい……」
わたしの人生の転換点、ギルドで新しい人間として活動し始めてから、既に2週間が経とうとしていた。
結局貯金はおろせなかったわけだから、杖を買うどころか日々の食費にも困る有様だったけど、最初の数日はなんとチハルさんが食事を用意してくれた上に、寝床とお風呂まで貸してくれた。天使だあの人。
最低限の魔力を復活させて、それこそ初級も初級、スライムを処ったり薬草を処ったりするクエストをしばき、得たお金で一番安い杖を買って、中級のクエストに出た。杖は粗悪な品だったので結局ほとんど使わなかったけど、その日ごとに組んだ仲間を補助するだけで、クエストクリアだけなら十分だった。
「お!今日もありがとな、ミーシャ!お前のお陰で今日も無傷だったぜ!」
「あんたが来てから、ここのギルドの死人もずいぶん減ったよ!帝都にゃ聖女様がいるって話だが、俺達の聖女様はお前だよちんちくりん!がはは!」
クエストで適度に冒険者たちを守っていたら、こんな感じの適度な評価も受けるようになった。
そして、今日も一日の労働の対価として、少しのお金と、それからちょっと豪勢なローストチキンにグラスの葡萄酒が目の前にある。
「これだ。これだよ……!私の求めていたものは……」
そう、魔王領やダンジョン攻略の栄華も、冒険者としてのランキングも別にいらない。
適度な仕事、適度な報酬。そして、その日のメニューくらいなら自由に決められる晩御飯。
初日の騒ぎからまるで詐欺師をみるような目で見てきたギルドの面々も、なんだか最近は優しくなった気がする。具体的には飴ちゃんとかくれる。
うんうん。真面目なのはいいことだ。大事なのは間違って仕事の量を多くし過ぎないこと。
真面目を自然に維持できるくらいで手を引くのが丁度いいよ、ほんとに。
「ふふ……濃厚な風味の鶏肉に赤ワインがスーッと入ってきて……おかわりしようかな……」
一人で悦に入るわたし。なにせこの後はもう寝るだけだ。チハルさんから独り立ちしたあとは基本安宿住まいだけど、普通にあったくてやわらかい寝床があるだけで、ダンジョン暮らしの頃より段違いに良い。魔力を消費せずに眠るだけでこんなに気力が充実するの、随分忘れてた感覚だ。
これでいい。
すべてうまく回り始めている。
……だから、そのピンク頭が視界の端に移りこんだ時、わたしは全力でスルーすることに決めた。
なにせ、そいつとエンカウントさえしなければ、あとは温かい布団が待っているのだ。
他に優先すべきことなど絶対にない。
が、そいつはまぁまぁ広いギルドの広間からわたしのほうに視線を合わせるとぱぁぁ!と表情を明るくして、
「あーーーーっ!!ようやく見つけたミーシャちゃーん!」
ずざざざ!!と私の前に異常なまでのハイテンションで目の前に滑り込んできた。ちくしょう。
わたしはそのペースに巻き込まれないように、ゆっくりフォークとナイフを置いて、一つ大きくため息をつく。
「えっと、き、き……」
「うんうん、この前ぶりだね!元気してた?」
「キリ…………キリ…………」
「そこまで出てるならもうさすがに思い出せてるよね!そうだよ!わたしはキリエ・キル……」
「えっと、あの……あ、キリン………さん?」
「違うよ!!絶対わざとだ!」
「冗談だよ。キリングフィールドさん。キックオフミーティングさん」
「絶対!わざと!だよね!!ミーシャちゃん!!」
「はいはい、何用だよ。キッシュ丸焦げさん。あと今はあんまその名で呼ぶな」
「えへへぇ。あ、店員さん!わたしもミーシャちゃんと同じので!!」
「いいんだ。今までで一番終わってる間違え方でいいんだ」
「ん?何が?あ、ミーシャちゃんほっぺぷにっていい?いいよね?えいえい」
凄い勢いでわたしのテーブルを侵略してきた女は、キリエ・キルシュタイン。
SSランク【錫杖持った古き神官】と戦った時に共闘した、ハイテンション双剣女だった。
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