ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「キリエ、来るぞ!」
「うん!」
キリエが両腿から素早く双剣を抜いて、姿勢を低くする。ざざざざざ!!と草木をかき分ける音があたりに響いて、それがわたしたちの眼前10メートルほどでぴたりと止まった。
背の低い草が不自然に押しつぶされていた場所に、唐突に一人の男が現れる!
「はっはぁ!初見で俺様の『透明人間(シースルー)』見破るとは、大したもんだなぁ!嬢ちゃんたち、やるじゃねぇか!んじゃ、おとなしく宝玉と参加証、おいて行ってもらおうかぁ!?」
びっしぃ!と謎のキメポーズで両の親指を立てるのは、見るからにチャラついた男だった。無駄に筋骨隆々の肉体に、黒々と焼けた肌とごてごてのドレッドヘア。目的不明の上裸に派手派手ジャケット、派手派手ズボン。顔には濃い色のサングラスで、その奥の眼は全く見えない。
なんとだろう、本場のラッパーを勘違いした大学生、みたいな。
「いやいや、めっちゃ音してましたよ?なんなら物凄い草踏んでましたよね?」
キリエが敬語で返す。どんなに露骨に変な相手でも、初対面相手にはちゃんと敬語使えるのはこいつの美点だと思う。ドン引きしているだけの可能性もある。
「というか、なんで姿現すんだよ。わざわざ消えてたんじゃないのかよ」
「……ッ、しまった!?なんてこった!イージィミステイクッ……!」
「おいこいつアホだぞ。キリエ、とっととたたんじまおう」
「えぇ……なんというか、戦わなきゃだめ……?」
おっ、珍しくキリエが露骨に萎えている。大丈夫、わたしも萎えてる。緊張感どこ。
「んっ、こういうの苦手か?じゃ、わたしがやるからキリエは援護を」
「うぅっ……ミーシャちゃんは……もっとだめ……うぅ、わかったよう。やるよう」
「おいおいおい!嫌々だなキリエ!ミーシャ!悲しいぜ!」
「ぐぅ……馴れ馴れしいなぁ……!」
「ちっちっち。俺の名はブーシュカ。通称【霧のブーシュカ】だ。名乗ったからには覚えてくれな!オーケィ?」
「あぁもう!うるさ濃い!!食らえ不審者!!」
キリエが自棄になったのか、勢いよく地面を蹴って突撃する!
体格差のぶん、馬力の差も大きいだろう。が、身体強化術式で爆発的に加速したキリエの双剣は、大男の鳩尾を簡単に抉った。わぁ速い。本当に速い。
大会規定で刃引きの術式を付与していなければ、今頃腹筋に風穴が空いているところだ。とはいえ、あの速度でまともに喰らったら悶絶ものだろう。
斬撃の勢いのままに大男の脇を駆け抜けて、それから反転。
「へへん、どうですか!?私が軽量級だからって油断しましたね!」
キリエがびしぃ!と剣を突きつける。
大男は打たれた鳩尾を左手で抑えて前のめりになっている……けど、これはブラフだ。魔力で身体を固めて防いだっぽいな。アドリブだというなら、結構訓練されてると見た。チャラ男なのに。
ブーシュカとかいう男は、そのままもう片方の手で人差し指を立て。
「ちっちっち……重いが、ストレィト過ぎだ。それに勝負はこれから、だろ?」
それを見てもう一段階吹っ切れたらしいキリエが、結構な形相で突進していく。
ブーシュカとかいう男は腕でそれを受けていたが、どうやらさすがにキリエのほうに分がありそうだ。
キリエの剣を普通に素手でいなしつつ、男が豪快に笑う。
「はっはぁ!!いい動きだが、フェイタルアタックには欠けると見たぜ!」
「うるっさい……!もう、終わり、です!」
ぎりぎり、と鍔競り合う二人。キリエが一歩押し込んで、それで終わりだ。
「はい、タッチ」
ブーシュカの背中が、わたしの『青色術式』の壁に触れている。壁内部の魔力が触れた相手の体内へと流れ込み、電撃みたいなオート反撃となる、【電撃防壁】。
術式が複雑な分【即応】みたいに即出しはできないけど、キリエのお陰で一枚張るには十分な時間があった。
「が、あぁぁぁぁああ!?」
大男が絶叫し。そのままその場に倒れ伏す。
「……ううん、やっぱり霊体にみたいに蒸発とまではいかないな。対人用だと電圧の溜め時間が少なかったか?電圧じゃないか、この場合魔力圧……?」
「わかんないけど、もうちょっと強くやっていいと思うよ。なんならもう一回出せない?」
「お前こいつに厳しくない?もう動かないから、直接盾に当てる方法が無いよ」
「ちぇっ……」
本気で残念そうなキリエ。本当にどうしたんだ。
「ともかく、参加証はもらっていくか。やっぱりもう奪い合いが始まりつつあるな」
「うん……あ、ミーシャちゃんはさわんないで。待ってて」
キリエが気絶したらしい男の脇にしゃがんで参加証の宝石に手を伸ばす、と、その瞬間、男の姿がすっ、と、『消えた』。
「はん、今更固有術式ですか!?往生際が悪いっ!大人なら大人しく参加証出せってんです!」
キリエが男がいた位置に向けて、だんだんと地団駄を踏む。
「キリエ、違う。おかしい。今こいつ、本当にそこにいないぞ、多分」
そう、さっきの御粗末な透明化とは違う。魔力の反応そのものが、その場から消えている。
正直めちゃくちゃ驚いた。キリエの背後に、大男が出現し、大きく拳を振りかぶっている。
「キリエ、後ろだ!」
驚いたが、反応もした。防壁を展開しつつ声をかける。が、キリエの反応が悪い。振り返るどころか、なぜか目を見開いてこっちを見ている。キリエはほとんど悲鳴みたいな声で、
「ミーシャちゃん、後ろっ!」
なんて、叫んだのだった。
「へ?」
瞬間。丸太みたいな大男の脚から繰り出される渾身のサッカーボールキックが、わたしの横っ腹に突き刺さった。
「------------------っ!!ミーシャちゃんっ!!」
即応防壁も間に合わないくらいの刹那。だが大丈夫だ、魔力での防御は間に合っている。『参加証』の物理防御も合わせて実質ダメージはない。
御しきれなかったのは青色の、ではなく、わたし自身の弱点。
蹴りの単純な運動エネルギーが、私の身体を軽々と宙に飛ばす!
「う、わぁ!?」
おかしい、いくらなんでも飛びすぎだ。地上から見ればそれはもうきれいなアーチを描いてスタンド一直線だろう。そういう術式だろうか。
が、それだけだ。空中で姿勢を立て直すことも、別に難しくもない。
「大丈夫だ!キリエ、落ち着いていこ-------------あれ?」
呆気に取られているキリエに向かって叫びつつ、着地姿勢を取る。取るが、なんだろう、いつまでたっても地面に触れない。
……完全に見えていなかったのだけど、わたしの吹っ飛んでいく先には、丘陵地帯が崩れてできた、切り立った渓谷が口を開けていたらしい。
「へ-----------------?」
まぁ、あれだ。落ちた。谷に。
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ミーシャたちの位置から数キロ離れた、丘陵地帯。
障害物のない開けた場所に、ぽつんと二人の女が立っていた。
いや、ぽつんと、というのは正確ではない。女の周囲には、数十人の人間が倒れている。
「はー、くだらないわね。ほんとにこいつら王都から来たの?骨がないったら」
とげのある高い声とともに、生意気そうな少女が周囲の人間を見下ろす。もふもふ素材のファンシーな衣装に、動物の爪や牙が素材らしきアクセサリーをつけていて、腰にはこれまた巨大な角から削りだしたらしい大型の笛が下げられていた。
ふわふわ素材の衣装のわりに手足と臍が大胆に露出していて、もともとのスタイルが映えている。一見だけすれば山岳民族の少女のようにも見えるが、その表情はいかにも不機嫌そうに歪められ、下手に触れれば爆発しそうな危うさを放っていた。
「シュリ、見てただけ。なんでわかるの?」
そんな魔獣使いの不機嫌少女-----------シュリにやけにゆっくりとした口調で反論したのは、背の高い女性だ。シュリより一回り年上に見えるのは、背の高さとモデル並みのスタイルの良さからだろう。ゆったりとした露出の少ないドレスと魔女です!って感じの三角帽。マイペース全振りのゆっくりとした語り口にシュリもやや気勢を削がれたのか、ぐっと息を飲み込んで、
「……、はん。あたしが出るまでもないって意味よ。あんたの毒魔力で一網打尽にされる奴らが、王都中央ギルドのAランクなんて笑えないったら」
「……毒じゃ、ない。いつも言ってるよ、シュリ」
「はいはい、そーね。で、どうだった?」
「……ううん。今倒した子たちは、違う。ミーシャちゃんには関係、ない」
イレイナが手元に集めたらしい首飾りを揺らす。が、お目当ては見つけられなかったらしく、その表情は晴れない。
「ちーがうわよ。そっちじゃない。クエストのほうよ、わかってんでしょーが。あー。あれよ、小……大?宇宙?だかを狙ってる外部犯のリストって」
「シュリ。『掌の上の小宇宙』」
「うるっさいわね!わかってるわよ!ま、こんな奴らで全部だったら苦労しないわよね。あーもう、依頼とはいえ面倒いったら!ね、一掃する方法なんかないかしら!イレイナ、アンタ、なんか思いつかないわけ!」
「さぁ……?」
「さぁじゃない!」
「でも……それより、あの子、探さないと。きっとお腹空かせてる、から」
「…………そっちは、さすがにもう、無理よ。『静香の森』でギルドカード反応が消失してるの、アンタだって確認したでしょ?いい加減に現実を……」
「シュリ」
ドレスの女の雰囲気が変わる。線の細いイレイナの背後から立ち上る魔力は、本人のぼうっとした雰囲気とは似ても似つかない、墨を流したかのような漆黒だった。
「……、ごめん」
きいきいと騒いでいた猫耳少女が、静かになる。
ぺたり。と。長身の女の掌が、小柄な少女の頭に置かれる。
「シュリ、落ち込まないで。あの子はいる。絶対、いる」
「……はいはい、わかったから。そのヤバいオーラしまいなさい。わたしの魔獣ちゃんたちがビビッて出てこなくなっちゃうっての」
シュリはべしっ!と強めに魔女の手を払って、じめついた雰囲気を払うように両手を振り回しながら、
「ま、どっちにしても私たちの仕事は参加者を狩り続けることだし?わざわざ探しに行かなくても、そのうちアイツにもぶち当たるわよ」
「うん……でも、あるよ、心当たり」
ふ、とオーラを消して、何事もなかったかのように、地面に散らばっている宝玉の一つを広い上げる。
「この宝玉、見て。ナンバー、085。『……の杖』」
「あんた、読めないならそう言いなさい。これは『楡の杖』って読むのよ。……へ?って、これ、あの子の?」