ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
その瞬間のわたしは、あくびをしたら羽虫が口に飛び込んできた、くらいには、嫌な顔をしていたと思う。
理由は声の男に少なからず覚えがあるからで、まともな長い付き合いのある男性は2人。
元リーダー・キラザと、それからこいつ。
キラザのパーティのタンク役。エルヴィン・カーティンさんだ。ゴリラと見紛う筋骨隆々の体躯に、面の広い武骨なロングソードとこれまたデカいオリハルコン・レプリカの盾を、段ボール製かと思うくらいに軽々と背負っている大男。
魔法剣士のリーダーと対照的、ゴリゴリの物理タイプだ。何故だゴリラ。何故そんな古代ローマの彫像みたいなイケメンなのだ。ちょっと笑っちゃうだろ。
冗談はさておきエルヴィン・カーティン。
鋼の肉体と剣術を生かし、わたしたち後衛を攻撃から守ってくれる、わがパーティの要だ。もうわがパーティじゃないけど。ともかく刺激するのはよくない。穏便に、穏便に。川の流れのように。
「うっわ、これはこれはエルヴィン殿。森は反対の方向ですよ。お帰りください。お気をつけて」
「誰がゴリラだ。露骨に面倒そうな顔をするな、ミーシャ」
完全なる余所行きモードに、大男は気まずそうに肩を落とした。一方、わたしは表情を変えない。
王都の大聖女セレス様リスペクトのアルカイック・スマイルだ。笑顔の裏で、わたしは頭を必死に回転させる。
(……こいつ、何故今このタイミングで追ってきた?)
引き留めるなら、クビを宣告された時にリーダー・キラザを諫めるなりしているはずだ。
加えて別れを惜しむような情緒はこの霊長類には存在しないだろうから、考えられることはそう多くはない。
そう。
例えば、勇者パーティの能力や秘密を多く知る私を、姿が見えなくなる前に消しに来た、とか。
「面倒な顔などしていませんとも。お見送りありがとうございます、エルヴィン様」
「……そう警戒してくれるな。仲間だろ」
大袈裟な動作で、ゴリラが遺憾の意を示す。
「あはは。記憶力すごいですね。懐かしいなぁ」
「ミーシャ……」
わたしはにっこぉりと友好的な仮面を張り付けたまま、悟られぬようにローブの下で折り畳み杖に手を伸ばした。防御術式(あおいろじゅつしき)の間合いにはまだ余裕があるけれど、あと一歩でも近づかれたら、やろう。多重物理防壁と幻影式、ついでに赤色術式を経由し閃光弾、黄色術式による音響弾。身体強化でダッシュで逃げる。ここまで1秒フラットだ。
もっとも、この手の内は目の前の男もとっくに知っている。ゴリラは賢いのだ。エルヴィンの実力も考えれば、普通に破ってくる前提で動くべきだ。かといって、わたしは攻撃術式全般が苦手。具体的には、普通にその辺の棒を拾って殴りかかった方が幾分強い。
あぁ、なんだ、つまり普通に詰みかけているじゃあないか。
これはひどい。
あんまりだ。
さよならわたしの自由な余生。
やけに緩い涙腺を精神力でぐっと抑えつけて、
(だがさせるか!夢の平穏ライフを目の前に倒れるわけにはいかないんだよ!)
額に汗を感じながら、じり、ともう半歩下がる。
ちくしょう、なんてプレッシャーだ。
さすがはAランク冒険者。怖い、怖すぎる。
だが負けるか!平和バンザイ!!
「なぁ、俺達が悪かった。皆の所に戻ろう。シュリもそろそろ帰ってくる時間だ」
「仲間?あぁ、そんな時代もありましたね。その節はどうも、お世話になりました」
「深々と頭を下げるな。それになんだその、中央協会のセレス聖女のような言葉遣いは。気色悪い」
「えぇ?わたしはいつもこんな感じですが。ひどいです、元お仲間のことなんて、もう忘れました?」
「……ハァ、いやわかってる、悪かったよ。その態度、お前が物凄く怒っているときのお決まりだ」
「は?」
怒ってる?
心底、まと外れな言葉に、思わずちょっとだけ素になる。
何を言ってんだ、この西ローランドゴリラは。情緒どうなってるの。
いかんいかん。
「なぁ、大人になってくれ。お前が抜ければ、今や戦闘が立ちいかなくなるのはわかりきっている。あいつの気まぐれなんて、いつものことじゃないか」
顔いっぱいに申し訳なさを押し出して、エルヴィンが臆面もなくのたまう。
まぁ、それはそうだろう。わたしの防御と強化の恩恵を最も受けていたのはタンクのエルヴィンだ。
いかにこいつらが武闘派として知られているとはいえ、今回の離脱でこの男に負荷がかかるのは、さすがに間違いない。
だが違う。そこじゃない。そこじゃないんだエルヴィン。客観的に見て、パーティ・キラザは戦闘面ではかなりの強者だ。A級パーティの中でも上澄みに近いと言えるだろう。こいつ自身がわかっているかはさておき、戦術を再構築さえしてしまえば、『戦闘面だけなら』割となんとでもなってしまうのだ。
だが私が言いたいのはそういうことじゃない。
わたしがいなくなって一番困ること、それは。
(……こいつら、飯と寝床、あと風呂と洗濯はどうするつもりなんだ?)
ということだ。
一般水魔法、浄化、ステルス、野宿用の長時間防壁、魔物除け、虫除け、防音、空調、保冷・保温術式、抗腐食術式、エトセトラ、エトセトラ。
わたしがこいつらの周囲で起動している術式は、一日通しで見れば軽く20を超える。
そのほとんどが戦闘以外のタイミングでの日常生活を成り立たせるための術式だ。
協会にいた頃に花嫁修業と称して叩き込まれた数々の日常ライフハック術式は、パーティの遠征先での生活に大いに役立っていた。そしておそらく、こいつらはそれをほとんど把握していない。
当然だ、このパーティの雑用担当は、8年間このわたし一人だったのだから。
魔術師としては攻性魔術使いのイレイナという年上女性がいたけれど、あの攻撃力全振り姐さんはその手の技術を殆ど持ち合わせていなかったはずだ。天才肌め。
防御術式どうこうは本当はおまけ。七色の小ネタ術式と、その並列起動の技術こそ、あのがさつもの共にはないわたしの真の持ち味なのである。
まぁ、だから今更どうということもないのだが。
わたしはまっすぐエルヴィンに対峙する。ここでしっかり関係を断ち切らなければ、地獄へ逆戻りだ。間違ってもこのシチュエーションでエモい会話をしてはいけないぞ。キリっとしろ。がんばれわたし。
「馬鹿言うな。一人で北壁まで帰り着くつもりか?攻撃術式を持っていない……いや、それ以前に、お前みたいな華奢な子供がAランクエリアを一人でなどと……」
「17です。今年で。成人です」
この世界だとお酒も飲める。失礼な話だ。
「す、すまん」
露骨にたじろいだエルヴィンに、わたしはニコニコのまま全力警戒を続けながら、
「論争になったらリーダー・キラザに委ねる。そういう風にやってきたパーティで、わたしを要らない、とキラザが言ったのです。それ以上でも以下でもないのではありませんか?」
「……お前は、それでいいのか」
なにかを訴えかけるような目で、こちらを見てくるゴリラ。
「はぁ……」
「悔しく、ないのか」
あぁうるさい。
人の凱旋を邪魔するな。
わたしはわざとらしく人差し指を口元に当てて、
「まぁ、性格の悪さは自覚していたところでありますし。わたしが居なくてもキラザのパーティは十分強い、というのも察していましたから。ふふ、こんな切られ方をするとはさすがに思っていませんでしたが、それでも意外と、一人での暮らしも楽しみにもしているんですよ」
本音だ。
受験やら資格やらに奔走した前世とその突然の死、こっちに来てからの様々な不条理で、ミーシャ・ゼレンディアはなんとも偏屈屋に育ってしまった。加えて物心ついたころから教会の妙に豊富な蔵書を読み漁り続けた結果か、言葉遣いまで少女らしからぬ感じになってしまっている。
要するに可愛げがないし、もっと言えば嫌なやつなのだ。そんなのがバレればダンジョン奥地に捨てられると気が付いていたわたしは、信用していない相手へのアウトプットは意識してあんな感じ(リスペクト:一度だけうちのボロ教会に来たことがある中央教会のセレス大聖女)にしていた。幼少のころから丹念に沁み込ませたエセ聖女ムーブメントは、もはや無意識にまで刷り込まれていると言っていい。
「……、そうか」
男が肩を落とす。
そこまで落ち込まれると、なんだかこっちまでしんみりしてしまうな。
だからといって、絆されるとかはない。
お前らは人生をかけてダンジョンと魔王攻略に励んでほしい。
「……ミーシャ!」
「はいっ!?」
俯いたかと思えば、がば、と顔を上げる男。
驚いて、懐の簡易杖を取り落としかけた。危ない。持ち主の魔力の動きに反応して、多重防壁がちょっと起動しかかった。半自動化したとはいえ、反応が良すぎるのも困りものだ。
頭をぶんぶんと振って、防御式を再構築するため、意識を一瞬そちらに割いて。
「ミーシャ、これを」
気が付いた時には、男の右手が胸先三寸まで間合いを詰めていた。
……動けなかった。呼吸の隙をものの見事に付かれた。酷い。本物過ぎる。
まず近接戦闘で本職のこいつに勝てるわけないだろ。こちとら安楽椅子冒険者様だぞ。
会話なんてしないでとっとと逃げないからこうなる。いや、逃げても確実に追いつかれるだろ。じゃあどうしろって言うんんだ。
立ち尽くしたまま脳内会議を繰り広げていると、目の前のゴリラが、突き出した握りこぶしをゆっくりと開く。とりあえず殺しに来たわけではなかったらしい、と内心胸をなでおろす。
「……それは?」
男の手に合ったのは、赤いブローチ。半分に割れた片割れのような形状だが、そういう意匠だろう。
とにかく、なにやら高そうな品だ。
驚いた。
このゴリラには別れを惜しむ感傷がきちんと存在したらしい。普通にごめん。
「防御術専門のお前にどこまで役に立つかわからんが。加護の宝珠だ。一人で帰るなら、助けになることもあるだろう」
男が頬を掻きつつ、明後日の方向を向いて言う。
正直なところ、アルヴィンの言う通り、防御・強化術式メインのわたしがその方面で困ることはまずない。そしてそんなこと、パーティ内では周知の事実だ。つまり、これは。
「ありがとうございます、アルヴィン殿。ありがたくいただきます。それでは」
もういいから帰ってくれ、と意訳されることばを何重にも包んで、笑顔を貼り付けて返す。
どこまで察したのか知らないが、アルヴィンがほっとした表情を見せ、それで、わたしは南に歩き出した。
徐々に離れていく気配が、思い切ったように大きな声を出した。
「ミーシャ!!!」
「…………」
「元気でな!!!」
背を向けたまま、片手で答える。
なんだか振り返らないほうがいい、そんな気がした。