ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに   作:oomaguro

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第十六話 店員さんには敬語を使ったほうがよいとされる 後編

 

うん、悪いけど断ろう。折角エルヴィンの追跡宝珠を自然な形でロストできたのに、こんなので目立ってあいつら捕捉されたらたまったものじゃない。

 

一抹の罪悪感に捉われつつも、わたしは口を開きかけて、

 

がしゃぁん!!と。

 

ギルドの受付カウンターのほうで、大きな音がして、わたしのおことわりはおことわりされる。

 

反射的にそっちに視線をやる。見てから、見なければよかったと思った。

 

そこには、普通に、今もっとも見たくない男がいた。

 

キラザが、普通にいた。

いや、それだけじゃない。全員じゃないが、パーティメンバーも何人かいる。

 

吸った息が喉を鳴らしたのを、となりのキリエに聞かれなかっただろうか。

 

「------------------ッ!!」

 

わたしは反射的に、座っていた長椅子に倒れ込み、テーブルの死角に身を隠す。

隣に座っていたキリエの太腿に頭を預ける形になったけど、最早気にしてられない。あとで謝ろう。

 

だがどうだ、これならテーブルの天板が邪魔をして向こうからじゃ見えない。

一方近くにいる人たちから見れば、わたしの具合が悪くてキリエが介抱しているか、子供同士がじゃれあっているだけに見える筈だ。

 

不自然じゃない。

しらんけど。

なんとかなれ。

 

「う、うわぁ!?ミーシャちゃんが唐突にデレた!?」

 

「うるさい、次に喋ったら眼と耳を撃つ」

 

「わ、わぁーお……。温度差ぁ……」

 

ぶつぶつとうわ言をつぶやくキリエを真スルーして、キリエの膝と机の天板の隙間から、わたしはカウンターの様子を探ることにする。

 

……まずキラザ。うん、キラザだよな。

他人の空似だったらよかったのに。

流石に間違えない。無駄に鍛えられた体躯に、豪奢ではないが無駄に清潔感のある身なり。うさんくさい爽やかマスク。

端から見れば冒険者というより一流の会社の若きエリートにすら見える。

 

それから攻撃魔術担当の背の高い女、イレイナ・マーキュリー。カウンターで話し込むリーダーの傍で壁によりかかり、優雅に目を閉じている。

モデルみてえな体系なのでさまになっているように見えるけど、あれたぶん寝てるな。あの人、暇だとどんな体勢からでも寝れるんだよな。

 

そして対照的に小柄な少女が魔導召喚獣使いのシュリ・コリドール。

もこもこの衣服と大きな瞳、そしてふさふさの猫耳と尻尾がトレードマークだ。こちらはイレイナとは対照的に、険しい顔でその猫耳をひくひくと動かしている。

 

ゴリラのエルヴィンはいないみたいだ。べつにいいけど。

 

「うっわ、あれ『王選勇者』の『キラザのパーティ』だよね?メンバー全員がAランク以上って噂の。

 年がら年中魔王領ダンジョンに遠征してるって話だったから、実物は初めて見たよ」

 

自然な動作でぽんぽんとわたしの頭をいじくりながら、キリエが感嘆したような口調で言う。

実物ずっといるぞ。お前が膝の上で撫でまわしてる奴な。

 

「何それ、知らん。誰?ゴリラ?」

 

「うん、一文字もあってないよ?」

 

キリエの視線をスルーしつつ、膝の上でもぞもぞと態勢を変えながら耳をすませば、キラザ達のいる受付カウンターの声をようやく聞き取ることができた。

 

聞き取れた声音は、受付嬢のチハルさんのセリフだ。

 

「ですから、そんな人は来ていませんよ……?」

 

「はぁーーーーーー?」

 

それに反応したのは猫耳のシュリ。

大きな瞳をきっと吊り上げて、特徴的な高い声を張り上げる。

 

「来てないって、そんなわけないでしょ!?」

 

普段はよく通る高い声も、今は明確にいらだっていて、きんきんと耳に響く。

 

「アイツの匂いはちゃんとここまでたどり着いてるの!嘘はやめてったら!」

 

「しかしですね、そのかたは確かに、ここには来ていません。匂い……?は関知しかねますが、ギルドの記録上はそうとしかいいようがありません。『その人』を騙った挙句魔術紋が全く別人だった子はいましたけど……」

 

「そ……そんなわけないもん!アイツ……ミーシャの匂いを私が忘れるわけ……!」

 

今まぁまぁキモいこと言ったなあの猫耳。

 

いや、それより。

こいつら、もしかしなくても、わたしを探してないか?

 

今更?何故に?

 

困惑気味のチハルさんの前で、唇を噛んで俯いてしまうシュリ。

そこに背後から声がかかる。

 

「だがなぁ。実際、アイツに憑けてた魔導獣も途中で行方不明なんだろう?」

 

「突然死霊魔術系の術式に消し飛ばされたのよ!わけわかんない!」

 

「受付さんよ、そういうわけなんだ。来ていないのなら仕方ない。これだけの期間魔王領で行方不明ならもう……ってのもわかる。だが、ちょいと訳ありでね。何か情報があれば知りたいんだが」

 

キラザがシュリを制しながら、気のない調子で続ける。

 

いっしょに聞き耳を立てていたキリエが、わたしを見下ろす。

え?ミーシャちゃんってあの?って汗だらだらの顔に書いてある。

 

声を出すわけにはいかないので、わたしはぶんぶんぶん!!と全力で顔を横に振っておいた。

 

畜生こんなところで出くわすなんて。こちとら二度と顔も見たくないというのに。

 

チハルさんは営業スマイルを崩さず、

 

「……ミーシャ・ゼレンディアさんは34日前に『キラザのパーティ』から登録が外れています。どうして今になって探されているので?」

 

「……あぁ。アイツの代わりに帝都から来た青色術式使いが、それはもう無能でね。防御壁一つに何十分もかかってはさすがに話にならんし、変わってからは妙に俺達の調子が悪いんだよ。その上、日常生活術式【ライフライン】もほとんど使えないときた」

 

「……?青色術式と言ったら通常、出発前夜から準備しておくものでは?」

 

「は?なによチハル、そういうのもあるのは知ってるけど、戦いのときに攻撃に合わせて盾を貼れないでどうしろってのよ?」

 

「はぁ……」

 

お、かみ合ってないかみ合ってない。

あいつらやっぱり、わたしの青色術式が我流のなんちゃってであることを知らんな。

 

ただ、最初に言ってた「訳あり」ってそれ?多分違うだろ。何伏せやがったこいつ。

 

あ、いちおう座学をしておくと、本来の青色術式は、前もって仲間の冒険者にあらん限りの防御術式を仕込んで、状況によりどれを実際に起動するか選択するものだ。ゆえに硬いが、自由度がない。わたしだって事前の仕込みはするにはするけれど、術式の9割がたをアドリブの即時詠唱に依存している。一般的な青色術式とは、やってることが根っこから違うのだ。

ここまで飛ばしていいよ。

 

前もって仕込むタイプのは燃費が悪いうえに守られる側の魔力の走りをやや鈍らせるので、あまり使わないのが私のこだわりなのさ。前日の夜中まで仕込みをするのが面倒くさいとかじゃないよ。ほんとだよ。

横になったまま新進気鋭のラーメン店主みたいな腕組みをキメつつ、わたしは状況を見守る。

 

強いがゆえに10年以上メンバーの入れ替えがなく、平気で年単位でダンジョンに潜れてしまい、他のパーティと交流も乏しいキラザのパーティの悪いところが存分に出ているぞ。

 

「は、はぁ……それ、何かの固有術式と勘違いなさっていませんか?」

 

「ミーシャには別に固有術式がある。二つもな……なぁ、これ続けないとダメか?俺達もあんまり暇じゃねえんだ」

 

「……居場所を知ってどうするんですか?」

 

「連れ戻すんだよ。アイツの雑用力は、俺達にないもんだったからな」

 

「あ……そ、そう!それよ!二度と反抗できないように痛めつけて、身の回りの世話ぜーんぶさせてやるんだからねっ!」

 

お前らがクビにしたんじゃないのかよ。

鶏か。記憶力が鶏なのか。ローストされたほうが世のためなんじゃないか。

 

チハルさんの笑顔は微塵も揺るがない。

ごめん嘘。チハルさんの営業スマイルが深まっているときは、内心穏やかでない時だ。

 

ゆらり、と。

キラザの全身から魔力が放出される。

軽薄だがスムーズな流れ、実戦派らしい鋭い魔力だ。おいおい、本気かよ。

 

「キラザさん。当ギルド内では、魔力を使った威嚇行動は禁止されておりますので」

 

チハルさんの言葉に、しかしキラザは舌打ちを一つしただけ。

シュリも止めるどころかキラザの隣でメンチを切り始めた。

 

「チハル?アイツが居なくなってからろくなもん食べてないから、イライラしてんの。わかるかしら?」

 

「料理は皆でやってくださいねっ」

 

チハルさんの唇がちょっとひきつった。かわいそう。

想像の埒外のアホにお前やばいよと言ってはいけないのは接客業の欠陥だ。すべての店員は銃か鉈を持っていいことにしたほうがいい。キルレに応じてボーナスも出せ。

 

ともかく、カウンター前の空気がぴん、と張り詰める。

周囲の冒険者も、さりげなく離れるもの、武器を手元に寄せるもの、かたずをのんで見守る者、それぞれの反応を見せていた。

 

キラザはふっ、と息を吐いて、漏れ出ていた魔力を収める。

 

「ま、そうだな。悪かった。でもな、アイツは昔から妙にしぶといんだよ。そんで、頼んでもねぇのに意味不明な方向に伸びやがる。だったら囲うか、潰すかしときたいわな。ミーシャの居場所なり、知ってるもんは教えてくれよ。できねえなら、ギルドの外で『話してくれても』いいんだぜ?」

 

「すみません、個人情報ですので」

 

キラザが凄み、チハルさんが笑む。

アホ勇者の姿は病院の受付でイキる老いたチンピラそのものだけど、その実力は国内でも折り紙付きだ。

そしてやると言ったことは本当にやる。

 

チハルさんに危害を加えられるくらいなら、わたしが出頭したほうが、まだ幾分マシだろう。

 

ちぇ、短い自由だったなぁ。

 

わたしが浅くため息をついてから、膝枕から身を起しかけて、しかし、それより早く動いた奴がいた。

 

「なんだぁー!黙って聞いてればこいつらぁー!」

 

「……は?」

 

思わず声が口をついて出る。

 

さっきまで膝枕でわたしの頭を撫でまわしていた女が、瞬間移動で消え。

 

キラザ達の背後の空間に出現して、びっしぃ!!と彼らを指差し、

 

「いい加減にしなさい!あなたたち!!チハルさんが困ってるでしょうがぁ!!!」

 

---------

 

「「……は?」」

 

キラザとシュリの反応は、くしくも私のそれと同じだった。

 

「誰こいつ。知り合い?」

 

「いや。お前は?」

 

「ないわよ。内地に友達なんていないの知ってるでしょ」

 

「……何の用だ?俺達は忙しいんだけど」

 

冷や水をぶっかけられてやや頭が覚めたらしいキラザが、キリエにぶっきらぼうに話しかける。

 

キリエは形のいい眦をきっ!と吊り上げて、

 

「何の用だ?じゃないんですよ!神様気取りのカスハラやろうめ!強く出れない受付さん相手にぐちぐちぐちぐち、恥ずかしくないんですかぁ!?」

 

「あぁ?なんだと思ったらつまんねぇ。ありがちすぎるから引っ込んでろな?」

 

「はー?上級冒険者様はかわいい受付嬢さんにいくら絡んでも許されるんですかー?すごーい、わたしも目指しちゃおっかなー」

 

わざとらしーくしなを作るキリエ。う、うわぁ。煽ってる。キラザ相手に煽ってやがる。何やってんの。本当にどうしたの。

 

が、キラザは律儀に顔を真っ赤にして、

 

「う、うぜぇ……、ふん、だがお前の言う通りだよ。俺たちはA級だ。お前らより優先されて、無理を通せる、そういう奴だよ!わかったら黙ってな。お前には関係ねぇん…………」

 

「関係ないですか?本当に?」

 

言われて、キラザの眉がぴくりと引きつる。奴らも馬鹿じゃない。いや、馬鹿だが一流だ。

 

敵意はキリエと、その背後。

 

居酒屋スペースにたむろしていた、あるいはクエストボードに集まっていた、あるいは単にキラザ達の後ろで順番待ちをしていた、都合数十人の冒険者たちが。

 

それとなく、だが確実に。キラザ達を注視していた。

 

キリエとの口論が原因、ではない。

失策はその前。苛ついて先に魔力を展開したことだ。ギルド内では私闘は絶対厳禁。よくて出禁、悪くて投獄である。そして美人で頭がよく、そのうえ愛想もいいチハルさんのファンは実はかなり多い。

 

「よう、兄ちゃん。A級だか何だか知らねえが、そろそろ変わっちゃくれねえか?俺達の午後のクエストがいつまでたっても始まらんでな」

 

「俺は今日は働く気はねえが、酒がまずくなるだろうが!昼間っから何してんだ!帰れ帰れ!」

 

「……っち!このカスども……!昼から酒飲んでんじゃねぇ…………!」

 

それは本当にそう。

 

「キラザ、やめとこ。帰ろ?」

 

キラザは顔を真っ赤にしているが、シュリのほうは一気に頭が冷えたみたいだ。

反対に顔を青くして、弱弱しく裾を引いている。

 

「……くそぉ!わかったよ!覚えてろよ冒険心を忘れた雑魚どもが!お前らは魔王領開拓しても入れてやんねぇー!」

 

「いらんわ!帰れ帰れ!」「そうだ!帰れ!」「帰れクソ客!」

 

うわぁ。多勢に無勢、かわいそうなくらい形勢逆転している。

 

さすがにここで意地を張るのは無駄だと判断したのか、キラザは捨て台詞を吐いて出口にずかずかと歩き去っていく。

シュリがおろおろと視線を泳がせてからキラザの背中に続いて、そこに冒険者の一人が、追撃を浴びせる。

 

「キリエちゃんのほうが大人だぜ兄ちゃん!そんなだから【白い仮面】の子にも逃げられたんじゃねえのか!?」

 

「………あ?」

 

その瞬間。

明確にキラザの空気が変わった。

 

さっきの威嚇とは違う。

素人でもわかるくらいの質と量だ。海に流出する重油を思わせる、キラザ特有の気持ち悪い魔力。

 

「ちょっ、キラザ……!それはやめなさい!やめて!」

 

シュリが涙声で制止する。が、決死の叫びもキラザには届かなかったようだ。

キラザの背後に鮮血の槍が生成され、見えない力で思い切り投擲されたかのように、唸りを上げて発射される!!

 

槍は煽った冒険者に向かって。

いや、違う。

チハルさんに声をかけるためにカウンターに駆け寄ったキリエのピンク頭が偶然射線に重なり、そして。

 

「え?」

 

ぽかん、と口を開けるキリエ。

 

空気が止まる。

 

槍は、

 

ぎぃぃぃいん!!!!と。

 

キリエの眼前に出現した、下敷きくらいの【即応防壁】を4枚貫通して止まり、それからざぁ、と蒸発する。

 

一秒遅れて、杖代わりにした銀のフォークがぶすぶすと音を立てて蒸発する。フォークに納め切れなかったぶんの魔力が右腕に逆流し、不快に痺れた。

あっぶない。ギリギリ間に合った。

 

たっぷり一秒遅れて、キリエがその場で尻餅をつく。

 

が、キラザ達の驚愕はそれ以上だ。

 

「なんっ……!だと!?俺の【血税の槍】を止めた!?」

 

「こ、この青色術式の匂い、……まさかっ、ミーシャ、近くにいるの!?」

 

まーずい。折角わたしは助かりそうだったのに。

 

が。

結論から言うと、二人の言葉はそれ以上続かなかった。

 

「……出しましたね?術式。私の【領域】で」

 

チハルさんが、それはもうにっこりと笑みを深めて。

 

人差し指で、ぴっ、と首を掻き斬るジェスチャーをした。

 

途端に、二体の筋骨隆々のスーツ男がどこからともなく表れて、キラザ達を拘束する。

……あ、あれチハルさんの召喚獣か。わたしも腕を捻り上げられたことがある。あのときは全然見てなかったな。

 

それだけじゃない。

キラザのほうはチハルさんのジェスチャー以降、全く魔力が感じられない。チハルさんの術式の結果だと直感する。一方、シュリの魔力は普通だ。なんだろ、実際に攻撃したかどうかの違いか?

 

「『出禁』解除は14日後です……またのお越しを」

 

にこり、とチハルさんが笑う。完全完璧百点満点の営業スマイルの意味は、言われなくても誰もがわかる。

 

すなわち、『つまみだせ』だ。

 

ちなみに、イレイナ・マーキュリーはずっと寝てたし、そのあとも20分くらい寝てた。

 

 

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