ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
次の日。
来て欲しいところがあるんだ、というキリエに連れられて、わたしはナザングル郊外まで進んできていた。
「もうつくからね、ミーシャちゃん。頑張って!」
先を行くキリエが振り返って、それはもう眩しい笑みをぶつけてくる。
「ぜっ、ぜぇ……キリエ、元気過ぎない……?」
「そう?この位普通だよ」
キリエは何気ない様子で返答してくるが、わたしはすでに青息吐息だ。
朝一番に呼び出されて歩き始めた時は、あぁ徒歩で行ける距離なんだなとちょっと安心してた。
それがなんだ。当たり前みたいにナザングルを囲む防御要塞を超えて進み、そろそろお昼だけど、キリエの向かいたい先が全く分からない。
人間領内だからほとんど魔物に会うことは無かったけど、それでもそろそろいい加減にしてほしかった。
なんでキリエは涼しい顔してんの。汗一つかいてないし。
この体力おばけめ。
「ミーシャちゃん、大丈夫?疲れた?」
わたしが汗みずくになっているのを見かねてか、キリエが声をかけてくる。
渡りに船とばかりにわたしは額の汗を拭って、
「そ、そうだな。ちょっと休け-----」
「疲れたならおんぶするよ。もう少しでつくから遠慮しないで!」
化物だった。
「いいよ、別に。でもちょっと休みたいかも。あそこの木陰とかよくない?」
わたしは道のわきのいい感じにマイナスイオンが出てそうな陽だまりを指差す。
ちょっと水分が取りたい。
が、キリエはうぅん、と首を傾げて、
「えっとね。この辺の平地、結構肉食の怪鳥が出るんだよね。動いてると大丈夫なんだけど、休んだり横になったりすると、弱ってると思って攻撃してくるみたい」
「えぇ……」
わたしはがっくりとうなだれる。
そんなわたしをキリエがそれはもう嬉しそうに両手を広げて、
「だから、ミーシャちゃん!おいでっ!大丈夫、わたし今日魔力余ってるから身体強化も多めにかけられるし!」
「えぇ……なんか嫌だよ。悪いし」
「怪鳥に攫われるよりはいいでしょ?ほらほらミーシャちゃん、力抜いてて……」
「うぐっ……」
じりじりとにじり寄ってくるキリエに、思わず後ずさりする。
ちなみに関係ないけど、本当に魔王領で巨大な鷲に攫われたことがある。
滅茶苦茶でかいかぎ爪にむんずとつかまれて結構な距離の空の旅をする羽目になった。
忘れもしない、記念すべき第一回目のミーシャ・ゼレンディア死亡事案だ。
あれのお陰で未だに乗り物全般が割と苦手だ。
「あ、あれだ。汗かいてるから」
「そんなの気にしてたら冒険者できないよ!」
「も、もうちょっとなんだろ!?頑張るから、頑張るから待って」
「そうだね。今のペースならあと半日くらいだね」
「はっ……!?」
衝撃の事実に、わたしはがっくりと膝から崩れ落ちる。
ギリギリの肉体を支えていた精神がぽっきり折れた瞬間であった。
「わたしの骨は粉にして海に撒いてください……」
「そ、そんなに……?そこまで限界なら言ってもいいんだよ……?」
「だって……だって……キリエに負けるの悔しかったんだもん……」
「だもんって。ま、いいや。ミーシャちゃん!ほら!笑ったりしないからこっち来て!」
哀しいけど、これ以上駄々をこねたら本格的に精神年齢を疑われかねない。
わたしはぐっと唇を噛んで、
「……よ」
「よ?」
「よろしくお願いします……」
「うん、よろしい!」
キリエが快活に笑って、わたしの腰を片手で抱えた。
わたしは狩人に捕らえられた野兎の気持ちでぐったりと身体を預ける。
案外慎重な手つきで抱え上げられた。
……小脇に。
「え?何?なんか思ってたのと違うんだけど」
「へ?こうしないと走れないよ。ダッシュは腕の振りが大事なんだよ」
「や、聞いてない聞いてない。ちょっと待って。いや待ってください。わたし本当に早いのが苦手うわぁぁぁぁ!?」
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「キリエのお馬鹿……夜の暴走機関車……うぷ」
米俵と同じ持ち方で運ばれること数十分、わたしは大地のありがたさを全身で噛みしめながら、全力で吐き気を抑えていた。
「あはは、夜のは余計だよミーシャちゃん」
一方キリエはなんかいい汗をかいたらしく、気持ち良さそうに伸びをしている。
「暴走機関車はいいんだ……」
「あ、暴走も余計だよ!酷いなぁ!あはは!」
機関車はいいんだ。
ともかく、
「それで、ここはどこなんだ?ナザングルから随分離れたけど」
私は周囲を見渡す。
一応大陸屈指の大都市であるナザングルから徒歩圏内……徒歩圏内?にしては、随分静かな場所だ。
わたしたちが黙ると人の声はなくなり、木の葉の音の間から小鳥のさえずりが聞こえる。
木々に隠されていてわかりにくいけれど、よく見るとその向こうに木製の防護柵が立ち並んでいた。
周囲を観察しているうちに、キリエが慣れた様子で柵に設置された扉を開け、こちらを振り向く。
「こっちだよ、ミーシャちゃん」
「……うん」
キリエの笑顔が----------いつもより静かなのを感じて、わたしは黙ってあとに続く。
小高い丘の上に登って、その正体はすぐに分かった。
「……ダンジョンの、入り口」
「うん、そうだよ」
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「ダンジョン、だな。未踏破の」
うん。ダンジョン。地下型ダンジョンの、下り階段のありふれた入り口。
その入り口は長年誰も足を踏み入れていないのか、長い蔦や苔で覆われつつあるようだ。
ダンジョン自体は魔王領に限ったものではないから、別にあるのはおかしくない。
問題は、ここまで年季の入ったダンジョンが、クリアされる様子もなく放置されているということだ。
……普通ダンジョンが見つかれば冒険者が大挙して押し寄せるし、その需要を狙って周囲の急開発が進む。
ここまで手付かずの自然の中にぽつんとあるダンジョンの入り口はある意味貴重だ。
わたしは思わず周囲を見渡す。
人間領の北壁【女帝の白】を超えていない以上、ここは必ず人間領だ。
「驚いたな。人間領の、しかもこんなところにまだ未踏破のダンジョンがあるなんて」
「ふふ、ミーシャちゃんもそう思う?」
キリエがダンジョンの入り口の石造りの日さしを撫でる。その雰囲気にキリエらしからぬ静かさを感じて、わたしはひとつ咳払いをして、
「それで、このダンジョンがなんなんだ?」
もともと、キリエが【小宇宙】を手に入れたい理由を見せてもらいに来たはずだった。
今のところこの古ぼけたダンジョンとあの宝石の繋がりは見えない。
「ここ、なんで誰も来てないかわかる?」
キリエが私に背中を向けたまま、話しかけてくる。
やっぱ雰囲気違うよな、と思いつつも、わたしはその問いに対する答えがわかっていた。
「……入り口に、結界があるな。それもやけくそみたいに固い。それに、多分強引に破ると自爆する仕組みに見える。このためにわたしを連れてきたなら、ごめん、無理だよ」
キリエがダンジョンに触れた時の魔力反応でわかった。
この入り口、全く魔力が外に漏れてきていない。
その正体は、入り口に張られた青色術式の結界で、ちょっと見ただけでも嘘みたいな強固さだ。
それもどうやら、続く階段にも同じようなものが無数に張り巡らされているな。
わたしだって同じことはできなくもないけど、それこそ気の遠くなるような時間がかかるはずだ。
なにこれ。何年かければこんなことになるの。というか何のためにこんな。
思索の沼に沈んでいくわたしに、キリエはちょっとだけ困ったように笑って、
「うん、そうなんだけど、そうじゃないんだ。その前の話なんだ」
「?」
「ここはね。SS級パーティ『月の屑』が消息を絶ったダンジョンなんだよ」
「……え」
「王選勇者パーティ、SS級第二位。ミーシャちゃんも知ってるよね?」
キリエの声が。
淡々と続く。
「そ。10年前のある日。『月の屑』はね、魔王領の最前線、前人未踏級ダンジョン【世界の淵】から【小宇宙】を持って帰ってきたの」
「……、」
そうだった。
【小宇宙】を持ち返り、確か銀製王勲を授与さる予定なんじゃなかったか。
「初めての成果で、とんでもなく栄誉だったの。
でも、王都に召還がかかったパーティは、なぜかそれを無視してここに突入して……それっきりなの」
「……それと、お前と、なんの関係が」
キリエは一拍置いて、くるり、と振り向いて。
「パーティの青色術式使い。セナ・キルシュタインは、わたしのお母さんなんだ」
ごく自然に。
笑った。
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ざわざわ、と、木々の擦れる音だけがあたりを包む。
白々しいくらいの木漏れ日が、今はうるさくて仕方ない。
「……、それは」
言葉を選んでいるうちに、キリエがさらに先を続ける。
「あの石、『それが観測した全ての映像が記録されてる』んだって。だから、あれをみればわかると思うんだ。お母さんが、『月の砂』が、どうしてここに入って、今どこにいるのか」
「キリエ?」
キリエのいつも通りの前向き口調に、わたしは困惑する。
どこにいるもなにもない。
あの入り口の青色術式の防壁は、ダンジョン『内側から』立てられている。
他に出口があれば別だが、このダンジョンが踏破されていない、と言ったのは少女自身だ。
「……、」
「だーいじょうぶだよ!そんな顔しないで。私のお母さん、文字通り神出鬼没だから!たぶん今も、どこかで冒険してると思うんだ!」
「……そっか」
「あと、中身を録画したら宝石は売って旅行とか行きたいね!一緒に行こうねミーシャちゃん!」
えぇー。
「それはなんというか、いいのか……?」
「うぅん、宝石自体はあんまり興味ないんだよねぇ。
価値のわからないままただ持ってるより、お母さんも喜んでくれるよ。『イベント』に出品されたのも、知ったら多分、大笑いするんじゃないかな」
「そっか。ま、いいや。お前らしいな。わかった、やるからには必ず獲ろう」
「うん、ありがとね!あと、そんなに気は遣わないでいいよ。とっくに気持ちの整理はついてるからね」
「それもわかった。それじゃ、キリエのアホ。ばーーか。運ばれ心地最悪。昭和のバス」
「んんっ、何の何!?」
顔を見合わせて、ひとしきり笑う。
それからキリエがんーっと伸びをして、
「えへへ。じゃ、帰ろっか」
多分、全部の事情を話されたわけではないのだろう。
それでも、『小宇宙』がキリエの母親の形見なのは間違いないはずだ。
ゆえに、この『宝探し』は、こいつにとって負けられない戦いである。
わたしはこっそり深呼吸する。仕方ない、そういうことなら、なんとかしよう。
一つ深呼吸をして、気分を入れ替え。
その隙に、キリエの腕ががっしりと腰に回されていた。
「……待って待って。なんで小脇に抱えるの。まだ疲れてないよ、わたし」
「へ?歩いて帰ってたら夜になっちゃうよ。夜行性の魔物はこの辺のでも強いよー?」
「うん……でもさ。それにしたって、もうちょっといい運び方とかあるじゃん?ねぇ。言ってなかったけど、実はわたし速い乗り物とか苦手(トラウマ)で」
「大丈夫だよ。来た時より飛ばすから。天井のシミでも数えてなよ」
天井ないだろ。
見あげると、薄昏にいつのまにか、星が無数に瞬いている。
星空は良い。それはいつだって自分のちっぽけさ、無力さを教えてくれる。
「えっ、は……話聞いてた!?ねぇ待って!お願い後生だから手加減してうわぁぁああああああああああ!?」
毎日投稿予定です。
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